「江口さん、あなたは国内屈指の夢療師です。本当に私たちのプロジェクトに参加されるのですね?」江口結衣(えぐち ゆい)の声は揺るぎなかった。「ええ、決めました」「ではすぐにビザと手続きを整えます。最長でも七日あれば完了するでしょう。ただ一点ご注意していただきたいことがあります。この研究には、A国に長期滞在していただく必要があります。ご家族とも事前に話し合うようお願いします。とりわけご主人の園田教授は特別な立場にありますから、一緒に渡航することは難しいかもしれません」結衣は夢療師だ。彼女の研究を支えるため、夫の園田清志(そのだ きよし)は、彼女が設計した「夢装置」の最初の体験者となった。結衣は信じていた。清志の夢の中で、二人の幸せな未来を目にするはずだと。ところが彼女が見たのは――清志が熱を帯びた表情で、ある女性を強く抱きしめる姿だった。「澪......本当に戻ってきてくれたんだな。一生、君を守り続ける」「澪......俺は結婚したけれど、あの女は君と比べ物にならない。顔が君に少し似ていて、それに両親に急かされたから......仕方なく結婚しただけなんだ。澪、もし君が戻ってきてくれるなら......」あまりに突然の光景に、モニター越しに見守っていた結衣は、身体を硬直させた。交際三年、結婚して二年。それが結衣にとって、初めて知る「橋本澪(はしもと みお)」という存在だった。――彼と出会ったのはA国。清志は教師、結衣は彼の生徒だった。初めて顔を合わせたときから、彼は激しい想いを隠さず、結衣にぶつけてきた。冷徹で孤高の物理学者として知られた男が、留学生の少女を追いかけるために、驚くほど低姿勢になった。結衣が少し咳をしただけで、彼は教室中の学生の前で風邪薬を用意し、自ら飲ませてくれた。「家が恋しい」と何気なく漏らせば、現地のスーパーをくまなく巡り、地元料理を作ってくれた。ある日、グループ課題で意見が対立したとき、数人の外国人男子学生に差別的な言葉を浴びせられた。結衣は異国の地で差別に耐えようとしたが、その背後から清志が飛び出し、リーダー格の学生を地面に押さえつけて殴り倒した。そのせいで、彼は一年分のボーナスを失った。だが学校は、彼の研究成果に期待してい
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