王都を発って森を抜け、二人は大聖堂の尖塔を仰いだ。鐘の音は冷たい空を裂き、人々のざわめきに魔紋の光が混じった。公開儀礼の日。条約婚の成立と、相互防衛条項の更新。旅立ちの先で出会った森の使いが背中を押したことを、二人だけが覚えていた。皇子は前に立つ。王子は半歩後ろで肩口を支え、息を合わせた。大理石に刻まれた円環は、二国の境界線を模す魔紋で、光が寄せては返す。人の足音、香油、布の擦れる音。生々しい政治の匂いがする。大司教が宣言した。「双方、誓約の更新と婚姻の公示を」皇子が頷いた。声はわずかに震えていたが、届く。「互いの境を守るため、鐘が三度鳴れば、国境を越える救援の権を与える。供給路は地下街の中層道を用い、納骨堂の聖域は緊急時の避難路とする。私的な軍は禁ず。ここに封ぜられた敵対の余地は、今、閉じる」地下街の頭領たちがざわつく。納骨堂の守り手は沈黙し、大司教は眉を上げた。「鐘は教会の権ですぞ」王子が一礼し、文書を掲げた。「鐘の数は教会に属す。ただし触発は民の生命に属す。共同評定の発動である」宰相が脇で判を押す準備をしている。王子は紙束を皇子の指へ滑らせた。練習通りの合図。皇子の肩が少し下り、呼吸が整う。彼は署名した。魔紋が瞬いて条文の文言に錠が下りる。公開の場で読み上げるのは政治契約だけだ。だが、二人はもう一枚の合意契約を用意していた。私室での可・不可、合図、アフターケア。王子は小さく囁く。「可は抱擁、口づけ、手首の飾り紐。不可は痛みを伴う器具。合図は指二本で肩、停止は言葉、セーフワードは『灯火』。スイッチ・デーは週一、月火水のどれかで柔軟に」皇子が短く笑った。誤解はもう起こさないための笑いだった。実は朝の稽古で侍従が「スイッチ・デー」の予定表を見て、軍の交代式と勘違いして衛兵全員を並ばせてしまったのだ。鎧の列が廊下に溢れ、王子は頭を抱え、皇子は苦笑いで「ごめん」と合図を送った。誤解はすぐ解け、衛兵は解散、侍従は紅茶を差し出して真っ赤になっていた。コメディは火種になる前に甘さで消す。それが二人のルールになった。儀礼は続く。二人は互いの指に細い鎖の指輪をかけ、魔紋で「
Last Updated : 2025-12-13 Read more