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第56話:聴取の手当て

Author: fuu
last update Huling Na-update: 2025-10-29 23:00:36

鐘が三度、湿った石の壁にほどけた。香の名残と、獣油の灯りが滲む地下回廊。大聖堂の下、納骨堂の前で、皇子は足を止めた。王子が一歩だけ前に出る。公では皇子が前に。私室では王子が支える。今は境目だ。

「寒いね」と王子が囁き、肩に薄い外套をかけた。布が触れると、皇子の手首の魔紋が淡く応えた。互いの脈をなぞる契約紋。公開儀礼で結ばれた条約婚の証は、光るより先に熱を帯びる。

「事情聴取の前に、することがある」王子は小さな革の冊子を取り出し、石台に置いた。二人の合意契約の写し。可と不可、合図、アフターケア。項目に赤いしおりが挟まれている。

皇子は深く息を吸い、扉の向こうの気配に向かって声を通した。「ここでの聞き取りは、痛みを増やさない。あなたにもセーフワードを用意した。『麦笛』と言えば、その場で停止する。手を二度握ってくれれば一時中断。三度で中止。終わった後は、温かいものを一緒に飲む。同行者を付けてあなたの選ぶ場所まで送る。ここに明文化してある」

扉がきしみ、影が滲む。若い書記のような者が、青ざめた顔で現れた。首元まで上がった呼吸。喉仏の動きが灯りで大きく見えた。

「信じて、いいのですか」

王子が一歩も前に出ずに答えた。「信じてもらうために、私たちは先に自分の約束を開示する。公でも私でも、契約より先に信頼の種を置く。大聖堂の上で誓ったとおりだ」

書記は石台の冊子を見た。震えがほんの少し治まるのが、皇子の目にも分かった。

そのとき、王子が小さく眉を寄せた。「あ、今日、スイッチ・デーだった」

皇子も固まる。週に一度、役割を反転する約束。右手の小指に付け替える日付札が、まだ左手にある。書記が目を丸くして札を凝視した。

「……あの、今、誰が前で……?」

王子が慌てて札を指で隠した。「段取りミスだ。今日は私が後ろで支える。聴取は皇子が進める。あとでちゃんと埋め合わせをする」

皇子はこっそり王子の袖を一度握り、許可を求める合図を返した。王子が二度握り返す。綻びは笑いにする。書記の口元にも、安堵の笑みがわずかに浮かんだ。

「では、始めます」皇子は石台に手

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