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41.監査

奏多side月曜日。 社長室へ入る前に大型会議室に顔を出すと、そこには子会社の五十嵐社長をはじめ、財務担当者たちが一様に顔を強張らせ、椅子に座っていた。息が詰まるほどの重苦しい空気に俺は顔をしかめた。今日から二週間にわたり、この会議室を終日貸し切って行われる月島銀行による社外監査。 事前準備は完璧に整えたつもりだが、メインバンクがこれほど大々的に抜き打ちに近い形で監査に乗り出すのは異常事態と言っていい。誰もが融資の引き揚げや経営権への介入など、最悪のシナリオを予想し、会議室の酸素が薄くなっているかのような錯覚さえ覚えた。「―――おはよう。お前たち、顔色が悪いぞ。もっと胸を張って毅然とした表情で挑むんだ。そんな態度では、銀行側から『何かやましいことがあって隠している』と誤解されるかもしれないぞ」俺はあえて声を張ったが、五十嵐たちの反応は鈍い。「……はい、申し訳ありません」五十嵐は力なく答え、再び視線を落とした。丸まった背中と小刻みに震える指先。五十嵐が監査に柔軟に対応できるとは到底思えなかった。「……月島が来るのは確か十時だったな。仕方がない、俺も同席する。それまでに気持ちを整えておけ。俺は一度荷物を置いてくる」五十嵐がほんの少しだけ安堵の色を見せたことを確認し、俺は会議室を後にした。
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42.親密

奏多side動揺する俺に、遥の隣にいるスーツ越しでも分かる逞しい胸板と二の腕の男が一歩前に出て挨拶をした。「住吉グループの皆さま、今回は弊社の社外監査にご協力いただきまして感謝申し上げます。この監査の責任者を務める月島銀行社外役員の月島直人です。よろしくお願い致します」月島の低く響く声が会議室の空気を支配する。俺は努めて冷静を装い、一歩踏み出した。「月島さん、よろしくお願い致します。住吉グループ代表の住吉奏多です。こちらが今回監査対象となった子会社社長の五十嵐です」 「い、五十嵐です……よろしくお願い致します……」上擦った声で挨拶をする五十嵐の不甲斐なさに内心で舌打ちをしながら、月島に視線を戻すと、月島は遥に柔らかなアイコンタクトを送った。遥もそれに応じるように、ほんのわずかだけ口元を綻ばせる。「監査に関してはこの六人で行います。弊社社員が五名、そして私の隣にいるのは、国際会計のスペシャリストとして活躍されている東宮さんです。国際公認会計士の資格も保有する彼女には私から頼んで、今回、特別に社外監査人として参加してもらいました」「東宮遥です。本日から二週間、厳正に帳簿を拝見させていただきます。よろしくお願い致します」遥が凛とした声で自己紹介をすると会議室に小さ
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43.役目

奏多side監査初日の作業終了を告げる時刻を過ぎても、俺は社長室で椅子に深く沈み込んだままだった。デスクの上には監査チームに提出した資料の写しが散乱しているが、内容が頭に入ってこない。ただ耳の奥で月島が彼女を呼ぶ「遥さん」という親しげな響きが、不協和音のように鳴り続けている。午後七時前。秘書の佐藤から監査チームが本日の作業を終えて退出準備に入ったとの報告が入り、俺は鞄を持って足早に社長室を後にした。社長室のあるフロアとは別のフロアで監査が行われているため、一階のエントランスまでエレベーターで降りて彼らが来るのを待った。数分後、低い談笑の声と共に月島銀行の人間と遥が姿を現した。月島と遥は他の四人とは少し距離を空けて肩を並べて後ろを歩いており、時折顔を見合わせて微笑んでいる。仕事のパートナー以上の親密さを感じさせる空気に、胸が焼けるような嫉妬がこみ上げる。「遥さん、今日この後は何かご予定はありますか?良かったら食事に――――」月島が遥を食事に誘っていると彼の鞄から着信音が響き渡る。月島は数秒待ったがコール音が止むことはなく、仕方なくスマホを取り出して画面を見た。「ああ、ハリーからだ。ちょっと失礼するよ」月島がエントランスの脇のソファに移動して遥が一人になった隙を見計らって、俺は背後から遥に近づいて話しかけた。「遥、待ってくれ」「……っ!」俺の声に遥は驚いたように振り向き、月島に見せていた柔らかい笑顔とは真逆の強張らせた表情で俺を見ている。「……住吉社長、何の御用でしょうか。監査に関する質問なら、この場ではなく明日、他の者もいる時にしていただきたいのですが」「仕事の話じゃない。なんで遥がここにいるんだ?それにこれはなんだ?」俺はポケットから黒い手帳を差し出した。遥の視線が手帳に落ちると一瞬だけその瞳が微かに揺れた。「クローゼットの奥から出てきた。中身は読ませてもらった」「……勝手に見たの?」「ああ。ここには、俺の好みや体調の変化など、こと細かに書き記されていた。驚いたよ。まさか遥が俺の事をいつも観察して、俺自身も気づかない癖に気がついているなんて……」俺は一歩歩み寄り、遥の手首をしっかりと握った。「……そんなお前がなんで急に離婚なんて言いだした?俺のことを愛していたんじゃないのか?」「愛?違うわ、私はあなたが体調を崩さないように自分
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44.傷跡

奏多side遥の態度に気分が晴れず、まっすぐ帰る気分になれなかった。いつものようにバーのカウンターで飲んでいた。ウイスキーのロックを勢いよく喉に流し込むたびに遥の突き放すような視線が蘇り、胃のあたりがじりじりと焼ける。ドアのベルが小さく鳴り、新しい客が来たことを知らせる。しかし、一人で飲んでいる俺には関係のないことだ。入口に背を向けたままえいると、俺の隣から華やかなフローラルの香水が漂ってきた。 こちらを見ることなく、迷わず隣の椅子に腰掛けたその人物は、メニューを見ることなく、差し出されたおしぼりを受け取りながらマスターに告げた。「マスター、彼と同じものを」 「はい、かしこまりました。お久しぶりですね」カウンターには俺以外座っていない。マスターの知り合いだろうか。聞き覚えのある声とその注文に怪訝に思い横を向くと、そこにはドレスアップした麗華が座っていた。「……麗華。なんでここに?」 「なんでって、帰ってこないからきっとここだと思って。奏多、いつも飲むのはこの店じゃない。あの時だってここで再会したでしょう? ここは私たちの思い出の場所だもの」そう言われて、麗華と再会をした日のことを思い出した。そういえば、五年前に麗華が海外から帰ってきて初めて会ったのもこの店だった。 
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45.回想

奏多side九歳の夏。あの日は、肌にまとわりつくような湿気と焦げるような太陽の匂いに満ちていた。父の友人家族数組とバーベキューをしに、天良川という釣り人にも人気のスポットへと来ていた。「ねーいつまで準備をしているの?待ちくたびれてつまらないよ。それより、川の水が綺麗だから子どもだけで遊びに行ってきていい?」「駄目だ。ここの川は一気に深くなるんだ。流れも速いし、子どもだけなんて危険すぎる。あと三十分くらいで準備が整うから、それまで待っていなさい」大人たちはそう言って俺たちをなだめていたが、言うことなんて聞いてられなかった。絶対に川には入らないで見ているだけだと何度も何度もしつこく交渉すると、俺たちの粘り強さに大人たちは呆れかえるように承諾してくれた。「いいか、絶対に、絶対に川の中には入るなよ!約束だからな。それと危険なこともしないように!」「しつこいな、分かっているってば!」全速力で走りながら後ろを振り返り、手を振って川へと向かっていく。父の真剣な眼差しに一度は頷いたものの、キラキラと宝石のように光る浅瀬の水面を見れば、そんな約束はどこかへ吹き飛んでしまった。「あ、奏多君!駄目だって。水に入らないって約束したじゃん」手の指先を入れた瞬間に、一緒にいた奴が俺のことを注意し
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47.回想 遥side

遥side「遥さん、お待たせしてすみません。ハリーからはシステムの質問でしたが、無事終わりました。……遠目で遥さんと住吉社長がお話しされているのを見ましたが、監査の件で何か問題でもありましたか?」月島さんは心配したように私の顔を覗き込んでいる。その落ち着いた声が、張り詰めていた私の神経をふっと緩ませた。。「いえ、大丈夫です。何もありませんわ」 「……そう、ですか」私の返答に月島さんは少しだけ疑問を持ったようだが、それ以上は追及しなかった。代わりに優しい眼差しで私を見つめ、静かに付け加えた。「それならいいですが、何か困ったことがあったら私の方で対応しますのですぐに教えてくださいね。遥さんは、国際公認会計士として特別に今回来てもらっているんだ。それ以外の対応については、我々の役目ですので遥さんは何か言われたら誰でもいいので遠慮せずに言ってくださいね」「ご配慮ありがとうございます」月島さんの言葉に胸の奥がじんわりと熱くなる。こんな風に守られることなんて、奏多といる時は一度もなかった。悲しくなるから考えないようにしていたが、普段の生活で奏多が私の事を見てくれていたことがあるだろうか。奏多が手帳を取り出した時は、
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48.回想② 遥side

遥sideあの不思議な朝から三週間が経ったある日、西村家の門扉の前に一台の黒い高級車が停まった。そのボディは陽光を跳ね返すほどに磨き抜かれ、場違いなほどの威圧感を放っている。「失礼する。住吉奏多だ。西村家の令嬢……ではないな。ここにいる『岡田遥』という女に話がある。今すぐ連れてこい」玄関先で岡田にそう告げると、岡田は血相を変えて手を震わせながら奥の部屋にいた私を呼びに来た。「おいっ、あの日本を代表する上場企業の住吉商事のお坊ちゃまが、お前のことを尋ねてやってきたぞ! なんでお前の名前を知っている?一体何をやらかしたんだ?もし、訴えられたりしても、俺は何も知らないからな。全部お前の責任だ、いいな!」事態が飲み込めないまま、震える足で急いで玄関へ向かうと、私の目の前に立っていたのは、あのホテルの部屋で冷たく背中を向けて立ち去ったあの人だった。(あ、あの時の……彼は、住吉商事の御曹司だったの?)驚きで目を見開く私を奏多は軽蔑と隠しきれない怒りに満ち溢れた。私をひとりの人間としてではなく「不潔な害虫」として見ているようで鋭い瞳で、突き刺すように睨みつけてくる。奏多の強い要望で応接間に二人きりになると、鍵がかかる音がカチリと響く。 彼は私と目を合わせることなく、無言かつ早足で窓際まで歩いて行った。そして、庭の景色を忌々しそうに眺めると、こちらにも聞こえるほどの大きな溜め息をついた。「あの……この前はお部屋代を払っていただき、ありがとうございました。それで、本日は、どのようなご用件で……」奏多の数メートル後ろから消え入りそうな声で問いかける。すると奏多は、即座に顔をこちらへ向けてドスドスと音を立てて距離を詰めてきた。あまりの気迫に驚いて後ずさりをしたが、十人掛けの長テーブルに腰が当たり、逃げ場を失ってしまう。テーブルの上に上半身が仰け反るような形になった私を、彼は見下ろすように冷たい視線で封じ込めた。ドンッ――――!私の耳の真横、テーブルの天板に勢いよく左手が置かれた。その衝撃と振動が背中や腕を通じて心臓にまで響く。そして右手は、逃がさないと言わんばかりに私の顎を強く掴み、無理やり顔を上げさせた。「お前、よくも俺を騙してくれたな……。あのスキャンダルは、お前が仕組んだんだろ? 目的は何だ。金か? それとも俺を失脚させたい誰かに言われてやったのか? 答
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49.交錯 遥side

遥side住吉商事の特別監査は、一通りの調査を終えて残すは明日の社長ヒアリングのみとなった。 今回の不祥事の主な原因は、子会社社長の五十嵐が取引先の倒産リスクを度外視し、相手企業を信頼しきって多少の入金の遅延には目を瞑り、独断で融資に近い延納を認めていたことにあった。「五十嵐社長は、義理人情を大事にするタイプだったんだろうが……『困った時はお互い様』も、ビジネスにおいて明確な線引きが必要だ。ましてや、実態の見えにくい海外企業相手にここまで緩い管理をしていたとはな」月島さんが分厚いファイリングを閉じながら溜め息混じりに零す。他の行員たちも、連日の残業による疲労を隠せない様子で頷いていた。「そうですね。物理的な距離がある相手ほど、リスク管理は厳格化すべきです。帳簿上の数字以前に経営陣の危機意識そのものに構造的な欠陥があったと言わざるを得ません……」私は話の輪から少し離れた場所で資料を整理しながら静かに聞き耳を立てていた。(奏多の会社って聞いた時には驚いたけれど、子会社の社長である五十嵐さんが経営も実務も全て指揮をしていたようだし、どうやら奏多の経営自体に問題があるようではなさそうね。奏多は親会社の社長として名前が出ただけだわ、良かった……)月島たちに悟られないよう、ほっと胸を撫で下ろす。もう奏多とは他人だが、やっぱり結婚していた相手に問題が起こっていると知ると気が気でない。
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