جميع فصول : الفصل -الفصل 60

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52.哀愁

遥side住吉商事の監査終了を翌日に控えた夕暮れ。終業の時間を迎えると、すぐに施錠して会議室をあとにして、一階エントランスで待機していた月島家の送迎車に乗り込み、本革の後部座席に身を沈めた。「遥さん、今日もお疲れ様でした。連日のハードスケジュールに加え、明日のヒアリングの準備までしてくれて助かりました。……それにお疲れのところを夜まで無理に付き合わせてしまって、本当にすみません」隣に座る月島さんが申し訳なさそうに眉を下げて私を見つめた。「いえ、とんでもない。むしろお誘いいただいて光栄です。それにしても、経営者の方ってお忙しいのですね」「はは、ハリーは忙しい状況を楽しむタイプなんです。思い立ったらすぐに行動しないと気が済まない嵐のような人ですよ。『突発的なトラブルや変化こそが、人生に充実感を与えるんだ』なんていつも豪快に笑っています。秘書や同行するスタッフは、彼のスケジュールに振り回されて大変でしょうけど……まあ、私もその一人ですね」そう言いながらも、月島さんの表情はとても楽しそうだった。きっと振り回されていると感じる以上に刺激や感銘を受けたり、いい想い出が多いのだろう。ハリーさんのことを語る瞳は、まるで少年のようにキラキラと輝いて見えた。―――二日前の夜、食事を終えて部屋に戻ろうとすると俊と私の元にハリーから連絡が届いた。『ハリー:明日の夜から急遽、日本に行くことにした。明後日の夜は空いているかな? もし良ければ、プロジェクトの進捗を聞きながら、美味い日本酒でも飲みたいね』「あれ、遥。ハリーから明後日の夕食の誘いが来ているよ。僕は空いているから行こうと思うけれど、遥はどうだい?」「私も大丈夫よ。ちょうど監査の山場は越えているし、明後日の夜ならヒアリングの準備も目途がついているはず。ハリーさんに会えるのなら、何としてでも時間を合わせるわ」俊とそんな話をしていた直後、今度は月島さんから私のところに電話がかかってきた。きっとハリーが月島さんのところにも同様の連絡を入れたのだろう。通話ボタンを押すと、月島さんの快活で張りのある声が漏れてきた。その声は、耳元にスマホを当てている私の隣で聞き耳を立てていた俊にも筒抜けになるほど大きかった。『あ、もしもし、遥さん? 月島です。今、ハリーから連絡がありまして!急遽日本に来る用事が出来たそうで、明後日の夜、
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53.賞賛

遥side月島家の車が到着したのは、都心の喧騒を忘れさせるような老舗の料亭だった。門をくぐり、打ち水がされたばかりの丸い石の小道を進む。松の木は精緻に剪定されており、どこか異世界の入り口のような神聖ささえ感じさせた。「素敵なお庭ですね。ここだけ時間がゆっくりと流れているみたい……」吹き抜けた夜風が、私の髪をふわりと揺らし、松葉同士が触れ合う微かな音を運んでくる。都会の熱を帯びた風とは違う土と草木の香りが混じった爽快な空気―――。髪を耳にかけながら目を細めると、隣を歩く月島さんが慈しむような眼差しで微笑み返してきた。「気に入っていただけて良かったです。ハリーは、仕事のときは利便性を考えてシティホテルを選びますが、本来は訪れる国々の文化を楽しみたい人でして。日本だと、こういった平屋の建築や四季を感じる庭園を見るととても喜んでくれる。今夜も、ハリーの好みだと思いこのお店を選ばせてもらいました」「素敵ですね。行った先々の文化に実際に触れるなんていい経験になりますし、想い出にも残るでしょうね」「ええ。そういえば以前、彼を案内した際、街並みの美しさに興奮して『Exoticismエキゾチシズム!』と叫びましてね。私が日本語には『異国情緒』という言葉を教えると、彼はとても気に入って。それ以来、日本らしい物や景色を見ると『異国情緒』と『趣(おもむき)』という言葉を多用するようになったんです。きっと今夜も、どこかでこの言葉を披露してくれますよ」「ふふふ、それは楽しみですね。ハリーさんの言葉にいつも以上に集中して耳を傾けなくては」「ええ、ぜひ何回言ったかカウントしてください。……さあ、行きましょうか。遥さん、足元が少し暗いですから、気を付けて」月島さんが、間隔の空いている飛び石を見てそっと手を差し出してくれる。その手に導かれるようにして、私たちは奥の離れへと足を踏み入れた。「おー! 直人、遥! 待っていたよ。会えて嬉しい!」部屋に入ると、既に到着していたハリーと兄の俊が笑顔で迎えてくれた。ハリーは大きな体を揺らしてこちらへ駆け寄ると、再会を祝う力強いハグを私にくれた。「遥、久しぶりだね。元気にしていたかい?」 「直人、この店は、実に『趣』があって素晴らしい!」ハリーの第一声に私たちは思わず顔を見合わせて微笑んだ。ハリーは不思議そうな顔をしながらも、その楽しそ
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54.最終日

遥side「遥、僕が口を挟むことではないかもしれないけれど、なんでこの監査を引き受けたの?」帰りの車内、膝の上で組んだ指先をぼんやりと見つめながら、隣に座る俊が一言だけ静かに発した。その顔や瞳は少しだけ切なそうで、私の胸を締め付ける。「……ごめんなさい。月島銀行の案件だったから守秘義務を考慮して伏せていたの」「そうだね。仕事としての判断は正しいし、遥の言う通りだよ。だけど……」俊が言葉を切り、私の方へ向き直った。その瞳には、かつて住吉の家で擦り切れていた私を救い出した時のあの痛々しい記憶が宿っている。「どうしてよりによって、住吉奏多の会社の監査なんて。遥はあそこで、どれほど心を痛めて過ごしていた? その相手と再び向き合うなんて僕には耐えられないんだ。君がまた、あの男の冷たい言葉に傷ついているのではないかと、気が気でないんだよ」「……心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ。今の私は、あの頃の私じゃないわ。今回は月島銀行側の特別監査役という立場で行っているし、奏多……住吉社長も仕事の場では不当な真似はできないはずよ。それに、月島さんもしっかりサポートしてくれているから」「……月島君がいるから少しは安心できるけれど。でも、ハリーとの会食で『住吉』の名が出た瞬間、君を苦しめた人間たちと君が今も繋がっていると思ったら胸が張り裂けそうだったよ。……本当は、早く関わりを断ってほしい。けれど、遥が自分で決めた道なら僕はそれを尊重するよ」俊は無理に作ったような力のない微笑みを浮かべた。その優しさが、今の私には何よりも心強く、そして少しだけ申し訳ない。「ありがとう。……正直に言えば、私も最初は驚いたわ。けれど、私を抜擢してくれた月島さんや、私をここまで育ててくれた東宮家の役に立ちたいの。過去から逃げるのではなく、『東宮遥』という一人の専門家として住吉と対峙することで、ようやく私は本当の意味で自由になれる気がするから」「……遥は強いね。分かった、全力で応援するよ。僕にできることがあれば何でも言って。明日の最終ヒアリング、頑張っておいで」俊は私の手をそっと引き寄せ力強く握りしめた。その温もりに、東宮家という新しい居場所の豊かさを改めて実感する。今の私には、守ってくれる家族がいて、誇れる仕事がある。東宮家で得たのは、家族の愛や資格や教養だけではない。自分の存在を認めて
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55.特別

遥side「……住吉社長。監査の件で何か確認事項でも? あるようでしたら月島を呼んでまいりますが」一歩引いて事務的な対応をすると、奏多は私の言葉を遮るようにさらに一歩こちらへ踏み込んできた。「仕事の話じゃない。監査はもう終わっただろう。……俺はお前に用があるんだ」「用とは何でしょうか? 手短にお願いします。外で車が待っておりますので」「お前……! 何だ、その余所余所しい態度は。俺と距離を置くためにわざとそんな言い方をしているのか?」「……初日にもお伝えしましたが、私はここへ仕事のために来ています。監査の結果については真摯に対応しますが、それ以外は応じられません。公私混同するような態度は改めてください」私の言葉に奏多の呼吸が荒くなるのが分かる。奏多は苛立ちを隠そうともせず、私に問いただすように詰め寄ってきた。至近距離で見上げる奏多の顔は、かつて私が愛されようと甲斐甲斐しく尽くしていたあの頃のままだった。 高い鼻、線を引いたようにくっきりとした二重の幅、濃く長いまつ毛、そしてバランスのいい薄い唇……。その一つ一つの造形を懐かしく感じてしまう自分に、嫌気がさす。けれど、次に奏多が吐き出した言葉は私を一瞬で現実に引き戻した。「公私混同……? それならお前はどうなんだ。監査責任者の月島は、月島銀行頭取の実の息子なんだよな。月島銀行とは直接の関係がないはずのお前が、なぜ特別監査のメンバーに選ばれた? ……あいつと『特別な関係』だからじゃないのか?」(特別な関係……?)奏多の口から出た言葉に眩暈がする。月島さんは大切なビジネスパートナーだ。でも、ここで否定をすれば奏多は納得をせずに関係を話すように求めてくるだろう。私たち東宮グループがハリーの会社と進めているプロジェクトは極秘事項。ハリーが日本版の製品を作成していることも口外することは許されない。正式に発表する前に情報が漏れれば、東宮家の信用に関わってしまう。私が沈黙しているのを肯定と捉えたのか、奏多の瞳に怒りと軽蔑の色が浮かんでいる。「答えろ。借金まみれだった岡田の家から住吉家に来たと思ったら、今度は銀行の御曹司に乗り換えたというわけか?」その瞬間、カッと頭に血が上った。七年前から奏多は何も変わっていない。私を「金のために動く女」だと決めつけ、その裏にある努力も見ようとはしてくれない。唇を強く噛みし
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57.焦燥

奏多side社長室のデスクに肘をつき、指先でこめかみを強く押さえつける。視界の端には完璧に整えられていた準備の痕跡が虚しく映っていた。今夜のために仕事を詰め込み、午後の予定をすべて空けた。デスクの上の書類は一通残らず決裁を終え、鞄の中身も整理し、コートを羽織ればすぐにこの部屋を後にできるよう準備に準備を重ねてきたのだ。 すべては、監査を終えた遥を食事に誘い出すためだった。「……社長。今日の食事の件、キャンセルでよろしいでしょうか」静かに入ってきた佐藤が微かな溜め息と共に問いかけてきた。「運転手には車で待機させていましたが、こちらも戻るように連絡してよろしいですか?」 「…………佐藤。お前、なぜそれを……いや、いい。運転手にはもう帰っていいと伝えろ。だが、直前でキャンセルするのは店にも失礼だから予約はそのままにしてくれ。俺が一人で顔を出してくる。」声なく声を絞り出すと、佐藤は驚いた顔をしてから遠慮がちに提言した。「しかし、あそこは二人分からのコース料理のみです。お一人では多すぎるのでは?今回は、申し訳ないと言うことで次回の会食の際に利用するでもいいではないでしょうか」「いや、大丈夫だ……ところで佐藤、お前は今日、この後予定はどうなんだ」
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59.デートの誘い

遥side夕食を終え、リビングで俊とお茶を飲みながら、花蓮と一緒にお絵描きの続きを楽しんでいたときのことだった。テーブルの上に置いていたスマートフォンが、着信を告げる音を響かせた。ディスプレイを覗き込むと「月島直人」の名前が表示されている。「あら、月島さんからだわ。何か監査の件で確認漏れでもあったのかしら?」「花蓮、ママはお仕事の電話が入ったみたいだね。僕と一緒に絵の続きを完成させようか」俊は察したように花蓮に優しく自分のところに来るように声をかけてくれた。私はスマホを手に取ると、足早に廊下へと移動して静かな場所を選んで通話ボタンを押した。「はい、東宮です――。月島さん、お疲れ様です」「あ、遥さん?お忙しい時間にすみません、今大丈夫でしょうか。……もしかして、お食事中でしたか?」電話越しに聞こえる月島さんの声は、昼間の仕事中よりも少しだけ低く耳に心地よく響く。「いえ、ちょうど終わって一息ついていたところです。監査、本当にお疲れ様でした。月島さんのおかげでいい経験が出来ました。不慣れな点も多かったと思いますが丁寧にサポートしていただいて……。本当に感謝しています」「そんな、僕の方こそ、遥さんがいてくれてとても助かりました。それで……、監査の慰労も兼ねて、今度改めて二人で食事でもどうかなと思いまして。遥さん、ご都合はいかがでしょうか」「食事……ですか?」月島さんの誘いに心臓がトクンと小さな音を立てた。予想外の誘いに思わず聞き返してしまう。「ええ。あ、でも、決して無理はしないでください! 僕と二人きりが嫌ならば、ハッキリそう言っていただいて構いません。……ただ、できれば僕は、遥さんとゆっくりお話ししたいなと思いまして』受話器の向こうで月島さんが少し緊張しているのが伝わってくる。その緊張が私の胸にも伝わり、頬が熱くなるのを感じていた。「……嫌だなんてそんなこと思いませんわ。詳しい日程を確認しますので、少しお時間をいただけますか?」『もちろんです! いくつか候補日をいただると嬉しいです。あと、食べたいものやお店のリクエストがあれば何でも言ってください。こう見えて、ハリーのおかげで店探しだけは得意なんです』電話を切ってリビングに戻ると、俊が花蓮と一緒に画用紙を広げながらいたずらっぽく目を細めて私を待っていた。「月島さんからの電話、大丈夫だった?
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60.後継者

奏多side「佐藤、五十嵐の会社だが来期より経営陣を一掃したいと思っている。具体的には、五十嵐のブレーンとなる優秀な外部人材を招き入れるか、あるいは五十嵐の代わりに代表が務まる人物を選定したい。本人の意向を汲む必要はあるが、あの監査の結果を見た後では、今の体制を維持するのはあまりにリスクが大きすぎる」監査終了してから一週間経過後の社長室。俺は冷え切ったコーヒーを口に運びながら、重い口調で佐藤に切り出した。頭の中は子会社の再建計画で埋め尽くされていた。「そうですね……。私も監査の事前打ち合わせを傍聴していましたが、正直なところ、五十嵐社長の対応には強い不安を覚えました。彼は、大勢の前で語ることに慣れていない。それどころか、経営者としての最低限の知識すら危うい」「ああ。喋ることは慣れの問題だ。だが、意識の低さは致命的だ。うちの傘下に入る前、先代の頃から付き合いのある信用金庫がメインバンクだったようだが、融資条件も相手に言われるがままで、信じられないほど高い金利で借り続けていた。おまけに決算だけでなく、日々の細かな収支もすべて外部の会計士任せ。本人は通帳の数字すらまともに確認していなかったというじゃないか。経営者の向き不向き以前の問題だ。しかも本人は『信頼関係』という言葉で納得して危機感を全く抱いていない。それが一番の毒だ」俺が大きくため息をつくと、佐藤も俺の心情を察するように苦い顔をして深く頷いた。「五十嵐社長は、大企業の規則などに縛られず、身内だけで和気あいあいと経営するスタイルが分相応だったのかもしれません。しかし、
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