جميع فصول : الفصل -الفصل 760

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第751話

警察のパトカーが来た理由に、教職員も生徒もみな興味津々だったが、式典はすでに解散していた。結局みんな、名残惜しそうに何度も振り返りながらも、規律を守って教室へ戻っていった。とはいえ好奇心は消えない。授業が終わると、皆こっそり何が起きたのか探り合った。知佳があとから知ったのは、パトカーが連れて行ったのが副校長だけではなく、教頭と蘭もだったということだ。数日後、公告が出た。副校長の重大な規律違反が公示され、主な内容は賄賂を受け取って生徒の学籍を不正に手配していたこと。その中には教頭の関与もあった。二人はもともと親戚だったのだ。さらに、地域のトレンドにまで上がった学内いじめ事件についても、公告で事実関係が整理された。被害者は知佳であり、バスルームの切り貼りされた映像は知佳の絶体絶命の反撃に過ぎなかった。デマの拡散に加担し、実際にいじめを行った関係者は、影響が大きく悪質であるとして、全員が処分を待つことになった。こうして、この件はひとまず決着した。関係する投稿もすぐに削除された。次の炎上案件が世間を騒がせれば、この出来事もいずれ忘れ去られていくのだろう。そして今回に関わった人々は、それぞれ自分の生活へ戻っていく。学校にはほどなく新しい副校長と教頭が赴任した。時は一歩進むごとに、大学入試本番が一日近づく。皆が勉強へ意識を戻していった。結衣も月南も蘭も、二度と学校へ戻って来なかった。どこへ行ったのか、知佳は知らないし、気にも留めなかった。とにかく、もう一つの時空で起きた悲劇が繰り返されなければそれでいい。拓海が二度とあの人と出会わないことを願うだけだ。騒動は次第に口にされなくなった。どれほど爆発的な話題も、最後は時間の川の底へ沈んでいく。それは当たり前のことだ。ただ、知佳のところへ聖也について聞きに来る人は増えた。静香はもともと推し活気質だ。寄付の式典で聖也を二度目に見た瞬間、即座に自分の「推し」枠へ入れ、しかも堂々の一位に据えた。「知佳ちゃん、あの日のお兄さん、どれだけカッコよかったか分かってる?あなたの手を引いて、『この子は俺の妹だ』ってドンと言ったときさ、うわぁって……本当に天から降りてきた神様みたいだった。カッコよすぎ、カッコよすぎ!」知佳はこの一週間で、静香のその台詞を少なくとも三十回は聞かされた。褒めるだけ
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第752話

理系が苦手なのは確かだった。けれど彼女は、大学入試のときはそれでも悪くない成績を取っている。あれから何年も経って、数学なんてとっくに頭から抜け落ちた。今さら問題を解き直して赤点なら、むしろ運が良かったくらいだ。「落ちたな。前は合格ギリギリだったのに」拓海の表情はやけに真剣だった。知佳は返事をしなかった。実のところ、数学だけじゃない。英語以外は、全部落ちている。受験から離れれば離れるほど、知識なんて狭まっていくに決まってるじゃない……彼女がその後に就いた仕事は、受験科目とはほとんど関係がなかったのだから……「英語だけ良くても足りない」三人で学食へ向かう道すがら、拓海はそんなふうにずっと言い続け、席について食べ始めてもまだ言っていた。ついに静香が耐えきれず耳を塞いだ。「もういいって!あんたさ、うちの父親みたい。ご飯くらい静かに食べさせてよ、ずっと説教!」拓海は言葉に詰まり、知佳をちらりと見て、ようやく最後の一言を落とした。「週に何日か補習する。颯にやらせるか、俺がやるか、どっちがいい?」知佳は本気で頭が痛くなった……まさか、三十を過ぎた自分がまた入試を受ける羽目になって、しかも補習まで受けることになるなんて……「今週の日曜の午後からだ」拓海は言った。「昼に授業が終わったらそのまま行く。補習が終わったら店で飯食え。俺がおごる」今の彼らには、日曜の半日しか休みがない。知佳がまだ何も言っていないのに、静香がぱちぱち瞬きをした。「じゃあさ、私、ご飯の時間だけ行くってのはアリ?」拓海が横目で見る。「俺、お前の親父じゃないんだぞ。飯まで養えって?」知佳はそれを聞いて、笑いを堪えるのがつらかった。「パパ」静香は拓海を見て、迷いなく言った。知佳は耐えきれず、机に突っ伏して拳でテーブルを叩きながら大笑いした。拓海もつられて笑ってしまい、「静香、もうちょい根性ってもんはないのか?」と言った。静香はそんなの気にせず、注文を始める。「あのケーキ、あんたが作ってよ。あんたの店の、いちばんおいしいやつ」「図々しく注文までつけるのか?」「うん。だって、そうしないと知佳ちゃんは来ないもん」二人の口げんかを聞きながら、知佳は可笑しくもあり、同時に気が重かった。学生時代をもう一度やり直すのは確かに素敵な体験だ。でも
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第753話

知佳は、実はよく疑っていた。自分が高校時代に戻るのはただの夢なのか、それとも本当に二つのパラレルワールドがあるのか。むしろ夢である可能性のほうが高い、とさえ思っていた。けれど、このブレスレットは……彼女が目を覚ましたことで、菅田家は一気に賑やかになった。伯母も、兄も、何度彼女の部屋に駆け込んできたか分からない。三十を過ぎた兄の顔を見ながら、夢の中で、ついさっき自分の学校に寄付をしたばかりの少年の聖也を思い出し、知佳は一瞬、言葉を失った。「なんだその顔。ひと眠りしたら、兄ちゃんのこと分かんなくなったか?」聖也が身をかがめて笑った。知佳はずっと、兄は若いと思っていた。三十代なのに歳月の跡がまるでない。けれど夢の中の聖也と比べると、この目つきは――老獪さが滲みすぎている……彼女は首を横に振り、ぽつりと言った。「お兄ちゃん、老けたね」聖也の目がすっと鋭くなった。「やるじゃん。じゃあ覚悟しろ、プレゼントは没収だ」知佳は思わず笑ってしまった。これまで目を覚ましたときと同じように、最初にするのは医者を手配して総合検査を受けに行くことだった。兄が外へ出て、代わりに伯母が入ってきて服を着替えさせ、それから病院へ向かう。……「下で母さん呼んでくる。着替え終わったら呼べよ」兄はそう言って扉を閉め、出ていった。知佳は手首のブレスレットを見つめ、留め具をそっと指で動かした。長く横になっていたせいで関節も筋肉も思うように動かない。それでも彼女は必死に留め具を回し、そこに刻まれた文字をはっきり見た――Chi。両手が力なく落ちた。いったい、どういうこと?朱莉が外からノックして入ってきた。「知佳ちゃん、病院に行こうね」朱莉に手伝ってもらいながら着替えを済ませると、聖也がまた上がってきて、彼女を抱えて階下へ運び、そのまま一緒に病院へ向かった。いつも通り、検査結果は今回も全機能正常だった。医師が告げたのは「栄養を補い、運動を増やすように」ということだけ。帰宅後、良子と朱莉は栄養のある食事を用意し、彼女を支えながら庭を散歩させた。そして部屋へ戻って休む頃には、知佳はスマホのメッセージとメールの返信を始めた。本来は家族で故郷にしばらく滞在する予定だったが、今回も眠りに落ちて足止めを食らい、帰国の旅程はまた延期になった。
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第754話

「え……」静香は彼女を見つめ、眉をひそめた。「知佳ちゃん、なんだか……」「知佳!」遠くから、貴久が彼女を呼んでいた。「今行く!」知佳は笑って駆けていき、静香に向かって手も振った。「静香、先に教室に戻って問題を解いてくるね。夜の自習が終わったら、一緒に寮に帰ろう」静香はその場に立ち尽くし、知佳の後ろ姿を見つめたまま、呆然としていた。拓海がいつの間にか彼女のそばに来て、横に並んで立っていた。だが彼が見つめていたのは、前方にいる知佳の手首だった。「二人とも、どうしたの?」静香は知佳の背中を見つめながら、いくら考えてもわけが分からなかった。拓海は黙ったまま、一言も発さずに立ち去った。このとき知佳は、まるで観客のような状態だった。視線は拓海の上にあり、自分では視点を操れないらしく、ずっと拓海を追っていった。彼女は、颯が拓海と合流しに来るのを見た。颯が彼に言った。「拓海、話はついた。明日の午後、野原中に行こう。文男たちは学校で待ってる」知佳はぎょっとした。——また文男たちとつるむつもりなの?もう行かないって、私に約束したはずじゃなかったの?「分かった」拓海は、まさか本当に承諾した。本当に承諾したのだ!知佳は大声で叫びたかった。——拓海、この口先だけの最低野郎!もうあいつらとはつるまないって約束したじゃない!けれど、彼女には叫べなかった。まったく声が出なかった。すると次の瞬間、突然目覚まし時計の音で叩き起こされた。目を開けると、そこはやはりロンドンの家で、スマホのアラームが鳴っていた。実のところ、彼女のスマホにはずっとアラームが設定してあった。本当に深く眠って別の時空に戻っていたなら、アラームごときで目を覚ますはずがなかったのだ。彼女はもう一度横になり、再び夢に入って拓海を止めようとした。だが、どうしても眠れなかった……悩ましい。前は目が覚めないとき、ただ早く覚醒してほしいと願っていた。もう試験も受けずに済むし、勉強もしなくていいし、普通の生活に戻れるのだから。なのに、いざ本当に目が覚めると、今度は夜が早く来てほしいと願っていた。眠りたいのだ!夜の八時、彼女はスマホを抱えて二階へ上がり、寝ようとした。良子も、朱莉も、聖也も、そろって妙な目で彼女を見た。言いたいことは同じだった。また
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第755話

しかし拓海は彼女のことが見えない。向かいの文男と手を伸ばして握手し、満面の笑みを浮かべていた。知佳が立っている位置は拓海にぴたりと寄り添うほど近いのに、彼の存在を感じられなかった。拓海もまた、彼女を感じ取れない。知佳はただ、拓海が文男と握手し、抱き合うのを目をそらせずに見ているしかなかった。さらに、二人が肩を組み、拓海の店で飯を食おうと約束するのも見届けるしかない。後ろからどれだけ叫んでも、拓海の背中にしがみついて首を絞める真似をしても、彼はまったく反応しなかった。次に知佳は若い知佳のほうを見た。知佳はこのとき貴久と並んで歩き、笑いながら話している。なら、と知佳は若い知佳の体に覆いかぶさってみた。若い知佳の体に溶け込めるか試したのだ。だが駄目だった。まったく、何の手応えもない。もうどうしようもない。今の彼女は、影にすらなれない。ただ黙って、彼らが野原中を出ていくのを見守るだけだった。しかも夢から抜け出すことすらできない。視界は制御を失い、彼らに追従し続ける。彼らはタクシーで移動した。知佳は拓海の乗った車の後ろに縫い付けられたように付きまとい、彼らと一緒にレストランへ着いた。文男たちがここへ来るのは明らかに初めてで、新吾と二人、口を揃えて店を絶賛し、拓海のこともこれでもかというほど褒めちぎった。二つのバスケチームは店でいちばん広い個室に集まり、大きな卓を囲んだ。ビールを飲んでいる。まだ20歳にもなっていないのに!どうして酒なんか飲むの!知佳は拓海の目の前へふらりと漂い、凄むように言った。「今お酒飲むのは規則違反だよ!飲んじゃダメ!」けれど、何になる?無駄だった。静香と知佳を除いて、全員の前に一本ずつ配られていた。半分も飲めば、もう兄弟分だの何だのと肩を叩き合い始める。もちろん高三生だ。受験でどこの学校を目指すか、そんな話にもなる。貴久と若い知佳が目を合わせ、何も言わなかった。だが知佳には分かった。二人は首都の学校を受けると決めている。静香と颯は「分かんない、まだ考えてない」と言った。文男と新吾は、海城の大学を受ける、コンピュータ系を学びたい、と言った。「お前は?」二人が拓海に尋ねる。「うちの拓海もコンピュータ系にするつもりだぞ」颯が拓海の代わりに答えた。「ただ、こいつはたぶ
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第756話

このときの車内の座席は、拓海も静香も後部座席に座っていた。つまり、知佳は拓海に押しやられるようにして、車のドアと彼の間に挟まれている形だった。「拓海」静香の声が響いた。「また気が変わったの?」「何が?」拓海の声は淡々としていた。「進路のこと」静香はためらいがちに尋ねた。「前は首都の大学を受けるつもりだったんじゃないの?」「そんな話はない。俺は最初からずっと海城に残るつもりだった」「違うよ。だって、首都で家まで探してたじゃない」静香は彼をちらりとうかがった。「わ……私、わざと聞き耳を立てたわけじゃないの。ただ、この前たまたま不動産屋と電話してるのを聞いちゃっただけで」拓海はしばらく黙っていた。「友達に頼まれて、代わりに聞いてやってただけだ。お前の勘違いだよ」「勘違いなんかじゃない!」静香の声が大きくなった。「知佳ちゃんのせいでしょ?」拓海はまた黙り込んだ。「そうなんでしょ。最近、知佳ちゃんがあんまりあんたに構わなくなったから、気持ちが折れちゃったの?」静香は慎重に探るように言った。「違う」「拓海」静香は小さな声で彼をなだめた。「そんなふうにならないで。何があっても、みんな友達なんだから。知佳ちゃんだって……」「違うって言っただろ」拓海は彼女の言葉を遮った。「もうその話はするな」静香はため息をつき、それ以上その話題には触れなかった。拓海はシートにもたれ、目を閉じて休んでいた。長い沈黙のあと、低く押し殺した声でぽつりとつぶやいた。「知佳ちゃんが、俺を無視するはずない」静香は「酔ってるんじゃないの」というような目で彼を見た。そして最後にもう一度ため息をついた。「仕方ない。私は知佳ちゃんの親友だし、あの子がどんな決断をしても応援する。でも、だからといって、あんたにも毎日そんな暗い顔をしていてほしいわけじゃない」「お前に何が分かる」拓海はそう言ったきり、もう何も話さず、本当に目を閉じて眠ってしまった。拓海の運転手はまず静香を家まで送った。静香は車を降りるとき、相変わらず目を閉じたままで、自分に「じゃあね」とも言う気のない拓海をちらりと見て、それでもやはりため息をついて家に入っていった。すると知佳の視点はふいに切り替わり、今度は拓海の右横顔の位置に移った。つまり、さっきまで静香が座っていた席に、自
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第757話

彼女は拓海の部屋の中にふわりと漂っていた。ここは、彼女が初めて訪れる拓海の学生時代の部屋だった。雰囲気は結婚後の彼と同じで、清潔で整っていて、無駄がない。こんな部屋にいると、まるで彼との結婚生活の中にあった、彼の書斎へ戻ってきたみたいな気がした。机が寄せられた壁には、彼が自分の手で書いた表が貼ってあった。彼女は身を寄せて、何が書いてあるのか見ようとした。彼女の視点は、まるで彼の机の上に浮かんでいるみたいだった。彼が書いた学習計画表だった。なんてストイックな人なんだろう。一日の中の十五分刻みの一つ一つを、まったく無駄にしていない。彼の計画表には、まず総合計画があり、そのあとに週計画と月計画が続いていた。総合計画の終点は来年の三月、つまり大学入試が終わった春休みで、そこにはたった一言だけが記されていた――【首都へ行く】首都へ行く……彼女がその一行を見つめたままぼんやりしていると、背後で気配がした。彼女が勢いよく振り向いたときには、拓海はもう机のそばに座っていた。さっき風呂を上がったばかりで、髪は濡れていて、まだ水滴がぽたぽた落ちている。いまの彼女の感覚は、彼の机の上にしゃがみ込んで、彼と顔が触れ合うほど近いところにいるみたいだった。髪から落ちた水滴が、自分の手首に落ちた気さえした。「拓海……」彼女は一度、彼の名を呼んだ。うん、聞こえるはずがない。当然、彼女が目の前にしゃがんでいるのも見えていない。そうでなければ、彼がこんなふうに、彼女のいる方向をまっすぐ見つめ続けるはずがない。正直に言って、二度の人生を通しても、彼女はこんな近距離で拓海を見たことがなかった。いや、こんなにはっきりと見たことがなかった。肌の毛穴一つ一つまで、やけに鮮明に見える。彼女は、十六歳の知佳の気持ちがやっぱりわかった。若くて幼い青春の時期、見た目に弱くない人なんているだろうか。拓海は、もはや「イケメン」なんて言葉で片づけられるものじゃない。格好よさにもいろいろある。雰囲気のある格好よさだって格好よさだ。でも彼は、本当に顔立ちが美しい。美しくて、しかも繊細に整っている。「拓海……」知佳は二度の人生でも、こんなに図々しくなったことはなかった。どうせ拓海には何も聞こえないのだから、好き勝手に言える。彼女はため息をつ
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第758話

そのあと、拓海が机の引き出しの奥のほうを探って、煙草の箱を取り出し、一本抜いた。知佳は言葉を失った。なんで煙草なんか吸うの?彼は二つの世界のどちらでも、煙草なんて一度も吸わなかったのに!「拓海!」知佳は反射的に大声で叫んだ。「煙草置きなさい!」でも拓海には聞こえない。彼はその一本に火をつけ、すぐにむせて咳き込み、止まらなくなった。「ざまあみろ!」知佳は鼻で笑った。その煙草は結局、彼が揉み消してゴミ箱に放り投げた。それから彼はベッドに横になった。知佳はチャンスだと思った。視界は机の上の、ありふれた黒いボールペンへと吸い寄せられた。彼女は意識をすべて集中させ、そのペンに触れようとした。うまく握れた。そして、机に置かれた下書き用の紙に書きつけた――【拓海、私に約束したことを忘れないで。西村文男と山城新吾と立花結衣とはつるまないで。同じ大学に行かないで。友達にならないで】こんなに大変だなんて……夢の中でたった一行を書くのに、こんなに大変だなんて。知佳は思いもしなかった。彼女は空中に漂いながら、ほとんどすべての「力」を使い果たして書き残したその伝言を見つめたスタンドの暖かい黄色い光の下、字は乱れているのに、一句一句がはっきりしていて、何が書かれているか判別できた。ただ、署名を入れ忘れた気がする。まあ、いいか……入れないで……そのとき、不意に拓海がまた起き上がった。知佳は驚いて、ペンを慌てて元の場所へ放り戻した。ペンが机に落ちたとき、パタッと音までした。気づかれたか思って肝が冷えたが、見ると彼は何の反応もない。たぶん聞こえていないのだろう。拓海はまた机へ戻った。あの下書きの紙は、彼の右手のすぐそばにある。彼は数学の問題集を開き、計算を始めた。知佳が書いたあの下書きの紙も、そのまま使われた。彼は彼女の書いた文字の上から平然と途中式を書き始めたのだ……つまり、あんなにはっきり書いた一行でも、彼には見えないってこと?胸の底がすとんと沈み、ただただ虚しくなった。やっぱり、もう知佳の身体へ戻れなくなった彼女には、この世界との間に越えられない隔たりがあるんだ……「知佳ちゃん?知佳ちゃん?」誰かが彼女を呼んでいる。あくびが出た。ひどく疲れていて、身体が重い。そしてまた、彼女は制御で
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第759話

知佳は眉をひそめ、小声で尋ねた。「手につけてるって?何をつけてるの?」良子はなおも、ブレスレットをつけた彼女の手首を握ったまま、笑いながら言った。「まだ寝ぼけてるんじゃないの?」知佳は自分の手を持ち上げ、手首でキラキラ光るチェーンをじっと見つめた。「私、何もつけてないよね?」「そうよ」良子も不思議そうに彼女を見た。知佳は手を下ろした。「ああ、さっき夢を見てて、新しいブレスレットを買った夢だったの……」どうやら、このブレスレットは、この時空の人間には、彼女自身以外には見えないらしい。けれど良子はその一言を覚えていて、展示を見終えたあと、彼女を連れてブレスレットを買いに行った。彼女はもともとブレスレットをつけているほうの手を差し出した。店員は彼女の肌がきれいで、試着したこのブレスレットがよく似合うと褒め、それから新しいブレスレットを、彼女がもともとブレスレットをつけているその場所に着けた。やっぱり、みんな本当にこのブレスレットは見えていないんだ……このブレスレットが手首にある感触を、彼女自身が確かにはっきり感じ取れていなかったら、彼女だって自分の幻覚を疑っていたはずだ。けれど、それは本当に彼女の手首にあるのだ……その後も、彼女は相変わらず何日かおきに夢の中へ入っていった。けれど、もう小さな知佳と一つになることはなかった。夢の中の彼女は、ずっと宙に浮かぶ傍観者の視点のままで、彼らに起こるすべてを見つめていた。とりわけ、拓海を。拓海は、彼女との約束なんてまるで覚えていなかった!いつも文男や新吾とつるんでばかり!一緒にバスケをして、一緒に彼のレストランへ飯を食いに行って、そのたびにただ飯を食っていた。透明人間の彼女がたとえ拓海の顔にぴったり張りついたって、拓海は何も感じない。彼女は何度も何度も拓海にメッセージを残した。下書き用紙に書き、彼の予定表に書き、彼の部屋の壁に書き、しまいには彼が風呂に入っているとき、湯気で曇ったガラスにまで書いた……けれど、何の意味もなかった。彼には見えないのだ。下書き用紙に書いたものは、彼が問題を書いて上から埋めてしまった。壁と予定表に書いたものは、次に彼女が夢に入ったときも、そのままそっくり残っていた。ガラスに書いたものは言うまでもない。湯気が
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第760話

五十位より下まで滑り落ちている……拓海は、ずっと学年一位だった。知佳は怒りで頭が真っ白になった。拓海、いったい何をしてるの?拓海はただ背筋を伸ばして立っているだけで、担任の問いにも答えず、彼女の怒鳴り声も当然聞こえない。「森川くん、何か困ってるの?先生に話してごらん。勉強のことでも、生活のことでも、それとも……気持ちの迷いでも、先生に相談していいのよ」先生は根気強く、彼を助けようとしていた。けれど拓海は、ただ一言だけ返した。「ありがとうございます、先生。自分が何をしてるかは分かってます」「あなた……」先生はその言い方に腹が立ったのだろうが、ぐっと堪えて怒らずに、なおも諭すように言った。「森川くん、先生はちゃんと分かってるよ。あなたはずっと、自分の考えをしっかり持っていて、それにちゃんと自分を律することもできる子だった。若い時って、誰だって壁にぶつかることはあるの。でもね、一つだけ覚えておいて。挫折を乗り越えるっていうのは、落ち込んで投げやりになることじゃないのよ。昔の自分よりも、相手よりも強くなること。このまま駄目になって、ずるずる後退していったら、その時こそ本当に見下されてしまうわよ」なるほどね。担任のこの言葉は、知佳にだって分かった。担任の先生は拓海に、もし失恋が原因なら、落ち込んだって女の子の心は戻らない、むしろ自分を強くしてこそ認められるんだ、と遠回しに釘を刺しているのだ。拓海が理解したかどうかは分からない。でも今の拓海は、まるで何を言われても痛くも痒くもない面構えで、ひたすら適当に流すだけだった。「分かってます、先生」担任が何を言っても、彼は「はい、先生」何でも返事はするのに、目が全部を物語っている――何一つ、頭に入っていない。担任は最後には手の施しようがなくなり、口を酸っぱくして説得した末に、結局は彼を教室へ戻すしかなかった。知佳の視線は制御できないまま彼についていき、理系クラスの教室へも入っていった。彼のそばに立ったまま夜の補習を過ごし、その隣で彼が意味不明な走り書きをするのを見続けた。一晩中、彼は授業を聞かなかった。ペンを握り、紙の上に何かを書いたり描いたりしていて、彼女には分からない何かを書き散らしていた。腹が立って仕方がなくて、知佳は思い切って彼の正面に回った。つまり、彼の机
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