All Chapters of プライド崩壊の夜~元妻、二人目の妊娠~: Chapter 461 - Chapter 470

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第461話

潤は明里に電話をかけたが、繋がらなかった。一度目は、入浴中か何かで手が離せないのだろうと思った。時間を置いてもう一度かけてみたが、やはり誰も出ない。留守電にメッセージを残し、聞いたらすぐに連絡をくれるよう伝えた。結局三十分以上待ったが、明里からの返信はなかった。再度かけてみると、今度は「電源が入っていない」というアナウンスが流れた。潤は自分に言い聞かせた。何か用事で忙しくてスマホを見る暇がなく、そのうちにバッテリーが切れてしまったのだろうと。よくあることだ。だが、しばらく座っていると、どうにも落ち着かなくなってきた。宥希が気持ちよさそうに眠っているのを確認してから立ち上がり、足早に階下へと向かう。車のエンジンをかける前に、ダメ元でもう一度明里に電話をかけたが、やはり電源は切れたままだ。明里の住むマンションの下に到着して初めて、家政婦の鈴木の電話番号を登録していなかったことを後悔した。少し考え、胡桃に電話をかけることにした。胡桃はちょうど激しい嘔吐が収まったところで、樹に支えられながら口をすすいでいた。樹の顔にもありありと不安が浮かんでいる。スマホの着信音に、胡桃が力なく視線を向ける。樹が急いでスマホを取り上げ、画面の名前を見て一瞬固まった。「潤から電話?」胡桃が震える手を伸ばして通話ボタンを押して、スピーカーにした。「もしもし、潤?」「俺だ。明里ちゃんと連絡がつかない。そっちにいるか?」「連絡が取れない?どういうこと?」胡桃の声が弱々しいことに気づいたが、潤も気遣っている余裕はなく、手短に状況を伝えた。「何度かかけたんだが誰も出ない。今は電源が切れている状態だ」「鈴木さんに電話して聞いてみるわ」「俺は今、彼女のマンションの下にいる。連絡がついたら、すぐに折り返し電話をくれ」胡桃が頷いて電話を切ると、すぐに鈴木に電話をかけようとした。樹が彼女をベッドに横たわらせ、スマホを取り上げた。「俺がやる」彼も鈴木のことは知っている。胡桃は全く力が入らず、素直に彼に任せることにした。樹が鈴木の番号を探し出し、発信する。鈴木は早寝なので、すでにベッドに入っていた。コール音がしばらく続いてから繋がり、眠気の混じった声が聞こえた。「胡桃ちゃん?どうしたの?」「
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第462話

「見つけたら連絡して!」「ああ」潤はその車を見つけた。ひと気のない、寂れた駐車場にポツンと停まっている。季節はもうすぐ冬だ。枯れ葉が寒々しく散らばり、辺りに人の気配はない。闇の中に佇む車は、どこか孤独で物悲しく見えた。車はあるが、明里が中にいるかどうかは分からない。周囲を見渡すと、都会の喧騒や華やかなネオンからは遠く離れた、郊外の荒涼とした場所だった。明里はこんなところで、何をしているんだ?潤は足早に車に近づき、フロントガラス越しに中を覗き込んだ。ハンドルに突っ伏している姿が見えた。明里だ。潤は大きく息を吐いた。どうしてこんな辺鄙な場所に一人で来たのかは分からないが、無事でいてくれれば、それだけでいい。まずはスマホを取り出し、胡桃に電話をかけた。簡単に無事を知らせる。「一体どうしたの?ちょっと代わって!」胡桃が叫んだ。「後でかけ直す」潤は言った。「まずは状況を聞いてみるから」電話を切り、潤は窓の外からしばらく彼女を見つめた。これだけ時間が経っても、明里は起き上がろうとしない。だが、肩が微かに動いているのが見て取れる。眠っているわけではなく、起きているのだ。潤が運転席側の窓を軽くノックした。コン、コン、と硬い音が響く。明里は自分の悲しみに沈んでいて、外部の音を一切遮断していた。どうやってここまで車を走らせてきたのかすら、覚えていない。ただ逃げ出したかった。あてもなく、どこか遠くへ。車を停めた時、背中は冷や汗でびっしょりと濡れていた。それ以上運転を続ける気力など、少しも残っていなかった。潤は反応がないのを見て、今度はもっと強く窓を叩いた。明里はようやくその音に気づき、ぼんやりと顔を上げた。音のする方に視線を向けるが、焦点が定まっていない。「明里ちゃん!」潤が必死に声を張り上げた。明里のかすかな意識が、ゆっくりと浮上してくる。周囲を見渡すと、そこは見知らぬ場所だった。窓を開ける。潤がまず目にしたのは、彼女の赤く腫れ上がった目だった。「明里ちゃん!」潤は畳みかけるように聞いた。「どうした?どうしてこんなところに来たんだ?」もし車にGPSがついていなかったら、彼女を見つけるのにどれだけの時間を要したか分からない。一体彼女の身に何が起きて、こん
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第463話

どれくらいの時間が経っただろうか。明里の動きが止まった。潤が体勢を変えようと軽く体を動かす。明里の顔が彼の胸から離れた。眠っている。泣き疲れて、そのまま眠ってしまったのだ。長いまつ毛には、まだ涙の粒が光っている。潤はたまらなく愛おしく、そして胸が痛んだ。そっと指先で目尻の涙の跡を拭ってやる。どうしてこんなにも悲痛な泣き方をするのか、どうしても理解できなかった。家族のことだろうか?だが彼女の両親は、もう彼女を失望させる余地もないはずだ。今さら何をされても、ここまで深く傷つくことはないだろう。自分のせいではないはずだ。彼と明里の間には、もう誤解もわだかまりもない。数分後、またスマホが鳴った。また胡桃かと思ったが、画面を見ると知らない番号だった。明里を起こしたくなくて、急いで通話ボタンを押した。スマホを耳に当て、小声で応答した。「もしもし、どちら様ですか?」相手はすぐに名乗った。「二宮潤さんですか?河野朱美と申します」河野朱美?怜衣が河野家の親戚だとはいえ、潤は隆とは親しくないし、ましてや朱美とは一切関わりがない。名前を知っているだけで、会ったこともない人物だ。彼女がなぜ直接自分に電話をかけてきたのか、全くの予想外だった。「河野さん」平静を装って呼びかけた。「何か御用でしょうか?」「村田明里について、お話ししたいことがあるんです」潤はさらに驚いた。「明里ちゃんをご存知なんですか?」「私は……明里の実の母親です」ドクン。潤の頭の中が真っ白になった。まるで耳元で雷が落ちたような衝撃だ。朱美の声は、恐ろしいほど冷静に聞こえた。「以前、偶然明里に一度お会いしたんです。彼女が私の昔の恋人に瓜二つで……期待はしていなかったんですが、調べてみたら、彼女が村田哲也さんの実の娘ではないことが判明しました。それで彼女の髪の毛を手に入れてDNA鑑定を行ったんです。その結果が、今日出ました」だが明里と連絡が取れず、最後に潤のスマホにかけるしかなかったのだという。潤は弾かれたように視線を落とし、腕の中の明里を見つめた。今夜、彼女があんなにも悲しげに泣きじゃくっていたのは……もしかして、この事実を知ってしまったからではないのか?「どうなさるおつもりですか?」いつの間
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第464話

時計の針は、すでに十一時を回っていた。朱美はDNA鑑定の結果を受け取るなり、即座に電話をかけてきたようだ。どれほどこの瞬間を待ちわびていたかが窺える。潤は電話越しに、彼女が明里に対して抱く強い期待を感じ取っていた。一方で、潤は明里のために心から喜んでいた。朱美が富と権力を持っているからではない。明里が、ようやく心から愛してくれる「本物の家族」を得られることを願っているからだ。だが同時に、潤の心の奥底には一抹の不安があった。明里は未だに、過去の彼を許してはいない。口では「もう済んだこと」だと言っても、心の傷はそう簡単に癒えるものではない。潤の一番の望みは、復縁して彼女と一生を共にすることだ。しかし現実は厳しく、まだスタートラインにすら立てていない。もし明里が本当に朱美の娘だと判明すれば、朱美はこの関係に間違いなく口を出すだろう。かつて明里を傷つけた男になど、二度と大事な娘を嫁がせないかもしれない。未来のことは誰にも分からない。ただ今、潤の胸にあるのは、明里への締め付けられるような痛みだけだった。明里が以前実家でどんな扱いを受けていたか、彼は詳しく聞いたことがなかった。彼女は哲也の一人娘で、哲也が病に倒れる前は、家計もそれほど困ってはいなかったはずだ。潤は漠然と、明里は両親からの愛情を十分に受けて育ったのだろうと思っていた。だが今、彼らが実の両親ではないと知り、過去の出来事を反芻すると、明里が家庭内でどれほどの孤独と疎外感を抱えていたかが痛いほど想像できた。潤はどれくらいの間、そうして座っていたのだろう。ただひたすら、眠る明里を抱きしめ続けていた。スマホを確認すると、すでに日付が変わっている。明里は心身ともに疲れ果て、深い眠りに落ちたまま目覚める気配がない。彼は慎重に彼女を抱き上げ、後部座席に寝かせた。自分のジャケットを脱ぎ、丁寧に畳んで、彼女の頭の下に敷いてやる。少しでも楽な体勢で眠れるように。そして運転席に戻り、車を発進させた。置いてきた自分の車は、後で運転手に取りに行かせればいい。明里が目を覚ました時、まだ瞼を上げる前から、目の奥に鈍い痛みを感じた。泣きすぎて腫れ上がっているのが、違和感で分かる。鏡を見るまでもない。きっと酷い顔をしているだろう。あれ?ここは
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第465話

手を伸ばして壁に寄りかかり、めまいが治まるのを待ってから、洗面所へ向かった。案の定、鏡に映る自分の顔は酷いものだった。目は赤く腫れ上がり、顔全体が憔悴しきっていて、見る影もない。明里は冷たい水で顔を洗い、タオルで拭ったところで、外から物音が聞こえた。ドアを開けると、潤と鉢合わせた。「起きたか?」潤が心配そうに彼女を見た。「まだ寝ているかと思って、ノックしなかったんだが……」「大丈夫」明里は小さく答えた。「昨夜は……ありがとう」「洗面用具はそこに用意しておいた。分かったか?」潤は洗面台の方を指した。「本当はお前が前に使っていたものをそのまま出そうと思ったんだが、時間が経ちすぎているから古くなっていると思ってな」明里はさっき棚に置かれた洗面道具を目にしていたが、手に取る勇気がなかった。潤に促され、彼女は頷いた。「分かったわ」彼女が以前使っていたものを、潤はずっと処分せずに残していたのだ。「顔を洗ったら、下に降りてきて食事にしよう」潤は言った。「ゆうちっちは今日、幼児教室を休ませた……ああ、心配しなくていい。俺が行かせなかっただけだ」潤は明里の悲しみがどれほど深いか分からなかったが、自分のような不器用な男には、気の利いた慰めなんてできないと思い、宥希をそばにいさせようと考えたのだ。愛しい息子がいれば、少しは彼女の気も紛れるだろう。「スマホも充電しておいたぞ。電源は切ったままだから、自分で入れてくれ」潤はスマホを棚の上に置いた。明里は頷いて礼を言った。潤が先に部屋を出て行く。明里は再び洗面所に戻り、用意された洗面用具に目をやった。歯ブラシは彼女が愛用していたブランドのものだが、色が違う。以前は白だったが、今回用意されているのはピンクだ。さっきこれを見た時、胸に走った一瞬の鋭い痛みを、彼女は否定できなかった。この別荘に、他の女性を招き入れたのかと疑ってしまったのだ。でも違った。潤が自分のために、わざわざ新品を用意してくれたのだ。鏡を見ると、明里は自分の口元が微かに緩んでいることに気づいた。笑っている。昨夜、あれほど残酷な真実を知らされたばかりだというのに、まだ笑うことができるなんて。歯ブラシだけでなく、スキンケア用品もすべて、彼女が以前使い慣れていたブランドのものだった
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第466話

もし二人が恋人同士なら、泣きついてすべてを打ち明けられたかもしれない。だが今の二人は、友達ですらない微妙な関係だ。ただの、子供の父親と母親。それだけだ。今は何も話したくなかった。幸い、潤は何も聞いてこなかった。彼の背中を追って一階へ降りると、潤が立ち止まって振り返った。「ゆうちっちには、こう言っておいた。『ママは本を読んで、感動して泣いちゃったんだ』ってな」明里は驚いて顔を上げた。「……ありがとう」その配慮に、胸が詰まった。彼女がまだ階段の途中にいると、リビングで遊んでいた宥希が気配に気づいて顔を上げた。「ママ!」彼は数日間明里に会っていなかった。だが幸いなことに、こういう状況には幼い頃から慣れている。明里が海外にいた頃、研究が忙しくなると数日帰れないことも珍しくなかった。そんな時、宥希は家政婦や大輔、あるいは胡桃と一緒に過ごしていた。だから今、潤と一緒にいることにも抵抗はないようだった。「ママ、おめめ、痛くない?」明里は階段を駆け下り、しゃがみ込んで小さな体を抱きしめた。息子はまだ小さいが、明里に計り知れない力を与えてくれる存在だ。何があっても、自分にはこの子がいる。そして胡桃のような親友もいる。神様は、自分からすべてを奪ったわけではない。「もう痛くないわ」明里は彼の頬にキスをした。「ゆうちっち、ここでいい子にしてた?」「うん、すごくいい子だよ!」宥希が彼女の手を引っぱった。「ママ、ごはん食べよう!」明里は食欲がなく、喉を通らなかったが、潤に心配させたくなくて、それに宥希が見ている手前、無理にでも食べるしかなかった。結局、味噌汁を半分ほど流し込むのが精一杯だった。着ているのはまだ部屋着で、かつて彼女がここで着ていたものだ。食後、潤が外に出かけたいかと尋ねてきた。今日は宥希も教室を休んでいることだし、山登りにでも行って気分転換しようという提案だった。「やったー、行く行く!」宥希が飛び跳ねて喜んだ。明里も承諾した。今、静かな場所に一人でいると、余計なことを考えて、ふさぎ込んでしまいそうだ。外の空気を吸うのも悪くない。「お前の服はもう乾いているはずだ」潤は言った。「取ってくる」彼は洗っておいた服を持ってきて、明里に手渡した。「昨夜の
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第467話

朱美は通話を終えると、疲労感に襲われて眉間を揉んだ。すると、隣から手が伸びてきて、彼女の凝り固まった肩を揉み始めた。「疲れたか?」朱美は背筋を伸ばし、その手に身を委ねた。「そう、そこよ。力はそんなに入れなくても……痛っ!」男が低く笑った。「痛くないと効かないだろう」「ちょっと、もっと優しくして!」朱美は振り返って男を睨んだ。「裕之!」富永裕之(とみなが ひろゆき)は苦笑しながら指の力を緩めた。「肩も首もガチガチだぞ。一度専門家に診てもらった方がいい」「その場しのぎじゃダメなのよ」朱美はため息をついた。「医者には、休息を取って長時間のデスクワークを避けろって言われたわ。今の私にそんなの無理な話よ」「俺より忙しいな」裕之はからかった。「デートの日程を決めるのに、俺の秘書と君の秘書でスケジュール調整しなきゃいけないなんて」「あなたが忙しいんじゃないの?」朱美は切り返した。「そっちこそ、日々激務に追われているくせに」裕之は声を上げて笑った。「もういい。からかうのはやめてくれ」実のところ、彼は朱美を元気づけたかっただけだ。彼女と知り合ってから長い年月が経つが、あることでこれほどまでに憂いを帯び、まるで心ここにあらずといった様子を見るのは初めてだった。裕之は、朱美にはかつて深く、一途に愛した恋人がいたことを知っている。その後恋人が亡くなり、長年、彼女はずっと独身を貫いてきた。彼がこれだけ長く追いかけ続け、今ようやく、ベッドを共にする仲にまでなれた。彼は、彼女に公の場で自分の存在を認めてもらいたいと、ずっと願ってきた。だが前回の会議で顔を合わせた時も、彼女は他人のふりをした。この女は強く、自信に満ち、常に輝いている。彼が彼女を知った当初は、ただ尊敬の念を抱いていただけだった。その後、彼自身の妻が病死し、彼女への感情が少しずつ変化していった。妻の死後十年目にして、ようやく恋人として彼女に近づくことができたのだ。いつになったら、正式なパートナーになれるのだろうか。朱美に亡くなった恋人がいることは知っていたが、娘がいるとは初耳だった。これだけの年月、彼女の口からそんな話が出たことは一度もない。朱美は裕之が多くの質問を飲み込んでいることに気づいていたが、彼もまた分かっていた。彼女が疲れ
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第468話

ベビーシッターと共謀して、その子を盗み出したのだ。その後の朱美は、気が狂ったように泣き叫び、半狂乱になった。それ以来、彼女はその子に二度と会えていない。朱美は思い出すのも恐ろしかった。あの日々を、どうやって生き延びてきたのか。子供は見つからず、当時彼女の子供を害したのは、叔母の実家側の人間だったことが判明した。この事件の黒幕は、叔母だったのだ。叔母は当然、自らの手は汚さない。彼女の実家側の人間を使った。実行犯は、子供が凍死したと供述した。猛吹雪の日に、赤ん坊を郊外の人気のない場所に捨てたと。どうなるか、想像するまでもない。その時期、朱美は家族によって二十四時間体制で監視されていた。食事を拒否すると、家族は彼女をベッドに縛り付け、無理やり点滴を打った。ただただ生かしておくためだけに。数年後、実行犯と共謀したベビーシッターが出所してから、良心の呵責に耐えかねて朱美を訪ねてきた。そこでようやく、子供が死んでいない可能性があることを知ったのだ。あくまで可能性の話でしかない。だが、この一筋のかすかな希望が、朱美を再び立ち直らせた。この長年、彼女はずっと水面下で自分の子供を探し続けてきた。その間にどれだけの失望と痛みを味わってきたか、もはや言葉では語り尽くせない。何度も諦めかけた。だが誰が想像しただろう。深い闇の後に光が射すことを。神様はついに彼女を見捨てなかった。長年続けてきた慈善活動が、巡り巡って報われたのだ。話をすべて聞き終えると、裕之は彼女をきつく抱き寄せた。何も言わず、ただ彼女の額に深い愛情を込めた口づけをした。「これからは、すべてうまくいく」朱美も彼の温もりに触れて少し落ち着き、過去の重苦しい絶望からようやく浮上した。そうだ。これからはすべてうまくいくはずだ。「二宮潤のこと、知ってる?」彼女が不意に尋ねた。「以前、都市開発プロジェクトで二度ほど会ったことがある」裕之は答えた。「深くは知らないが、あの男には冷徹なリアリストとしての顔があるな」「彼は以前、明里と結婚していて、三年前に離婚したの」朱美は説明した。「明里はずっと一人で子供を育ててきたわ」裕之は少し驚いた表情を見せた。「離婚歴があるとは知らなかったな。ただ、経営者特有の計算高さ以外では、女性関係の悪
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第469話

今もこうして追いかけ続けて、ようやく彼女の「そばにいる男」になれたというのに。今度は、娘に自分のことを知られたくないとまで言われてしまった。本当に、彼女には敵わない。一方、潤は明里たちを連れて山登りに来ていた。宥希がはしゃいでいるおかげで、明里の顔にも時折笑みが浮かんでいる。だが彼女がふと一人で遠くを見つめる時、その瞳には隠しきれない心ここにあらずといった様子と無力感が漂う。見ていて胸が痛むほどだ。宥希はまだ幼く、体力にも限りがある。山登りと言っても、実際には少し体を動かす程度で、すぐにロープウェイに乗ることになった。ゴンドラが高く昇るにつれて、麓の美しい景色が一望できる。広がる絶景に、塞いだ心も少しは晴れるような気がした。潤が明里を盗み見ると、彼女の表情が少し和らいでいた。ようやく安堵する。昼食は山頂のレストランで取り、食後、潤は強引にホテルの一室を取って、明里に昼寝をさせた。明里は眠れないだろうと思っていたが、疲労が溜まっていたのか、意外にもすぐに深い眠りに落ちた。午後はアスレチックや遊具を楽しみ、下山する頃には、もう日が暮れかけていた。潤はすでに麓のレストランを予約していた。明里は、彼が不器用なりに自分に寄り添い、慰めようとしてくれていることを痛いほど感じていた。正直なところ、もし一人だったら、今日という一日をどう乗り切ればよかったか、分からなかっただろう。だが潤と息子がいてくれたおかげで、余計なことを考えずに済んだ。一日がこうして過ぎていった。食事の席で、明里が言った。「病院に寄らなきゃ」「胡桃はまだ退院してないのか?」潤が尋ねた。「俺もお見舞いに行った方がいいか?」「大丈夫よ」明里は首を振った。「まだしばらく静養が必要なの。彼女が入院してること、誰も知らないし、大げさにされるのが嫌いだから」「じゃあ、ゆうちっちは今夜俺と帰って、明日の朝、自宅へ送る。それでいいか?」潤は本来、宥希をもう数日自分の元で預かるつもりだった。だが明里のこの不安定な状態では、一人にするのが心配だ。宥希を返せば、息子の顔を見て、少しは心の支えになるだろう。明里は頷いた。「分かったわ」「病院から帰ったら、電話をくれないか」潤は真剣な眼差しで言った。「少し……話したいことがある
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第470話

胡桃は目を閉じて、彼を無視した。樹はその態度を見て、彼女が自分の提案に同意していないことを悟った。だが、胡桃がこれほど苦しんでいるのを、ただ指をくわえて見ていることなどできるはずがない。しかし何を言っても、胡桃は一歩も譲ろうとしない。「どうしてこんなに頑固なんだ?」樹は苛立ち交じりに言った。「君の命が大事なのか、それとも子供が大事なのか?俺を殺す気か?もし君に何かあったら、俺はどうやって生きていけばいいんだ?」「あなたがこの子を望まなくても、私は望むのよ!」胡桃は言い返した。「見たくないなら、ここから出て行って!」「子供が欲しくないわけじゃない!君が心配なんだ!」樹が彼女をきつく抱きしめた。「胡桃、俺にとっては何よりも君が一番なんだ。君がいて初めて子供も存在する。もし君がいなくなったら、子供なんて何の意味もないんだよ」胡桃の目尻から涙が溢れた。彼女は慌ててそれを手で拭った。妊娠してからというもの、自分でもどうにもならない。ことあるごとに泣いてしまい、自分が不甲斐なくて仕方ない。以前の自分は、こんなじゃなかったのに。樹が彼女の目尻に口づけ、涙を拭った。「胡桃、頼むから分かってくれ。このこと以外なら、これから何でも君の言うことを聞くから」「何でも聞いてくれるの?」胡桃が涙声で尋ねた。樹は少し考えてから答えた。「別れること以外ならな」胡桃が顔を背ける。「じゃあ勝手にして」「ダメだ。君が健康でいてくれさえすれば、口出しはしない」「あと一ヶ月ちょうだい」胡桃は言った。「一ヶ月後も同じ状態なら、この子を諦めるわ」一ヶ月は樹にとって長すぎた。胡桃は今ですら五キロ以上も痩せこけている。一ヶ月後にはどれほど衰弱しているか、想像したくもない。「半月にしよう」彼は譲歩した。「十五日間だ。それでもまだ吐き続けているようなら、俺の言うことを聞いてくれ」「いいえ、一ヶ月よ」胡桃は譲らない。「じゃなきゃ、今すぐここから出て行って」一ヶ月は長すぎる。樹には、彼女の体がそこまで耐えられるか確信が持てなかった。彼は心に決めた。半月後も胡桃がこの状態なら、彼女の意思を無視してでも無理やり手術を受けさせるしかない。今はとりあえず、彼女の機嫌を損ねないことだ。「分かった、一ヶ月だ」樹がまた彼女に口
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