限界だった。依麻は足早に二人のテーブルへと近づき、わざとらしく明るい声を張り上げた。「ほら水琴。もう小難しい論文の話はおしまい!今はパーッと楽しむ時間よ」水琴は静かに頷くと、依麻の持つワイングラスと軽く乾杯をした。祝賀パーティーがお開きになり、参加者たちが連れ立ってホテルへ戻った頃には、すでに深夜十二時を回っていた。エレベーターが水琴の滞在するフロアに到着し、彼女が降りようとしたその時だった。「静沢さん」背後から、エリックに声をかけられた。水琴が不思議そうに振り返る。「どうしたの、エリックさん?」「おやすみ。また明日ね」エリックは甘いマスクを綻ばせ、水琴にだけ特別な愛情を込めるかのように、甘く微笑みかけた。わざわざ呼び止めてまで言うことだろうか。水琴は首を傾げながらも、小さく頷いてエレベーターを降りた。閉まりゆく扉の奥で――依麻は爪が掌に食い込むほどギュッと拳を握りしめ、顔面を死人のように蒼白にさせていた。しばらくして、別のフロアでエリックもエレベーターを降りていく。箱の中に取り残された依麻の背後で、同乗していた参加者たちがまたヒソヒソと噂話を始めた。「ねえ、絶対エリックって水琴さんのこと好きよね?」「間違いないわね。静沢さん、すっごく綺麗だし。……それに聞いた?彼女が一番乗りで出したあの論文、複数の審査員が競うように絶賛してるらしいわよ」「えっ、そこまで!?いくらなんでも大袈裟じゃない?」その無邪気な称賛の声は、暗闇に沈みかけている依麻の心に、決定的な黒い殺意を植え付けるには十分すぎた。……最終プレゼン審査の当日。水琴と依麻は、早朝から会場であるセント・ノア大講堂に到着していた。審査は五人一組のグループ単位で行われる。事前のくじ引きの結果、水琴と依麻は同じグループに割り振られていた。静かな緊張感が漂う控室で待機していると、水琴のスマホが短く震えた。画面に表示された短いメッセージに、水琴は怪訝な顔をする。【助けて】送り主は、依麻だった。なぜ急に、こんな不可解なメッセージを?水琴は腕時計に視線を落とした。時刻は午前八時ちょうど。審査開始は九時からだが、三十分後の八時半には入場口に集合しなければならない。ついさっきまで近くにいたはずの依麻は、周囲を見渡
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