All Chapters of あなたの「愛してる」なんてもういらない: Chapter 11 - Chapter 20

94 Chapters

11話

◇ 足取り荒く、御影は駐車場に戻ってきていた。 車に乗り込み、戸惑う運転手に「出せ」と命ずる。 ゆっくりと車が動き出した所で、御影はようやくハッとしてパーティー会場を振り返る。 パーティー会場である、ホテルの外観がゆっくりと遠ざかって行くのを見つつ、両膝に手をついて額を覆う。 (──しまった。涼子の見合い話に気が動転して、茉莉花お嬢さんを置いてきてしまった…どうする?今から引き返すか?いや、だがその間に涼子の見合いが始まってしまう) 腕時計に目をやり、時間を確認する。 涼子が、親に命じられてしたくもない見合いに行かなくてはならなくなった。 涼子から「助けて」というメールをもらった瞬間、御影は形振り構わずパーティー会場を後にしてしまった。 (俺の第一優先は、涼子だ。茉莉花お嬢さんなら、1人でも大丈夫だろう) 茉莉花は、藤堂家の娘だ。 財閥の家に生まれ、パーティーへの参加など慣れたものだろう。 御影は自分にそう言い聞かせる。 だが、パーティー会場で見た光景をふと思い出す。 茉莉花の全身を舐め回すように、下卑た視線で見下ろしていた相戸。 もし、自分が茉莉花の横にいなければ、あの相戸と言う男は茉莉花の体に触れていた可能性が高い。 婚約者が隣にいるにも関わらず、茉莉花に色目を使っている男も中にはいた。 ふ、と御影の胸中に不安が満ちた。 (もし、もし…俺が隣からいなくなったせいで、危険な目に遭ったら…寝覚めが悪い…) 御影は、自分の私用スマホを取り出して連絡先一覧を確認する。 もし、自分の知り合いであのパーティーに招待されていそうな人物がいれば、それとなく茉莉花を見ていて欲しい、と頼もうとした。 だが、御影はふとそこで指を止める。 (なぜ、俺がそこまで茉莉花お嬢さんを気にかけなければならない…。茉莉花お嬢さんだって、十代の子供じゃない。大人だ。しかも、あのパーティーは田村さんが主催しているパーティー…。危険な目になど、遭う訳がない…) そう考え直した御影は、スマホをしまい直して車の座席に背を預ける。 (馬鹿馬鹿しい…。今は涼子の事だけを考えよう) ◇ 涼子から連絡のあった、料亭。 和風庭園を足早に抜け、御影は急かされるように先を急いでいた。 先程メールが届いていた
last updateLast Updated : 2025-10-15
Read more

12話

どんっ、と涼子が抱きついてきたが、御影は危なげなく涼子を抱きとめる。 そして、室内を見回したあと、涼子に問うた。 「涼子…?見合い相手はどこに…?席を外しているのか?戻ってきたなら、俺がハッキリと言ってやる」 「直寛…直寛…。来てくれて、嬉しい!忙しいのに、ありがとう」 涙に濡れた目尻を、そっと優しく拭ってから直寛は涼子の瞼にキスをする。 涼子を落ち着かせるように、抱きしめた腕で背中をさすってやりながら、御影は問い続ける。 「この先も、また同じような事が起きかねないな。涼子のご両親に、俺たちが愛し合っている事も、付き合っている事もハッキリと伝えた方がいいんじゃないか?」 「でも…直寛は今、茉莉花の婚約者でしょう…?そんな状態で私の両親に言っても、強く反対されるだけだわ…。それより、今日のお見合い相手なんだけど、強く断ったら諦めて帰ってくれたの。私と付き合っているのは、御影直寛なのよ、って言ったら顔を青くして帰ってくれたわ」 直寛は有名だから、相手も引いてくれたのよ。 声を弾ませ、そう言葉にする涼子に、御影は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。 御影直寛の名前が有名なのではない。 御影家の名前が、業界内で有名なのだ。 不名誉な内容で、御影家は業界内で認知されている。 御影ホールディングスの専務取締役に直寛が就任し、業績を上向かせ、立て直したとしても数年前に起こったあの事件は、今でも尾を引いている。 だからこそ、御影直寛は愛してもいない、寧ろ嫌っている女、茉莉花との婚約も、付き合いも断りきれなかった。 藤堂家には、大きな借りがあるから。 ただそれだけの理由で、御影直寛は自分が愛している女との結婚もできず、こそこそと隠れて付き合うような真似をせざるを得ない。 (どれだけ…どれだけ茉莉花は俺たちを苦しめるつもりなんだ…!) 御影は、涼子を強く抱き締めつつ、過去の出来事を思い出し、怒りを茉莉花へとぶつけた。 ◇ [パーティー会場] 「嘘、でしょう……?」 私は、1人残されたパーティー会場で、御影さんが出て行った入口をただ唖然と見つめていた。 結局、御影さんは私を振り返る事なく足早に帰ってしまった。 いえ、帰ったんじゃない。
last updateLast Updated : 2025-10-16
Read more

13話

渡されるグラスを受け取り、次々と空けていく。 私は、お祖父様に似てアルコールの耐性が強く、無茶な飲み方をしなければお酒に酔う、と言う事を経験したことがなかった。 けれど、今だけは。 今だけはお酒に酔ってしまえればいいのに、と自分の体質を酷く呪った。 いくらアルコールを体に流し入れても、多少頭がぼうっとするだけで、酩酊する事もない。 私が無茶な飲み方をしている事を、どこかで目ざとく見ていたのだろう。 先ほど挨拶が終わったというのに、相戸さんがどこからか私に近づいてくるのが視界の端に見えた。 「茉莉花お嬢様、どうされたのです?そんな無茶な飲み方をしていたら、悪酔いしますぞ?」 「ご心配なく、相戸さん。酩酊するほどは飲みませんわ」 「ですが……。心配ですな。先ほどの婚約者の方はどうされました?彼がお嬢様を放っておくなんて…」 「彼は急ぎの仕事が入り、社に戻りました」 「それは、いけない……!お嬢様のようにお美しい方がお1人では、よからぬ輩に狙われてしまいますぞ!」 「まあ、ご冗談がお上手ですね」 世間話をするように私に近づきながら、相戸さんの視線は私の胸元や腰、臀部にじっとりと絡みつく。 深くスリットの入った部分から見える太腿にまで相戸さんの視線が這い、私は不快感を顔に出さないよう、必死に堪えた。 「もしや、まだ田村様にご挨拶が出来ていないのでは…?私が田村様に声をかけてきましょう。お1人では危ないですので、お嬢様は休憩室でお休みになられてはいかがですか?」 相戸さんは、にたにたと下卑た笑みを隠しもせず、私の腰に手を伸ばす。 このまま、休憩室にエスコートをするつもりだろうか。 それに、虎おじさまのパーティーに相戸さんのような無礼で、不埒な人がこれ以上いるはずがない。 皆、礼儀正しく、所作も美しい。 もしかしたら、裏では相戸さんのような悪い事を考えている人もいるかもしれないけど、今日、この場で騒ぎを起こす人など絶対にいないだろう。 それだけ、虎おじさまは礼儀に厳しいのだ。 「結構ですわ。虎おじさまを待ちますので、お構いなく」 「いやいや…お1人では危ないです。私がお傍に……」 ああ、本当にしつこい……! 普段は感情を抑えられるけれど、今日は多少アルコールが入っているからだ
last updateLast Updated : 2025-10-16
Read more

14話

「断りもなく、女性の体に触れるなど…無礼極まりない」 「く、くそっ、誰だね君は!」 私の頭上、すぐ近くから聞こえてきた男性の低い声。 しっとりと濡れ、低く安心感のあるバリトンボイスに、私の強ばっていた体からふっと力が抜けた。 ちらりと頭上を見上げても、そこには男性の喉仏しか見えなく、私を助けてくれた人の身長がとても高い事に驚いた。 もしかしたら、御影さんよりも背が高いかもしれない──。 私がそんな事を考えていると、男性は相戸さんの腕を掴んだまま、ぐっと力を込めて相戸さんを私から引き剥がした。 「あなたの行動は、パーティーに参加している皆さんの目にしっかりと映っていますよ。…それに、ほら」 「──っ」 男性の言葉に、相戸さんの顔色が明らかに悪くなる。 だけど、相戸さんの様子などお構いなく、男性はちらりとフロアのある方向に視線だけを向けて低く呟いた。 「このパーティーの主催である、田村さんにもしっかりとあなたの行動は見られている。…しばらく大人しくされていた方がいいかもしれませんよ」 「──ひぃっ」 男性が相戸さんにそう言うなり、相戸さんは先程よりも顔色を悪く、むしろ真っ青になりながら慌ててその場から踵を返し、バタバタと逃げるようにこのパーティー会場の入口に走って行ってしまった。 私はぽかん、と相戸さんの後ろ姿を見つめたあと、はっとして助けに入ってくれた男性に向き直った。 「助けてくださり、ありがとうございます」 「いえ、とんでもございません藤堂さん。ご無事で良かったです」 にこり、と笑みを浮かべる男性に、私はついつい言葉を忘れて見とれてしまった。 「造形美」とはまさにこの事を言うのだろうか。 この言葉がピッタリと似合う程、私を助けてくれた男性はとても容姿の整った方だった。 すっと通った微量に、涼やかな目元。 シャープな顔の輪郭から伸びる、太くて男らしい首筋。 冷たい印象を持たれてしまいそうな容姿をしているのに、微笑みを浮かべている姿はどこか少しだけ可愛らしく感じてしまう。 「──あの、大丈夫ですか?」 「え、あ……」 「もしや、ご気分が優れないのでは……?人を呼んできましょうか?」 優しく声をかけられ、私は自分の心臓がどくどくと音を立て、速まるのを感じる。
last updateLast Updated : 2025-10-17
Read more

15話

「と、藤堂さん……?」 男性が、戸惑う気配が伝わる。 けど、私は彼の服を握ったまま顔を見あげた。 「すみません……、付き添って頂けませんか……」 「え、──あ」 微かに震える私の腕に気がついたのだろう。 男性は、私の震える腕を見て。私の顔色を見て、はっと顔色を変えて真剣な表情になる。 そして、躊躇いがちに話しかけてくれた。 「藤堂さん、支えるために触れても大丈夫ですか?」 「はい、お願いします」 今頃になって、恐怖が込み上げてきてしまった。 相戸さんのような人に恐怖を感じるなんて悔しい。 悔しさやら、恥ずかしさやらで色々な感情が綯い交ぜになっている。 そして、今は男性に助けてもらった安心感で、今にも足から力が抜けてしまいそうだった。 そんな私の様子を一瞬で察したのだろう。 男性は私に断りを入れてから、私の腰に手を回し、ぐっと引き寄せてくれた。 「ゆっくり歩きますが、歩けそうですか?」 「大丈夫、だと思います……」 「分かりました。私にもたれて大丈夫なので、部屋に行くまでは頑張ってください」 男性の優しい声に、私は強く頷く。 私が頷いたのを見て、男性はゆっくり歩き出した。 人の注目を集めないように配慮してくれているのだろう。 男性は他愛もない話を振ってくれて、和やかに談笑している気配を作ってくれる。 私もその気遣いに有難く乗り、笑みを浮かべながら男性の話に頷いたり、時折言葉を返したりする。 そして、休憩室に到着した私は、そこでまた男性の配慮を目にして安堵からか、肩の力を抜いた。 休憩室の扉を開け、水の入ったグラスをトレーに乗せて待っていたのは、このパーティーの女性スタッフ。 女性スタッフは、私と男性が部屋に入ると続けて中に入る。 「ソファに座れそうですか?」 「大丈夫です、ありがとうございます」 私が男性に回答すると、女性スタッフがソファ前のテーブルにグラスを置いてくれる。 男性はすかさずそのスタッフに言葉をかけた。 「すまないが、何か簡単につまめるものを。クラッカーやナッツでいい。数種類持ってきてくれ」 「かしこまりました」 2人きりにならないよう、気を使ってくれている──。 そう感じた私は、男性の優しさにじわりと視界が滲むのを
last updateLast Updated : 2025-10-17
Read more

16話

しばらくして。 私は、ようやく涙が収まってきた。 私が落ち着きを取り戻してきたのが分かったのだろう。 男性は水の入ったグラスをそっと差し出してくれた。 「大丈夫ですか?水分を補給したほうがいいと思います」 「何から何まで、すみません…ありがとうございます」 私はお礼を口にしてから、男性からグラスを受け取り、喉を潤す。 私が泣いている間に、女性スタッフは軽くつまめる物を持ってきてくれたのだろう。 目の前のテーブルには、ナッツやクラッカーが入った小さな容器が置かれていた。 人が部屋にやってきた事すら気づかないほど、私は泣いていたのか、と今更になって恥ずかしくなってきてしまう。 隣に座っている男性の体温も感じれるほど、距離がとても近くて。 唐突にその事を意識してしまい、私は男性から離れようとその場に立ち上がろうとした。 「そ、その、ありがとうございました……。助けて頂いたお礼は、後日必ずいたします」 「え……あ、藤堂さん…!」 男性の「危ない!」という声が聞こえた瞬間。 私の足は、何かに躓いてしまい、大きく体のバランスを崩してしまった。 私が転倒しそうな事に瞬時に気がついた男性が、慌てて腕を伸ばしてくれるのが、視界の端に映る。 ぐっ、と力強く男性の腕に、私の腕が掴まれて、ぐらりと男性に倒れ込んでしまう。 「──ぐっ」 「──ひゃっ」 どさり、と大きな音が立ち、転倒寸前だった私の体が、何か大きく温かいものに包まれる。 そして、痛みを覚悟していたのに、私にはちっとも痛みが訪れない。 私は無意識にぎゅっと閉じていた目を、恐る恐る開けてみた。 すると、目の前
last updateLast Updated : 2025-10-18
Read more

17話

焦れば、焦るほど絡んだ髪の毛は外せない。男性のボタンに絡んでしまっているため、絡んだ箇所をよく見ようと、私はぐっと顔を寄せていく。びくっ、と男性の体が震えたような気がする。「す、すみません重いですよね。もう少しだけ待ってください」「いえ、いや……大丈夫です」もごもご、と男性が気まずそうに答える。さっきまでは、ハキハキと答えてくれていたのに、男性の歯切れが悪いのは、やっぱり重いのと、こんなにご迷惑をかけているからだ。そう考えた私は、益々焦り、焦りによって指先が震えてしまう。「外せた──!」ようやく絡んだ髪の毛がボタンから外せた私は、嬉しさと達成感でパッと顔を上げ、男性の顔を見上げる。すると、思ったよりも男性の顔が近く、私はびっくりしてしまう。けど、男性は自分の顔を手のひらで覆っていて、表情までははっきりと見えない。怒らせてしまったのかもしれない。そう思った時、男性の顔が指の間から見えた。男性の目は私の顔をしっかりと捉えていて、じっと見つめている。頬の辺りはじわりと赤く染まっていて、男性の瞳は薄っすらと滲んでいるように見えた。どうしてそんな顔を、と思ったところで私は私と男性の体勢をはっと思い出す。思い出した途端、男性につられて私も顔が真っ赤になってしまった。「も、申し訳ございません……!失礼な事ばかり……!」早く男性の上からどかなくちゃ。慌てて私は男性の上からどき、わたわたとその場に立ち上がる。「いえ……。俺こそ、すみません……お恥ずかしい所を……」「とんでもないです!転びそうになった所を助けて頂いて、ありがとうございます!」私がぺこぺこ、と頭を下げると、男性は困ったように笑い、私に向けて首を横に振った。「お怪我はありませんでしたか?足を捻ったりしていませんか?」「えっと、大丈夫そうです……!」「それなら、良かったです」「重ね重ね、申し訳ないです…。先程も、本当にありがとうございました」「いえ、大丈夫ですよ。藤堂さんは魅力的な女性なので、あのように話しかけられる事が多いと思います。気をつけてくださいね」男性から「魅力的」と言われ、私は自分の胸がどくり、と脈打つのを感じた。家の名に恥じぬよう、礼儀作法や勉学に励んだ。御影さんに恥ずかしいと思われないよう、美容にも気をつけた。
last updateLast Updated : 2025-10-18
Read more

18話

◇「──ん……」ふ、と意識が浮上する。私はぼうっとする頭のまま、何度か瞬きをしてころり、と寝返りを打った。「──ぇ?」そこで、はたと当惑する。肌に触れるのは、サラリとした肌触りのいいシーツ。そして、何も身に付けていない自分の腰に回る、がっしりとした男らしく、筋肉のついた腕。「──〜っ!!」そこで、ようやく私は昨夜の事を思い出した。アルコールが入り、昨夜の私は判断力がほとんど働いていなかった。そして優しさに触れ、人肌恋しくなってしまったのだ。私の事を、認めてくれる人に。私にも価値があるのだと、思わせてくれた人に、甘えたくなってしまった。私は、そろそろと視線を上げていく。先程から目の前にある、男の人の裸の胸元。確認しなくても、分かっている。分かってはいるけど…、ちゃんと確認しなくてはいけない。私が見あげた先には、想像していた通り。昨晩、パーティーで相戸さんに絡まれていた所を助けてくれた男性の眠る顔があった。「なんて事を……」なんて事をしてしまったのか──。僅かに残る違和感や、体の痛みに、昨夜「何もなかった」なんて事は有り得ない。私は、男性が眠っている間に男性の腕から抜け出そうとそうっと体を捻る。さらり、としたシーツの感触が冷たく、心地よくてどんどん思考がクリアになっていく。クリアになった思考で、このままここにいては不味い、と言う事が分かり、私は男性を起こさないように細心の注意を払い、私の腰をしっかりと引き寄せている男性の腕を外そうと藻掻いた。「──ん、んん?」「……っ」男性の掠れた声が聞こえ、私はひゅっと息を飲み、固まる。起こしてしまっただろうか、と身構えるけれど男性は起きはしなかった。けど、まるで温もりを求めるようにぐっと引き寄せられ、更に強く抱き込まれてしまう。ひたり、と何も身にまとっていない素肌同士がくっつき、肌寒い朝の今、ほかほかと温かい体温に瞼が重くなってしまうけれど、私は必死に意識を保つ。とくとく、と男性から伝わる心臓の鼓動も心地よく、このまま微睡んでいられたらどれだけ幸せなのだろうか、と考えてしまうがそんな事はできない。私は、昨夜の自分の軽率な行動を悔いる。御影さんという婚約者がいながら、私は今御影さん以外の男性の腕の中で一晩を明かしてしまったのだ。
last updateLast Updated : 2025-10-19
Read more

19話

◇「──ん?んん?」シーツを腕がなぞる。男は、自分の隣にいる筈の温もりを求めてシーツの上を忙しなく探す。だが、どこにも求めていた温もりが見当たらず、男は閉じていた瞼をぱちりと開いた。「藤堂さん──?」いない、と呟いたあと男はベッドに起き上がる。どこに、と周囲を確認したがベットの付近には自分が脱いだ服しか見当たらず、茉莉花の服は見当たらない。「帰ってしまったか……」ため息をつき、ベッドから降りて散らばった服に手を伸ばし、緩慢な動きで身に付けていく。シャツを羽織り、ボタンを閉めている所で、休憩室の扉からノックの音がした。男は、扉の方に顔を向けないまま「はい」と答える。すると、ゆっくり扉が開き、ひょこりと1人の男性が顔を覗かせた。男性は、恐る恐る室内を見回し、女性の影がない事を確認してから部屋に入ってきた。「──苓(れい)様。昨晩は、どこのご令嬢とこの部屋をお使いに……?」「…影島(かげしま)」「も、申し訳ございません。その……田村様がお呼びです」「分かった。今行く」苓と呼ばれた男は、影島に一瞥を送ると素っ気なくそれだけを答え、入口に向かって進む。「田村様はどこに?」「ご案内いたします」影島の案内のもと、苓はゆったりとした足取りでホテルの廊下を進んだ。彼の口元には、薄っすらと笑みが浮かんでいたが、案内のために前を歩く影島にはその表情は見えなかった。苓は、この業界内では有名なほど、冷徹で厳しく、にこりとも笑わないと噂されている。そんな男が笑みを浮かべている姿は、誰にも見られなかった──。◇[茉莉花の自宅]私は、何をどうやって家まで戻ってきたのか。気づけば、自宅のソファで顔を覆い、項垂れていた。「なんで、私はあんな事を……っ」今思い出しても、顔から火を噴きそうなほど恥ずかしい事をしてしまった。「お酒が入っていたとは言え、あの夜に出会った人となんて……。それに、結局虎おじさまにもご挨拶すらできずに……」本当に私は何をやっているの。と、激しく後悔する。「けど……もしかしたら、もう二度と会う機会はないかもしれないし……忘れてしまった方がいいのかも……。きっと、あの男性も一夜の過ちだった、と今頃は思っているかも……」虎おじさまのパーティーに参加していた人だ。相戸さんのような人も中にはい
last updateLast Updated : 2025-10-19
Read more

20話

家に帰ってから、私は一先ず昨夜着ていたドレスを着替え、シャワーを浴びるために浴室に向かった。ドレスを脱ぎ、何の気なしに目の前にある鏡を見た瞬間、思わず声が出た。「──うわ」羞恥やら、若干引いてしまったりで何とも言えない声が出てしまう。それもそのはず。私の首筋や、デコルテには沢山の鬱血痕──キスマークが散らばっていた。確実に、昨夜のあの男性がつけたものだろう、と分かる。「待って……私のドレスじゃ、この痕は隠せなかったはず……え、じゃあ、ホテルを出るまで私……!」顔から火が出そうな程、熱い。思わず両手で顔を覆い、蹲る。髪の毛を下ろしていたから首筋のは隠せていたかもしれないけど、デコルテ部分はいくつか見えてしまっていたかもしれない。あのホテルは、従業員も一流だ。だから不躾に視線を送られる事はなかったけれど、車を回してくれた従業員にはしっかりと見られていただろう。「……もう、しばらくあのホテルには行けないわ」虎おじさまのパーティー参加者に目撃されていなかったのが、幸いだ。「虎おじさまに、お詫びに行かなくちゃ……」そうだ。昨夜、お祝いも言えてないし、贈り物も渡せていない。私は、シャワーを浴びたあと、虎おじさまに連絡をしようと決めて、シャワールームに進んだ。シャワーを浴び、さっぱりとした心地よい気分でリビングに戻る。ソファに座り、水分を取りつつスキンケアを終えた私は、昨夜のバックからスマホを取り出す。虎おじさまに連絡を、と思った私がスマホを開き、数件の不在着信とメールの知らせに間を瞬かせた。「……不在着信に、メール?誰かしら?」お父様からは連絡はこないはず。じゃあ、虎おじさま?と考えながら、送り主と不在着信の相手を確認した私は、驚きでスマホを自分の手から落としてしまった。ガツン、と床に落ちたスマホ。床を滑り、私の足に当たったスマホには御影さんの名前が表示されていた。深夜に1回。明け方に1回。そして、私が慌ててホテルを出て、自宅に帰ってきたあとも2回。御影さんは電話をしてくれていた。そして、メールも2通届いているけど、私は怖くてそれを確認する事が出来なかった。御影さんという婚約者がいながら、私は昨夜他の男性と一夜を共にしてしまった。その後ろめたさから、御影さんの名前を見るのも憚られて
last updateLast Updated : 2025-10-20
Read more
PREV
123456
...
10
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status