All Chapters of あなたの「愛してる」なんてもういらない: Chapter 321 - Chapter 330

358 Chapters

321話

「──はっ、涼子の情報がいらないって言うのか?」 「……警察が、今涼子の行方を追ってくれていますから。きっと、警察が涼子を見つけてくれます。御影さんから情報を貰わなくても……別に平気です」 「確かに、そうですね」 私の言葉に、苓さんも頷いて続いた。 「確かに名義人本人の御影専務の方が照会をかけるのは早いですけど、警察だってクレジットカード情報の照会をかける事が可能です。時差は発生しますが、御影専務にご協力頂かなくても大丈夫ですよ」 「──ちっ」 苓さんの落ち着き払った声と態度に、御影さんは悔しそうに舌打ちをすると肩を竦めた。 「茉莉花がなりふり構わず俺に着いてくれば良かったんだが……。一先ず今日は帰る。茉莉花、気が変わったら俺に連絡しろ。すぐに迎えに来る」 「い、行く訳ないでしょう!?」 私の精一杯の拒絶にも、御影さんは愉しげに笑っただけで貴賓室を出て行った。 廊下を歩いて帰って行く御影さんの背中を見送った私と苓さんは、2人して同時にため息を吐き出した。 「……良かった、間に合って」 「苓さん、来てくれてありがとうございます……!」 「茉莉花さん、俺が来る寸前……御影専務と2人きりになろうとしてたでしょう?」 苓さんが私を後ろから抱きしめたままじとっとした目を向けた。 苓さんの言葉に、私はぐっと息を詰めた。 確かに──。 私は苓さんが来る寸前、御影さんの提案を飲もうとしてしまっていた。 志木チーム長が居たら御影さんが涼子について話してくれない、と言ったから。 だから、話を聞くだけだったらいいと思って──。 「今、この状況であの人と2人きりになるのは悪手です。御影専務が記者を手配していないとも言えない。もし、2人きりの場面を写真に撮られたら……?そうなったら、また変な噂が広まっちゃうでしょう?」 「た、確かに……すみません苓さん……。私、そこまで考えが回っていなくて……」 「いや、いいんです。俺が考えすぎなのもあると思います。だけど、ただ単純に俺が嫌だったのかも……」 「──え?」 苓さんは苦笑いを浮かべつつ、私の頬に優しく触れた。 そして、顎を掬い持ち上げるとしっかり私と目を合わせた状態で続ける。 「茉莉花さんが、仕事以外で俺以外の男性と2人きりになるのは嫌です」 「──っ、れ、苓さん」 「ね?だから、茉莉
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322話

御影さんが会社を後にして、暫く時間が経った頃。 会社の前にいた記者の姿は少なくなっている。 「──諦めて帰った、のでしょうか?」 「うーん……どうでしょうか……。もしかしたら、裏口に回っているかもしれませんね」 私と苓さんは、あれから貴賓室で時間を潰しつつ時折会社の前を確認していた。 この貴賓室は2階にあるから階下にある道路を見易いし、私が仕事をしている本部長室より地面が近い。 会社の正面入口も良く見えるため、記者が減ってから一緒に会社を出よう、と話を苓さんと話をしていたのだ。 「地下駐車場にも多分記者が張り付いていますもんね……」 「ええ。俺も今回は茉莉花さんの会社まで運転手に送ってもらいましたが……その時も会社の前の通りには記者が多く待ち伏せていましたよ」 「ああ、もう……なんてこと……」 今は仕方ないにしても、それでもちょっと騒ぎすぎじゃないか、と思ってしまう。 他に、人々の興味を引くようなニュースがあればいいのだが、こんな時に限って大きなニュースは発生しない。 「芸能人の誰かが結婚したりすればそちらに記者も、報道陣も流れると思うのに……」 私が恨めしさたっぷり、といった様子で呟くと、苓さんが目を丸くし、その後楽しげに声を出して笑った。 「ははっ、茉莉花さんもそんな事を言う時があるんですね!」 「だって……、こんな騒ぎじゃあ、まともに仕事も出来そうにありません」 「ふっ、ふふ。確かにそうかも……」 「でしょう?会社の出退勤を見張られているようで、何だか嫌だわ……」 腕を組み、私がむすっとした顔をしていると苓さんが私を抱き寄せ、励ますように背中を撫でてくれる。 「大丈夫ですよ。俺と茉莉花さんが一緒に居る機会が多ければ、記者もその内誰が茉莉花さんの大事な人かが分かるはずです」 苓さんの腕に抱かれ、彼の言葉を反芻する。 待って、でも確かに苓さんの言う通りかもしれない。 私と苓さんが仲睦まじい様子をしっかりとカメラの前で示せば、こんな不名誉な三角関係などの噂はなくなるかもしれない。 「──そう、ですね!そうです、それを使いましょう!」 「えっ?」 突然私が明るい声を発した事に驚いた苓さんが、きょとんと目を丸くした。 そんな表情を浮かべる苓さんが何だか可愛らしく感じてしまい、私は内緒話をするように苓さんに耳打ちした
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323話

翌日。 私は自分の部屋を出ると、堂々と玄関を通り家の門にやって来た。 そこには、既に苓さんの車が待機してくれていて。 苓さんは私の姿を見るなり笑みを浮かべ、軽く手を上げてくれる。 「茉莉花さん、おはようございます」 「おはようございます、苓さん」 私たちは顔を見合わせ、にっこりと笑い合うと車に乗り込み、門から外に出た。 予想していた通り、当初より人は減っていたけれど、それでも記者はまだ家の前に居た。 記者や報道陣が、苓さんの車に乗った私に気付き、写真を撮る。 そして、慌てて私たちの後に続くように報道陣の車が苓さんの車の後を追いかけてくる。 「良かった、無事に着いてきていますね」 バックミラーで後ろを確認した苓さんが安心したように声を漏らす。 「ええ。彼らは執拗いですものね。だけど、昨夜も……そして今日も苓さんと一緒に行動する私を写真に撮ったら、私が考えてくれているような記事を書いてくれると思います。そうしたら、少しは落ち着くといいんですが……」 「確かに。今日のお見舞いは、完全にプライベートですもんね。茉莉花さんのお母様のお見舞いに、俺が同行している──、その情報を得れば記者は確実に記事にするでしょうね」 「ええ……」 本当は、お母様が入院している病院を多くの人の目に晒したくは無い。 だけど、これ以上報道陣や記者に付き纏われると、仕事にも支障が出る事も事実。 なら、いっその事それを逆手に取ってしまおうと思った。 本当はお母様のお見舞いを、そんな事に使いたくはない。 だけど、ずっと報道陣や記者に付き纏わられていたらいずれは知られるはず。 「あとは……報道陣が病院の外観を載せない事を祈るばかり、ですね」 例えモザイク処理をされたとしても。 都内で大きな病院だ。 都内に住んでいる人なら、何となく分かってしまうだろう。 それに──。 「速水 涼子が茉莉花さんのお母様の病室を特定出来なければいいのですが……」 そう、問題はそこだ。 だけど涼子は既にお母様が入院している病院自体は突き止めている。 お祖父様の火葬の時に、わざわざ私にお母様の病院の外観を撮った写真を私に送ってきているのだから。 「……ええ。涼子にだけはお母様が入院している病室がバレてしまわないよう、細心の注意を払いましょう」 私がそう告げると、苓さんも
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324話

好奇心でいっぱいです、と言うような記者達の顔。 笑みを貼り付けたまま、私は彼らに向かって言葉を返す。 「母のお見舞いです。数年間、意識不明ですので」 まさか私の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。 記者達が貼り付けていた笑みが凍ったのがすぐに分かる。 苓さんは私の肩をそっと抱き寄せ、冷たい視線を記者達に向け、素っ気なく告げた。 「もういいですか?まさか、院内にまで着いてくるなど……そんな常識外れな事はしませんよね?」 絶対零度──。 苓さんの周囲の気温が、ガツンと下がったような感覚。 記者達は真っ青になりつつ、へらり、と無理矢理笑みを浮かべて口々に答えた。 「も、勿論でございます……」 「私共は、ここで失礼いたします……」 軽く頭を下げ、すごすごと帰って行く記者達。 苓さんはその後ろ姿を睨み付けながらスマホを取り出して、電話をかけた。 「……記者達が全員帰ったか確認を。俺と茉莉花さんを尾行するような人間がいれば、すぐに確保してくれ」 それだけを告げると、苓さんは電話を切り私に顔を向けた。 その時の苓さんの表情は、いつも通りの優しい笑みに戻っていた。 「茉莉花さん、行きましょうか。周囲には怪しい人物はいないそうです」 「ありがとうございます、苓さん」 どういたしまして、そう答える苓さんと一緒に、私たちは尾行に注意しながらお母様の病室に向かった。 お母様のお見舞いを終えた私と苓さん。 苓さんに家まで送ってもらい、そこで苓さんとは別れた。 その日の夜。 私が思っていた通り、記者は私と苓さんが今日病院に行った事。 そして、病院へはお見舞いに行った事を書いてくれていた。 そして、藤堂の人間のお見舞いに苓さんも一緒に行っている。 その事を強調して書いてくれていて。 婚約発表が秒読みか、とか。 婚約を飛ばし、結婚するのでは、とか。 かなり好き勝手に書かれていた。 ネットの反応を見ても、私と苓さんが付き合っている事に対する反応が多くなっていて。 御影さんとの事は、かなり時間が経っているし、過去の事なのでは、と言う意見も出ているのが見て取れた。 「良かった……。もしかしたら、この件に関しては落ち着きそうかも……?」 苓さんとの婚約発表を急がなくて大丈夫そうかも、とほっとする。 今、婚約発表に関する
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325話

お祖父様の事件の捜査協力に、カフェの準備。 それらを同時進行していく日々が続いた。 警察が捜査をしていても、涼子の足取りは依然として掴めない、と谷島さんが悔しげに呟いていた。 私とお父様は、膨大な藤堂家の資料や、お祖父様の日記を確認する事も続けていた。 その中で分かった事もある。 「……どうやら、藤堂家は明治後期頃から大正初期頃に、速水家と関わりがあったみたいですね」 ある日の休日。 苓さんが藤堂家にやって来て、資料調べを手伝ってくれていた。 今日はお父様は出張で不在だ。 だから、苓さんが膨大な資料を確認するのを手伝いに来てくれていた。 これまでも、何度も苓さんは手伝いに来てくれていた。 だから苓さんとの情報共有はしっかり出来ていたし、逆に苓さんは谷島さんと連絡を取り合って、事件捜査の進展を私とお父様にお話してくれていた。 お祖父様の交通事故に関しては、完全に他殺扱いとなった。殺人事件、として確定したのだ。 以前、苓さんと病院に行ってお祖父様を車で家まで送った業者に関して、今は警察が捜査してくれているらしい。 どうやら複数の人間が関与しているらしく、その裏付けを行っていて時間がかかっているそうだった。 お祖父様を迎えに来た人が、誰に手配されたのか。 そこが分かれば、一気に捜査が進みそう。 そして、私たちが調べている藤堂家と速水家の関わりについても。 かなり昔に関わりがあった事が分かってきた。 藤堂家に所蔵されている資料を確認していると、藤堂家は昔から見込みのある商家や人物に融資をしていたらしい。 それと同時に、自らも商いを行っていた。 昔から商才があったのだろう。 年々力を付けて、藤堂家は大きくなっていった。 だからこそ、藤堂家と取引する相手に見込みがあれば、手を差し伸べる事も多くあったそうだった。 「……だから、藤堂家と取引のある会社がとても多いのですね。昔からこの関係が続いていたなんて」 「先見の明があったのでしょうね、当時の当主には」 「でも……速水家とは取引記録がない、ですね。それなのにどうして速水家の名前があったのか……」 「そこら辺はもっとしっかり調べないと出てこないかもしれません」 そこまで話した苓さんは、今まで調べていた資料を机に置いて少し体を伸ばした。 「すみません、少し体が……」 「
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326話

夕日に照らされた庭園は、花々がキラキラと輝いていてとても綺麗だった。 「茉莉花さん、大分冷えているので……」 「わっ、ありがとうございます苓さん!」 寒いから、と苓さんはマフラーを私に巻いてくれる。 苓さんが普段から付けている香水がふわりと香り、まるで苓さんに包まれているよう。 私の手は温かくて大きな苓さんにすっぽりと覆われていて。 まるで全身が苓さんに包まれているような気持ちになり、私はついついふふふ、と声を漏らして笑ってしまった。 「茉莉花さん?」 「ふふ、こんな時に笑うなんて、と思うかもしれませんが……。こうして苓さんが私の隣に居てくれて。傍で支えてくれているのが凄く頼もしいです」 「……こんな時、だからこそじゃないですか?」 「え?」 「こんな風に、辛い事が沢山あった今だからこそ……辛い感情に溺れてしまわないよう、笑って過ごす事はとても大切だと思います」 苓さんの真っ直ぐで、芯の通った強い言葉と眼差しに私は見蕩れる。 「まだまだやるべき事も沢山あって、心が休まる時は来ないですけど……。でも、それでも着実に1歩ずつ進んでいるのは確かですよ。真実に辿り着くのも、もしかしたらもうすぐかもしれません」 優しく、だけど心強い眼差しで笑ってくれる苓さん。 確かに苓さんの言う通りだ。 少し前までは全然知らなかった藤堂家の事が、少しずつではあるけど、知れている。 それに、お祖父様の交通事故の件も他殺だと決まった。 お祖父様が亡くなった時は、殺人で捜査が始まる事なんて想像が出来なかったのに。 「それに……藤堂家の事件は今、かなり注目を集めています。もしかしたら目撃証言が上がるかもしれないでしょう?」 「そっか……そう、ですよね。当日は車通りの多い道路ですもの。沢山の人が事故を目撃しています」 「ええ。もしかしたら有益な目撃証言があるかも。着実に1歩ずつ、解決に向かっています。俺たちは焦らずに警察の捜査協力をしましょう?」 苓さんがそう言ってくれるだけで、本当に力が湧いてくる。 それがとても不思議だ。 「そう、ですね……!焦らず1つずつ!忘れないようにしなきゃ……!」 「ええ、その意気ですよ茉莉花さん」 柔らかく笑ってくれる苓さん。 私と苓さんは、綺麗な庭園で夕日に照らされながらそっと身を寄せ合い、見つめ合ってキスをした
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327話

◇ 速水 涼子が報酬を渡していた男の氏名が分かった──。 苓さんから、そんな連絡を受けたのは数日後だった。 その日、私は和風庭園カフェの1号店候補地に視察に来ていた。 そんな中、苓さんからその知らせを受け、私は慌てて視察場所を出て苓さんに合流した。 「──苓さん!」 「茉莉花さん」 警察署に向かうと、既に苓さんは到着していたようで。 谷島刑事と話をしていた。 だけど、その近くにお父様の姿は無い。 「あれ……、お父様は?」 「藤堂 馨熾さんは、どうしても外せない会議があるらしくて。茉莉花さんと苓が話を聞いてくれるならそれで構わない、と馨熾さんからは伺っております」 「そうなんですね。分かりました、お話を聞かせてください……!」 谷島さんからそう説明され、私と苓さんは谷島さんに個室に案内された。 個室に案内してくれた谷島刑事は、今までの捜査を順を追って説明してくれた。 最近は涼子が利用しているカードのお金の流れを追っていたらしい。 そして、お金の流れを追っている時に、涼子はとある人物に送金していた事が分かった。 送金先の口座は、所謂犯罪用の他人名義の口座。 だから、口座を売った人間をまずは当たり、その人間に話を聞き、それから協力者を辿って行って、最後に行き着いた人間が涼子から金を貰った人物だと判明したらしい。 「この人物の、当日のアリバイはありません。それに、病院が手配した送迎サービスの会社に在籍していた記録がありますので……ほぼほぼ黒かと」 「そんな所まで調べが……!?」 「ええ、お時間が掛かってしまい、申し訳ないです。この人物に見覚えは?」 谷島刑事から顔写真と名前を教えてもらったけど、私には全く見覚えはなかった。 そしてそれは苓さんも一緒だったようで。 私たちは顔を見合せて首を横に振る。 「私に、見覚えはないです」 「俺もだ。金に釣られて雇われた人間じゃないか?」 苓さんの言葉に、谷島さんは頷く。 「我々もその線が強いと思い、そのように動いています。この人物は潜伏先を度々変えていますので、追います。ご自分達の周囲で、この人物をみかけたら、決して1人にはならないように。それと、必ず私に連絡をしてください」 谷島さんから念を押すように言われ、私も苓さんも硬い表情で頷いた。 ◇ 警察署を出て、苓さんと一緒
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328話

谷島さんから連絡があった日から、数週間。 警察の捜査は依然として続いていて。 涼子の足取りも、掴めないまま。 捜査の進展を待つだけの日々が続いている今この状況が、凄くもどかしい。 だけど、そんな中でも新規事業は着々と進んでいて。 「本部長、許可が降りた。来週から工事が始まるぞ」 「──本当ですか、社長!」 社長室。 その日、私はお父様に呼ばれていて。 何の話だろう、と思い社長室に入室した私にお父様は嬉しい報告をくださった。 「やっと……、やっと庭園カフェがオープンに向けて本格的に動き出しますね……!」 「ああ。今まで大変だっただろう、ご苦労だった」 「とんでもございません!」 「詳細は、追って知らせる。着工日は私も店舗予定地に出向くつもりだ。本部長もそのつもりで」 「分かりました!小鳥遊建設の小鳥遊部長も来られるのでしょうか?」 「ああ。彼にも連絡は入れてある。着工前に地鎮祭も行うし、それにも参加するだろう」 「かしこまりました。予定を調整しておきます」 「ああ、よろしく頼む」 こくりと頷いたお父様に、私は一礼して社長室を後にしようとした。 だけど、扉に手をかけた状態で振り向き、口を開く。 「きっと、お母様が目覚めた時。凄く喜ばれるでしょうね、お父様」 「──!ああ……そう願っているよ、茉莉花」 目を細め、柔らかく微笑むお父様。 今もまだ眠ったままのお母様を思い出しているのだろう。 お父様は柔らかい笑みを浮かべ、お母様に思いを馳せている。 お父様の邪魔をしないように、と私は静かに社長室を後にした。 ◇ 着工日前の、地鎮祭の日。 私が現場に向かうと、既に苓さんがそこには居た。 「苓さ……いえ、小鳥遊部長!」 「藤堂本部長」 にこり、と笑顔を向けてくれた苓さんに私は近付いて行く。 「とうとう、着工日が目前ですね」 私が苓さんの隣に並び立つと、感慨深そうに苓さんが呟く。 「はい。色々ご協力いただき、本当にありがとうございます」 「いえいえ。弊社も素晴らしい事業に1枚噛ませていただき光栄です」 ふふ、と悪戯っぽく笑う苓さんに、私も笑みを返す。 「きっとこの和風庭園カフェは凄く流行ると思います。桜の季節にオープンしますし、海外からの観光客も多く訪れますから、この国の文化を肌で感じられる、人気のカフェ
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329話

◇ 地鎮祭を、遠くから見つめる人物が居た。 その人物──女は、スマホを取り出すと誰かに電話をかける。 「ええ、お願い。そこの交差点で。ええ……決して跳ねては駄目よ。ひやっとさせるだけで大丈夫だから。目を向けさせる事が重要だから」 電話を切った女は、にんまりと笑みを浮かべ、その場を離れた。 ◇ 「お腹が空きましたね、どこかでご飯でもどうですか?」 地鎮祭は何事もなく終わり、ちょうど昼食時だ。 私は腕時計を確認し、お父様と苓さんに話しかける。 「そうだな……。この後急ぎの仕事もないし、どこかで食事をしてから社に戻ろうか」 お父様も私の提案に頷いてくれる。 私は苓さんに振り向いた。 「もちろん、俺もご一緒しますよ。この付近だと……和食料理と中華が近場にありますね。どこにしますか?」 「私は和食がいいが、茉莉花と苓くんはどちらがいい?」 「私も和食が良いです、苓さんは?」 私とお父様に問われた苓さんは、笑顔で「俺も和食がいいので、そこにしましょう」と答えた。 和食料理店は、交差点の向かい側にある。 私たち3人は会話をしつつ、赤信号で足を止めた。 「そう言えば、田村が物凄い気合いが入っていてな。1号店のオープンを記念してパーティーを開こうと言っている」 「パーティーですか?」 「ああ。お祖父様の喪が明けていないのに、パーティーはどうかと思うのだが……茉莉花はどう思う?」 「そう、ですね……。パーティーを行うのは、とても宣伝効果があると思います。確かにお祖父様が亡くなってしまってから日は経っていませんが……お祖父様だったら、宣伝になるならどんどんやれ、と仰ると思いませんか?」 「──はは、確かにな。しなかったら怒られそうだ」 そんな事を話していると、信号が青に変わり、私たちは歩き出した。 その時──。 「──っ、危ない!!」 苓さんの焦ったような声が聞こえ、苓さんが私を押しのけ、私の奥にいるお父様を強い力で押した。 その次の瞬間、私たちの目の前を物凄い速度で車が通り過ぎる。 どうやら信号無視をして、赤信号なのに突っ込んで来た車がいたらしい。 苓さんがその事にいち早く気付き、私とお父様を守るように押しのけてくれた。 もし、苓さんが気付かず私とお父様が普通に歩き続けていたら──。 確実に、さっきの車に轢かれていただろ
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330話

「茉莉花、大丈夫か?」 護衛の人に助け起こされたお父様が、私の元に駆け付ける。 苓さんに抱き起こされている私に心配そうな目を向けるお父様に、私は頷いて見せた。 「だ、大丈夫です……!お父様こそお怪我はないですか?」 「ああ。私も大丈夫だ。苓くんに押してもらわなければ……轢かれていたかもしれないな。ありがとう、苓くん」 「いえ、ご無事で良かったです。むしろ、俺こそ強く押してしまって失礼しました」 「いやいや、お陰で助かったよ」 お父様も、苓さんも。そして恐らく私の顔色も今は真っ青になっているだろう。 さっきまではご飯時で、3人でご飯を食べるのを楽しみにしていた。 だけど、今はもうそんな気持ちが萎んでしまっていた。 「……1度、会社に戻ろうと思う。茉莉花と苓くんはどうする?食べて行くか?」 お父様がそう切り出した。 私も、苓さんもお互い顔を見合わせて頷き合い、会社に戻る事にした。 ◇ 帰社し、本部長室にやって来てくれた苓さんと私は、ソファに向かい合わせに座っていた。 だけど、私たちの顔色は悪いまま、室内は無言の時間が過ぎる。 苓さんがせっかく忙しい中、時間を作り藤堂グループにやって来てくれたのに。 このまま特に話す事もなく、解散してしまうのは時間を無駄にしてしまっているようで、嫌だ。 「──苓さん」 だから私は、青い顔で俯き、何か考え込んでいるような様子の苓さんに向かって声をかけた。 苓さんは私の声に反応して、ぱっと顔を上げると申し訳なさそうに眉を下げた。 「すみません、茉莉花さん。せっかく一緒に居るのに考え込んでしまっていて……」 「いえ、大丈夫ですよ。さっきの車……このタイミングですから、不審に思ってしまうのは私も同じですから……」 そう──。 さっきの車が信号無視をして走り去ったのがどうにも違和感を覚えていて。 きっと苓さんも私と同じような違和感を覚えていたのだろう。 警察の捜査が進み、お祖父様を交通事故に遭わせた人物が分かったこのタイミングで、まるで私たちを脅すように信号無視の車が突っ込んで来たのだ。 涼子は、速水家は。 人に手をかける事に何の躊躇も無い、と思う。 だからこそ苓さんも難しい顔で考え込んでいたし、私もお父様も「まさか」と嫌な考えが頭に浮かんだ。 「一先ず……暫くは護衛の人数を増やして、
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