All Chapters of あなたの「愛してる」なんてもういらない: Chapter 311 - Chapter 320

358 Chapters

311話

「すっ、すみません茉莉花さん!」 苓さんは一瞬で状況を把握すると、真っ青だったり真っ赤になったりしながら私から勢い良く手を離した。 今まであれ程ぎゅうっと抱きしめられていて、隙間もなくぴったりと苓さんとくっついていたのが嘘のよう。 苓さんが物凄い速度で離れて行ってしまって、何だか寂しさを感じてしまった。 「俺、思いっきり抱きしめて眠っていましたよね!?体痛くないですか!?」 「ふふ、大丈夫ですよ。苓さんにぎゅっとしてもらえてると安心して……ぐっすり眠れました。苓さんもちゃんと寝れましたか?」 「──……っ、は、はい!俺は十分……!」 こくこく、と頷いた苓さんは、慌ててベッドから降りると乱れた髪の毛を手櫛で整え始める。 「苓さん、今日はここから出社しますよね?ワイシャツを用意させます。スーツの替えは……ごめんなさい、用意がなくて……」 「あっ、いや、昨日茉莉花さんのお父様に着替えの準備はしてくるようにって言ってもらえていたので、着替えは大丈夫です……!」 「本当ですか?それなら、良かった。シャワーを浴びますよね?お着替えを持って行きます」 「ありがとうございます」 「いえ。こちらこそ、昨日苓さんが来てくれて嬉しかったです。ありがとうございます。食堂で待っていますから、早く来てくださいね」 私はそう告げると、苓さんに近付いて背伸びをする。 軽く苓さんの唇にキスをすると、驚く苓さんを残して私は着替えのために別室に向かった。 ◇ 食堂で苓さん、お父様と一緒に食事を摂った後。 苓さんは会社に。 私とお父様はお祖父様の遺品整理の続きに取り掛かった。 だけど、まさか会社に向かう苓さんを見送った私の姿が、記者に撮られているなんて気付かず、私は遺品整理に集中してその写真が出回っている事になんて少しも気付かなかった。 「茉莉花、少しいいか?」 「──?はい、お父様」 お祖父様の書斎で、お父様と一緒に日記を確認していた時。 お父様が1冊の日記を手に私に声をかけてきた。 振り向いた先に居るお父様の表情は、陰っていて。 何か、見つけたのだろうか──。 そんな私にお父様はお祖父様の日記をあるページで開き、私に見せてくれる。 「なんですか、お父、さま……」 お父様が見せてくれた日記。 そのページに目を落とした私は、そこに書かれている文
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312話

お祖父様が速水家の事を日記に記していた──。 その日記は数十年も前のもの。 私がまだ生まれる前で、お父様がまだ学生の頃の日記。 だとしたら、速水家の娘がお父様に懸想して敗れ、母子でお父様と私に復讐しているのでは。 叶わなかった恋慕の恨みを晴らしているのでは、という線は否定された。 もしかしたら、もっと昔から。 速水家は藤堂家に対して恨みを抱いていたのかもしれない。 因縁めいた物を感じ、私はぞっと背筋を震わせる。 「──苓さん、苓さんに連絡しなくちゃ……!」 私は震える手で苓さんの名前を呼び出し、電話をかける。 だけど、いつもは数コールもしない内に出てくれる苓さんが今日に限っていつまで経っても電話に出てくれない。 「れ、苓さん……?どうしたの……?どうして出てくれないの……」 普段は苓さんの優しい声がすぐに機械越しに聞こえるのに。 今はいつまで経っても無機質なコール音だけが耳に届く。 「──っ、どうして……っ」 いつまでも鳴り響く、呼び出しのコール音。 だけどやっぱり苓さんが電話に出てくれる事は無かった。 だから私は苓さんにメールを打って、送信しておく事にした。 本当はこんな大切な事、出来るなら電話で伝えたかった。 だけど、すぐに連絡を入れておいた方がいい。 私は簡潔に文章を作成すると、苓さんにメールを送信する。 「……そうよね、苓さんは今、私やお父様の代わりに新規事業にかかりっきりになっているんだもの……。物凄く忙しいはず。今も、もしかしたら会議中だったのかも……」 メールを見たら、苓さんならすぐに連絡をしてくれるはず。 だけど──。 その日は、お昼を過ぎても。夕方になっても。 苓さんから連絡が返ってくる事はなかった。 ◇ お祖父様の書斎で1人。 遺品整理をしていた私。 お父様はお祖父様の日記を見つけ、谷島刑事に報告をしに行った。 随分昔の日記だけど、もしかしたら怨恨による犯行たる証拠の1つとして認められるかもしれない。 「お父様も知らなかった情報みたいだし……、お祖父様は敢えてお父様にその情報を教えなかった……?」 どうしてだろう──。 そんな疑問が、頭に過ぎる。 お祖父様は、何か考えがあって速水家の事をお父様にも私にも伏せていたのだろう。 だけど、絶対に何かしらの理由がある。 もし、その
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313話

「──っ!苓さん!?」 私は急いでスマホを取り出すと、画面に表示された苓さんの文字を見て急いで電話に出た。 「はっ、はいもしもし!苓さん!」 〈茉莉花さん?すみません、連絡に気が付くのが遅くて、こんな時間になってしまいました〉 「いえいえ、大丈夫ですよ。むしろ、私とお父様が苓さんに仕事を任せっきりにしてしまって……本当にすみません」 〈気にしないでください。俺に出来る事だったら全然!元々仕事は好きですから。──っと、そうだ茉莉花さん!連絡を貰った件……!〉 私は苓さんに言われ、はっとする。 「そ、そうです苓さん!お祖父様の古い日記から速水家が藤堂と関わりがあった事を示す文章が!」 〈ええ、茉莉花さんが撮ってくれた写真を俺も見ました。あの内容だったら、谷島が──警察が動くはずです〉 「良かった……!その、お祖父様の書斎にもっと速水家の事が書かれた日記がないかな、と思って……今探しているんです」 〈そうなんですね、良かった……。それが見つかれば警察の捜査もし安くなるはずです〉 苓さんの言葉に、ほっと胸のつかえが取れる。 もしかしたら、大きな証拠とはならないかも……。そんな不安があったけど、苓さんの言葉1つでこんなに安心出来るなんて。 安心した途端、私は急に苓さんに会いたくなってしまう。 今日が無理でも、明日とか。その次の日とかに会う事はできないだろうか。 私も、お父様も明日からは会社に復帰する。 仕事が終わって、苓さんと待ち合わせをして夕食でも一緒にできたら──。 そんな事を考え、私はそわつきながら電話の向こうにいる苓さんに提案してみる事にした。 「あ、あの苓さん……」 〈どうしました、茉莉花さん?〉 「明日から、会社に復帰するんですけど……もし苓さんが良ければ……一緒に夕食でもいかがですか?その、会社帰りにどこかのお店でとか、あとは家に来てくださったり、とか……!」 私の提案に、いつもだったらすぐに苓さんが言葉を返してくれるのだけど。 珍しく電話の向こうにいる苓さんが躊躇うように息を呑んだのが分かった。 「苓さ──」 〈茉莉花さん……すみません〉 「え……?すみませんって、どう言う……」 〈俺たち、暫くの間は外で会う事は控えましょう〉 「──え……、」 苓さんの硬い声が響く。 私は、信じられない気持ちで、唖
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314話

──ガタン、と私のスマホが手の中から床に滑り落ちる。 その大きな音にびっくりしたのだろう。 電話の向こう側にいた苓さんが驚いたように声を上げた。 〈茉莉花さん!今の音何ですか!?大丈夫ですか!?〉 「──え、あ……っ、ご、ごめんなさい何でもないんです……!」 〈あの、茉莉花さん。さっきの俺の話……聞こえてました?何だか、誤解があるような──〉 いけない──! 私、さっきの苓さんの言葉が衝撃的過ぎて、何も耳に入っていなかった……! だけど、話をちゃんと聞いていないって事が苓さんに知られてしまったら。 呆れられてしまうんじゃないか。 そんな不安が胸に過ぎる。 「だ、大丈夫です……!ちゃんと、聞いていました……!」 〈それならいいんですが……。いや、でも……直接会って説明したいかも……。でも今は茉莉花さんの家には行けません〉 家に来れない。 そう、そうよね。 苓さんは今とても忙しいはず。 それなのに、私は心配ばかりかけて苓さんのお仕事の邪魔をしているのでは──? ああ、駄目だ。 どんどん思考が暗く、良くない方向にばかり向かってしまう。 このままだと、完全に苓さんに呆れられてしまう。 「大丈夫です、苓さん!そのっ、お祖父様の日記については私の方でもう少し調べてみます。新しい証拠が見つかったらまた苓さんにご連絡しますね。お仕事が忙しいのに、迷惑をかけてしまってごめんなさい。おやすみなさい!」 〈──えっ、あっ、茉莉花さ〉 苓さんの焦ったような声が聞こえた。 だけど、私は自分勝手に言いたい事だけを告げると、急いで通話を切ってしまう。 ああ、最悪だわ。 苓さんがまだ喋っていたのに、勝手に電話を切ってしまった。 だけど、これ以上苓さんに迷惑をかけたりして、これ以上負担を負わせてはならない。 今でさえとても苓さんには頼りきってしまっているのだから、これ以上は頼れない。 「藤堂の家の事は……私とお父様で解決出来るようにしないと……!」 私は気持ちを切り替えるように胸の前で拳を握り、自分に言い聞かせるように声に出した。 ◇ ツーツー、と無機質な切断音を鳴らすスマホ。 俺は、茉莉花さんとの電話が切れてしまった事に肩を落とした。 「茉莉花さん……、絶対俺の言葉を誤解してるよな……」 やるせなくて自分の髪の毛を荒くかきあげ
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315話

翌日。 スマホの目覚ましのアラーム音が大きく響き、それを止める。 「どうしよう……あんまり眠れなかった……」 私はベッドから起き上がり、重い体を何とか動かすと着替えを済ませ、食堂に向かった。 既にお父様は会社に出社したのだろう。 食堂には私と数人の使用人しかおらず、私が席に着くと朝食を運んでくれた。 「どうぞ、お嬢様」 「ありがとう」 用意された食事に手を付け、お父様がいつも読んでいる経済新聞を手に取る。 食事が終わって、家を出る前の少しの時間だけでも新聞を確認しておこう。 ここ数日は、お祖父様のお通夜やお葬式でバタバタしていてあまりニュースを確認出来ていない。 経済面も確認出来ていないから、急いで確認をしないと。 食事を終え、コーヒーを用意してもらっている間、私は新聞を確認する。 やっぱり、お祖父様が亡くなってしまった事は取り上げられている。 老衰ではなく、事故死だ。 それに、警察はこの交通事故の捜査。そしてチャリティー登山について再捜査を始める。と正式に発表した。 「谷島刑事が強く進めてくれたのだわ……」 谷島刑事の家は、警察官僚一家だと聞いている。 もしかしたら、彼のご両親も手を回してくれたのかもしれない。 それだけ、チャリティー登山の再捜査が決定するのが早い。 警察の発表のお陰で、登山事故で起きた藤堂グループ全体の株価の下落は、どうにか解決するだろう。 だけど──。 私は新聞に落としていた視線を上げ、眉間を揉む。 「やっぱり、警察が再捜査を発表したから……色々な陰謀が論じられているわね」 暫くは周辺が騒がしくなるだろう。 私は用意してもらったコーヒーを飲み干すと、新聞を閉じてテーブルから立ち上がった。 そろそろ出社の時間だ。 頭を切り替えて、仕事に向かわなきゃならない。 お祖父様が亡くなってしまったからといって、くよくよし続ける事は出来ない。 時間は止まってはくれないのだ。 ◇ 会社に出社した私に、チームの皆は優しい声をかけてくれた。 気遣ってくれる気持ちが嬉しくて。 私にも心配してくれる人が沢山いるんだ、とじーんと幸せを噛み締めていると。 「藤堂本部長」 「──志木チーム長?どうされたんですか?」 他のチームのメンバーが本部長室を出て行く中、ふと志木チーム長が入口の扉の前で足を止め
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316話

「藤堂家、で検索をかければ見つかるかしら……?」 それとも、お父様やお祖父様の名前? どう検索すればいいか分からないけど、私は取り敢えず検索の部分に「藤堂」と単語を打ち込む。 すると、ずらりと今回の事件に関するニュースが出て来た。 お祖父様が亡くなってしまった事。 登山での事故。 そして、交通事故の事──。 色々な記事が出てくる中で、私は見覚えのない記事を見つけた。 「──えっ?何、これ……」 私は、震える声でその記事をタップする。 そこには【藤堂家の1人娘を巡る、三角関係!?】と言う文字が書かれていた。 開かれた記事を読んでいる内に、私の感情がみるみるうちに波打ち、荒ぶる。 「なっ、何この記事……!酷いっ、とんだデタラメばかりだわ……っ!」 ネットニュースの記事だから、殆どが適当な憶測ばかりで書かれている。 裏付けもなく、ただただ想像で好き勝手に書かれているけど、私や苓さん、そして御影さんの写真が載せられてしまっていて。 隠し撮り写真だけど、御影さんが私の家に来ている所や、私が苓さんと映っている所を撮られ、一緒に載せられてしまっているからかコメント欄には好き勝手な憶測が書かれていた。 中には、私が男性2人を手玉に取っているとんでもない悪女だと言っている人もいて──。 「さ、最悪だわ……!早くこのネットニュースの削除を依頼しないと……!」 お父様もお祖父様の件で忙しくしていて、手が回っていないのだろう。 普段だったら即座に対応出来るはずのそれが出来ていない。 「──っ!もしかして、苓さんが暫く会えないって言ってたのは、このネットニュースが原因?」 私ははっとして、昨夜の苓さんとの電話を思い出す。 会えない、と言われた衝撃が大き過ぎて内容を殆ど覚えていないけど、もしかしたら苓さんはこの事を憂慮して暫く会いに行かない、と言ったのかもしれない。 「……これは、苓さんとの婚約を早く発表して、御影さんとの関係はキッパリと否定しないと駄目そうね……」 だけど、御影さんと一緒にパーティーに参加した事までコメントには書かれ始めている。 虎おじさまが開いたパーティーの参加者は多かった。 沢山の招待客がいたから、私と御影さんの姿は多くの参加者に目撃されていたのだろう。 「御影さんと婚約をしていた事は事実。この事を認めつつ、今は苓
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317話

その日の午後。 廊下を歩いていると、普段より視線を感じた。 やっぱり、私と苓さん……そして、御影さんのあのネットニュースは、多くの社員の目にとまっているらしい。 注目を集める事は慣れているけど、懐疑的な視線は少し居心地が悪い。 (いえ、でも私は何も悪い事はしていないんだから、堂々としていればいいのよ……!) そうすれば、この会社で働く社員達はあのネットニュースがでたらめだと察してくれるかもしれない。 普段よりぐったりと疲れた状態で本部長室に戻り、私は午後の仕事に取り掛かった。 明日は、お母様の病院にお見舞いに行く日だ。 午後休を取ってしまうので、仕事をある程度終わらせないと。 私はぺしぺしと頬を叩き、頭を切り替えて仕事に取り掛かった。 その日の夕方。 定時過ぎに、私のスマホが着信音を鳴らした。 「──苓さん!」 昼間の内に苓さんに連絡を入れていたのだ。 私は急いで画面をタップして、苓さんからの電話に応じる。 「も、もしもし……!」 〈茉莉花さん、俺です〉 「ええ、苓さん。連絡をいただいてすみません、ありがとうございます」 〈いえ、全然大丈夫ですよ。その……昨夜、茉莉花さんに誤解されちゃったかな、と思っていたので。……俺の仕事はまだ少しかかりそうなんです。1時間くらいで終わると思うので、待っていてもらってもいいですか?〉 「もちろんです!私もまだ仕事が終わっていないので、大丈夫ですよ」 〈良かった。下に着いたらまた連絡しますね〉 「分かりました、待っていますね」 ではまた、と言って苓さんが電話を切る。 あと1時間で、苓さんが来る。 苓さんの顔が見れる。 急いで仕事を終わらせないと! そう考えた私がパソコンに向き直り、どれだけ時間が経った頃だろうか。 私の内線が鳴った。 「──こんな時間に、内線?」 少し訝しげに呟き、内線を取る。 すると、受付からだった。 〈藤堂本部長、その……来客です〉 「来客──?今日、訪問予定はないけれど、誰ですか?」 私が不思議そうにそう聞くと、受付は戸惑いつつ答えてくれた。 〈その……御影ホールディングスの御影専務取締役です〉 「何ですって?」 〈──あっ、ちょっと困ります……!〉 受付の困ったような、慌てたような声が聞こえ、電話口がしん、と静まり返る。 どうした
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318話

廊下を早足で歩く。 ヒールのカツカツという音が定時を過ぎた廊下に響く。 私が2階にある来賓室に向かうためにエレベーターに向かっていると、帰り支度を終えたのだろう。 志木チーム長と矢田主任がちょうどフロアから出てくるのが見えた。 「あっ、藤堂本部長!」 「矢田主任に、志木チーム長。お疲れ様です」 矢田主任が笑顔で声をかけてくれる。 2人は荷物を持って廊下に出て来たので、これから帰宅するのだろう。 「お疲れ様です。……本部長は、まだ帰られないんですか?」 私がまだ社内証を首から掛けているのを見た志木チーム長が不思議そうに話しかけてくる。 私が手に何も持っていない所も見て、そう判断したのだろう。 別に隠す事ではない。 私は志木チーム長に頷いて見せた。 「ええ、ちょっと急な来客対応が発生したんです。お2人はもう上がりですよね?お疲れ様でした」 私が笑顔で告げると、志木チーム長の眉間がぐっと寄った。 「矢田主任、お疲れ。少し用事が出来たから、飲みはまた今度にしよう」 「はーい、分かりました!ではまた、志木チーム長に藤堂本部長!」 「えっ、ええ、また。お疲れ様」 笑顔で去って行く矢田主任に、その場に残る志木チーム長。 志木チーム長の用事って、と私が困惑していると彼は私に向き直った。 「……本部長の表情が優れないです。急な来客ってもしかしてあまり会いたくない人、ですよね?」 「──っ、嫌だ、顔に出ていましたか?」 「……憂鬱そうな感じが、少し」 「ふふ、すみません。顔に出してしまうなんて駄目ですね」 「来客対応、お付き合いします。……今の状況で、本部長が私が想像している人と2人きりで会うのは少し不味いような気がします」 「──っ!」 まさか、誰が来ているかも志木チーム長は既に察しているなんて。 私が驚いている間に、志木チーム長はすぐに社員証を首に掛けてフロアに戻るために歩き出した。 だけど、フロアに戻る寸前、私に振り向き話す。 「本部長。小鳥遊部長に連絡を入れておいた方がいいと思います」 「──!え、ええ。分かりました。ありがとうございます、志木チーム長」 こくり、と頷いた志木チーム長は今度こそフロアに戻って行く。 私は彼の背中を見送った後、スマホを取り出して苓さんに連絡を入れておく。 志木チーム長に言われて確
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319話

「お待たせいたしました、御影専務」 来賓室をノックし、私が扉を開けつつそう声をかける。 すると、来賓室に通されていた御影さんはぱっと私を振り向いた。 振り向いた先の御影さんの表情はどこか明るく見えた。 だけど、私のすぐ一歩後ろに志木チーム長の姿を捉えた御影さんは、あからさまに不快感を顕にした。 「……茉莉花、そいつは必要ない」 「何故でしょう?私にご用でしたら、同じチームのチーム長も同席するのは普通では……?」 「仕事の話じゃない事は分かっているだろう」 「仕事の話でないのでしたら、話す事はないかと。それに、元々弊社と御社には何の仕事の関係もございません。何か提案があったのか、と思いましたがそうでないなら──」 私がつらつらと回答し、部屋に入らずにそのまま踵を返そうとした瞬間、御影さんが焦ったような声を上げる。 「──話があるから来た!その男が俺と茉莉花の私的な話を聞いてもいいと言うなら、このまま居ればいい」 「私的?私と御影専務に私的なお話をする理由などないと思いますが……」 私が首を傾げ、にっこりと笑いかけると御影さんはぐっと言葉に詰まる。 微かに頬が紅潮しているように見えるけど──何でそんな顔をするのか、分からない。 私が不思議そうにしていると、御影さんは咳払いをして立ち上がると私に向かって近付いてきた。 身長が高く、足が長いからだろうか。 数歩歩いただけであっという間に私の目の前にやってきた御影さんは、僅かに身を屈め、私との距離を近付ける。 「──っ」 「御影専務……!」 私が体を強ばらせるのと、志木チーム長が咎めるような声を上げたタイミングは同時。 私が距離を取ろうと足を一歩退げようとした時、御影さんは私の耳元で呟いた。 「涼子の事に関して……無関係な奴にも話していいのか……?」 「──っ」 そうだ──。 御影さんは、涼子に持たせているカードで彼女のお金の流れを追えるのだ。 即ち、御影さんだけが涼子がどこにいたのか、直近で調べる事が出来る。 志木チーム長達は、私のお祖父様が亡くなったのは事故だと思っている。 他殺の可能性があるなんて知らないのだ。 そんな状況で、彼にこれ以上話を聞かれてしまうのは不味いのでは──。 無関係な人を、事件に関わらせてしまう事になるのでは──。 私が一瞬悩んだ事に御影
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320話

引き寄せられた私の体が、ぽすりと逞しい体に包み込まれる。 嗅ぎ慣れた爽やかな香水。 そして、私を優しく包み込む腕と、手。 それに、私の大好きな声が頭上から聞こえて、私は自分の腰に回された手に自分の手を重ねた。 「苓さん……!」 ぱっと顔を上げて見た苓さんの顔は、とても怒っているように見えた。 普段私に向けられた事がないくらい剣呑な光を宿した目で、御影さんを睨んでいるのが分かる。 「れ、苓さん……?」 「──っ、すみません茉莉花さん。遅くなりました」 苓さんは私の声に反応するとすぐに柔らかい笑みを浮かべてくれた。 そして私の額に軽く唇を落とすと、背後からぎゅうっと強く抱き締めてくれる。 「……あー、その……、小鳥遊さんが来られたなら、もう大丈夫ですよね」 ぽつり、と聞こえた志木チーム長の声。 そうだ、そうだった!志木チーム長も居たんだった……! 私は顔を真っ赤に染めつつ志木チーム長にお礼を言うために顔を向けた。 志木チーム長は気まずそうな顔をしていたけど、私の視線を受けてぺこりと頭を下げて貴賓室を後にしてしまった。 「──あっ、志木チーム長……!その、すみませんありがとうございました!」 私の声が聞こえているかは分からないけど。 だけど、お礼は伝えておきたい。 後ろは苓さんがいるから見えないけど、志木チーム長に声が届いていたらいい、と考えた。 そして、私は苓さんと一緒に貴賓室の中にいる御影さんに顔を向ける。 「こんな風に茉莉花さんの会社に来て……迷惑だとは考えないんですか、御影専務」 「迷惑……?俺が茉莉花に迷惑をかける訳がないだろう。有益な情報を持って来てやったと言うのに随分な言い様だな」 「有益な情報……?」 御影さんの自信満々な態度に、私を抱き締めていた苓さんの表情が変わる。 「ああ。涼子の足取りを知りたいんだろう?俺は涼子にカードを持たせているからな。彼女がいつ、どこでカードを使用したか分かる」 「……その情報が本物なのでしたら、確かにとても有益ですね。どうして警察に通報しないんですか」 「それくらい分かるだろう。茉莉花を俺の家に寄越せ。涼子から匿ってやる」 まるで当然のように私に向かって手を伸ばす御影さん。 どうしてそんなに自信満々なのだろうか。 どうして私が御影さんの手を取ると思っているのか、
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