All Chapters of あなたの「愛してる」なんてもういらない: Chapter 341 - Chapter 350

358 Chapters

341話

◇ 藤堂の家に私を送ってくれたお父様。 お父様は私を気遣い、暫く仕事──会社は休むか、と聞いて下さったけど休む事はしたくない。 確かに苓さんに忘れられてしまった事はショックで。 悲しくて悲しくて辛いけど、だからと言って、苓さんと一緒に進めていたカフェ事業を途中で放り投げる事も、休む事もしたくない。 だから私はお父様に「大丈夫」だと伝えた。 お父様は心配そうにしていたけど、会社に戻らないといけないらしく、私を家まで送って下さった後は会社に戻った。 家で1人になった私は、ふと家の中を見回した。 すると、家の中や外……庭先で苓さんと一緒に過ごした思い出が蘇る。 「そう言えば、苓さんが寝泊まりしている客間で一緒に寝た事もあったし……。私のお部屋で過ごした事もあったわ……」 そうだ。 そして、まだ存命していたお祖父様と、お父様と苓さんが夜にお酒を飲んで談笑していた時もある。 それに、苓さんと手を繋いで離れの日本庭園を何度も散歩した事を思い出す。 「あの離れは、お母様がお気に入りだって事を苓さんにもお話したものね……」 庭園の見事さに、苓さんが感動してくれていた事も、しっかりと覚えている。 「……苓さん」 いつか、私の事を思い出してくれるだろうか。 それとも、今後一生……私の事は思い出してくれないのだろうか──。 でも。 苓さんは、私の事を好きになってくれたんだから、もう1度好きになって貰えるよう、努力しよう。 苓さんから沢山「好き」を「愛情」を貰ったから、今度は私から沢山苓さんに好きと愛情を伝えて。 そして、もう1度私を見てもらって──。 好きになってもらえばいいんだ。 「──うん、うん……。そうよね。苓さんに忘れられちゃった事で、絶望している暇は無いわ。仕事もあるし、今後も苓さんと会う機会は沢山ある。苓さんに私を改めて知ってもらおう」 私はそう気合いを入れると、ぐっと握りこぶしを握って自分の部屋に戻った。 誰か──。 恐らく、涼子だろう。 涼子から送られてきたあんなメッセージなんかに、私は傷付いたりしないんだから──。 ◇ 翌日から、私は今まで以上に仕事に打ち込むようになった。 時折、本部長室にやってくる志木チーム長や矢田主任は不思議そうに、心配そうに私を見てくるけど、特に彼らから何かを言われる事は、無い。
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342話

◇ それから、1週間後。 苓さんが退院した、との知らせを受けた。 圭吾さんから教えてもらい、私は無意識の内に自分のスマホを取り出した。 いつものように苓さんの名前を呼び出してタップしようとして、私の指はぴたりと止まる。 「──はっ、はは……。馬鹿みたい……私が急に連絡したら、苓さんは驚くわ……」 それに。 今の今まで私のスマホに苓さん本人からの連絡は1度も無い。 私の事を忘れてしまっているから、それは当然。 苓さんが私の私用連絡先に連絡を入れる訳が無い。 頭では分かっているけど、心がまだついていけていない。 「……苓さんの仕事用のアドレスに、連絡を入れておこう……」 まだ、カフェの現場視察は残ってる。 私だけで視察に参加してもいいんだけど、記憶を失う前の苓さんは現場視察には全て参加したい、と言っていた。 私は自分のパソコンで苓さんの仕事用アドレスを呼び出してメールの文章を打つ。 圭吾さんから退院したのを聞いた事、体を気遣いつつ、仕事への復帰はいつになるか。 そして、今後直近で行われるカフェ建設の現場視察のスケジュールを記載して、参加の有無を改めて問う。 「これくらいで……いいわよね……」 当たり障りのない、温度の無い文章。 ビジネスメールと言って遜色ない程のメール内容。 これが、自分の婚約者相手の文章なんて、と私はメール画面を見て笑ってしまった。 「凄く、他人行儀だわ……」 苦笑いを浮かべつつ、メールを送信する。 メールが無事に送信された事を確認した私は、メールの画面を閉じて別の仕事に取りかかる。 カフェの完成まで、あと2ヶ月程。 終盤になれば、外装と内装が始まって、それが終われば様々な物の搬入が始まる。 形が出来たら、後はカフェ事業の広報活動だ。 それに関しては、虎おじさまが全面的にサポートしてくれるから凄く話題になるだろう。 「オープンに向けて、施策も打たないと……」 やるべき事はまだまだ山積みだ。 私は自分のチームのみんなと協力しつつ、仕事に没頭した。 夜。 定時を大分過ぎた時間。 私はふ、とパソコンから顔を上げてぐっと伸びをした。 同じチームの皆は既に帰宅している。 私は、自分の家に帰るのが何だか嫌で。 仕事を持ち帰って家でやろうか、とも考えたけど。 あの家には、苓さんは何度も泊ま
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343話

【藤堂様】 そんな出だしから始まった、苓さんの返信。 メールの返信には、取引相手として丁寧に文章が打たれていた。 退院と、怪我の気遣いに対するお礼。 それと現場視察の日程について、何ヶ所かは他の仕事を優先するために辞退する旨が記載されていた。 「は……、ははっ」 以前、苓さんが言っていた言葉を思い出す。 【茉莉花さんが心配だから。茉莉花さんが現場視察に行く時は必ず俺が一緒に行きますね。──他の仕事?茉莉花さんを最優先する以外に大事な事なんて無いですよ】 そんな風に、真面目な顔で真っ直ぐ私を見つめて言ってくれた苓さん。 だけど、今は──。 「もう、あの苓さんは居ない、のか……」 私は静かな本部長室でぽつり、と呟いた。 ◇ それから、ひと月の間。 仕事に復帰した苓さんとは、数回だけ現場視察をした。 その時の彼は、どこかよそよそしくて。 仕事に関わる、必要最低限の会話しかしない。 そして、仕事が終われば現地解散。 あれから、苓さんとプライベートな話も。 付き合っていた事についても話すきっかけが無くて。 私たちの今後は、一体どうなるのだろうか、と少し不安に思った。 「……婚約を発表した訳じゃ、ないから……苓さんが私を忘れてしまった時点で、もう私と苓さんの関係は終わってしまったの……?」 恋人だった頃の記憶があるのは私だけ。 苓さんにとっては、見知らぬ女と付き合っていた、と言う事実が信じられないだろう。 だからこそ、私との関わりは必要最低限、仕事でどうしても会わないといけない時だけに留めているのかもしれない。 「……私は、これからどうしたらいいの……」 苓さんが手配してくれた護衛の人は、まだ私とお父様を守ってくれている。 少し離れた場所にいる彼らが、まだ苓さんと繋がっている唯一の証のようで。 本当は護衛に関しても、こちらから断りを入れるか、藤堂で手配をした方がいいのだろう。 だけど、苓さんが手配してくれたから──。 「ああ、もう……っ、全然分からない。どうしたら……っ」 思いっきり泣いてしまいたい。 だけど、泣いたら諦めてしまいそうで。 苓さんとの関係を、1回リセットした方がいいんじゃないか。 そんな考えも浮かんで来ている。 ひと月経った今も、苓さんには記憶が戻る気配が無い。 2人で話した事がある和風
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344話

もしかしたら、苓さん──? そんな、微かな期待を抱いてしまう。 もしかしたら記憶が戻って、会いに来てくれたんじゃあ……。 そんな風に考えた私を嘲笑うかのように、使用人の女性が訪問者の名前を口にした。 「御影さんが、来られています」 「御影さん──?」 どうして御影さんが、と困惑する。 「……分かったわ、今行く。御影さんは客間に?」 「はい、外でお待ちいただくのも、と思い……」 「……そうね。記者はもう居なくなってるけど、他の人に見られる可能性があるから、中に通してくれて助かったわ、ありがとう」 「いえ、とんでもございません」 では、私はこれで。 そう告げて、使用人の女性は戻って行った。 私はため息を吐きつつ、カーディガンを上に羽織ると自室を出た。 客間に通されている、と言う御影さんの元に向かった。 ◇ ドアをノックし、室内に入る。 「こんな時間に何の用ですか、御影さん」 「──茉莉花」 私が部屋に入るなり、ソファに座っていた御影さんが立ち上がる。 私は部屋の扉を全開にしたまま、御影さんに近付いた。 部屋のすぐ外の部屋には、使用人が控えてくれている。 以前、会社に来た御影さんの行動を考えれば、彼を警戒するのは当たり前で。 私が御影さんから少し離れた場所で止まった事で、御影さんは不服そうな表情を浮かべた。 「……茉莉花、話を聞いた」 「話ですか?何の話でしょう?」 「小鳥遊が事故に遭い、大怪我を負ったらしいな。それに……お前の記憶を失った、と聞いたがそれは本当か?」 どこでそれを──。 私が言葉に詰まった事で、御影さんは確証を得たのだろう。 眉を寄せると私に1歩近付いた。 「本当だったんだな」 「どうして、それを御影さんが知っているんですか……?それに、それを知ったからと言って御影さんに何の関係があるって言うんですか?」 御影さんが近付いた分、私は1歩退がる。 そんな私の態度が不服なのだろう。 御影さんは眉を寄せたまま私の腕を掴んだ。 「だから俺にしろ、と言ったんだ。茉莉花の事を簡単に忘れるような男だぞ。お前の事なんて、大して思っていなかったんだ。そうじゃなきゃ、お前だけを忘れるか?」 「……っ、勝手な事を言わないでください。それに、例え苓さんが私の事を覚えてくれていなくても、私は苓さんの事が好
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345話

腕を強く掴まれていて、御影さんから離れる事が出来ない。 私は何度も腕を振り払おうとしたけど、私の腕を掴む御影さんの力が増しているように感じる。 「茉莉花、お前に相応しいのは俺だろう!?あんな薄情な男より、俺の方が相応しい!俺と一緒にいれば、今後危険な目には遭わない!」 「──離してくださいっ!」 私たちの話し声は、次第に大きくなっていく。 御影さんの声に負けじと、私が大きな声で「離して」と言った瞬間、廊下を走ってくる使用人の足音が聞こえた。 「お嬢様、大丈夫ですか!?」 「──っ、ええ!お客様がお帰りよ。見送ってあげて」 「かしこまりました。御影様、お嬢様から離れてください。お見送りいたします」 やって来た男性使用人2人に囲まれた御影さんは、渋々といった体で私から手を離す。 私の横を通り過ぎる際、御影さんはぼそりと呟いた。 「涼子の暴走は止まらないぞ。……お前を守れるのは俺だけだと思っておいた方がいい」 御影さんは私にそう言うと、そのまま歩いて部屋を出て行った。 「──っ、最悪、だわ……」 ずきり、と御影さんに掴まれた腕が痛む。 ちらりと服の裾を捲って確認してみると、腕にははっきりと御影さんの指の痕が残っていた。 ◇ 翌日。 いつも通り会社に出社した私は、仕事をしつつ時折痛みを感じる自分の腕に目を向けた。 「痛いわね……。打撲みたいな感じになっているのかしら……。馬鹿力だったのね、あの人って……」 ズキズキと痛む腕のせいで集中が続かず、私は背もたれに深く背中を預けた。 天井を見上げ、ため息をついていると本部長室の扉がノックされた。 「──はい?」 「本部長、矢田です」 「矢田主任?どうぞ、入ってください」 「失礼します」 やって来たのは、矢田主任。 社内施策の報告にやって来てくれたみたいだった。 彼女は胸元にバインダーを抱えて、歩いて来る。 私の目の前までやって来た矢田主任は、バインダーを手渡してくる。 「本部長、こちらが今回の施策です。ご確認の上、署名をお願いします」 「ええ、分かりました。今確認しますね」 バインダーに手を伸ばした私に、矢田主任の表情が変わる。 手を伸ばした際に、私の服の裾から昨夜の痣が見えてしまったみたいで──。 「ほ、本部長!どうしたんですか、それ!?」 「えっ、ああ…
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346話

苓さん──? どうして、ここに。 今日は特に仕事の打ち合わせも何も入っていない。 私がびっくりしていると、矢田主任がはっとしたような顔をして、納得したように頷いた。 「──なるほど!藤堂本部長は既に小鳥遊部長にお伝えしていたんですね……!だからこちらに……!」 そっか、そっかあ!とふふふ、と楽しそうに笑う矢田主任。 矢田主任は、苓さんが記憶を失っている事を知らないから。 だから、そんな勘違いをしているのだろう。 苓さんが記憶を失っている事を、周囲に知られる事は裂けたい。 そんな事を考えた私が口を開くより先に、苓さんが落ち着いた様子で矢田主任に答えた。 「──湿布を持っているんですか?」 「ええ!私のデスクにあるので、持って行きますよ!」 「いえ、一緒に取りに行きます」 「分かりました!藤堂本部長、少し待っててくださいね!」 じゃあ、私はここで。 そう言いながら矢田主任は苓さんを連れてあっという間に部屋を出て行ってしまった。 私が止める暇もなく、苓さんも矢田主任に着いて行ってしまって……。 「……どうしよう、気まずいわ……」 本当に苓さんはこの部屋に戻って来るのだろうか。 私と一緒にいるのが気まずそうだったのに? 私がそんな事を考えていると、少しして再び扉がノックされる。 私が返事をすると、苓さんが姿を現した。 手には、矢田主任から預かったのだろう。 湿布が入っている袋を手に持っている。 「失礼します」 カツカツと踵を鳴らして私のデスクまで歩いてやって来た苓さんは、目の前でぴたりと足を止めると、口を開く。 「藤堂さん、湿布を貼りましょう。ソファに座ってください」 「──小鳥遊さん、1人で貼れますから大丈夫ですよ。それより、小鳥遊さんはどうしてここに?」 私は、苓さんから視線を逸らしつつそう告げる。 すると、苓さんは目を伏せたまま答えた。 「……兄から、これを届けるようにと伝えられて……」 「圭吾さんから……?」 私が圭吾さんの名前を口にすると、苓さんの表情が強ばる。 どうしてそんな反応をするのかは分からないけど、苓さんが反対の手に持っていた茶色い封筒を見た私は自分の手を差し出した。 「わざわざありがとうございます。受け取りますね。後で確認します」 そして、湿布も一緒に渡してもらえれば。 私が湿
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347話

くしゃり、と苓さんの顔が辛そうに歪む。 どうして苓さんがそんな顔を──。 昔の、私の事を覚えてくれていた苓さんだったら、苓さんが辛そうな顔をするのも、分かる。 だけど、今の苓さんは私の記憶が無い。 見知らぬ、面識のない人間だ。 それも、苦手な女性──。その、はず。 それなのに、こんな風に気にしてくれていると言うのは、頭の隅に、ほんの少しだけでも私の記憶が残っているから、だろうか。 そんな、自分に都合の良い事を考えてしまう。 (駄目ね、期待しては……辛いだけ……) 私は、苓さんの視界から痣が出来てしまっている方の腕を隠すようにデスクの下に移動させた。 「──少し、強く掴まれてしまっただけですから。大丈夫ですよ」 「少しって……それだけ痕が残るって、相当強い力で掴まれていると思うのですが……一体、誰が?」 苓さんの心配そうな視線が私に刺さる。 御影さんの事を言っても、今の苓さんは彼に対して嫌悪感は無いだろう。 それならば、理由を説明してしまった方が苓さんも納得して部屋を出て行ってくれるかもしれない。 私はそう考えると、さらっと理由を話す事に決めた。 「昨夜、家に御影さんが訪ねて来たんです。その時に少しお話した時に」 「御影さん……?御影って、御影ホールディングスのあの御影専務ですよね?」 「え、ええ……そうですが」 「どうして、彼が……藤堂さんの家に来るって……お二人の関係性って……」 苓さんはぶつぶつと小さく呟くと、痛みを耐えるように顔を顰める。 「……御影、御影専務……確か、俺は以前にも……」 「小鳥遊さん……?」 「俺は、彼と何か言い争いをした事がありますよね……?彼に対して抱いているこの嫌悪感って……」 「……小鳥遊さん、別に無理に思い出さなくて大丈夫ですよ。頭が痛そうです」 「いえ、だけど──」 私は辛そうに顔を歪める苓さんをこれ以上見ていられなくって。 茶色い封筒をデスクに置いた私は、苓さんがもう片方の手に持っていた湿布の袋をそっと抜き取る。 「余った分は、後で私が矢田主任に戻しに行きますね。頂いた書類には、目を通しておきます。……わざわざ届けに来てくださって、ありがとうございました」 もう大丈夫ですよ、そういった意味を込めて私は苓さんに笑いかける。 すると、今にも泣きそうにぐしゃり、と顔を歪め
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348話

◇ それから、2週間──。 私と苓さんはあまり関わる事なく、日々を過ごした。 苓さんとの関わりは最低限。 仕事上、確認が必要な時に苓さんにも連絡を入れて言葉を交わす。 それ以外での私と苓さんの接触は、極力少なかった。 その関わりの少なさに、まるで私の事を避けているような、そんな印象さえ抱いてしまうほどに少なかったのだ。 「──オープン記念のパーティーでも、苓さんは私との関わりを最小限にするのかな……」 虎おじ様が企画している1号店のオープン記念パーティーには、沢山の人が招待される。 その中にはもちろん、私達の会社、藤堂グループに勤める人達も多くが参加するだろう。 そうなったら。 「……うちの会社の人達にも、苓さんの記憶喪失が知られてしまうわね」 私はふっ、と小さく自嘲するように笑みを零す。 チャリティー登山の時。 うちの戦略チームの皆と苓さんは面識があるし、私と苓さんの関係も察していた。 それに、パーティーは恐らく報道陣も招待されるだろう。 報道陣にも、私と苓さんの仲が終わったと思われてしまう。 「……また、記事にされそうね」 以前のように、面白おかしく書かれてしまう可能性が高い。 そんな事が再び起きれば。 信用を失い、今度こそ藤堂グループの株価にも影響が生ずるかもしれない。 「──本当に、どうしてこんな事に……」 私は、自分の顔を両手で覆って頭上を仰ぐ。 悪い事ばかりが立て続けに起こっていて。少しでも気を抜けば、そのまま真っ逆さまに落ちていくような気がする。 こんな時に思い出したくないのに、私の頭の中にはふとある文字が思い出された。 先日、苓さんが事故に遭った時にスマホに送られてきた文章。 私に関わる人は、本当に皆不幸になっていく。 私と関わったから。 「──いえっ、駄目よ。こんな風に考え込む事こそ、良くない兆候だわ。悪い事ばかり考えていたら……駄目なのに……」 悪い事が続くと、思考もマイナス方向に傾いてしまって、良くない。 明日は、久しぶりのお母様のお見舞いの日だ。 私はぱちぱち、と自分の頬を両手で叩いた。 「せっかくお母様にお会いするのに、暗い顔をし続けてたら、駄目よね。心配をかけてしまうわ」 以前までは、お母様のお見舞いには必ず苓さんも一緒に来てくれていた。 だけど、明日は久しぶりに自分
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349話

翌日。 私は、会社を早退してお母様のお見舞いにやって来た。 いつものように病院の駐車場に車を停め、院内に入る。 だけど、今回からはいつものように私の隣に苓さんはいない。 いつも、視線を向ければそこには苓さんが居た。 私の視線を感じると、苓さんは優しい笑みを浮かべて「どうしたの?」と言うように首を傾げてくれていたのに、今はそこに誰もいない。 私は無意識に隣を見上げてしまっていたけど、そこに何もない事を、誰もいない事を実感してしまって。 乾いた笑いを零した。 私が廊下を進んでいると、聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。 「藤堂さん?」 「──谷島さん?」 どうしてここに刑事の谷島さんが。 私が振り向いた先には、スーツ姿の谷島さんが居て。 私の目は驚きに見開かれる。 私の方へ近づいて来た谷島さんは、手に持っていた手帳を懐にしまうと私と顔を合わせる。 「お久しぶりですね、藤堂さん」 「──ええ」 谷島さんとは、あの日。 苓さんが事故に遭って、病院で会った時以来だ。 私と谷島さんは足を止めたが、ここが廊下の真ん中だと気付き隅に寄って話を再開する。 「小鳥遊の記憶喪失、聞きました……。藤堂さん、大丈夫ですか?」 気遣わしげな視線と、声。 谷島さんの優しさに私は笑みを浮かべると「大丈夫」と言うように頷いた。 「ええ、大丈夫です。苓さんが無事だった事が奇跡のようなものですもの。記憶は……きっとそのうち思い出してくれますから……。それより、谷島さんはどうしてここに?──何か、涼子の事について進展がありましたか?」 最後の一文は、声を潜めて谷島さんに問いかける。 すると谷島さんは、周囲を確認した後、身を屈めて私にだけ聞こえるように教えてくれた。 「藤堂 帝熾さんを車で送った人間について、この病院と提携している送迎サービスに登録していた男の話を以前お話したでしょう?……奴は複数の名前を使い分けて仕事をしていたらしく……。院内の防犯カメラ映像を確認して、当日男と接触した可能性がある人達に今、聞き込みを……」 「複数の偽名を使っていたって事ですか?」 「ええ、そうです。以前は名前まで調べがついたのですが、潜伏先が未だ分からず……。今は微かな手がかりでも欲しくて、あの男と接触があった人達に話を聞いていたんです」 「──涼子は、どうやっ
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350話

私が顔を向けた先の谷島さんは、何とも形容しがたい表情を浮かべていた。 どうしてそんな顔をしているのか分からず、私が困ったように眉を下げていると、谷島さんは言葉を選ぶように慎重に口を開いた。 「──汚れ仕事を……、専門的に扱っている……組織があるには、あります」 「え……っ!?」 「ちょっと、ここで話す事は……」 ちら、と周囲を確認した谷島さんは申し訳なさそうに言葉を濁す。 確かに、こんな所で話をする内容ではない。 私はハッとすると、慌てて謝罪した。 「そう、ですよね……!こんな事を聞いて申し訳ないです谷島さん」 「いえ、もし藤堂さんが良ければ……この後お時間はありますか?どこか、場所を変えてお話をしましょうか?」 「──いいんですか?」 「ええ。藤堂さんも病院に用があってこちらに来られたんですよね?私もここで聞き込みがありますから……そうですね……」 そこでいったん言葉を切った谷島さんは、自分の腕時計で時間を確認してから私に顔を戻す。 「──2時間後。2時間後に、この病院の正面入口で待ち合わせをしませんか?」 「2時間……。分かりました、大丈夫です。詳しいお話を聞かせてください」 私が頷いたのを見た谷島さんは「分かりました」と返事をしてくれる。 そして、自分の仕事に戻る様子を見せたので、私もお母様の病室に向かう事にした。 谷島さんと軽く言葉を交わしてから私達は別れ、私は別館に向かうために一人で廊下を歩いていた。 「……谷島刑事が言っていた事。……本当にそんな組織が……?」 もし、そんな組織があるのだとしたら、それは恐ろしい事だ。 涼子のように、自分の手を汚さずとも代わりに遂行してくれる人を派遣してくれるのであれば。 「何だか……私が知ったらあまり良くない事のように思えるわね……」 もしかしたら、お父様やお祖父様はそんな組織がある事を知っているかもしれない。 藤堂家は、古くから続く家柄だ。 自分達がそう言った怖い事に手を出さずとも、過去、今回のように恨みを買って、怖い思いをした先祖は沢山いるかもしれない。 そこで、私はふと苓さんが手配してくれた護衛の人達の事を思い出す。 「そう言えば……、苓さんも護衛の人達の手配が凄く早かったわね……」 手配をしてくれる、
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