和彦の知る里見という人物は、性格は穏やかで優しく、恵まれた容貌を持つうえに、世間的にはエリートと呼ばれる職業にも就いていた。誰もが羨む存在で、そんな里見が常に自分を気にかけてくれていたことが、和彦の心の支えであり、自慢でもあった。 里見を捨てるなどと考えたことはない。大学入学を機に、距離を置こうと里見から言われたとき、和彦の心にあったのは、送り出してくれようとしている里見の気持ちを無碍にしたくないという想いだった。 それと、順風満帆な里見の人生の、足枷だけにはなりたくないとも。今もその気持ちは変わらない。 しかし、今日までの和彦に情愛を注いでくれたのは、もう里見一人ではないのだ。 和彦は感情の高ぶりを懸命に堪え、ぎこちなく深呼吸をする。どう思われようが、言っておかなければいけないことがあった。「――……里見さんが大人でよかった。ぼくの中で、いい思い出になっているんだ。里見さんと一緒にいられたことは。だから、父さんに協力なんてしないでほしい。……綺麗事ばかり言うつもりはない。ぼくは今の生活で、大事にしてもらってるんだ。利用されているだけだと言う指摘もよくわかっている。それでも……、そうされてもいいと思うだけのものは、もらっている」 里見は、すぐには何も言わなかった。ただ、納得したように小さく数度頷き、瞬きもせず和彦を見つめている。いや、観察していると言ったほうがいいかもしれない。 足元を這い上がってくるのは、怯えだった。自分が知っている里見ではなくなったのかもしれないと、このとき初めての感覚に和彦は襲われる。それを悟られまいと、肩を竦めて笑いかける。「ここ、寒いね。コートを置いてきたから……。中に戻ろうか」 和彦は坂の途中で引き返そうとしたが、肩を掴む力は緩まない。おそるおそる見つめ返した先で、ため息交じりで里見が呟いた。「ああ、佐伯さんが、おれに協力を求めた理由がよくわかったよ」「……何、里見さん?」「君に今必要なものを、おれなら引き出せると思ってくれたのかもしれない」
Huling Na-update : 2026-07-26 Magbasa pa