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Lahat ng Kabanata ng 血と束縛と: Kabanata 11 - Kabanata 20

242 Kabanata

第1話(11)

 和彦の内奥を的確に指と道具で犯す男の背後に立ったのは、高そうなダブルのスーツをこれ以上なく見事に着こなした中年の男だった。四十代半ばぐらいだろうが、一目見て圧倒される存在感を持っていた。  全身から漂う空気は剣呑としており、それでいて威嚇するような攻撃的なものではなく、ただ静かな凄みを放っている。衰えを知らないような厚みのある体つきに相応しいといえた。何より、彫像のように表情が動かない顔は、冷徹そのものではあるが、端整だ。  だが、容貌はさほど重要ではない。男が持つ独特の鋭さや冷ややかさ、年齢を重ねているだけでは醸せない落ち着きが、男の存在自体を圧倒的なものにしていた。  まともな人間ではない。この男だけでなく、この場にいる男たち全員が、普通ではないと和彦は見抜いた。  それを裏付けるように、男が言った。 「総和会、という名前を聞いたことがあるか? ときどきニュースで流れることがあるから、もしかして聞いたことぐらいはあるかもな」  和彦は、体の熱がわずかに下がるのを感じた。  男が口にした『総和会』という名を、確かに聞いたことはある。テレビのニュースや新聞で、ときどき見聞きすることがあるのだ。だが、その名が出るときは、絶対に不気味さや怖さがつきまとう。それというのも――。 「暴力団組織だ。総和会というのは十一の組から成り立っていて、俺は、その一つの組を任されている。もっとも、一般人からしたら、下っ端だろうが組長だろうが、ヤクザはヤクザだ。忌まわしくて、できることなら関わりたくない存在だろう」  男の冷めた視線が、ローションに塗れ、道具を含まされたままの和彦の秘部に向けられる。羞恥心は芽生えなかった。ただ、屈辱に打ちのめされるだけだ。  いきなり拉致されて裸に剥かれ、挙げ句にこんな仕打ちを受けているのだ。理不尽にもほどがある。もちろん、この場でそんな訴えをする無益さと無謀さだけはわかっている。 「俺の背負っている組は、総和会では特別だ。跡目となる人間が限られている」  ここまで言って男が膝を折り、目線の位置を近くした。たったそれだけの動作で、簡素で殺風景な室内の空気が大きく動いたようだった。男がそこにいるだけで、ひんやりとした空気が独特の熱を
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第1話(12)

「……見た目は優男なのに、肝が据わってるな。ヤクザに囲まれて、その姿で笑える奴は、そういないだろ」  千尋の父親が軽くあごをしゃくり、和彦の内奥深くに収まっている道具がゆっくりと引き抜かれる。短く息を吐き出して声を堪えた和彦は、千尋の父親にあごを掴み上げられた。燃えそうに熱い手だとまず思った。  千尋とはまったく似たところのない顔が真正面に迫る。 「今、どうして笑った?」  あごを砕かれそうなほど指に力が込められる。痛めつけられてまで秘密にするようなことでもないので、和彦は答えた。 「笑ったのは……千尋だ」 「どういう意味だ」 「つい先日、千尋が親のことをちらりと話してくれた。そのときぼくが、『普通の親』と言ったら、千尋が笑った。……あいつらしくない、皮肉っぽくて苦い笑い方が印象的だった。それでぼくの今の状況だ。千尋が笑った意味がわかったんだ」  千尋の父親は、『普通の親』などではなかった。むしろ対極の存在だ。 「それがおかしくて笑ったのか。確かに普通じゃない、と思って」  ふっとあごにかかった指の力が緩み、代わってくすぐるように撫でられた。思いがけない行為に、和彦の背筋に疼きが駆け抜けた。半分引き抜かれた道具を締め付けると、すかさず深々と埋め込まれ、腰が揺れる。 「――俺の、親としての評価はどうでもいい。大事なのは、バカはバカでも、千尋は大事な跡目だということだ。そして俺たちは、面子を大事にする。大事な跡目が、年上の、しかも男に弄ばれているなんてことを、許すわけにはいかない」  これはケジメだと、千尋の父親が恫喝するように囁いてくる。それが合図のように、和彦のものは再びラテックスの手袋越しに握り締められ、上下に擦られ始める。内奥では、挿入された道具によってグリグリと奥を抉られる。痺れるような肉の愉悦が下肢から這い上がってきた。  危うく声を上げそうになって必死に声を堪え、ひたすら千尋の父親の顔を見つめる。 「お前は無事に帰してやる。お前が姿を消したり、妙な傷を作ったりすると、千尋はすぐに組の関与を疑って、さらに家を避けるようになるだろうからな。……俺がお前に望むのは、息子と縁を切ることだけだ。もちろん、余計なことは言わず
last updateHuling Na-update : 2025-10-16
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第1話(13)

 そんなものでわかるはずがないと、いまさら言ったところで仕方がない。和彦は、こうして捕えられてしまった。 「お前は、こちらの命令に逆らえない。そのために、こうしてビデオに録画している。もし逆らうようなマネをしたら――わかるな?」  和彦が浅く頷くと、千尋の父親が男の一人に片手を差し出す。 「こいつの名前がわかるものはないか」  和彦がわずかに視線を動かすと、拉致されたときに落としたと思ったブリーフケースが男の手にあり、中から名刺入れを取り出していた。滅多に外で配ることはないが、そこには和彦の名刺が数枚収まっている。  そのうちの一枚を受け取った千尋の父親に、名刺の端を唇で挟むよう言われ、従った。  ビデオカメラが、また道具を呑み込まされてひくつく秘部から、再び欲情の兆しを見せて身を起こしかけた和彦のものを舐めるように撮っていき、さらに胸元まで上がる。ビデオカメラに見せつけるように胸の突起を弄られてから、とうとう顔の前にレンズが寄せられる。  和彦は体の熱はそのままに、絶望的な気持ちになった。辱められる姿を、顔を、名まですべてビデオカメラに収められたのだ。痛めつけられなくても、今の生活を守りたいのであれば逆らえない。  息もかかるほど間近に千尋の父親が顔を寄せ、声だけは優しくこう言った。 「時間はあるから、しばらく楽しんでいけばいい。たまには生身の男じゃなく、おもちゃで犯されるのも変わった趣向でいいはずだ」  ぐうっと内奥深くを道具で突き上げられて、和彦はきつく目を閉じて顔を背けた。****  仕事に復帰できる精神状態になるまでに、五日かかった。手首に残った手錠の痕が消えるまでにはもう少しかかった。  いままでのようにクリニックで医者としての仕事をこなしながらも和彦は、ときおりふと、手術中といえどもメスを持つ手を止め、自分は辱めを受けたのだという現実を噛み締める。辱めてきた相手が、ヤクザだという現実も。  肉体に傷はつけられなかったが、精神はズタズタに切り裂かれた――という意識はなかった。徹底的に尊厳というものを踏みにじられてしまうと、その汚らわしいものを
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第1話(14)

「見つけたら教えてくれ」  澤村らしい言葉に軽く手を上げて答えると、和彦は仕事を再開しようとしたが、すぐに気が変わって、デスクの引き出しを開ける。中に仕舞った携帯電話を手に取った。  あの日、拉致されて辱められてから解放されたあと、和彦は携帯電話の番号を替える手続きを取り、そのとき千尋に関するものをすべて削除した。千尋の父親の忠告に従い、関係を絶ったのだ。  あんな連中に歯向かってまで、千尋と情熱的な関係を続ける気はない。何より命が惜しいし、その次に、今の生活が大事だ。 「察してくれよ、千尋……」  口中で小さく呟いた和彦は携帯電話を再び引き出しに仕舞う。あの夜の記憶が蘇るたびに、心臓が押し潰されそうなプレッシャーを感じ、息苦しくなる。同時に、屈辱と羞恥と淫靡さに満ちた行為の生々しい感触に、体の奥で何かが蠢くのだ。  特に、あごを撫でてきた千尋の父親の指の動きと、冷徹な顔を思い出すと――。****  仕事を終えてクリニックのビルから出た和彦は、すぐにあることに気づいて歩調を緩めそうになる。だがすぐに気を取り直し、何も見なかったふりをして駐車場に向かおうとしたが、すかさず呼び止められた。 「待てよっ、先生っ」  周囲に響き渡るような千尋の大声に、あえなく和彦は無視することをやめる。千尋なら、和彦が相手をするまで叫び続けると思ったからだ。  立ち止まり、千尋のほうを見る。車道の向こう側にいた千尋は、素早く左右を見てから、まだ車が走ってきているというのに一気に突っ切るように駆け出す。見ているほうがヒヤヒヤする光景に、無事に車道を渡り終えたときには、和彦は本気で安堵の吐息を洩らしていた。  目の前までやってきた千尋がキッと鋭い視線を向けてくる。 「……なんで、俺のこと無視しようとするんだよ。連絡だってくれない。それどころか、携帯の番号も変えただろ。澤村さんも、新しい番号はまだ教えてもらってないって……」 「澤村から、お前に伝わるのを避けるためだ」 「どうしてっ――」  和彦は何度も周囲に視線を向ける。千尋の父親が、監視として誰か差し向けている
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第1話(15)

** 自分の車に千尋を乗せて和彦が向かったのは、繁華街の中にある、飲食店ばかりが入った雑居ビルだった。とにかく人目を避け、なおかつ人に紛れ込みたかったのだ。これだけ飲食店があれば、仮に尾行がついていたとしても、二人の姿を容易に見つけ出せないはずだ。  もっとも、千尋と二人きりになった時点でアウトな気もするが、肝心の千尋が和彦から離れないのだから仕方ない。  混み合うエレベーターを途中で降り、階段を使って上がる。入ったのは、個室が使える居酒屋だった。すでに盛り上がっているグループやカップルを横目に、二人は黙り込んだまま個室に案内してもらう。  和彦は車の運転があるためもちろんアルコールは飲めないが、千尋もそんな気分ではないらしく、ソフトドリンクといくつかの料理を頼んだ。 「それで、何があったんだよ」  飲み物が先に運ばれてくると、さっそく千尋が声をひそめて詰問してくる。和彦はグラスの縁を指先で撫でながら、まっすぐ見つめてくる千尋から目を逸らす。 「何もない……。ただ、終わらせたくなっただけだ」 「理由になってねーよ、それ」 「理由は必要ないだろ。もともとぼくとお前は、気が向いたときに寝るだけのわかりやすい関係だ」 「… …先生は、そう思ってたのか?」  千尋の目を見るつもりはなかったのに、切実な言葉の響きに、つい視線を向けてしまう。顔立ちとは裏腹に、強い輝きを放つ子供っぽさを宿した目が、今はきちんと大人の男の目をしていた。雄弁な想いを、目で語っていた。  ズキリと和彦の胸は痛む。その痛みで、遊びのつもりだと自分に言い聞かせながら、実は自分が、千尋との関係をいとおしんでいたことを痛感させられた。できるなら、最後まで気づきたくはなかったことだ。 「お前は、十も年の離れた男のぼく相手に、本気で恋人だとでも思っていたのか?」 「悪いかよ」  きっぱりと言い切られ、さすがに和彦もすぐには言葉が出なかった。知らず知らずのうちに頬が熱くなってきて、うろたえる。ちょうどいいタイミングで料理も運ばれてきて、テーブルに並べられる。  その間に和彦は落ち着こうとしたが、千尋はお構いなしだ。 「―
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第1話(16)

「――答えないなら、オヤジに直接聞くからな。先生に何をしたか、何を言ったか、全部聞いてやる。それに、俺が先生と別れる気がないことも言ってやる」 「やめろっ」  そう叫んだ和彦は、自分でも顔から血の気が引くのがわかった。あの男に、和彦が千尋を唆して行動を起こさせたと思われたら、そこで和彦のすべてが終わる。今度こそ、殺されるかもしれない。  千尋の父親からすれば、息子のおもちゃを取り上げるような感覚だろう。  恐怖で震える和彦の手を、痛いほど千尋は握り締めてくる。 「何、された……? こんなに怖がってる」 「何も……、何もされてない。ただ、お前とは会わないよう、言われただけだ。それよりもぼくは、お前の家がああいう感じだとは思ってもいなかったから、それが怖い」  まさか、辱められて、その光景をビデオカメラで録画されたなどと言ったら、千尋は怒り狂い、何をしでかすかわからない。和彦は千尋の父親も怖いが、千尋の暴走も恐れているのだ。 「……先生、隣に行っていい?」  目が据わった千尋に言われ、嫌とは言えない。和彦が頷くと、千尋は隣に移動してきて、すぐに肩を抱いてきた。さすがに個室とはいえ、両隣の客の声や、薄い障子に隔てられただけの通路で行き来する人の気配が気になる。離すよう言いたかったが、肩にかかった千尋の手は、頑是ない子供のように力強い。 「うちの組のことは聞いた?」  耳元に唇を寄せて千尋が尋ねてくる。足を崩して座布団の上に座り直した和彦は軽くため息をついた。 「少しだけ。… …すごいところらしいな」 「すごいと言っても、所詮はヤクザだ。嫌われて、怖がられるだけの存在だよ」 「でもお前、跡継ぎなんだろ。将来、跡を継ぐんじゃ……」 「継ぐよ」  あまりにあっさりと千尋が答えたため、和彦はひどく驚いた。千尋が家を出ていることや、父親に対する微妙な発言から、ヤクザというものを忌避しているのかと思い込んでいた。だが――。 「オヤジになんでも強いられるのが嫌なんだ。だけど、自分の道は自分で選ぶ。俺は、長嶺を継ぐ。嫌われようが、怖がられようが、長嶺の名前は魅力的だ。その名前が持つ力も。俺はガキの頃から、総和会の会
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第1話(17)

 個室の外の気配をうかがいつつ、和彦は懸命に千尋を宥める。最初から千尋にどうこうしてもらうつもりはなかったが、状況としては変なことになっていた。和彦は、自分をひどい目に合わせた千尋の父親を、千尋から庇おうとしているのだ。もちろん自分のために。 「お前は、ぼくのために何もするな。……今はそっとしておいてもらいたい。お前たちの事情に巻き込まれるのはご免だ」 「オヤジが監視をつけていると思っているなら、俺が言って――」 「しばらく一人で過ごしたいんだ」  和彦がわずかに口調を荒らげると、途端に千尋は傷ついた子供のような顔をする。今さっき、組を継ぐと言い切った人物と同じとは思えない表情に、和彦は胸の疼きと同時に腹立たしさも覚える。千尋に感情を掻き乱されていると、自分でも感じているからだ。 「わかってくれ。ぼくはいままで、お前がいる世界のことなんて何も知らなかったし、関わったことすらないんだ。普通の生活を送ってきた人間なら、怖くて怯える」  諭しながら和彦は、両手で千尋の頬を挟む。 「今こうしているのだって、本当は怖くてたまらないんだ」  千尋は考え込む表情を見せてから、おずおずと切り出してきた。 「少しの間なら、会うのは我慢する。でも、電話とメールは許してよ……」  和彦が感じている危機感を、肝心なところで千尋はわかっていない。もっとも、生まれた頃から跡継ぎとして育てられてきた千尋に、一般人の感覚を理解しろというほうが無理なのだ。  千尋と出会って三か月、関係を持ってからの二か月は楽しかったが、命や生活と引き換えにするほどのものではない。  とにかく一刻でも早く千尋と別れることを考え、和彦はこう返事をした。 「……わかった。だけど、ぼくがいいと言うまで、絶対に会いに来るな」 「約束する。でも先生も、約束して」 「なんだ……?」 「――俺との関係を一方的に終わらせないってこと」  和彦は顔を強張らせ、まばたきすら忘れて千尋の顔を見つめる。心の内を見透かされたと思った。  千尋はしたたかな笑みを浮かべると、和彦の唇に軽くキスした。 「俺、組やオヤジが絡もうが、先生を諦める気は全然ないよ
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第1話(18)

**** 千尋と会ってから二日が経った。その間、千尋と、千尋の父親――長嶺組との要求に挟まれて、和彦は対応策も考えついていない。  いっそのこと、このまま無為に時間が流れ、千尋が十歳も年上の男のことなど忘れてくればいいのにと、都合のいい、半ば自棄ともいえる事態を望んでしまう。  ハンドルを握る和彦の目に、自宅マンションが入る。拉致されてからの習慣にしているが、常にマンション周辺に不審な車が停まっていないか、まず確認するようになっていた。それから駐車場に車を停める。  車をロックして歩き出そうとした瞬間、背後で別の車のドアが開く音がした。和彦の背に冷たい感覚が駆け抜け、もう一歩も動けなくなった。どうやら、本来ならマンションの住人しか停められないスペースで、車のエンジンを切って和彦の帰りを待っていたらしい。 「――組長が会いたいと言っている」  声をかけられ、やはり、と思わず絶望から目を閉じる。一度奥歯を噛み締めてから、和彦はやっと言葉を絞り出した。 「嫌だ……」 「頼みがある。……組として」  淡々としていながら、どこか切実な響きを帯びたハスキーな声に、わずかに和彦の心は動く。ゆっくりと振り返ったが、相手を見た瞬間には激しく後悔して、走り出そうとする。 「待てっ」  車の前に立っていた男が素早く駆け出し、あっという間に和彦は腕を掴まれて引き止められる。 「離せっ」  必死に手を振り払おうとするが、男は動じない。和彦は敵意を剥き出しで男を睨みつける。  当然だ。男は、拉致された和彦を道具で弄んだ本人だった。あごにうっすらと残る細い傷跡を忘れるわけがない。 「暴れられると、縛り上げてでも連れて行くことになる」 「……スタンガンは?」 「連れて行ってすぐ、先生には役に立ってもらわないといけない。だからあれは使えない」  まともな会話が成り立ったことで、ようやく和彦は少し気持ちを落ち着ける。 「役に立ってもらうって……」 「時間が惜しい。とにかく来てくれ」  肩を抱かれるようにして強引に車まで連れて行かれる。車
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第1話(19)

** 連れて行かれたのは、先日のビルとは違う、普通のマンションだった。住人もいるらしく、ちらほらと部屋に電気がついている。やや拍子抜けして、駐車場からマンションを見上げる和彦に、あごに傷跡のある男が声をかけてきた。 「――先生、急いでくれ」  和彦はハッとして、男を見る。車中で素っ気なく自己紹介されたが、男は三田村といい、若頭補佐という肩書きが一応あるらしい。ただし組長である千尋の父親が、三田村を若頭から預かる形となっており、組長直属という形でさまざまな雑事を処理しているのだそうだ。  三田村の説明を聞いて、わけがわからないという顔をした和彦に対して、三田村は生まじめな顔で、組長の親衛隊のようなものだと理解すればいいと言葉を付け加えた。  ヤクザ同士の関係などわかりたくもない和彦は、三田村の話を半分聞き流しながら、適当に頷いておいた。  とにかくはっきりしたのは、この連中は今のところ、和彦に何かをやってもらいたいがために、迂闊に手出しができないということだ。先日より、ほんのわずかながらマシな立場になったようだが、あまり救われた気持ちにはなれなかった。  急かすように三田村に背を押され、マンションに連れ込まれる。エレベーターで最上階まで上がりながら、さらりと言われた。 「このマンションの住人は、大半がうちの組の関係者だ」  驚きよりも、うんざりした。和彦は冷めた視線を隣に立つ三田村に向ける。 「……つまり、いくら暴れて叫んでも無駄だと言いたいのか?」 「いや、単なる事実を言っただけだ」  精悍だが、感情というものをごっそりとどこかに置き忘れたような三田村の横顔をじっと見つめてから、ふいっと顔を背ける。  エレベーターを降りると、廊下には数人の男たちの姿があった。三田村の姿を見るなり一斉に姿勢を正して頭を下げた。  考えているより状況は深刻なのかもしれないと和彦は思う。エレベーターを降りたときから、空気が殺気立っているのを肌で感じていた。無意識に首筋を撫でてから、顔をしかめる。  一番奥まった場所にある部屋のインターホンを押すと、すぐにドアが大きく開けられた。振り返っ
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第1話(20)

 部屋の中央に置かれたベッドの上に男が一人横たわっていたが、様子が尋常ではなかった。苦しげに喘ぎ、ときおり呻き声を洩らしている。その理由は一目見てわかった。腰の辺りにタオルを当てているが、そのタオルが血に染まっている。ベッドの傍らには二人の男がいて、汗を拭ったり、声をかけてやっていた。それしかできないのだ。  締め切った部屋の中には、ムッとするような血と汗の匂いがこもっている。目の前の異常な光景も相まって、和彦は軽い眩暈に襲われていた。 「……何、してるんだ……」  誰に向けたものでもないが、和彦の呟きに応じたのは賢吾だった。 「うちの若衆の一人だ。ちょっとした揉め事で撃たれた」 「ちょっとしたって――」  ここで和彦は、自分がこの場に連れて来られた理由を理解した。賢吾にきつい眼差しを向けると、やっとわかったかと言いたげに賢吾が頷く。 「弾傷の人間のために救急車は呼べない。もちろん、そこいらの病院に運び込むこともできない。医者がすぐに通報して、警察が喜んでガサ入れにくる。そこで、口が堅い医者が必要になるというわけだ」 「ヤクザの内部がどうなっているか知らないが、診てくれる医者の心当たりぐらいあるんじゃないのか」  ヤクザ相手に敬語を使う気にもなれず、強気というわけではないが、和彦はあえてぞんざいな口調で応じる。これで殴られでもして追い出されたほうが、状況としては遥かに楽だ。賢吾が和彦に求めているのは単なる救護処置ではなく、犯罪に目をつぶれということだ。つまり、和彦は共犯者にされてしまう。 「確かに、心当たりはある」 「だったら――」 「運が悪いことに、少し前に脱税で挙げられて、そのときうちの組との関係を疑われた。今も警察が目を光らせているから、迂闊にその病院には近づけないし、警察の尾行が張り付いているせいで、医者を呼び出すこともできない。総和会の手は借りたくないしな。そこで思い当たったのが、うちのバカ息子がのぼせ上がっている医者というわけだ」  賢吾が薄い笑みを浮かべ、一瞥してくる。和彦は唇を引き結ぶと、一度は賢吾を睨みつけてから、ベッドの上で苦しんでいる男にも視線を向ける。気がつけば、リビングの前の廊下に
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