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第1話(14)

Author: 北川とも
last update publish date: 2025-10-16 15:00:45

「見つけたら教えてくれ」

 澤村らしい言葉に軽く手を上げて答えると、和彦は仕事を再開しようとしたが、すぐに気が変わって、デスクの引き出しを開ける。中に仕舞った携帯電話を手に取った。

 あの日、拉致されて辱められてから解放されたあと、和彦は携帯電話の番号を替える手続きを取り、そのとき千尋に関するものをすべて削除した。千尋の父親の忠告に従い、関係を絶ったのだ。

 あんな連中に歯向かってまで、千尋と情熱的な関係を続ける気はない。何より命が惜しいし、その次に、今の生活が大事だ。

「察してくれよ、千尋……」

 口中で小さく呟いた和彦は携帯電話を再び引き出しに仕舞う。あの夜の記憶が蘇るたびに、心臓が押し潰されそうなプレッシャーを感じ、息苦しくなる。同時に、屈辱と羞恥と淫靡さに満ちた行為の生々しい感触に、体の奥で何かが蠢くのだ。

 特に、あごを撫でてきた千尋の父親の指の動きと、冷徹な顔を思い出すと――。

 仕事を終えてクリニックのビルから
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  • 血と束縛と   第40話(2)

     ここでハッと我に返り、うろたえる。一方の英俊も動揺しているのが、はっきり伝わってくる。和彦は、心の奥底から滲み出てきたどす黒い感情を、必死に押し殺した。 いまさら、俊哉から特別な関心を得られたことを、英俊に誇る気など毛頭なかった。そのつもりなのに――。 和彦は慌ててこう続ける。「ぼくの口からは何も言えない。父さんのことだから、きっと考えがあるはずだ。だから……、ごめん」 通話を終えると、そのまま携帯電話の電源を切ってしまう。 かつてのように、英俊と話したからといって激しく感情が揺さぶられることはない。今はそれよりも、自分の中に冷たい体温を持つ生き物が棲みつき、蠢いているようで、ただ和彦は愕然としていた。**** この日は、最後に予約が入っていた患者の施術を、予定よりいくぶん早く終えられたこともあり、終業時間ぴったりにクリニックを閉められた。 おかげで和彦は、久しぶりにスポーツジムに立ち寄ることができた。ここのところ、体力的に問題がなくても、精神的にいまいち気分が乗らないことや、その逆もあったりで、なかなかタイミングが合わなかったのだ。 今日はむしょうに体を動かしたかった。いや、率直な気持ちとしては、体力の限界まで体を追い込みたかった。 和彦はランニングマシーンのスピードを上げて一心に走りながら、昨夜の英俊との電話でのやり取りを何度も思い返す。そのたびに、英俊が傷つくとわかって放った言葉の威力に、一人恐れ戦いていた。ただ不思議と、罪悪感という感情は湧かないのだ。 子供の頃から英俊には肉体的に痛みを与えられてきたが、その対価のように和彦は、英俊の心の弱い部分をいつの間にか熟知するようになっていた。だからといって復讐したいなどと考えたことはなかったが、もしかすると自覚のない部分で、ずっと英俊にも痛みを与えたかったのかもしれない。 首筋を伝う汗をタオルで拭い、時間を確認する。呼吸が乱れ、足の筋肉が悲鳴を上げかけている。体力というより、筋力が落ちているなと、苦々しく反省する。忙しいのを言い訳に、ジム通いをさぼりすぎた。 明日は筋肉痛

  • 血と束縛と   第40話(1)

     呼出し音が途切れてまず和彦の耳に届いたのは、非難がましいため息だった。そんなものを聞かされて平静でいられるほど、人間ができていない和彦は、反射的に電話を切りたくなった。 もともと大してあるわけではない勇気を、これでも振り絞って電話をかけたのだ。自分の兄――英俊に。「……都合が悪いなら、かけ直すけど」 控えめに提案すると、再びため息が返ってくる。いつになく英俊の機嫌は悪いようだが、そもそも自分の前でよかったことなどなかったなと、自虐でもなんでもなく、淡々と和彦は思う。「携帯に着信が残っていたから、気になったんだ。用がないなら、別に――」『父さんから聞いた。……昨日』 一瞬、意味がわからなかったが、英俊の声から滲み出る静かな怒りで察しがついた。 今度は和彦がため息をつく番で、書斎のイスに深く腰掛けると、視線を天井に向ける。素早く計算したのは、俊哉と対面してから昨日までの日数だった。「昨日……」『そうだ。昨日まで、秘密にされていた』 こう告げられた瞬間、和彦の脳裏を過ったものがある。英俊に対する、俊哉の冷ややかとすらいえる厳しい評価の言葉だった。もし仮に、あの場に英俊がいたとしても、俊哉は同じことを口にしていただろうかと、つい余計なことまで考える。「……父さんなりに思うところがあったんだろう。行方不明になっていた不肖の息子と、ようやく会って話せたなんて、誰にでも打ち明けられるものじゃないし」 電話の向こうで英俊が息を呑む気配がした。すぐに異変を察した和彦の胸が、不安にざわつく。「兄さん……?」『会ったのか、父さんに――』 呆然としたように英俊が呟き、十秒近くの間を置いてから和彦はゆっくりと目を見開く。鎌をかけられた挙げ句に、あっさりと自分が引っかかったと気づいた。 自宅マンションの書斎にこもって電話をかけているのだが、急に落ち着かなくなり、立ち上がる。英俊が黙り込んでしまったため、うろうろと書斎の中を歩き回る。 昨夜、三田村も

  • 血と束縛と   第39話(42)

     三田村が息を呑み、ゆっくりと目を見開く。どんな答えが返ってくるのか、一瞬、和彦は本気で恐れた。 まだ硬さを保った三田村の欲望が、内奥で蠢く。小さく声を洩らすと唇を塞がれ、そのまま舌を搦め捕られていた。すぐに和彦は、三田村の腕の中でまた乱れ始める。 淫靡な交わりに耽ろうとしたとき、三田村が怖いほど真剣な口調で言った。「俺は、先生と離れられない。誰かに引き離されそうになっても、そんなことは受け入れないし、抗う。俺には、先生だけなんだ」 三田村の脳裏にどんな状況が、そして誰の顔が浮かんでいるのか、聞きたくて仕方なかった。しかし声に出してしまうと、よくないものを呼び寄せてしまいそうで、ぐっと我慢する。 自分も同じ気持ちだと伝えるために、三田村の背の虎にてのひらを押し当てた。「ぼくだけが、この物騒な生き物を可愛がって――愛してやれる」 ほっとしたように三田村が顔を綻ばせた。「そうだ。先生だけだ」 切実な口調で囁かれた瞬間、堪らなくなった。もっと欲しい、と和彦は小声で三田村の耳元に囁きかける。誠実で優しい男は、即座に行動で応えてくれた。** 事後の心地よい疲労感に身を委ね、和彦はうつ伏せとなって小さくあくびをする。さきほどまで隣にいた三田村は、今はキッチンに立って湯を沸かしている。 一度は寝入ろうとしたのだが、思う存分体力を使ったせいか二人揃ってなんとなく小腹が空き、夜中になって結局、部屋の電気をつけていた。 夜食の準備をすると言って三田村だけがキッチンに立ち、和彦は優雅にベッドに横になって待っている状態だ。枕に片頬をすり寄せて目を閉じていると、キッチンからは水音や冷蔵庫を開け閉めする音が聞こえてくる。さらには食器を準備する音が続き、一体何を作っているのかと次第に気になってくる。 もそもそとベッドの上を這って、キッチンが見える位置へと移動する。 三田村は、包丁を使って何か切っているようだった。スウェットパンツを穿いただけの姿であるため、上半身は裸だ。向けられた広く逞しい背に、意識しないまま和彦の視線は吸い寄せられ、そのまま離せなくなっていた。 少し離れた位置

  • 血と束縛と   第39話(41)

     腰を擦りつけるように動かすと、内奥を一度だけ突き上げられる。三田村の手は貪欲に和彦の体をまさぐり、快感の種火をさらに灯していく。それでなくても感じやすくなっている和彦は、指先の動き一つで簡単に身悶え、悦びの声を上げる。三田村は、快感に弱く淫らな和彦の体を堪能していた。 愛撫によってこれ以上なく和彦の心と体が蕩けてしまうと、満を持したように律動を開始される。 大きくゆったりとした動きで内奥を突かれ、その動きに合わせて和彦も腰を動かす。反り返った欲望が腹を打ち、透明なしずくをシーツの上に散らしていた。 単調な動きによって和彦の理性は突き崩され、尽きることなく悦びの声を溢れさせる。対照的に三田村は、何も言わない。それでも欲望の力強い脈動から、三田村の悦びを知ることはできる。 ゾクゾクと腰から這い上がってくる感覚があり、和彦は惑乱して首を左右に振る。その仕種に感じるものがあったらしく、三田村が内奥深くを抉るように突いてくる。和彦は声も出せずに絶頂へと上り詰めていた。 食い千切らんばかりに三田村の欲望を締め付けたまま、背をしならせる。和彦自身の震える欲望の先端からは、ドロドロと白濁とした精が噴き上がっていた。和彦は喘ぎながら自らの欲望に片手を伸ばし、軽く扱く。その最中、前触れもなく繋がりが解かれ、仰向けにされた。 羞恥もあったが、それよりも三田村を誘うために身を捩ろうとして、簡単に押さえつけられて片足を抱え上げられる。三田村の強い眼差しに促され、和彦は見せつけるように己の欲望を上下に扱き、自ら精を搾り出す。 その光景に満足したように三田村は、肉をひくつかせる内奥に再び欲望を挿入してきた。「あっ……ん」 精を放ったばかりだというのに、体の奥では新たな情欲が湧き起こる。和彦はすがるように三田村を見上げ、こう口にしていた。「三田村、まだ、奥に欲しいっ……。もっと突いて、抉ってくれ――」「……ああ。先生の望み通りに」 愛撫はなく、ひたすら内奥を擦られ、突かれ、抉られる。「ひあっ……」 和彦は背をしなら

  • 血と束縛と   第39話(40)

     前後から快感を送り込まれて、ガクガクと足が震えてくる。緩く欲望を扱かれて、悦びのしずくを滲ませている先端を指の腹で撫でられると、もう耐えられなかった。咄嗟に三田村の腕に手をかけ、子供のように首を横に振ってしまう。「三田村、それ、嫌だ……」「これか、先生?」 問いかけてくる三田村の声が笑いを含んでいる。先端を爪の先で弄られて、堪らず和彦は甲高い声を上げていた。欲望の括れを強く擦られ、内奥のある部分を指の腹で押し上げられると、快感の高みへと性急に追いやられていく。 嫌、嫌と何度か口走っていたが、声に含まれた甘さを三田村が聞き逃すはずもなく、愛撫の手は止まらない。 和彦は一声鳴いて、精を迸らせていた。内奥から指が引き抜かれ、絶頂の余韻にビクビクと震える体を、背後からきつく抱きすくめられる。 息を喘がせながら和彦は、ぽつりと呟く。「熱い……。湯あたりしたみたいだ……」 首筋に三田村の息遣いを感じ、そっと首を巡らせる。欲情しきった目がすぐそこにあり、思わず見入ってしまう。吸い寄せられるように唇を重ね、和彦のほうから誘う。「――三田村、ベッドに行こう」 移動の車中では眠くて堪らなかったというのに、現金なもので今は、一睡もしないまま三田村と求め合いたいと願っていた。三田村の激しさを受け止めるためなら、一晩の睡眠などまったく惜しくはなかった。 入ったとき同様、やはりもつれるようにバスルームを出たものの、和彦に風邪を引かせられないという義務感に駆られているのか、もどかしいほど丁寧に三田村に体と頭を拭かれる。焦れた和彦がしがみつくと、ようやくベッドに移動した。 ベッドに乗り上がった途端、三田村は荒々しい男へと変わる。上気した和彦の肌に噛みつくような激しい愛撫を施し、鮮やかな鬱血の跡を散らしていく。 和彦は息を弾ませ、嬉々として三田村の背に両腕を回す。まだ水滴を残している肌を撫で回し、そこにいる虎の姿を思い描いてうっとりとしていると、ふいに三田村に顔を覗き込まれた。真っ直ぐな眼差しに、気恥ずかしさに襲われた和彦は視線を逸らす。「今、

  • 血と束縛と   第39話(39)

     半ば条件反射のように、三田村の背にてのひらを這わせようとしたが、柔らかな仕種で止められた。 「シャワーを浴びよう、先生」 「一緒に?」 「……俺はそのつもりだが、嫌なら――」  返事の代わりに和彦は、三田村が着ているトレーナーを一気に脱がせ、同じ行為を自らにも求める。裸になると、もつれるようにしてバスルームに向かった。  三田村が勢いよくシャワーの湯を出し、バスルーム内にはあっという間に熱気が立ち込める。時間が惜しいとばかりに三田村がボディソープをてのひらに取ると、和彦の体を洗い始めた。じっと突っ立っているのも間が持たず、和彦もボディソープを軽く泡立ててから、三田村の背に両てのひらを這わせた。  引き締まった筋肉の感触を確かめるように手を動かしながら、広い背に棲んでいる虎を撫でる。ほとんどしがみつくような体勢になってしまうと、口元を緩めた三田村に言われた。 「先生、そんなにしがみつかれると、体を洗ってやれない」 「言っただろ。あんたにベタベタに甘えたいって。今、その最中なんだ」 「だったら俺も、甘やかしていいか?」  耳元で囁かれ、危うく足元から崩れ込みそうになった。ますます強くしがみつくと、シャワーヘッドを取り上げた三田村が、和彦の肩から背にかけて湯を当て始める。さらに髪を優しく指で梳かれると、心地よさに目を細める。  結局、三田村に負けたことになるのかもしれない。和彦は体を離し、おとなしくされるがままとなる。  丁寧に手の指の一本一本まで洗ってくれる三田村を、照れと喜びの入り混じった気持ちで見つめていた和彦だが、ふと、思い出したことがあり、つい声を洩らしていた。その声は水音に掻き消されて、三田村の耳には届かなかったようだ。  三田村は知っているのだろうかと思った。中嶋と加藤が体を重ねているということを。また、その理由を。  何か察しているのかもしれないが、どちらにしても、三田村が目的を持って加藤に目をかけているのだから、和彦の口から伝える必要はないだろう。  三田村の頬を撫で、あごにうっすらと残る細い傷痕を指先でなぞる。湯を止めた三田村が、ふっとこちらに向けた眼差しは、心を射抜かれそうなほど鋭かった。三田村

  • 血と束縛と   第11話(22)

     さすがの賢吾も、和彦の心を煩わせるものすべてを見通すことは不可能らしい。「……最初にぼくを狙って、あんなことをした人間が、どんな顔をして、そんなことを言うんだ」「俺はいい。俺は、許されるんだ」 さすがに図々しい発言だと思って和彦が顔を上げると、待っていたようなタイミングで唇を軽く吸われた。「先生を狙って自分のものにして――見事に、骨抜きにされたんだ。そんな哀れなヤクザを、愛情深い先生なら、たっぷり甘やかしてくれるだろ?」 本当に図々しいと思いながらも、和彦はつい笑みをこぼしてしまう。 自

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  • 血と束縛と   第6話(22)

    「不愉快どころか、やけに楽しそうでしたよ、秦さん。いい店を先生に紹介しないと、と張り切ってもいましたし」「ならいいんだ。あの人、職業柄なのか知らないけど、よく気をつかってくれるから。ぼくみたいな人間につき合って、迷惑をかけても悪いしな」 和彦が、長嶺父子のオンナであることは、すでに知られている事実だ。いまさら千尋と甘い会話とキスを交わしていたからといって、他人に喜んで報告するような悪趣味なまねを、秦がする必要もない。 和彦が心配していたのは、そんなことではなく、純粋に今言った通りのことだった。 大きく息を吐き出しながら、中島がマシンをゆっく

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  • 血と束縛と   第4話(27)

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  • 血と束縛と   第11話(20)

     外から男二人のにぎやかな話し声が聞こえてくる状況で、求められるまま、やむをえず舌を絡め合い、唾液を交わす。引き出された舌を痛いほど吸われると、たまらず和彦は鷹津の肩にすがりついていた。 ますます鷹津の腕の力が強くなり、和彦の中で奇妙な変化が起こっていた。鷹津のことがどうしようもなく嫌いで、嫌悪しているのに、そんな男にねじ伏せられるように口づけを交わしていると、高揚感に襲われ、体の奥深くから強引に官能を引き出される。 官能に形を借りた、サソリの毒かもしれないと、ふとそんな考えが脳裏を過る。鷹津の毒を注入され、体も心も侵されていくのだ。 思わず身じろごう

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