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第1話(12)

Author: 北川とも
last update publish date: 2025-10-16 09:00:45

「……見た目は優男なのに、肝が据わってるな。ヤクザに囲まれて、その姿で笑える奴は、そういないだろ」

 千尋の父親が軽くあごをしゃくり、和彦の内奥深くに収まっている道具がゆっくりと引き抜かれる。短く息を吐き出して声を堪えた和彦は、千尋の父親にあごを掴み上げられた。燃えそうに熱い手だとまず思った。

 千尋とはまったく似たところのない顔が真正面に迫る。

「今、どうして笑った?」

 あごを砕かれそうなほど指に力が込められる。痛めつけられてまで秘密にするようなことでもないので、和彦は答えた。

「笑ったのは……千尋だ」

「どういう意味だ」

「つい先日、千尋が親のことをちらりと話してくれた。そのときぼくが、『普通の親』と言ったら、千尋が笑った。……あいつらしくない、皮肉っぽくて苦い笑い方が印象的だった。それでぼくの今の状況だ。千尋が笑った意味がわかったんだ」

 千尋の父親は、『普通の親』などではなかった。むしろ対極の存在だ。

「それがおかしくて笑ったのか。確かに普通じゃない、と思って」

 ふっと
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  • 血と束縛と   第47話(44)

    「そういう心配するの、和彦ぐらいだよ、きっと。うちなんて厄介事の巣窟みたいなところなのに」「お前……、実家だろ。そういう言い方……」「実家だからよくわかるんだって。だから、和彦が心配しなくていいよ。多少のことなら、ここにいる大蛇がぱくっと呑み込むから」 もっとも、と賢吾が言葉を引き継ぎ、両目に剣呑とした光を宿す。「それらしい理由をつけて、お前が俺たちから距離を置きたいというなら、話は別だがな」「……だったら最初から、戻ってこない」 和彦がじっと見つめ返すと、賢吾はすぐに降参した。「悪かったな。お前がいじらしいから、つい意地悪を言っちまったな」「意地が悪い中年男は嫌われるからな」 千尋の発言に対して、賢吾は澄まし顔でグラスに口をつける。 家族会議と言いながら、こんなことを話していていいのだろうかと疑問に感じたところで、賢吾がふいにタブレット端末を取り上げ操作してから、和彦に差し出してきた。「秋慈が送ってきた画像データだ。お前も見たほうが手っ取り早い」 意外な名が出て和彦は目を丸くする。御堂秋慈の灰色がかった髪と秀麗な顔立ちが鮮明に脳裏に浮かび上がった。 最後に御堂と会ったのは昨年末の総和会の本部だったが、知らず知らずのうちに顔が熱くなってくる。御堂は元オンナとして、傷ついて脆くなっていた和彦を抱き締めて、慰めてくれたのだ。そのとき一度だけ唇を重ねた。二人だけの秘密で、賢吾にも言ってはいけないという御堂の忠告を、和彦はしっかりと守っていた。「あいつも食えない奴だからな。クラゲのような細くて長い毒を持つ触手を、いろんなところに伸ばしている。これぞという餌や敵に刺して毒を流し込むんだ。俺は一応身内だと判定されているようだから今は平気だが、そうじゃない相手には――。あいつが優しいのは、オンナに対してだけだろうな」 そう言う賢吾の口ぶりと眼差しから、薄々とながら和彦と御堂の間に何かあったことを察しているようではあるが、嫉妬や怒りといったものを感じない。賢吾にとっても御堂は、大蛇が牙を向けない身内に含まれているよう

  • 血と束縛と   第47話(43)

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  • 血と束縛と   第47話(42)

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    **** 久しぶりに髪を切ったせいか、首筋を撫でていく風の感触が新鮮だった。施術中は、バサバサと落ちていく髪を惜しむ気持ちもあったが、美容室の外に出てしまえば現金なものだ。やはり切ってよかったと思える。 和彦はさっぱりとした後ろ髪を一撫でして、歩き出す。背後を振り返るまでもなく、長嶺組の護衛はついているのだが、傍からは同行者だとわからない程度に、距離は空けてもらっている。これは和彦から言い出したことではなく、賢吾の指示によるものだ。 和彦はまた、長嶺の本宅に滞在している。綾香と会って動揺したことで、ほんの少しだけ体調を崩したのだが、それを見逃す長嶺父子ではない。もっともらしい言葉で丸め込まれてしまった。どうせ塞ぎ込むなら、側に人がいたほうが安心だろうと言われては、逆らえるはずもない。 ただ自分でも意外だったのは、和彦が客間に閉じこもっていたのはわずか一日ほどで、その翌日には、気分転換がしたいと外出できたことだ。外出のために服を選び、馴染みの美容室に予約を入れ、あれこれと予定を立てる一方で、これから先の家族との向き合い方や距離感を思索していたが、その最中に自覚したのは、決して自分が苦悩しているわけではないということだ。 実家について多少俯瞰して見られるようになっていた。佐伯家は、自分の人生におけるすべてではないと薄々わかっていながら、俊哉に望まれるままに身を委ねて生きていくつもりだったが、いつの間にかその感覚は希薄になっている。まるで真水に晒されて、毒が抜けたように。それとも、より強い毒によって染められたのか。 無意識に苦々しい表情になっているのに気づき、ほっと息を吐く。答えの出ない自問に疲れたというのもあるが――。 和彦は頭上を見上げて目を細める。今日は春というより初夏めいて陽射しが強く、気温が高い。この陽気で一気に桜は開花するだろう。自分の中にある硬い蕾めいた陰鬱も、花開いたあとに散ってくれないだろうかと益体もないことを思ってしまう。 もっと陽射しを浴びるためにふらふらと散歩したいところだが、次の行き先の予約時間が迫っている。コインパーキングで待機していた車に、護衛についていた組員と共に乗り込むと、さっそく出発す

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     どちらにしても、和彦の存在は、綾香の心に刃を突き立てる存在にしかなりえない。そう思いながらもこうして向き合うと、やはり自然と出てしまうのだ。『母さん』と。 皮肉でもなんでもなく、和彦は心の底から綾香に同情していた。幼少時からの綾香の自分に対する態度は、すべてを知った今では理解と許容ができる。「何も……、悪くないでしょう。あなたは。家と大人の勝手な都合に巻き込まれただけで――」 ここまで言って綾香が呻き声を洩らした。「そんな環境が、あなたを追い込んでしまった。だから、あんな連中のところに……」 和彦はハッとして顔を強張らせる。綾香の言う『あんな連中』がなんであるか、即座に理解した。「母さん、ぼくは――」 行き場がなくて長嶺の男たちの庇護下にあるわけではない。そう訴えようとしたが、綾香が続けた悲痛な告白に声が出なかった。「あなたを見ていると、どうしても紗香のことを思い出していた。……妹から取り上げてしまったという罪悪感が、ずっと消えなかったの。でも、また子供を持てて嬉しいと思ってしまう自分もいて、英俊にしていたように素直に大事にはしてあげられなかった。そうしているうちに、あんな事件があって、紗香の母親としての執念を見せつけられて……」 和彦が、側にいるのに触れられない存在になってしまったのだと、綾香は続けた。 歯止めを失ったように心情を吐露し続ける綾香に、ただ和彦は気圧される。綾香が語れば語るほど、母親という殻が剥がれ落ち、その下からおぞましいものが姿を見せそうだ。 今の綾香と重なるのは、幼い和彦の前で壊れていった紗香の姿だった。 込み上げてくるものがあり、口元を押さえる。そんな〈息子〉の異変に気づかず、綾香がぎこちなく微笑みかけてきた。「ああ、ごめんなさい、立たせたままで。さあ、早く上がって」 そう言って綾香が手を伸ばしてきたが、腕に触れられる寸前で本能的に和彦は身を引く。愕然としたように綾香が顔を強張らせた。「ごめん、母さん。今日は帰るよ……」

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