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Lahat ng Kabanata ng 血と束縛と: Kabanata 511 - Kabanata 520

1417 Kabanata

第14話(6)

 たまらず三田村の胸元に倒れ込みそうになったところを、すかさず受け止められて再び体の位置を入れ替えられる。「あっ、あっ、あっ――ん。三田村……、三田村、もうっ……」 三田村の力強い律動が繰り返され、和彦は奔放に乱れる。内奥深くを抉るように突かれた拍子に精を迸らせ、絶頂の余韻に酔いながら、引き絞るように三田村の欲望を締め付ける。 獣のように低く唸ったあと、三田村が精を内奥深くに注ぎ込む。和彦は放埓に悦びの声を上げながら、三田村の背にすがりついた。 三田村の体が熱い。それ以上に、内奥でビクビクと震えるものが熱い。それが和彦には、たまらなく愛しい。 荒い呼吸を繰り返す三田村の顔の汗をてのひらで拭い、勇ましい虎を撫でて慰撫する。珍しいことだが、三田村が甘えるように和彦に頬ずりしてきた。** グラスに注いだ牛乳を一息に飲んだ和彦は、天井を見上げてほっと息を吐き出す。まだ体に、三田村との激しい情交の熱が留まっている。朝だというのに、酔ったように頭がふわふわとしていた。 小さなテーブルに頬杖をついた拍子に、空になったグラスがひょいっと取り上げられ、再び牛乳で満たされた。「先生なら、オレンジジュースのほうがよかったかな」 そう声をかけてきた三田村が、向かいのイスに腰掛ける。大人の男なら、こうして向かい合って座ると、足が触れるようなテーブルだ。ただ、二人がこの部屋で寛ぐことを優先して考えると、このサイズのテーブルが最適だったのだ。和彦も、不満はない。むしろ、気恥ずかしくなるぐらいの三田村との距離の近さを、楽しんでいた。「ぼくはよっぽど、オレンジジュース好きだと思われてるんだな」「先生の部屋の冷蔵庫には、常備してあると聞いている」「……もしかして、冷蔵庫に何が入っているか、全部把握してるんじゃないか」 まさか、と言って三田村は顔を綻ばせ、つられて和彦も笑ってしまう。 朝からこうして、三田村と穏やかに会話を交わしていると、自分がとても優しい人間になったような気がする。世の中に嫌なことは何もないとすら
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第14話(7)

 それでも今は、優しい錯覚に浸っていたい。 三田村に促され、サンドイッチを手に取る。和彦が眠っている間に、近くのファストフード店まで三田村が買いに行ってくれたものだ。具がたっぷりの大きなサンドイッチとスープは、和彦の普段の朝食としては十分すぎる量だ。「昼まで一緒にいられるんだろ?」 サンドイッチを頬張る合間に問いかけると、和彦を安心させるように三田村は目元を和らげる。「ああ。もうそんなに時間はないが、先生の行きたいところがあればつき合う」「別に今日、どうしても行きたいってところは……ないな。あんたこそ、出かける用はないのか? どこだってつき合うぞ」「……そんなふうに言われたら、何か考えないとな」 生まじめな顔で考え込む三田村を眺めながら、サンドイッチを食べていた和彦だが、ふと今の時間が気になる。三田村とあとどれぐらい一緒にいられるか、知っておきたかったのだ。 イスの背もたれにかけたジャケットのポケットをまさぐり、携帯電話を取り出す。この部屋を訪れたときは、電源を切るまではしないが、着信音を消しておくようにしている。仮に急な呼び出しがあったとしても、三田村の携帯電話に連絡が入るため、あまり意味のある行為ではないが、少なくともこの部屋では、自分の携帯電話の着信音は聞きたくない。 時間を確認するつもりで携帯電話を開いた和彦だが、メールが届いていることに気がついた。 誰からだろうかと思いながら操作して、送信者の名を確認する。その途端、心臓の鼓動が一度だけ大きく跳ねた。送信者は澤村だった。 ホテルのショップで千尋と一緒にいるところを見られて以来、初めて澤村から連絡をくれたのだ。すっかり距離を置かれたものと思っていた和彦としては、嬉しい反面、戸惑いもある。「先生、どうかしたか?」「いや……、友人からメールがきてるんだ」 澤村からのメールは画像つきで、それを見た和彦はつい口元に笑みを浮かべてしまう。 メールの内容は、拍子抜けするほど〈普通〉だった。他愛ないことを、当たり前のように書いてあり、自然だ。自然すぎて不自然
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第14話(8)

「……本当に、見た目によらずお節介で、優しいな、澤村先生は」 小さく呟いた和彦は、携帯電話を三田村に差し出す。三田村は一瞬、物言いたげな顔をしたあと、黙って受け取った。「タイミングがいいと思わないか、その画像」 携帯電話に視線を落とした三田村に話しかける。「これはもしかして――」「クリスマスツリー。他のイルミネーションもきれいで、友人が今時期、女の子を口説くときによく使っている場所だ。去年までは、ぼくも出かけて眺めてたんだ。……そうか、もう、そんな時期なんだな……」 昨夜、ベッドの中で三田村とクリスマスについて話したと思ったら、澤村からはクリスマスツリーの画像が送られてきたのだ。偶然とはいえ、和彦の気持ちを高ぶらせる。 同時に、感傷も刺激された。 ほんの一年前までの、自分の生活を振り返っていた。大手のクリニックで毎日何人もの患者を診てはやり甲斐を感じ、合間に気の置けない友人とバカ話をして笑い、仕事が終われば遊びに出かける。無為に過ごしているようで、あれはあれで充実した日々だった。 今は――。 ふっと三田村と目が合い、こちらから何か言う前に、伸ばされた片手に頬を撫でられた。「……あまり、寂しそうな顔をしないでくれ、先生」 そう言う三田村のほうが寂しそうな顔をしているように見え、慌ててイスから腰を浮かせた和彦は身を乗り出し、三田村の首にしがみついた。「違うんだ。そうじゃないっ……」 自分でも何を言い訳したいのかわからないまま、咄嗟にこんなことを言ってしまう。三田村は宥めるように髪を撫でてくれた。「――先生、このクリスマスツリーを見に行かないか?」 驚いた和彦は三田村から離れると、ストンとイスに座る。「今晩?」 咄嗟にこう答えたあと、自分の性急さに思わず苦笑を洩らす。三田村は、〈今日〉とは言っていないのだ。 もちろん、優しい三田村は、否とは言わなかった。「先生の友人が、こうしてメールを送ってき
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第14話(9)

** 昼間まで会っていたはずなのに、数時間後、日が落ちてからまた三田村と顔を合わせるというのは、むず痒いような気恥ずかしさがあった。 なんといってもこれから、〈デート〉をするのだ。 そう考えた和彦だが、次の瞬間には、顔を背けて小さく噴き出す。妙に肩に力が入っている自分が、おかしくてたまらなかった。 必死に笑いを噛み殺し、隣を歩く三田村に視線を向ける。こちらは、普段は落ち着いている若頭補佐らしくなく、どこか浮き足立ち、しきりに周囲を気にしている。 和彦が見ていると気づいたのか、目が合うと三田村は、決まり悪そうに顔をしかめた。「……俺は、こういうシャレた場所だと、身の置き場がなくて困る」 三田村が言う『シャレた場所』というのは、ホテルも入っている商業ビル前の噴水広場のことだ。普段から雰囲気のいい場所として、待ち合わせによく利用されているのだが、クリスマスが近くなると、さらににぎわう。 広場の照明や植樹がイルミネーションで彩られ、大きな噴水も、クリスマスらしいオブジェをたっぷり使って飾られている。LEDの青白い光が、芝生の上に人工の海を作り出しており、見入ってしまうほどきれいだ。 寄り添っている恋人同士の姿も一組や二組ではないが、会社帰りに立ち寄ってみたという感じの、スーツ姿のビジネスマンたちの姿もちらほらと見える。 二人きりの甘い空気に酔っている恋人たちにしてみれば、ビジネスマンや三田村、もちろん和彦も、気にかけるような存在ではないだろう。 和彦は、ニヤリと三田村に笑いかける。「堂々とした立ち姿が渋くて、この場所にいても様になっているぞ、三田村」「先生も人が悪い」 柔らかな表情でそう応じた三田村に、マフラーを直してもらう。 少しの間噴水広場を見て歩いてから、今夜の本来の目的を果たすため、人の流れに乗るように、ビルのアトリウムへと移動する。「――……悪かった。忙しいのに、時間を取ってもらって。気をつかわせたな」 ゆっくりと歩きながら和彦が切り出すと、三田村は首を横に振る。「先生は
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第14話(10)

 吹き抜けとなっているビルのアトリウムには、巨大なクリスマスツリーが飾られている。隙間なく、という表現が大げさではないほど、イルミネーションやオーナメントで飾りつけられ、眩しいほど輝いている。 寸前までの不快さも忘れて、和彦はクリスマスツリーに見入っていた。見に来てよかったと、素直に思う。 本当は、澤村と出くわすのではないかと、少しだけ危惧していたのだ。だが、忙しい男が連日ここに立ち寄るとも思えず、また、もし仮に三田村と一緒にいるところを見られても、いくらでも言い訳は立つ。強面である三田村だが、それでも真っ当な勤め人に見えるはずだ。 そこまで考えてやっと、和彦は安心できる。 本来であれば、落ち着いた雰囲気の中、きらびやかなクリスマスツリーをじっくりと眺め続けたいところだが、そうもいかない。 さすがに人気のスポットだけあって、クリスマスツリーの周囲を囲むように人の輪ができ、混雑している。和彦の前に立っていた女性が移動しようとして、ぶつかってくる。思わずよろめいた和彦の体を、さりげなく背後から三田村が支えた。 クリスマスツリーを中心とした人の輪から抜け出し、少し離れた場所から眺めることにする。「今でこの混み具合なら、クリスマスイブともなると、もっとすごいんだろうな」 感心したように話す三田村がおもしろくて、和彦は小さく声を洩らして笑う。「先生、このビルの中で少し休もう。温かい飲み物でも飲んで……」「だったら、いい店がある。店の中から、クリスマスツリーの上のほうが見えるんだ」 頷いた三田村を促し、移動しようとしたそのとき、着信音が鳴った。三田村の携帯電話だ。 和彦に断って三田村が電話に出る。向けられた背をちらりと見てから和彦は、もう一度クリスマスツリーをよく見ておこうと、人の輪に近づく。 照明を受けてキラキラと輝くグラスボールに目を奪われていた和彦だが、何げなく、クリスマスツリーの向こう側に立つ人たちに視線を向ける。 みんな、クリスマスツリーを見ていた。一人を除いて。 その一人と目が合った途端、和彦は総毛立つ。心臓を冷たい手で鷲掴まれたようなショックを受け、数秒
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第14話(11)

**** 和彦は、外出できなくなっていた。 かつて和彦は、自分が今いる世界が怖かった。普通の医者として生活していた表の世界から切り離されて放り込まれた、ヤクザに囲まれた世界だ。賢吾も怖いし、その他の、自分を取り巻く男たちも得体が知れず怖かった。 それが今では、怖かったはずの世界から引きずり出され、自分を大事にしてくれる男たちから引き離されることを、怖いと思っている。恐れている。 和彦をこんなことを考えるまで追い詰めたのは、兄の――佐伯英俊の姿を見てしまったからだ。 自らの意思で遠ざけ、忌み嫌っている世界が、今の世界を脅かそうとしている。 何もする気が起きず、ベッドに横になって、吐き気がしそうなほどの憂鬱な気分と厭世感に苛まれる。寝返りを打った和彦は、震えを帯びた息を吐き出した。いろんなことを考えすぎて、頭の芯が熱をもって疼いているようだ。 実はもう二日、まともに眠っていない。眠りたくても眠れない、というのが正確なところだ。そしてその間、誰とも会っておらず、電話にも出ていない。 体調を崩したという言葉だけを三田村に伝えて、ひたすら外出を控えていた。 精神的に不安定になった和彦の扱いを、長嶺組の男たちは心得ている。今はまだ、何も聞かずに見守ってくれているが、近いうちになんらかの行動を起こすはずだ。和彦が衰弱することを、あの男たちは許さない。 夢は見たくないが、そろそろ安定剤を飲むべきだろう。和彦は、隣の部屋から物音が聞こえなくなったのを確認してから、緩慢に体を起こす。 ダイニングに行くと、テーブルの上には昼食が用意されていた。和彦が寝室にこもっていようが、決まった時間に組員がやってきて、食事の準備だけでなく、掃除までやってくれるのだ。 ただ、和彦の今の状態は、眠れないだけでなく、食事も喉を通らなくなっている。 イスに腰掛けようとしたが、自分が寝室から出てきた目的を思い出した和彦は、冷蔵庫を開ける。中には、オレンジジュースがしっかりと補充されていた。 たったそれだけのことだが、今の生活で自分は大切にされているのだと、肌で感じる。たとえ、
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第14話(12)

 この二日間、ただ憂鬱な気分に苛まれながら、眠れない時間を過ごしていたわけではない。頭の片隅では、あることをずっと考え続けていた。 ちょうど昼休みをとっていたところらしく、相手はすぐに電話に出た。「今、いいか? ――澤村」 返事より先に聞こえてきたのは、深いため息だった。『もっと早くにかかってくるかと思った』 澤村のその言葉で、やはり、と和彦は思った。一瞬、頭に血が上ったが、英俊の顔が脳裏を過った途端、冷静になれた。「……いつから、ぼくの家族と繋がってたんだ……」『ひどい言い方だな。いや、俺に対する物言いというんじゃなくて、お前の家族なんだから――』「澤村、頼む。端的に答えてくれ。ぼくはまだ、動揺しているんだ。お前に対して怒鳴るマネはしたくない」 和彦が懸命に感情を押し殺しているのを感じ取ったのか、澤村はもう一度ため息をついてから話し始めた。『先々月の末だったかな、突然クリニックに、お前のお兄さんから電話がかかってきたんだ。……お前がトラブってクリニックを辞めたことは知っていた。それに、お前と仲がよかったのが俺だとも。だから連絡してきたと言っていた。多分、先に事務局でいろいろ聞いたんだろ』「それで、兄はなんと言っていた」『弟がいつの間にか引っ越して、連絡が取れなくなったから、何か知らないかと。俺は、ずっとお前のことが心配だった。……あの写真は、只事じゃない。明らかにお前は、ヤバイことに巻き込まれていた。クリニックを辞めてからは、生活がまったく見えてこない。どこに住んでいるのか、どこで働いているのか。気軽に外出もできないように感じた。違和感を覚えていたんだ。俺に会うときだけ、お前は俺たちがいる世界に姿を現しているような、そんな感じだ』 和彦は澤村に対して、見誤っていることがあった。和彦が考えている以上に、澤村は真剣に和彦の身を案じてくれていたのだ。 たまに連絡を取り、食事をして、他愛ない会話を交わしながらも、今の生活についてはぐらかす。そうすることで、すべて丸く収まっていると思っていたの
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第14話(13)

『警察に相談しようと、何度も思ったんだ。だけどそのたびに、お前が本当に望むのかと思って、踏み止まった。そうやって迷っているうちに、お前のお兄さんから連絡がきて、正直、ほっとした。やっと相談できる人が現れたんだ』「それで、ぼくと連絡を取ったり、会っていることを話したのか」『……ああ。お兄さん、喜んでいた。無事なことがわかって安心したと』「あの人は、そんな人間じゃない」 自分でも驚くほど、冷ややかな声が出ていた。電話の向こうで澤村が驚いている気配が伝わってくる。「家族仲がよくないんだ。佐伯の家では、ぼくは異物だ」『そうは言っても、医大にも行かせてもらって、心配してくれる家族もいるだろ。お兄さんが言ってたぞ。末っ子を自由にさせすぎたと』 吐き気がするほどドロドロしている佐伯家の内情を、あえて澤村に言う気にはなれなかった。和彦は、自分が示す拒否感に同意してほしいわけではない。「――……兄さんは、お前に何を頼んだ」『ひとまず、いつも通りにお前と会ってくれと言われた。待ち合わせをして、一緒にメシを食って……、そうしてくれればいいと。この間、ホテルで中華料理を食ったとき、あの店にお兄さんの知り合いを待機させたらしい。お前の映像を撮って、元気な姿を両親にも見せたかったそうだ』 和彦は、澤村と会って食事をしているとき、妙な気配を感じたことを思い出す。あのとき自分の姿は、しっかりと撮られていたのだ。『さすがに、お兄さんのことをお前に黙ったまま別れるのも気が引けて、追いかけたんだ。そうしたら、お前は……長嶺くんと一緒にいて、言いそびれた』 ハンカチを買いに来たという澤村の言い訳は無理があったと、和彦は口元に苦笑を浮かべる。「クリスマスツリーの画像を送ってきたのは、ぼくを誘き出すためだろ」『お兄さんに、もう一度お前と会ってくれと言われたが、それは無理だと断ったんだ。間を置かずに会いたいと言ったら、お前は絶対警戒するだろ?』「……ああ」 澤村は、ある部分では和
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第14話(14)

『佐伯がクリスマスツリーを見に来るなら、運がよければ会えるかもしれないと、お兄さんには言っておいた。お前、あの場所を気に入ってただろ?』「気に入っているけど、兄さんは、ぼくが姿を見せるまで、毎日あの場所に立っているつもりだったのかな……」 これはほとんど独り言に近いものだったが、澤村は律儀に応じる。聞きたくなかったことを教えてくれた。『お兄さんが、楽しそうに笑って言っていた。――うちの弟は、好きなものや大事なものを目にしたら、我慢できずにすぐに手を出してしまうタイプだって。こういうところは、子供の頃から変わってないとも。……いいお兄さんじゃないか。お前のことをよく理解してるみたいで』 寒気がした。子供の頃から繰り返されてきた仕打ちを思い出し、胸の奥でどす黒い感情が渦巻く。 これ以上、冷静に話せる余裕がなくなり、和彦は懸命に呼吸を整えて澤村に告げた。「もう、ぼくの家族には何も教えないでくれ。協力もしなくていい。……ぼくの数少ない友人を、厄介なことに巻き込みたくない」『おい、俺は厄介なんて――』「頼むから、言うとおりにしてくれ」 和彦は慌てて電話を切ると、急に込み上げてきた吐き気が堪えられず、トイレに駆け込んだ。** 単なる飾りとは思えないほど、凝った刺繍が施された靴下を手に、和彦はぼんやりとクリスマスツリーを眺める。「なかなか立派でしょう?」 柔らかな声をかけてきたのは、この店のオーナーである秦だ。和彦はやや呆れた口調で応じた。「ああ。なかなか、とつけるのが申し訳ないぐらいだ」「クリスマスは派手に盛り上がるイベントの一つなんです。一時とはいえ、せっかく浮世を忘れて楽しんでくださるお客さまのために、店もそれ相応のことをしないと。毎年、多少値段が張っても、ツリーはいいものを選んで、オーナメントも海外から取り寄せたものを使っているんです」 そう言って秦は、テーブルの上に置いた箱の中を覗き込み、オーナメントを取り出していく。向けられた横顔はいつになく楽しげで、艶やかな存在感を
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第14話(15)

 和彦は、箱の中から小さなサンタクロースのぬいぐるみを取り上げる。可愛らしいが、これも秦が選んだのだろうかと思ったら、つい顔が綻ぶ。 こうして笑える自分が不思議だった。ほんの二時間ほど前まで、和彦は自宅のベッドで丸くなり、負の感情に苛まれていたのだ。そこになぜか、秦が迎えにやってきて、優雅に微笑まれながらも有無をいわせず連れ出された。 力ずくで従わされるのであれば抵抗もできるのだが、秦相手だと勝手が違う。まるで優しい風に運ばれるように、ふわふわとついて歩いていた。 途中、スーパーなどで買い物を済ませて、連れてこられたのが、先日、中嶋と三人で飲んだホストクラブだ。一体何をするのかと思っていると、クリスマスツリーの飾りつけを手伝ってくれと秦に言われた。 面くらい、最初は首を傾げながらオーナメントを手にしていた和彦だが、作業に熱中してしまうと、意外に楽しい。 グラスボールを取り付けていると、コーヒーの香りが鼻先を掠める。ソファに腰掛けた秦に手招きされ、休憩することにした。コーヒーと一緒に出されたのは、ここに来るときに買ったドーナツだ。 食欲はなかったはずだが、いかにも甘そうなドーナツを見て、空腹を自覚する。和彦は砂糖をまぶしたドーナツを取り上げ、一口食べた。「……甘い」「胸がいっぱいになるほど気持ちを溜め込んでいるときは、甘いものがいいんですよ。店のお客さまの受け売りですけどね」 向かいに座った秦が、ドーナツ以上に甘い笑みを浮かべる。端麗な美貌を際立たせるその顔を眺めながら和彦は、やっと切り出すことができた。「ぼくの子守りを、長嶺組から任されたのか?」「武骨なヤクザだと、下手に扱って先生を壊しかねない――と組長がおっしゃってました。少し困ったような顔をして」「ウソだ」「だったら、表情のほうはわたしの見間違いかもしれませんね」 悪びれた様子のない秦を軽く睨みつけた和彦だが、またドーナツをかじる。砂糖が舌の上で溶け、優しい甘さが広がっていく。たったそれだけのことなのに、なんだかほっとして、肩から力が抜けた。「みなさん、本当に困っていましたよ。先生が突然塞ぎ込んでしま
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