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All Chapters of ロスト・デイ: Chapter 1 - Chapter 5

5 Chapters

プロローグ

「あなたは、昨日の晩ごはんを覚えていますか?」「気づけば一日が進んでいた経験はありませんか?」 そんな問いかけが、テレビの深夜番組から流れてきた。神谷想は、リモコンを手にしたまま、その言葉にわずかに眉をひそめる。 仕事に追われる日々の中で、昨日と今日の境目など曖昧だ。けれど、なぜだろう──その言葉だけが、妙に頭に残った。 時計の針は午後十一時を指している。外は静まり返り、街の灯りもまばら。テレビの画面だけが、部屋の闇を青白く照らしていた。 何気なく開いたカレンダーには、昨日の欄だけがぽっかりと空白だった。「……あれ、昨日って……何してたっけ?」 手帳をめくっても、予定アプリを見ても、思い出せない。まるで“その日”だけが世界から消え去ったように。 小さな違和感が、静かに胸の奥を刺す。 仕事の疲れか、ただの勘違いか──そう思おうとするほど、不安は形を持ちはじめていく。 そして想はまだ知らない。その“抜け落ちた一日”が、彼の人生を根底から覆す“最初の異常”であることを。 日常から抜け落ちた記憶、それはただの物忘れなのかそれとも──。 これは、何気ない日常の欠落から始まる物語。──あなたの記憶を巡るホラーSFが、今、幕を開ける。
last updateLast Updated : 2025-10-23
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第一話「消えゆく一日」

──アラームが鳴り、スマホを探る手が音を止める。「……あと5分……」 神谷 想(かみや・そう)、33歳。IT企業に勤める、ごく普通のサラリーマン。 目を閉じたまま再び布団に沈み込む。10分後、再びアラームが鳴った。「……くあぁぁ……」 大きくあくびをしながら、身体を起こす。眠い目をこすり、いつもどおり洗面所へ向かった。 洗顔をし、歯を磨く。ふとスマホを手に取り、日付を確認する。──5月23日(金)午前7時10分「もう金曜日か。1週間、早いな……」 何気ない朝。変わらぬ日常。 朝起きて、仕事へ行き、週末は読書とゲーム。何の変哲もない、いつもの日々──の、はずだった。 きっかけは、ほんの些細な違和感だった。──夜。「やべっ……シャンプー切れてたんだった。 今日は水洗いで……あれ?」 風呂場の棚に、なぜか満タンのシャンプーボトルが置かれている。その足元には、空になった詰め替え用の袋。「……俺、買ったっけ……?」 考えても思い出せない。だが深く考えるのも面倒で、想は小さく笑ってつぶやく。「ま、いいか。」 その日を境に、微妙な違和感が少しずつ増えていった。──テレビのリモコンがいつの間にか場所を移動している。──歯ブラシが、朝起きた時点で濡れていた。──スーパーで買ったはずの牛乳が冷蔵庫になかった。「……最近、物忘れ多いな……」 思い切って病院を受診することにした。しかし、医師の診断は、あっけないものだった。『脳にも身体にも異常はありません。ストレスや睡眠不足の影響かもしれませんね。 しっかり休養をとってください。』「……まぁ、大きな病気じゃなくて良かった」 とはいえ、記憶の曖昧さは気になる。そこで想は、自分用の“行動記録カレンダー”を作ることにした。 予定、買い物、感じたこと──とにかく何でも、思いついたことをその日の欄に書き込んでいった。 これが、想像以上に効果を発揮した。「書いたことを思い出す」だけでなく、「書こうと意識する」ことで、記憶の抜けが減ったのだ。 毎朝カレンダーを見て、出かける。毎晩、1日の記録を書き込む。 それはいつしか、日課となっていた。──月末。 想は壁にかかったカレンダーを破ろうとして、手を止めた。──文字で埋め尽くされた1ヶ月の記録。 買い物リスト、同僚
last updateLast Updated : 2025-10-23
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第二話「消えた水曜日」

──午前6時59分 神谷 想(かみや・そう)は、アラームの1分前に目を覚ました。「……えぇ?……う〜ん」 アラームの30分前なら、もうひと眠りできる嬉しさがある。だが1分前では、何か損をしたような気分になる。 鳴るか鳴らないか、という絶妙なタイミングでアラームを止め、そのまま身支度に入る。「今日は……木曜日っと」 歯磨きをしながら、壁のカレンダーに目をやった。「歯磨き粉と、牛乳……と」 だが、その手がふと止まる。──水曜日が、また空白だった。「水曜日だけ、何にもないんだよな……」 なんとなく、ぼんやりとした違和感を抱えながらも、特に気にせず朝の支度を終える。 職場に着き、いつもの自販機でホットコーヒーを買う。 変わらないルーティン。変わらない日常。想はそれを心地よいとさえ思っていた。「普通が、一番だ」 すると、同僚が声をかけてきた。「よう、神谷」「おはよう」「昨日の会議、お前にしてはちょっと熱くなってたな。珍しいじゃん」「……え?」「え? 会議の話だけど。……お前、寝ぼけてんのか?」「……あぁ、たまにはね。そんな日もあるよ」 想は曖昧な笑みでその場をやり過ごしたが、内心は凍りついていた。──会議? 昨日、そんなのあったっけ? スマホで日付を確認する。木曜日。つまり昨日は水曜日。 だが、水曜日の記憶が──まるごと、ない。 あわてて先週の水曜日を思い出そうとするが、そちらもまったく浮かばない。「……昨日の晩ご飯も思い出せないのに、一週間前なんて無理か……」 帰宅後、想はリビングのカレンダーを眺めながら考え込んでいた。 水曜日だけが、ぽっかりと空白だ。他の日は予定やメモで埋まっているのに──そこだけ、何も書かれていない。「……だから思い出せないのか?」 カレンダーに書き込んである予定は、そこから記憶が引き出される。だが水曜日だけは、記録もなく、記憶もない。 想はふと思いつく。「じゃあ、来週の水曜日に、忘れようがない予定を入れてみようか」 目に留まったのは、近所に新しくできた居酒屋──「ワインラボ」。看板が変に印象的だったのを思い出す。「変な名前だけど……逆に、忘れようがないかもな」 想はカレンダーに大きく書き込んだ。『6/4(水) ワインラボ 19:00〜』 日々は、何事もなく過ぎて
last updateLast Updated : 2025-10-23
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第三話「痕跡」

 朝の支度をしながら、神谷 想(かみや・そう)はいつものようにカレンダーを確認した。「今日は……シャンプー、ね。OK」 指で今日の予定を確認する。 だがその視線が、ふとひとつ隣──水曜日に止まった。『6/4(水) ワインラボ 19:00〜』「……え?」 見覚えのない予定が書き込まれている。  不意に不安になり、スマホを取り出して履歴を確認すると── 数日前に「ワインラボ メニュー」で検索した形跡が残っていた。「……意味わかんねぇ」 目をこすりながら机に目をやると、そこにレシートが一枚、無造作に置かれていた。──ワインラボグラスワイン ×5手作りピザ ×1タパス盛り合わせ ×1合計:4,700円(税込) 想は無言で読み上げる。だが、まったく身に覚えがない。「飲みすぎたのか……? ワイン5杯で記憶飛ぶようになったのか、俺……」 記憶がないことよりも、酒に飲まれてしまったことへのショックが大きかった。──もう若くない、という焦りさえ感じる。 だが、身体にまったく異常はない。酒を5杯飲んだにしては、頭も胃もすっきりしていた。「……飲み過ぎには、気をつけよう……」 自戒めいた独り言をつぶやき、職場へ向かった。 いつものように自販機でホットコーヒーを買い、財布を閉じかけた瞬間──ふと気づく。「……あれ?」 財布の中身が、火曜日の夜から減っていない。「……昨日、ATMで下ろしたんだっけ?」 いや──していない。レシートがあるのに、現金は減っていない。違和感が、じわじわと胸に広がる。「おはよう、想!」 元気な声とともに、同僚がいつにも増してテンション高く話しかけてきた。「おはよう。……なんだよ、めちゃくちゃ元気じゃん」「いや〜、お前こそだろ?」 にやにやしながら肘で小突いてくる。「お前、昨日はお楽しみだったな〜?」「……は?」「とぼけんなよ。ワインラボで飲んでたろ、女の子と。あの子、誰なんだ?」 想の動きが止まる。──まったく覚えがない。「仲良く話して、楽しそうに店に入ってったじゃん。あれ彼女? ついにやったな〜この裏切り者!」「……いや、違う」「ははーん。さては振られたな?」「は?」「ちょっと顔がいいからって調子乗るから……そうなるんだよ!」「……言ってろ」 軽口を交わしつつも、想の頭の
last updateLast Updated : 2025-10-23
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第四話「確認」

──神谷 想(かみや・そう)は、確信していた。「水曜日に──何かが起きている」 だが、何が起きているのかはわからない。もしかしたら本当に、自分が忘れてしまっているだけかもしれない。 色々と対策を考えても、その記憶自体が消えるのなら意味がない。──まさに、八方塞がりだった。「なあ、一つ聞いていいか?」 職場で、ふと同僚に声をかける。「……なんだよ、急に改まって」「俺さ、昨日の仕事で、何やってた?」「は? ちょっと何言ってんの、意味わかんねえよ」「……だよな。自分でも変なこと聞いてると思うよ」「いちいち人の仕事なんて覚えてないけどさ。……あ、お前、部長に資料見せてなかった? 仕上がってるって言って、褒められてたよ?」「……ああ、そうだっけ」 想はとぼけるように答えたが、記憶にはなかった。「……部長に見せた資料って、最近作ってたアレか?」 すぐに社用PCのフォルダを開く。確かに、途中までしか作っていなかった資料が──いつの間にか完成していた。「……いよいよ分からん」 仕事の記憶すら失っているのなら、それはもう“夢うつつ”では済まされない。──自宅 想はこれまでの出来事を、メモ帳に整理していた。 水曜日だけが、何度繰り返しても記憶にない。体感としては、火曜日の夜に寝て、目覚めると木曜日になっている。「……タイムリープだったら面白かったのにな」 しかし日付は確実に前に進んでいる。時間は飛んでいない。ただ──記憶だけが、抜け落ちている。「……次の火曜日までに、何か作戦を考えないと」 週末、想は家電量販店へ向かい、ある“道具”を手に入れた。 部屋の隅に取り付けたのは、小型の定点カメラ。「これがあれば、少なくとも“水曜日の自分”が何をしていたか分かるはず……」 どこか虚しさを感じながらも、黙々とセッティングを終える。「……何やってんだろ、俺……」 それでも、“自分”の謎を暴くために、必要な準備だった。──火曜日・深夜 ついに、決行の日がやってきた。 録画ボタンを押し、カレンダーを確認する。「明日は空白……仕事行って、帰ってきて、それで終わり。普通の一日だ」 念のため、机に一枚のメモを置く。『水曜日 確認』 誰にも意味がわからないように──だが、“木曜の自分”だけは気づくように。「よし。あとは、寝る
last updateLast Updated : 2025-10-23
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