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第二話「消えた水曜日」

Auteur: 河内謙吾
last update Date de publication: 2025-10-23 11:55:52

──午前6時59分

 神谷 想(かみや・そう)は、アラームの1分前に目を覚ました。

「……えぇ?……う〜ん」

 アラームの30分前なら、もうひと眠りできる嬉しさがある。

だが1分前では、何か損をしたような気分になる。

 鳴るか鳴らないか、という絶妙なタイミングでアラームを止め、そのまま身支度に入る。

「今日は……木曜日っと」

 歯磨きをしながら、壁のカレンダーに目をやった。

「歯磨き粉と、牛乳……と」

 だが、その手がふと止まる。

──水曜日が、また空白だった。

「水曜日だけ、何にもないんだよな……」

 なんとなく、ぼんやりとした違和感を抱えながらも、特に気にせず朝の支度を終える。

 職場に着き、いつもの自販機でホットコーヒーを買う。

 変わらないルーティン。変わらない日常。

想はそれを心地よいとさえ思っていた。

「普通が、一番だ」

 すると、同僚が声をかけてきた。

「よう、神谷」

「おはよう」

「昨日の会議、お前にしてはちょっと熱くなってたな。珍しいじゃん」

「……え?」

「え? 会議の話だけど。……お前、寝ぼけてんのか?」

「……あぁ、たまにはね。そんな日もあるよ」

 想は曖昧な笑みでその場をやり過ごしたが、内心は凍りついていた。

──会議? 昨日、そんなのあったっけ?

 スマホで日付を確認する。

木曜日。つまり昨日は水曜日。

 だが、水曜日の記憶が──まるごと、ない。

 あわてて先週の水曜日を思い出そうとするが、そちらもまったく浮かばない。

「……昨日の晩ご飯も思い出せないのに、一週間前なんて無理か……」

 帰宅後、想はリビングのカレンダーを眺めながら考え込んでいた。

 水曜日だけが、ぽっかりと空白だ。

他の日は予定やメモで埋まっているのに──そこだけ、何も書かれていない。

「……だから思い出せないのか?」

 カレンダーに書き込んである予定は、そこから記憶が引き出される。

だが水曜日だけは、記録もなく、記憶もない。

 想はふと思いつく。

「じゃあ、来週の水曜日に、忘れようがない予定を入れてみようか」

 目に留まったのは、近所に新しくできた居酒屋──「ワインラボ」。

看板が変に印象的だったのを思い出す。

「変な名前だけど……逆に、忘れようがないかもな」

 想はカレンダーに大きく書き込んだ。

『6/4(水) ワインラボ 19:00〜』

 日々は、何事もなく過ぎていった。

──そして、火曜日の夜。

 カレンダーの前で、想は独りごちる。

「明日は仕事終わりにワインラボ。……普通に楽しみだな」

 スマホでメニューを眺め、何を頼もうかと考えながら眠りの支度を整える。

予定を確認し、準備も万端。

 胸にわずかな期待を抱きつつ、静かに目を閉じた。

──午前6時59分

 想は、またしてもアラームの1分前に目覚めた。

「……えぇ?……う〜ん」

 アラームの30分前なら、まだ寝れる嬉しさがある。

だが1分前だと、やはり損をした気分になる。

 鳴る寸前にアラームを止め、身支度に入った。

「今日は……木曜日っと」

 歯を磨きながらカレンダーを見る。

「……あれ、今日は……シャンプーか。切れるの早いんだよなぁ」

 リンスよりシャンプーの方が減りが早い。

詰替え用の買い方にいつも悩む──そんなことを考えながら、想は朝の支度を続けた。

──だが、彼はまだ気づいていない。

 昨日、水曜日に“何があったのか”を、一切思い出せていないことに。

第2話 了

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