Semua Bab そのネクタイ、俺が直してもいいですか?~ズボラな課長のくせに、惚れさせるなんて反則だ。: Bab 81 - Bab 90

117 Bab

3.歳の差、9年の距離

カーテンの隙間から差し込む光が、部屋の白を少しずつ溶かしていく。冷えた空気の中に、コーヒーの香りが柔らかく広がっていた。岡田はマグカップを片手に、ソファの背にもたれたまま、リビングの時計をぼんやりと見上げていた。午前八時。仕事納めの翌日。外はまだ静かで、どこか現実の境界が曖昧に思える朝だった。隣の寝室から、布団の擦れる小さな音がした。晴臣が寝返りを打ったのだろう。薄い布団越しに、静かな寝息が聞こえる。岡田はマグカップを唇に運びながら、その音に耳を傾けた。ふと、何の気なしに笑みがこぼれる。「俺、三十七やぞ…」自分でも驚くほど、自然に言葉が漏れた。静かな部屋にその呟きが溶けていく。九つの歳の差。これまで意識したことなんてなかった。だけどこうして、寝起きの光の中で、晴臣の寝顔を見ると、ふとした瞬間に距離のようなものを感じる。白いシャツの袖口から見える腕。整った寝癖のない髪。唇の端が少し緩んで、穏やかな寝息を立てている。岡田は視線を逸らした。年齢なんて関係ないと、ずっと思ってきた。けれど、彼の若さを眩しいと思うことがある。自分の時間が止まっていたように感じていた頃、彼が現れて、それを当たり前のように動かし始めた。笑い方を思い出し、声を出すことを思い出し、そして、誰かと同じ部屋で朝を迎えるという感覚まで。カップの中のコーヒーが少し冷めていく。岡田は立ち上がり、キッチンへ向かった。カウンターの上には、昨夜のまま置かれた二つのマグカップ。片方はまだ、晴臣の分だ。「課長」背後から眠たげな声がした。振り返ると、寝間着姿の晴臣が、髪をぐしゃぐしゃにしたまま立っていた。目の端にまだ眠気が残っていて、指先で軽くこすっている。「起きたんか」「はい。…おはようございます」「おう」晴臣がゆっくり
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-12-27
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4.仕事納めの夜、酔いの中で

居酒屋の引き戸を開けると、熱気が外へ溢れ出た。冬の夜の冷気が一瞬にして押し返され、湿った笑い声とアルコールの匂いが鼻をつく。「課長〜、今年もお疲れさまでした〜!」「おう、来年も頼むで」岡田は笑いながらジョッキを掲げた。ビールの泡がこぼれ、テーブルの上に金色の輪が広がる。フロアの照明はやや暗く、あちこちのテーブルから笑い声が響いていた。店員の声、グラスのぶつかる音、焼き鳥の煙。それらが混ざり合って、年の瀬の夜らしいざわめきを作り出している。晴臣は向かいの席で、焼きおにぎりを箸でほぐしながら笑っていた。少し赤くなった頬、緩んだ目元。それでも姿勢は崩さず、周囲の空気を見渡している。「晴臣、食うてるか?」「はい。もう十分です」「遠慮すんな。今日は飲め」「飲んでますよ」そう言ってジョッキを軽く上げる。泡が唇に触れる音がした。岡田はその様子を見て、ふと目を細めた。いつの間にか、こうして同じ席で笑うのが当たり前になっている。職場では部下であり、外に出れば気楽な飲み相手。でも、そのどちらにも収まりきらない何かが、二人の間に漂っていた。「課長、もうビールはやめときましょう」「まだいけるわ」「顔、赤いですよ」「お前もや」「僕はもともと赤くなる体質です」「言い訳やな」晴臣が苦笑する。その笑い方が柔らかくて、岡田は胸の奥がわずかにざわめいた。箸を置いて、無意識にポケットからタバコを取り出す。「ここ、禁煙ですよ」「……知っとる」「やっぱり吸いたくなるんですね」「年末はな」岡田は笑って、タバコを指先で転がした。火をつけないまま、指に挟んでいると落ち着く。酔いが少し回ってきて、頭がぼんやりしていた。周囲の笑い声が遠ざかる。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-12-28
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5.年の瀬、灯りの消えたオフィス

オフィスの照明が落とされていると、それだけで時間の流れが変わって見えた。冷たい空気が残るフロアには、非常灯の淡い緑色だけが灯っている。昼間の喧騒を吸い込んだ机や書類棚は、今は静かな影の塊になって沈んでいた。岡田はドアを押し開け、軽く息を吐いた。「…なんや、思ったより冷えてんな」「エアコン止まってるからですよ」晴臣が後ろから入ってきて、手にしていた資料袋を机の上に置いた。その仕草がやけに慎重で、紙が擦れる音さえ大きく響いた。「すぐ終わります」「いや、急がんでええ。どうせもう誰も来ん」岡田はスーツのポケットから鍵束を出して、キャビネットを開けた。書類を取り出すと、少し湿ったような紙の匂いがした。冬の乾いた空気の中で、それだけが妙に生々しく感じられる。晴臣は黙って手伝い、ファイルを丁寧に揃えていく。二人の影が、非常灯の光にゆっくりと伸びた。どの時計も止まってはいないのに、時間が流れていないようだった。誰もいないオフィスというのは、こんなにも音が消えるものなのかと岡田は思う。「課長」「ん?」「この書類ですか?」「ああ、それ。今日出す予定やったけど、忘れててな」晴臣が頷いて紙を閉じる。ほんの一瞬、目が合った。その視線の静けさに、岡田は胸の奥がわずかに揺れた。「時間って、早いな」つい、言葉が漏れた。晴臣が手を止める。「え?」「もう年末や。なんや、ついこないだまで夏やった気する」「そうですね」晴臣は笑った。その笑いは穏やかで、少しだけ寂しさを含んでいた。「でも、課長がいる時間は、速くても悪くないです」岡田は一瞬、何も言えなくなった。目の前の非常灯がぼんやりと滲む。小さな光の中で、晴臣の横顔だけが柔らかく浮かび上がっている。何かを言い返そう
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-12-29
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6.除夜の鐘が鳴る前に

夜の空気が、張りつめた糸のように冷たかった。吐く息が白くほどけては消えていく。街の灯りは遠く、空には薄く雲がかかり、雪が静かに降っていた。岡田は手袋をしていない手をポケットに押し込みながら、肩をすくめた。「…思ったより冷えるな」「手袋、貸しましょうか」隣を歩く晴臣が言う。その声が、吐く息と一緒に夜に溶けていく。「ええよ。お前、手ぇ冷たいくせに人に貸すとかおかしいやろ」「でも課長のほうが寒そうです」「俺はこれくらい平気や」晴臣が小さく笑う。その笑い声が、雪の降る音に溶けていく。道の先には、寺の門が見えていた。石畳の上に雪がうっすらと積もり、参道の両脇の提灯がぼんやりと灯っている。その赤い灯が、白い世界にやさしく揺れていた。「人、多いですね」「そら年越しやしな。ここの寺、毎年並ぶんや」「へえ…」晴臣が小さく息を吐く。吐いた息が白く流れ、夜空に溶けた。岡田はその横顔をちらりと見る。整った輪郭の上に雪の粒が落ち、まつげの端で溶けていく。それを見ながら、胸の奥にかすかな痛みのような温度が灯る。「お前、去年はどうしてたんや」「家で、テレビ観てました。ひとりで」「そうか。俺もや」「課長もですか?」「おう。テレビの除夜の鐘観ながら、気づいたら寝落ちしてた」「らしいですね」「なんやと」晴臣が笑う。岡田は肩で雪を払いながら、照れたように息を吐いた。「…けどな」「はい」「こうやって人と年越すん、久しぶりや」その言葉が雪の中に落ちていく。晴臣はしばらく黙っていた。やがて、少しだけ口角を上げて言った。「僕もです」その笑顔は、冬の夜に似合わないほどやわらかかった。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-12-30
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1.落ちた男と、笑う朝

目を覚ました瞬間、耳に飛び込んできたのは、鈍い音と、かすれた呻き声だった。晴臣は瞬きも忘れて、思考が追いつかないまま体を起こした。暖房の効いた部屋の空気の中に、じんわりと冷たい床の気配が混じる。視線を落とすと、ベッドの脇に、毛布にくるまったままの男が転がっていた。「…課長?」呼びかけると、岡田が顔をしかめながら寝返りを打ち、ゆっくりと上体を起こした。ぼさぼさの髪が寝癖で跳ね、首元のTシャツは片側だけ落ちかけている。目元には薄い眠気の影が残っていた。「……いた……これアレやな、体格差カップルには罠や」「いや、課長。体格差じゃなくて“横着”のせいです」そう言いながら、晴臣は毛布を引きずったままの岡田に手を差し出した。岡田は軽く鼻で笑い、少しだけ握力を込めてその手を取る。床に手をついて、よろけるように立ち上がった体は、寝起きのせいで重たげに揺れている。「……あかん、肘から落ちた。今夜は俺が真ん中で寝るからな」「真ん中も何も、セミダブルに男ふたりはそもそも無理があります」「昨日までは“無理を乗り越える愛”とか言ってたやん」「言ってません」岡田は、どこか誇らしげな顔でくしゃっと笑い、ふたりの間に自然な空気が流れた。元旦の朝。外の世界はまだ静かで、カーテンの隙間から差し込む光さえ、街の呼吸に合わせて眠そうだった。晴臣は岡田の姿を見つめたまま、毛布の上に腰を下ろした。足元からしんと冷気が這い上がってくる。けれど、その中心にいる岡田の存在が、なんとなく部屋全体をあたためている気がした。岡田が寝返りを打って落ちてきた時の重み、床に落ちる音、そのあとに響いた小さな痛みの声。全部が、妙に“生活の音”として染みついている。今、彼と同じベッドで目覚めた。それは当たり前のようでいて、当たり前じゃない。晴臣は、心の奥にふっと浮かんだその感情を、そっと手のひらでなぞるように確かめた。
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-01-01
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2.セミダブルの限界

窓の外は薄曇りだった。冬の午後は短く、空の明るさもどこか鈍い。光はカーテン越しに柔らかく差し込んでいて、室内は昼間だというのに、まるで夕方のように静かで眠たげだった。ベッドの上、岡田が大きく寝返りを打った。その勢いで晴臣の肩に肘がぶつかり、毛布がズレた。「いて…またですか」「なんや、お前が近すぎるんやろ」「僕は動いてません。課長が寝相悪いんです」「ちゃうて、俺はな…ベッドのせいやと思うんや」言いながら、岡田は仰向けになって天井を見つめた。頭の後ろに両手を組み、毛布を腹の上でぐしゃっと押さえつけるようにしている。右足だけが完全にベッドの外にはみ出していて、その姿は少し間抜けだった。「このベッドが、俺らの自由を奪っとるんや」「急に何の話ですか」「いやもうこれ、そろそろ限界やろ、セミダブルで男ふたり」晴臣は目を閉じ、息を吐いた。毎回この流れで、岡田が自分の寝相の悪さを棚に上げて“設備のせい”にするのは、もはや恒例行事だった。だが、今日は妙にその言葉が耳に残った。「今朝も落ちてましたしね」「そうや。もっかい言うけどな、あれもベッドが悪いんや。せやから…でかいのに買い替えるべきやと思わへん?」「買い替えって、ダブルベッドですか」「クイーンでもええで?」「…はあ」ごろりと岡田が横を向く。その動きに合わせて毛布がめくれ、晴臣の腕に冷たい空気が触れた。岡田の膝が無遠慮に自分の腿に押しつけられ、晴臣は小さく身じろぎする。岡田は目を細めて、少しだけ笑った。「どうせなら、一緒に寝よか、でかいベッドで。毎晩」「…冗談ですよね」「ほな本気やったらどうする?」「…困ります」そう返しながらも、晴臣の胸の奥で何かが、ほんのわずかに動いた。それは鼓膜の裏で鳴るような、名残のある音だった。昼の空気は静かで
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-01-02
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3.それでも、今夜も隣に

夜の帳が、静かに部屋を包み込んでいた。窓の外はすっかり闇に沈み、時折遠くを走る車のヘッドライトがカーテン越しに薄く揺れるだけだった。ベッドサイドの照明は消してあり、かすかな常夜灯が天井に淡い光を投げている。ふたりは毛布の中で肩を寄せ合っていた。セミダブルのベッドは、日中よりもさらに狭く感じられ、身体のどこかが必ず触れ合う。晴臣は岡田の背に腕を回し、呼吸のリズムを確かめるようにそっと頬を寄せた。岡田は最初、仰向けで天井を見ていた。だが、晴臣がそっと身体を寄せると、まるで仕方がないというように、ゆっくりと横向きになった。「…課長」低い声で名を呼ぶと、岡田はまぶたを少しだけ開けた。目の奥に、まだ眠気と警戒の両方が残っている。その表情の柔らかさに、晴臣はほっと息を吐いた。指先が、岡田の頬をなぞる。少しざらりとした無精髭の感触が、なぜか落ち着く。「今日も、狭いですね」「……お前のせいやろ。なんでそんなくっついてくるんや」「課長があったかいからです」岡田は黙ったまま、わずかに肩をすくめた。その仕草が、どこか小動物めいていて愛おしい。晴臣は静かに岡田の髪を撫で、額に唇を落とす。わずかに汗の匂いと、柔軟剤の甘い香りが入り混じっていた。岡田の呼吸は、最初は少し速かった。けれど、晴臣の指が首筋をたどると、その呼吸がゆっくりと落ち着いていく。岡田の背中に腕を回し、その体温を掌で受け止める。岡田の身体は思ったよりも熱い。鼓動が、毛布越しでもわかるほど響いていた。晴臣は、岡田のシャツのボタンをひとつ外した。岡田が無言のまま、少しだけ体を丸める。首筋を舌でなぞると、岡田の身体がびくりと震えた。暗がりのなか、岡田の表情ははっきりとは見えない。ただ、肩のあたりが薄く紅潮しているのがわかる。「…晴臣」かすれた声で名を呼ばれ、晴臣はゆっくりと顔を上げた。岡田の目は、やや戸惑いを帯びている。その目の奥に揺れているものが、今夜はよく見えた。
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-01-03
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4.休日、ふたりの歩幅

晴れた冬の朝だった。空はどこまでも澄んでいて、雲ひとつない。空気は冷たいが、日差しが当たれば、コートの内側にゆるやかな温もりが溜まっていく。ショッピングモールの駐車場は既に満車で、人の波が吸い込まれるようにエスカレーターへと向かっていた。年始の初売りらしい喧騒が、冷気を押しのけるように広がっている。晴臣は、岡田の横に立って歩いていた。コートの襟を立て、手袋の中で指先をそっと丸める。斜め後ろから差す朝日が、岡田の髪をやわらかく照らしていた。岡田は黒のコートに、ニットとジーンズというラフな格好だが、いつもより少しだけまとまりがない。ニットの襟元が片方だけ落ちかけていて、そこから鎖骨のあたりがちらりと見えた。「寒くないですか、その格好」晴臣がそう言うと、岡田は首をすくめて笑った。「ユニクロの下に貼るやつ、三枚貼ってんねん。ぬくぬくやで」「それで襟開けてたら意味ないと思います」「いや、なんかこないだテレビで見たやつやん。抜け感てやつ?色気出るらしいで」「……課長は出さなくても、漏れてますから」思わず漏れた言葉に、岡田が目を丸くしてから、にやりと笑った。「は?なにそれ、今の録音しとこかな」「やめてください」会話の軽さが、まるで空気に溶けるように自然だった。だが、胸の奥にふと引っかかるものが残る。それは、晴臣自身も説明できない種類のざわめきだった。人混みを避けながら、ふたりで店内へ入る。売り場はどこも人でごった返していて、セールの赤い札が所狭しとぶら下がっている。ワゴンセールに群がる客の声が反響し、床には微かな音楽が流れていた。岡田は手をポケットに入れたまま、足取り軽く進んでいく。時折、後ろを振り返って「晴臣、こっち」と呼ぶ。そのたびに、晴臣の胸の奥が静かに高鳴った。岡田の私服姿は、どこか無防備で、だからこそ魅力的だった。会社では見せない髪のラフさ、ほんの少し伸びた無精髭、油断したような笑み。それらが、まるで「岡田」という人間の本質を覗かせている気がした。
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-01-04
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5.視線の温度

ショッピングモールの二階、家具売り場の一角。昼前のフロアはすでに混雑していて、客たちのざわめきと店内放送、足音や笑い声が絶え間なく響いていた。セール札の貼られたソファがずらりと並び、その間を岡田が軽やかな足取りで歩いていく。肩にかけたトートバッグが揺れ、黒のロングコートの裾が、ほんのわずかに翻る。「課長、速いです」後ろから追いついた晴臣は、思わず声をかけながら呼吸を整えた。岡田は振り返ると、悪びれもせず笑った。「お前、体力ないな。正月食っちゃ寝しすぎたんちゃうか」「課長に言われたくありません」「いや、俺は動いてた。雪かきとか、掃除とか」「東京で?」「気持ちの話やろ。心の雪かき」岡田が真顔で言うものだから、晴臣は小さく吹き出した。その笑みが残ったまま、岡田の後ろ姿を見つめる。黒のコートの下は、白のハイゲージニットにデニム。コーディネートとしてはシンプルで、どこにでもいそうな休日の服装だ。だが、岡田のそれには、妙な色気があった。無造作に後ろに流された髪と、首の後ろにちらりとのぞく肌の色。すれ違う人々の視線が、岡田の方にちらちらと向けられていることに、晴臣は気づいていた。女性客のひとりが、隣の友人と視線を交わしながら、岡田の背中を目で追っている。若いカップルの女性の方が、岡田とすれ違いざまにちらりと目をやり、小声で何かを言った。晴臣の胸に、きゅっと小さな鈍痛が走った。何をしているわけでもない。ただ隣を歩いているだけなのに、岡田は人の目を引く。それを誇らしく思う一方で、自分以外の誰かに見られることが、急に落ち着かなくなった。そんな気持ちを抱く自分に、晴臣はさらに驚いていた。いつから、自分はこんなふうに思うようになったんだろう。岡田は、気づいていないように見えて、その視線の波にまるで無頓着だった。ニットの袖を少し捲りながら、ディスプレイされたダイニングセットの椅子に腰を下ろす。軽く伸びをしながら、晴臣を見上げた。「これ、座り心地ええな」「え
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-01-05
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6.寝具売場と、不意の未来

ベッド売り場の空気は、家具屋の喧騒からほんの少しだけ隔たれていた。通路の片隅、整然と並べられたマットレスの島の間を歩くふたりの足音だけが、カーペットの上に静かに落ちていく。岡田が立ち止まり、手近な展示品に腰を下ろした。ゆっくりと体重をかけて沈み込むマットレスの反発が、わずかに空気を揺らす。「おお、これ意外とええな」そう言って、岡田はごろんと仰向けになった。腕を頭の下に入れ、うっすらと目を閉じる。無造作な姿勢なのに、やけに様になっていた。晴臣は隣のマットレスの端に立ったまま、どこか居心地悪そうにその様子を見下ろしていた。「課長、さすがに売り物ですから…」「試してくれって書いてあるで。ちゃんとタグ見てみ、お行儀のいい営業スマイルで『お気軽にお試しください』って書いとる」晴臣が視線を落とすと、確かにその文言がマットレスの下端にプリントされていた。仕方なく、自分も腰を下ろす。隣に並ぶ形になった岡田の肩が、ほんの少し触れた。体温が伝わる距離。誰も見ていない空間。なのに、晴臣はなぜか目線の置き場に困っていた。岡田が片目だけ開けて、こちらを見た。「お前も横になれや。比べんとわからんやろ」「……はい」背中を預けた瞬間、柔らかな沈み込みが全身を包んだ。岡田の腕が、ほんの数センチ先にある。香水ではない、岡田自身の香りが、微かに鼻腔をくすぐった。目を閉じれば、自分がどこにいるのかわからなくなりそうだった。すると、岡田がぼそりと呟いた。「どれがええ?…なんなら、やっぱり一緒に住むかって気分なるな」その言葉が、空気の表面にぽつんと落ちた。ふいに、世界が止まったように感じた。岡田の声は軽く、冗談に近いトーンだった。けれど、その“仮定”が持つ重みが、晴臣の胸に静かに沈んだ。「……」返事ができなかった。喉が詰まり、呼吸がうまくできていない気
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-01-06
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