「おはよう」 この言葉で今日も一日が始まったと実感する。 私にとって習慣でもあり、おまじないでもあるこの言葉は、私を明るく、前向きにさせてくれる。 いつからだろうか。かつて私を照らしてくれたその言葉も、今では胸の奥に重く沈み、ただ痛みだけを残していく。 高校二年生の四月。陽菜は、流れ作業のように学校に向かっていた。教室に入ると、ざわめきが耳の端をかすめる。窓側の一番後ろの席に腰を下ろし、クラスの喧騒から逃れるように窓の外を眺めた。校庭には、桜が生き生きと枝を伸ばしていた。まるで長い冬の間、この瞬間を待ち焦がれていたかのように、花びらは一斉に開き、風の流れに身を任せて揺れていた。 「陽菜、おはよう」 後ろから聞き慣れた声が響く。少しだけ目線をそちらに向けた。 「……おはよう」 以前は特別だと感じていたその言葉も、今ではただの飾りのように思えた。 もしかしたら、声の主が自分の求めている存在かもしれない――そんな淡い期待も、今は色あせてしまった。 視線を窓の外に戻す。校庭の桜は春の光に輝き、風に揺れているというのに、私の心の中はぽっかりと空いた穴のように、彩りを失っていた。それでも、私の世界は静かに時間が過ぎていく。騒がしい教室とは反対に、今日もひっそりと一日が始まろうとしていた。
Last Updated : 2025-11-01 Read more