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第一話——翠のお見舞い

Penulis: 桜庭結愛
last update Terakhir Diperbarui: 2025-11-01 15:25:24

教室の喧騒の中、いつものように窓の外を一人静かに眺める。かつて刺激が強かった日差しも今では日常の中に溶け込んでいた。

「陽菜」

考えすぎて幻聴が聞こえたのだろうか――ぼーっと校庭にいる人を観察していると、肩を叩かれ思わずそちらに顔を向ける。心配そうな顔をしたれんがすぐ近くに立っていた。

「……どうしたの?」

「ずっと呼んでたんだけど、大丈夫か?」

「ごめん。気づかなかった……」

「いや、別に。それより放課後どっか行かね?」

答えを待つようにじっと見つめられ、逃げるように視線を下に向ける。

「……また行くのか?」

先ほどよりも声が小さくなったことに驚き、思わず蓮の方へ視線を戻した。眉間に皺を寄せ目尻が下がっている。不安そうにこちらを見つめていた。今にも泣きそうな表情をしている蓮を見て、胸が締め付けられるかのように苦しくなる。それでも私の答えは変わらず、いつも通りの言葉を返した。

「行くよ。それが私にできることだから」

「そうか。あんまり考えすぎるなよ。」

「……ありがとう」

言葉を探したけれど見つからず、私はただ口を噤んだ。

重たい沈黙が胸の奥に沈んでいく。その静けさを破るように聞き慣れたもう一つの声が響いた。

「やっほー陽菜」

「あ、|志織《しおり》……」

中学からの親友である志織は、このようにクラスが違っていても毎日声をかけてくれる。塞ぎ込んでしまった私にとって志織は大切な存在だ。

「春休み挟んだからすごく久しぶりだね」

「そうだね」

この光景も見慣れてきたな、と思うたびに胸の奥に寂しさが広がる。

たった一つの色が消えただけで心に穴が空いたようだった。その色は私の世界の大半を占めていたのだ。

チャイムが一日の終わりを告げると肩の力が自然と抜けた。何かに引っ張られるかのように、私は校庭へ足を進める。ピンク色の絨毯を踏みしめて校門を出ると、家とは反対の方向へ歩き出した。

非日常だった生活も、いつの間にか日常へと変わってしまう——そう感じざるを得ない足取りで私は日常となった道を歩き進める。

しばらく歩いていると白い横長の建物が目に入った。自動ドアを通り、少し微笑んだ女性に名前を告げる。

「こんにちは、朝倉あさくらです。」

受付を済ませ、彼のいる病室へ向かう。階段を登り左に曲がるとすぐに205号室が現れた。部屋は誰もいないかのような静けさに包まれている。

本当に彼はここにいるのだろうか。――毎回抱く不安を振り払い、私はゆっくりと扉に手をかけた。

部屋に足を踏み入れると、消えてしまったあの色がそっと私の世界に彩りを取り戻していった。

すい……」

今は聞くことのできない彼の声を求めて必死に言葉をかける。

彼の穏やかな顔を見ていると、胸の奥に温かい思い出がじんわりと広がった。かつてあった日常の映像が私の頭によぎる。私は息を整えあの頃の朝の光を思い浮かべた。

ピーンポーン

「はーい!」

重い体を無理やり動かし階段を駆け降りる。カバンを肩にかけ、呼吸を整えながらドアを開けた。

「おはよう」

微笑んで扉の前に立っている翠が挨拶をする。

「おはよう!」

花が咲いたような笑顔で陽菜も挨拶をする。

何気なく交わすこの言葉が陽菜にとって大切だった。

「朝から元気だね」

「子どもっぽいって思ったでしょ」

くすりと笑った翠に対して、陽菜は頬をわざとらしく膨らませた。

「そんなこと思ってないよ」

「嘘だー」

「ほんとほんと。ただ、昔から変わらないなって」

「やっぱり子どもっぽいってことだ!」

「そんなこと言ってないって」

声を出して笑う翠につられて陽菜も自然に笑ってしまう。

——こんな日がずっと続くといいな。

軽口を交わす朝は、太陽よりも強い光で陽菜の心を照らしていた。

視線を目の前にいる翠に戻すと、今にも目を開けて「おはよう」と言ってくれそうなほど穏やかに眠っていて、胸の奥がきゅっと締め付けられた。

「また声が聞きたいよ……」

閉じた彼の瞳はまだ開く気配がない。病室に響くのは、か細い私の声だけだった。

ピーンポーン

翌朝夢と現実を彷徨っていると、懐かしいメロディが耳に入ってきた。

夢を見ていたのだろうか。ゆっくり目を開けると見慣れた白い天井が視界を埋めた。

ピーンポーン

意識が鮮明になっていく中で、呼びかけるようにもう一度音がする。体を起こし少しの期待と不安を胸に抱え階段を下りていく。

「はーい」

扉を開けると真剣な眼差しでこちらを見つめている蓮の姿があった。

「学校行くぞ」

当然のように告げる蓮に対して戸惑いを隠せない。

「なんで、蓮が……」

詰まらせながら疑問を口にする。頭の中は「なんで」という言葉で埋まっていた。

「いや、一人だと事故らないか心配だったから」

当然だというように頷きながら蓮は言う。

「ちょっと、どういう意味、」

「そのままだろ」

「もう子どもじゃないんだけど」

「お前はいつまでも子どもみたいだからな」

「蓮には言われたくない!」

思わず大きな声を出してしまい、しまったと口をつぐむ。その様子を見て蓮は大袈裟に笑ってみせた。

この会話懐かしいな——温かい何かが胸の奥に染み渡る。少しだけ、以前のような明るい朝が戻ってきた気がした。

「準備してくるから待ってて」と言いリビングへと促す。蓮は慣れた足取りでリビングのソファに腰をかけた。

数分後、身だしなみを整えてリビングに戻るとソファに身体を預け、寝息を立てている蓮がいた。

黙っていれば似てるんだよなぁ——微笑ましい気持ちで寝顔を眺めていると、ピクッと瞼が動き、思わず視線を逸らす。

「準備終わった?」

「おまたせ。終わったよ」

「ん、行くか」

蓮はすぐに立ち上がりリビングを後にする。慌てて私も後に続き家を出た。

家が隣同士の私たちは、小学生の頃から三人で登校していた。歩き慣れた高校までの道を二人で肩を並べて歩く。

「なんか久しぶりだな」

「そうだね」

高校に上がってからは部活動や委員会などで別々に登下校することが増えた。

「今日は朝の仕事ないの?」

「じゃないとここにいないだろ」

図書委員に入っている蓮は、図書室が開いてから授業が始まるまでの時間に受付の仕事をしている。そのため以前は朝練がない翠と登校していたのだ。

「委員の仕事ないの珍しくない?」

「図書室、開いてないからな」

「あ、そういうこと……」

「サボってると思ったか?」

「うん。蓮ならあり得ると思って」

「おい」

蓮がふざけて私の頭に軽く拳を落とす。

「いてっ!」

「サボるわけないだろ」

「ごめんって」

ふたりで笑い合いながら歩く道は、少しずつ以前の朝と同じ光を取り戻していた。

「おはよう」

「おはよー陽菜。二人で登校してるの珍しいね」

廊下側の一番後ろの席に座っていた志織は、一緒に登校した二人を交互に見てふんわりした笑みを向ける。

「たまにはいいかなって思って」

「毎日一緒じゃ疲れるか(笑)」

「流石にねー」

志織と冗談を交わしていると、不意に後ろから頭をちょん、とつつかれた。

「ちょっと蓮、やめてよ」

「これから、毎朝六時にインターホン押すぞ」

「ごめんごめん。お願いだから、それだけはやめて」

「お前寝るの好きだもんな」

「分かってるなら、絶対やらないでよね」

「やらねーよ」

「ほんとかなぁ」

「なんで信用ねーんだよ」

「蓮ならやりかねない」

「おい」

三人の笑い声がクラスの喧騒に溶け込んでいく。

あぁ、楽しいな——灰色だった心がほんの少し色づいていく気がした。

いつも通りに授業をこなしあっという間にチャイムが一日の終わりを告げる。

帰ろう、とカバンに手をかけたその時、机の上に黒い影が落ちた。影を落とした相手を見ようとそっと顔を上げる。

「蓮?どうしたの?」

「今日も行くのか?」

不安そうに、けど、どこか覚悟を決めた目でこちらを見ている。

「うん、行くよ」

「そうか」

冷たい風が二人の間に流れる。少しの沈黙を先に破ったのは蓮だった。

「俺も行く」

「……え?」

予想してもいなかった言葉が放たれ、素っ頓狂な声が出てしまう。

「だから、俺も行くよ」

「なんで……」

「家族だからおかしくはないだろ」

「まぁそうなんだけど……」

蓮の真剣な表情を見ていると聞き間違えでないことは一目瞭然だ。

「なにも、一緒に行かなくったって……」

「今一緒にいるのに別々に行く必要もないから」

もっともなことを言われそれ以上の言葉は出てこなかった。

いつも通り病室に入り、翠の顔を静かに眺める。昨日と違うことは隣に翠の弟である蓮がいることだ。

「久しぶりだな、翠」

私以外の声が病室に響くのも久しぶりだな――毎日顔を見にくるのも今では陽菜だけになっていた。

どれだけ時間が経っただろう。気づけば窓の外は青みがかった黒色に変わっていた。

「そろそろ帰ろっか」

名残惜しい気持ちを抑え、重たい腰を上げる。蓮の方に視線を向けると、眉間に軽く皺を寄せ、真剣な眼差しで翠を見つめていた。

「蓮?」

私が声をかけると表情は変えず、静かに顔をこちらに向ける。消え入りそうな声が聞こえた。

「あのさ」

言いづらいことなのだと瞬時に理解し、その場から動けなくなってしまう。無意識のうちに蓮から視線を逸らしていた。少し間をおいてためらうかのようにそれを言葉にする。

「事故の前、翠と何があったんだ?」

逸らした視線を蓮がいる方に戻す。その目からはすでに迷いが消えていた。

いつか聞かれるのではないかと想像していた。しかし、いざ言葉にされるとなんて答えるべきか迷ってしまう。それでも覚悟を決めた蓮の目が私をその場に拘束する。

「……」

一度蓮から目を逸らし、ゆっくり息を吸って呼吸を整えた。そして、告げる。

「私は、事故が起きた日の朝、翠に会っていた――」

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