Home / 恋愛 / 「おはよう」って云いたい / 第三話——蓮とお出かけ

Share

第三話——蓮とお出かけ

Author: 桜庭結愛
last update Petsa ng paglalathala: 2025-11-01 15:49:29

……ンポーン

ピーンポーン

「はーい」

「ほら、学校行くぞ」

「うん。って、そんなにインターホン鳴らさなくても聞こえてるから」

「めざましだよ」

あれから私たちは二人で登校することが増えた。図書委員の仕事は中間テストの前で休みのようだった。志織ともよく喋るようになり、以前の彩りを取り戻しつつある。

「なぁ、今日病院の後どっか行かねーか?」

そして、蓮と病院に行くことも習慣化していた。それ以外の誘いが蓮からあったことはないが――

「ん?」

――聞き間違えだろうか。

「もう一回言ってくれない?」

「だから、病院行った後どっか行かね?って」

目が点になるとはこのことだろう。突然のことで言葉を噛み砕くことができない。

「えっ、と……」

「なんか用事あるのか?」

「特にない、けど」

「けど?」

「いや……いいの?」

「何がだよ」

「だって、女の子と二人で出かけるの嫌だって」

以前女の子に誘われて、「女と二人は無理」とまっすぐ言い切るのを目撃した。言い方はどうかと思うが、一人に許可をすると次々と誘われるため、お決まりの返しをするようになったのだろう。

「めんどい女が寄ってくるのは嫌なんだよ」

「あー……」

確かに蓮の周りに寄ってくる女の子は少しクセのある子が多い。

私なら学校に来るのも億劫になりそう――モテる人の悩みなのだろうか。

「そんなことはいいんだよ。空いてるか?」

「空いてるけど……私も女だよ?」

「知ってるわ」

「蓮がよく言ってる、女と二人、だよ?」

「あー……」

言いたいことが伝わったのだろう。少し呆れたようにため息をついて気怠そうに言葉をこぼす。

「お前はめんどくない」

「へ……?」

「お前はめんどくないから別にいいんだよ」

あまりにもさらっと言われたその言葉に思わず心臓が跳ねた。なんでだろう。別に大した意味なんてないはずなのに。

――幼馴染として特別扱いしてもらえるのは嬉しいな。

ちらっと蓮を見ると、頬がほんのり赤い。思わずくすっと笑ってしまい蓮が唇を尖らせてこちらを見た。

「早く病院行くぞ」

「分かった分かった」

少し拗ねている蓮を見て心の真ん中から温もりが広がってくる。桜の枝がふわふわ揺れるたび、胸の奥も柔らかく揺れる気がした――

病室を出た後、いつもとは違う道のりを二人で歩く。太陽はすでに沈み、空は漆黒に包まれていた。道中の小さな光が二人を照らす。沈黙を破るように、ずっと疑問に思っていたことを口にした。

「どこ行くの?」

「内緒。とりあえず駅まで歩くぞ」

前を歩く蓮に合わせて歩調を少し速める。五分ほど会話もなく歩いていると、駅の明かりが見えてきた。

改札を通り、駅のホームに着くとすでに電車が停まっていた。電車に近づいて驚き、思わず足を止めそうになる。いつもより混雑している電車に、なんでだろうと首を傾げた。

車内でも特に言葉は交わさず、ただ電車の揺れに身を任せる。目の前に蓮の顔があり顔を上げることができない。遠くに流れる景色より自分の鼓動の方が速く感じた。

最寄り駅から三駅離れたところで、人波に紛れて私たちも電車を降りた。

改札を出て住宅街を歩くと、夜の静寂を破るかのように屋台の活気ある声とざわめきが響いてきた。匂いに誘われて足取りが自然と軽くなる。

思わずテンションが上がり無意識に蓮の服の袖を引っ張ってしまう。少しの距離を走ったあと自分の手が蓮の服に触れていることに気づき、慌てて手を離して顔を背けた。そんな私の頭上から優しい声が降ってくる。

「この公園、花見で人気の場所らしい。今週末限定で屋台が出てるんだ」

蓮に顔を向けると、嬉しそうに微笑んで屋台の方を見つめていた。私も自然と柔らかい笑顔になる。

「よく見つけたね」

「偶然友だちが話してるのを聞いたからな」

「そっか。蓮の友だちも来るの?」

「多分来るんじゃねーか?あいつら暇人だし」

「会えるといいね」

そう答えるとちょっとむすっとした表情で蓮は言う。

「あいつらはいいよ。普段学校で話してるし」

「私とも話してるじゃん」

「男ばっかで花見してもつまらないだろ」

「そういうもんなの?」

「まぁな」

「ふーん」と返事をしつつも心の奥には嬉しさが広がっていた。ふと横を見ると蓮がこちらに手を差し出している。私が戸惑っていると、ざわめきにかき消されそうな声が聞こえた。

「人多いだろ」

「え?」

「迷子になるといけないから繋いどけ」

「また子ども扱いした!」

少し頬を膨らませて蓮の方に顔を向ける。真面目な表情でこちらをじっと見つめていた。戸惑いながらも差し出されていた蓮の手にそっと手を重ねる。指先から温もりが伝わり、熱が全身に広がっていくのを感じた。

いくつかの食べ物を買い、公園の端にあるベンチに腰をかけた。

「夜の桜も綺麗だね」

「だな」

「食べ物も美味しいし」

「花より団子かよ」

「そういう蓮だって、さっきから食べ物ばっかで上見てないじゃんっ」

「俺は"男子"だからいいんだよ」

「わ!ダジャレだ!」

あはは、と声に出して笑う。空を見上げると大小さまざまな光が強く輝き、存在を主張していた。隣の人工的な明かりが私たちの輪郭を照らす。自然と人工の光がひそやかに世界を二分しているみたいだった。

しばらく自然を眺めていると隣からか細い声が聞こえた。少し声が震えているような気もする。

「あのさ……」

紡がれる言葉を聞き逃さないように視線を蓮に向け、じっと次の言葉を待った。

「ずっと言おうと思ってたんだ。でも、陽菜の気持ちを知ってたからなかなか言い出せなくて…」

「……何を?」

珍しく言い淀む蓮に、少し首を傾げて話の続きを促した。目の前にいる彼は大きく息を吸って、ゆっくりと時間をかけて息を吐いている。やがて顔を上げ、力強い視線を私に向けた。

「ずっと好きだった」

何を言われたのかすぐには理解できなかった。固まっている私に構わず、蓮はさらに言葉を続ける。

「小さい頃からずっと、陽菜のことが好きだった。陽菜が翠のことを好きなのも知ってたから言い出せなかったけど」

「……」

「……俺は陽菜が好きだよ。誰よりも」

蓮の真剣な目に落ち着かなくなり、私は食べていた焼きそばに視線を移した。答えは出ているのにすぐに返すことができない。言葉を選ぶように、ゆっくりと口にした。

「……ありがとう」

隣で蓮が息を呑む。賑やかに聞こえた人の声も二人の鼓動がそれをかき消した。

「でもごめんなさい。やっぱり私は翠が好き。」

怖くて蓮の方を向くことができない。長い沈黙が二人の間に流れる。苦しくて今にも泣き出しそうだった。

どれくらい時間が経っただろうか。やがて、蓮が口を開いた。

「そうか」

胸がちくりと痛む。我慢していた涙が制止を効かず、ポロポロと流れ出した。

「泣くなよ」

蓮が、持っていたハンカチで私の涙を拭ってくれる。それでも私の涙はこぼれ落ち、止まることを知らない。

「相変わらず泣き虫だな」

「うるさいっ」

こんな時でも笑わせようとしてくれる蓮にさらに罪悪感が募る。

「大丈夫だから泣くな。結果は分かってて告白したんだ。陽菜が傷付く必要なんてないんだよ」

蓮の放つ優しさが胸を刺し、痛みが徐々に増していく。温かい言葉のはずなのに、なぜ心は温まらないのだろうか。

私が泣き続けている間も、蓮は優しく背中をさすってくれていた。涙が止まり周りを見渡すと、屋台の灯りは完全に消え、人の気配が薄くなっていることに気づく。だいぶ時間が経っていたみたいだ。

「ごめん。涙止まらなくなっちゃって…」

「平気。落ち着いたか?」

「うん、ありがと」

「ん……帰るか」

「そうだね」

二人でそっと立ち上がり、先ほどと同じように手を繋ぐ。変わらない蓮の態度に少し安心した。

特に会話をすることもなく来た道を戻り、駅に向かう。電車にはほとんど人が乗っていなかった。一番端の車両に腰をかける。行きとは違う理由で、一駅一駅の距離が長く感じられた。

Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App

Pinakabagong kabanata

  • 「おはよう」って云いたい   あとがき

     最後までご覧いただき、本当にありがとうございました。 当初は十万字ほどで終える予定だったこの物語ですが、気づけば想像以上に長い作品となっていました。ここまで読み進めてくださった皆さまには、感謝の気持ちでいっぱいです。 初めての執筆ということもあり、書き方に悩んだり、思うように筆が進まなくなったりした時期もありました。それでも、応援の言葉に何度も背中を押していただき、最後まで書き切ることができました。本当にありがとうございました。 少しだけ、この物語についてお話しさせてください。 私はこの作品を書き始めた時、結末を決めていませんでした。大まかな流れだけを考え、あとは登場人物たちの感情に寄り添いながら書き進めていこうと思っていたからです。 ですが、物語を書いていくうちに、私はどの登場人物のことも大好きになっていました。だからこそ、何度も結末に悩みました。考えるたびに違う答えに辿り着くこともありました。 今回の結末は、その中の一つです。 もしかすると、読んでくださった皆さまの中には「別の結末が見たかった」と感じた方もいるかもしれません。でも、それもまた一つの答えなのだと思っています。 もしこの物語の続きを、あるいは別の未来を、皆さまが心の中で思い描いてくださるなら、作者としてこれ以上嬉しいことはありません。 そして、この作品に登場したキャラクターたちを少しでも好きになっていただけていたら幸いです。私にとって彼らは、いつの間にか我が子のように愛おしい存在になっていました。 長くなってしまいましたが、改めて、ここまで読んでくださったすべての方へ心から感謝を申し上げます。 また別の物語でお会いできることを願っています。

  • 「おはよう」って云いたい   エピローグ〜後編〜

    「何で蓮もいるの?」 翠は不満そうに唇を尖らせた。 私たちは学校終わりに駅前のカフェに来ていた。二人ではなく、三人で。「二人で行かせるわけないだろ」「独占欲強いと嫌われるよ?」 翠は目を細めて蓮に視線を向ける。蓮は余裕そうな笑みを浮かべていた。「まぁまぁ」 私は笑って翠と蓮の間に入る。いつもは大人っぽい翠が、何だか子どもみたいで思わず笑ってしまった。「翠にも子どもっぽいところあるんだね」「もう、陽菜まで……」 揶揄うような笑みを浮かべて、翠の肩をつつく。翠は苦笑を浮かべてため息をついた。「もういいや。早く注文しよう」 翠は諦めたように肩を落とし、店員を呼んだ。「待って! まだ決まってない」 私は焦ってメニュー表に目を向ける。翠がその様子を微笑んで見守っていた。店員がこちらに近づいてくる。焦る気持ちでメニューが頭に入ってこなかった。「えっとー……」 店員が目の前に来て、翠が注文をする。そこで不思議なことに気づいた。「あれ?」「どうしたの?」 そう。翠がたくさん注文をしていたのだ。「全種類頼んでみんなでシェアすればいいよ。蓮もいることだし」「そっか!」 翠の優しさに心が温かくなる。そこで蓮がクスッと笑った。「なに、蓮」「いや、お前ら親子みたいだよな」「なっ!」 私は頬を膨らませて言う。「また子ども扱いしたでしょ!」「ちげーよ」 蓮は少し顔を逸らした。そして肩を揺らしながら笑っている。「もう!」「可愛いからつい、からかっちゃうんでしょ?」「え」 翠の言葉に私は目を見開く。蓮を見ると恥ずかしそうに頬をかいていた。「まぁな」 私は照れて顔が赤くなる。両手で頬を包んだ。「嫌だったらやめるよ」 そう言って蓮が申し訳なさそうにこちらを見る。そんな表情を見て胸がチクッとした。「大丈夫! 嫌じゃない」「ほんとか?」「ほんと!」 顔をぐいっと近づけて否定する。蓮は目を見開いたがす

  • 「おはよう」って云いたい   エピローグ〜前編〜

    「おはよう、陽菜」「おはよー」 私は、毎朝翠と登校することにした。初めは蓮も一緒に行くと言っていたのだが、いつまでも図書委員の仕事をサボるのは良くないため、頑張って説得した。「眠いね」「本当だ。目が眠そう」 目を擦っている私を見て、隣で翠がクスッと笑う。翠はというと、全然眠そうではなく、何なら元気だ。「運動部だから違うのかな……」「何が?」 ハッと翠の方を見る。全部口に出てしまっていた。「運動部だから体が丈夫なのかなって」「あぁ、そういうことね」 あはは、とさっきよりも大きな声で笑うと、翠は自分の体を見た。私は恥ずかしくて顔を逸らす。 すると、グイッと思いっきり体を引かれた。「わぁ!」 私の左横をものすごいスピードで車が通る。車の風で髪が靡いた。「危なかった……」 隣で翠が安心したように、息をつく。「ごめん。ありがとう」「いえいえ」 翠が守ってくれていなかったらと考えると身震いをしてしまう。「ほら、こっちおいで」 そう言って道路とは反対側に私を移動させる。さりげない配慮に心が温かくなった。「そうだ」 翠は思い出したように、手をパチンと鳴らす。私は首を傾げた。「駅前のカフェ行こうよ」 その言葉に私の心はざわついた。あの日、翠が事故にあった日に行こうとしてたところだからだ。考えていると、左から翠に覗き込まれる。「ダメ?」「ダメじゃない!」 翠の潤んだ瞳のせいで勢いよく答えてしまった。翠はクスッと笑って微笑む。「じゃあ放課後行こっか」 ざわついていたはずの心も翠の笑顔一つで落ち着いてしまう。私はいつまでもこの笑顔を大切にしたいと思った。

  • 「おはよう」って云いたい   第五十二話——結末

     私は目をこすりながら走って蓮のところに向かっていた。蓮は先ほどと同じ花壇の前にいた。花の前に立っている蓮はいつもよりも大人びて見えた。「蓮!」「陽菜?」 私は肩を上下しながら膝に手をつく。蓮は目を見開いていた。「早くないか?」「蓮に言いたいことがあって……」 私は大きく深呼吸をして呼吸を整える。私が話そうとすると、先に蓮が口を開いた。「あ……」 蓮は頬をかきながら視線を逸らす。私は不思議に思い首を傾げた。「俺、邪魔だよな。悪い」「え?」 何に対して謝っているのか分からなくてさらに首を傾げる。蓮は下唇を噛んでいた。「帰った方がいいよな。待ってるとか言ってごめん」「……」 焦ったようにどんどん言葉にする蓮を見て、私は一つの可能性に辿り着いた。「あのさ……」「あーそうだった。俺用事があるから帰らないと」 話そうとすると私の言葉を遮って蓮がつぶやく。蓮は帰ろうと荷物を準備し始めた。 ――やっぱりそうだ。 私は確信に至ると蓮の肩を掴んで、言葉をこぼした。「蓮聞いて、あのね」「……」 蓮はついに下を向いてしまった。きっとこの先の言葉を聞きたくないのだろう。珍しく蓮が動揺している。安心させるように、優しい声音で言葉を紡いだ。「蓮……」 蓮の肩がビクッと震える。私は蓮の肩に触れている手に力を入れた。一度深呼吸をして告げる。「私、翠とは付き合わないよ」「……え?」 蓮は顔を上げる。目を丸くし、何度か瞬きを繰り返した。私は優しく微笑む。「私の話聞いてくれる?」「……分かった」 そして、私たちは花壇の近くにあるベンチに並んで座った。どうやって話を切り込もうか迷っていると、蓮が言葉をこぼす。「なんで、付き合わなかったんだ?」「まず、翠と話したこと話してもいい?」「……あぁ」♢♢♢ 私はひとしきり翠の病室で泣いた。ベッドの横でしゃがんで目を擦っていると、翠がハンカチを差し出してくれる。「ごめん、翠……」 私は涙

  • 「おはよう」って云いたい   第五十一話——最初で最後の告白

    ♢♢♢ 私たちは病室の扉の前で二人の会話を聞いていた。 ――陽菜に勝ちたかっただけなのに! 大きく音を立てて扉が開く。それと同時に美咲が出てきてぶつかりそうになった。「あ……」 美咲は私に鋭い視線を向ける。私はかける言葉が見つからず、下唇を噛んだ。震える手で拳を握る。美咲は私の肩にわざとぶつかって走り去っていった。「大丈夫か?」 よろめいた体を蓮が支えてくれる。私の体の力は完全に抜けていて、立っているのがやっとだった。蓮は走り去っていった美咲の後ろ姿を目で追っていた。「まぁそうなるよな」「うん……」 私たちの間に沈黙が流れる。私は蓮と視線を合わせずに言葉を探していた。静寂の中に足音が響いて、翠の病室の中に消えて行く。少しして、隣から大きく息を吸う音が聞こえた。視線をそちらに向けると、蓮が目を瞑って胸の辺りに手を当てている。私の心がざわざわする。すると蓮の目がゆっくりと開いて、瞳に私の心配そうな表情が映った。「なぁ陽菜。少し二人で話さねーか?」 その言葉に頷いて私たちは病院の中庭に来た。 「ここ初めてきたかも」「そうだな」 ベンチに囲まれた花壇には、赤と黄の花が咲いている。小さいけど確かな存在感に目を奪われた。花に背を向けてベンチに並んで座る。沈黙に心のざわめきが大きくなるが、爽やかな外の風がそれを和らげた。「病院来るの懐かしいな」 そうだ。今来ている病院は、翠が事故にあった時、長い間お世話になった病院だった。「覚えてるか?翠が目覚めたときのこと」「うん。覚えてる」 あの時の世界が真っ黒になった感覚は今でも忘れられない。思い出すだけで指先が震えて、息が詰まる。そっと触れられた蓮の手からも震えが伝わった。「あの時俺、絶対陽菜のそばから離れないって誓ったんだ」「……うん」 蓮の声がいつもよりも低くて、真剣な話だと察する。「出来ることなら俺が一番近くで陽菜を支えていたいって思った」 蓮に視線を向けると、どこか遠くを見つめているようだった。私は足元に視線を落とす。「陽菜、別れよう」「え」

  • 「おはよう」って云いたい   第五十話——目の前に君が現れることを願って。

    ♢♢♢ 俺は今どこにいるのだろう。俺の意識は暗い世界の中に閉じ込められてしまっていた。薄っすらと大切な人の声が聞こえてくる。でも、頭が痛くて目を開けることが出来ない。まるで、頭の中を直接鈍器で殴られているようだ。頭の痛みに耐えていると目の前に光が見えた。それに向かって歩く。光に触れたところで視界が暗転した。次の瞬間、ざわざわとした音が聞こえてくる。 ――なんだ? 「翠!早く行こ!」 ――これは、プール?「翠って案外ビビりだよな」 ――これは、三人でホラーを見てるのかな。「翠!これ食べてみて」 ――あ、陽菜があーんしてくれてる。「翠!ゲームしよ!」 ――これは、夢?「翠!大好き!」 ――っ。違う。これは…… 「翠!」「翠」 ――これは、俺の記憶だ。 事実に気づき、次から次へと映像が流れ込んできた。閉じた瞼の奥に涙が溜まる。温もりが頬を伝った感覚があったが、もう少し思い出に浸っていたかった。そこで、とある思い出が頭の中を流れて、思わず息を飲み込む。心が温かくなり、頬の筋肉が緩んだ。そして、小さい声が頭の中に響く。「私ね、おはようって言葉が一番大切なんだ」「そうなの?」 夜空を見上げた陽菜の横顔をじっと見つめる。どこか憂んだ表情の陽菜から目が離せなくなった。「どんなに憂鬱な朝でも、おはようって聞くだけで、やる気が出てくる気がするの」 少し微笑んだ陽菜の口元からは優しさが滲み出ていた。宝物を触るように大切に言葉を紡ぐ。「おはようって言われるだけで気持ちが晴れる気がするんだ。だからさ――」 そして、陽菜は大きく深呼吸をしてからゆっくりと俺の方を向いた。「これからも一番におはようって言ってくれる?」 そうだ。あの時俺は、これからも一番におはようを伝える存在になるって誓ったんだ。それなのに。それなのに……。  大きく息を吸えば、今度は川辺に腰掛けている陽菜の横顔が頭の中に流れてくる。「いつもありがとう。翠がおはようって言ってくれる

  • 「おはよう」って云いたい   第五話——絶望と決意

     ――すみません。どなたですか?  私は気づいたらロビーの椅子に座っていた。翠の言葉を聞いた瞬間感じた、全身が冷えるような感覚が今でも残っている。強い衝撃のせいか、涙すらも出てこなかった。代わりに全身が小刻みに震えている。 待ち望んだ再会がこんなにも辛いとは想像もしていなかった。現実は残酷だな、とどこか他人事のように考えていると、隣から蓮の声が聞こえた。「陽菜、大丈夫か?」 現実に引き戻され、おぼつかない動きで蓮の方に顔を向ける。蓮は私の隣にゆっくりと腰を下ろし、右手をそっと包み込んでくれる。その一部始終を目で追っていると、遅れて来た涙がじわじわと溢れ出した。 すぐに看護師がやっ

  • 「おはよう」って云いたい   第四話——消えた温もり

     最寄りの駅に到着して、見慣れた近所の道を静かに歩く。手は繋いだままだった。 「もう手は繋がなくてもいいんじゃない?」 少し照れ臭くて蓮から顔を逸らして言う。 長い沈黙が二人の間に流れる。今の言葉、良くなかったのかな、と考えていると、突然充電が切れたかのように蓮の足が止まった。私に向けた顔からは、何かに怯えるような目が覗いていた。震えた声で蓮は言う。 「さっきの告白の件だけど、忘れてくれていいから」 「……え」 「いや、もちろん少しでも意識してくれたら嬉しいけど、陽菜のこと困らせたいわけじゃないし」 「……」 何も言えなかった。ただ、勇気を出して伝えてくれた言葉

  • 「おはよう」って云いたい   第二話——事故の前の出来事

    あの日から一度も忘れたことのない記憶が、頭の中で次々と蘇った。真剣な目でこちらを見つめる蓮をそっと見返しながら、映像を一つずつ、慎重に言葉にして紡ぎ始めた。 事故が起きる前日、私は学校帰りに商店街に寄っていた。そこで翠のことを偶然目にしたのだ。 私は、翠を驚かせようとして、バレないようにゆっくりと近づく。ふと翠の隣を見ると女性がいることに気が付いた。腕にしがみつき、見上げるように翠を見ている。バレないようにそっと二人から距離を取った。 ――あの子、美咲? よく目を凝らすと同級生の美咲がいた。美咲は私と同じ美術部に所属していて、学校でもよく話す仲だった。翠と会話をして

  • 「おはよう」って云いたい   第一話——翠のお見舞い

    教室の喧騒の中、いつものように窓の外を一人静かに眺める。かつて刺激が強かった日差しも今では日常の中に溶け込んでいた。 「陽菜」 考えすぎて幻聴が聞こえたのだろうか――ぼーっと校庭にいる人を観察していると、肩を叩かれ思わずそちらに顔を向ける。心配そうな顔をした蓮がすぐ近くに立っていた。 「……どうしたの?」 「ずっと呼んでたんだけど、大丈夫か?」 「ごめん。気づかなかった……」 「いや、別に。それより放課後どっか行かね?」 答えを待つようにじっと見つめられ、逃げるように視線を下に向ける。 「……また行くのか?」 先ほどよりも声が小さくなったことに驚き

Higit pang Kabanata
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status