「知ってるだろ?」遥真は何でもないことのように言った。椅子の肘掛けに片手を置き、黒い瞳でまっすぐ柚香を見つめる。視線は一歩も引かない。二人とも譲ろうとしない。けれど、先に折れたのはやっぱり柚香だった。「もうそんなこと考えるの、やめて」柚香は彼の開き直った態度と、何も気にしていないような様子が嫌でたまらなかった。――なんで感情を揺さぶられるのは自分だけなの?「今、玲奈と関係がないとしても、私はあなたとは付き合わない」あの時言われた言葉、一生忘れない。本当に最低。「彼女が何も言わなければ、一生守る」遥真は静かに言った。柚香は本気で何か投げつけてやりたくなった。自分だってバカじゃない。この言葉がわざと自分に聞かせているものだと、わからないはずがない。「疲れてる?」遥真が聞いた。あの出来事以来、二人はあまり心の話をしなくなっていた。それでもこの間の彼女の生活は、遥真には全部わかっている。「昼は仕事して、昼休みには病院に行って、夜帰ってきたらまた徹夜でイラストの副業。毎日ずっとコマみたいに動きっぱなしだ」久瀬家の奥さんどころか、久瀬家の家政婦だってここまで働かない。柚香はその場で固まった。疲れてる。疲れてないわけがない。毎日、副業のイラストを描いて夜中の二時三時まで起きて、朝は六時過ぎに起きて朝ごはんを作る。仕事から帰ればまた夕飯の支度。陽翔が寝たあとも、またイラストを描き続ける。その上、数えきれないほどの細かい家事。こんなに疲れた生活、今まで一度もなかった。その疲れきった様子も、張りつめた神経も、遥真には全部見えていた。自分が大事に育ててきた人間が、こんな生活をしているのを見るのはやっぱりつらかった。「答えて。疲れてる?」「疲れてるよ」柚香は正直に言った。「でも、生きてたら疲れることくらいあるでしょ」「君には選べる道がある」遥真はまた言った。ここまで甘やかして、ここまで譲歩したのは、今まで誰にもない。陽翔でさえも。柚香は彼を見た。その瞬間、表情がすっと消えたみたいに、ただ静かな顔になる。「また久瀬家の奥さんに戻れって?」断られるとわかっていながら、それでも彼は答えた。「そうだ」「遥真、自尊心ってないの?」柚香はこれが彼の譲歩だとわかっていた。しかし、玲奈との関係を
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