All Chapters of 手遅れの愛、妻と子を失った社長: Chapter 161 - Chapter 170

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第161話

「変わらないよ」遥真は答えた。「違法じゃないことが前提だけど」玲奈はもう彼の前で「か弱いふり」をするつもりはなかった。何があっても見抜かれると分かっているからだ。「私、桐谷グループの株が欲しいの。真帆より多く」遥真は視線を上げた。病室の空気が一気に張り詰める。その頃。柚香のほうでは。陽翔が眠ったあとも、彼女はイラストの作業を続けていた。銀行口座の残高が少しずつ増えていくのを見て、気持ちがだいぶ落ち着く。午前一時近く、柚香のスマホが鳴った。玲奈と真帆、そして怜人と一緒に作ったグループチャット「横入りNGグループ」からボイスメッセージが届いた。真帆「昨日、玲奈が入院したって聞いたけど、本当?」真帆「あ、違う。一昨日か。もう日付変わってるし」怜人「それは知ってる。本当だよ」そのメッセージのあと、怜人は十数秒のボイスメッセージを送ってきた。玲奈がどうやって事故に遭ったのか、そして遥真が陽翔と柚香を見捨てなかったことまで、細かく話した。真帆「ざまあみろ」真帆「あと数日くらい、さすがにもう騒ぎ起こさないでしょ」真帆「今月12日で手続きは完了だよね。13日に離婚届受理証明書もらえるでしょ?」このボイスメッセージは、柚香宛てだ。柚香がスマホを開いたときに目に入ったのが、このメッセージだった。カレンダーを確認してから、短く打ち込む。【たぶんそう】離婚を申請してから、もう二十日あまり。彼のいない生活に慣れられるか不安だったけれど、今は多少の違和感こそあれ、大半はもう受け入れられていた。自分と陽翔の面倒は見られる。母の医療費も払える。もう、彼に頼らなくてもいい。「あ、そうだ。言い忘れてた。昨日バーに行ったら、あんたのお父さん見かけたの。水曜に会いに来いって。大事な話があるって言ってた。しかもお母さんのことに関係あるって」真帆からボイスメッセージが届いた。柚香は少し黙り込む。「たぶんロクでもないこと企んでると思って、すぐには言わなかったんだけど」真帆は続けた。柚香はやはり文字で返信する。【放っておいていい】父が母について何か知っている可能性はある。しかし一度騙された以上、二度と同じ手には乗らない。会いに来いと言うのも、酒の席に付き合わせるためか、それとももっと嫌なことをさせるつもりか分からない。
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第162話

最初、車内は比較的静かだったが、時間が経つにつれて早起きでぼんやりしていた頭も冴えてきて、ぽつぽつと会話が聞こえるようになってきた。「柚香」通路側に座っていた梨花が、ふいに身を乗り出してきた。柚香は横目で彼女を見る。梨花は周りをちらっと確認してから、小声で言った。「玲奈さんから聞いたんだけど、あなた、昔は家が結構裕福だったの?」柚香は考える間もなく否定した。「そんなことないよ」「じゃあ、家が破産したって話は?」梨花は探るような口ぶりで続ける。「破産って、人によって捉え方が違うでしょ」柚香は言い方を変えた。「どの家庭だって、何かのために貯金を全部使い切ることくらいあると思う。うちもそうだっただけ」その言い方で、梨花もこれ以上は触れたくない話なんだと察した。けれど、話さないからこそ余計に気になってしまう。結局、部署の何人かと小さなグループチャットで、この話題をこっそり話してしまった。柚香はそんなことはまったく知らないし、気にもしていない。今の彼女が知りたいのは、今回の団体活動の目的は何なのか、どんな意味があるのか、現地に着いたら必ずイベントに参加しなければいけないのか、それとも自由に過ごしていいのか、ということだった。その答えは、別荘に着いてすぐに分かった。自由行動だ。別荘には遊べるものがたくさんあった。ビリヤード、麻雀、カラオケ、プール、ワードウルフ……ほかにもいろいろ。屋外にはプールまである。柚香はどれにもまったく興味がなく、疲れ切っていた彼女は、割り当てられた部屋に行ってそのまま寝ることしか考えていなかった。「遊ばないの?」絵理が彼女を呼び止める。「ちょっと苦手です」柚香は別の理由を口にし、まったく参加しないのも悪いと思って付け加えた。「先に行っててください。時間になったら、みんなの食事は私が用意しますから」絵理はそれ以上追及しなかった。「わかった」柚香は少しだけほっとする。ちょうどその時、ポケットのスマホが鳴った。美玖からの電話だった。彼女は外へ出て、別荘の庭に出てから通話に出る。「美玖おばさん」「なんか元気ない声してるね」美玖はいつも通り気軽な調子で、冗談を飛ばす。「昨夜、また一晩中大変だったの?」柚香「……」美玖は感慨深げに言った。「若いっていいねぇ、うらやましい」
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第163話

「言ったよ」美玖はあっさりとした口調だった。柚香「では、どうして私にお母さんのお金を取りに行くよう言ったんですか?」美玖は奥歯を軽く噛みしめた。「もう一回でも敬語とかよそよそしい言い方したら、今からぶん殴りにいくからね」柚香「……」――やっぱり。この感じ、まさにあの美玖おばさんだ。「わかった、わかったよ」「それでいいの」美玖は本題を終えてからようやく雑談に戻り、スーツケースを引きながら空港を出て、ゆっくりした口調で言った。「橘川グループのあの程度のお金なんて、あなたのお母さんは全然気にしてないわよ」柚香はきょとんとして、むしろ妄想じゃないかと思った。「今ちょっと頭おかしくなってない?」「うるさいわね」美玖は甘やかす時は甘やかすが、言い返す時は容赦がない。「安江から何も聞いてなかったの?」柚香は困惑したまま首をかしげた。「何の話か全然わからないんだけど」「マジで」美玖はズバッと言った。「あと三十分後にちゃんと話すわ。ちょっと静かな場所探すから」柚香「……」絶対わざとだ。さっきの言い方の仕返しに決まってる。三十分後。美玖は高級ホテルにチェックインした。荷物を片付けながら、窓際に歩いていってビデオ通話をかける。繋がるなり挨拶もそこそこに、さっきの続きに入った。「つまり、安江に貯金があるって知らなかったってこと?」「少なくとも、そういう記憶はないかな」柚香は首を振った。「あるわよ」美玖はきっぱり言い切った。そのあとに続いた一言には、少し苛立ちも混じっていた。「しかも今は、お金しか残ってないってくらい」柚香「……」完全にからかわれてる気しかしない。「その顔、何よ」美玖は画面越しに柚香を見つめ、魅力的な顔で眉を上げた。「どう言えばいいか分かんないけど……」柚香は全然信じていなかった。美玖は何か具体的なことを言いかけて、安江が過去を完全に断ち切ったことを思い出し、結局すべてを飲み込んで、一言にまとめた。「そのお金は全部、安江の個人資産よ。少なく見ても二千億くらい、多ければもっとあるかもね」柚香「……」美玖「安江は弘志と結婚する前に婚前契約を結んでる。お金はお互い干渉しないって」美玖:「それから、弘志があなたに使ってたお金は、安江が橘川グループを立ち上げるのを手伝った報酬
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第164話

その電話を切ったあと。柚香は庭にしばらく座り込んだまま、ずっと美玖おばさんの言葉を考えていた。あの人は気さくで冗談もよく言うけど、離婚して生活に困っていると知っている相手に、こんな話をふざけてするような人じゃない。つまり、言っていたことは本当である可能性が高い。もし全部が本当だとしたら、母の正体は?次から次へと疑問が頭を埋め尽くし、どう考えても答えが出ない。結局、別の方向から探ることにした。水曜日に真帆か怜人に付き添ってもらって、弘志に会いに行こうと思う。彼は長年、母とずっと一緒に暮らしてきたんだから、何も知らないはずがない。気づけば、あっという間に夜になっていた。柚香は皆と一緒に、たくさん料理を作った。皆でテーブルを囲み、いよいよ食べて飲もうというタイミングで、遥真がやって来た。彼は禁欲的な雰囲気の黒いシャツを着ていて、袖を軽くまくり上げ、引き締まった腕が少しだけ見えている。彼の姿を見た瞬間、全員が一斉に立ち上がった。「久瀬社長」遥真はざっと視線を巡らせ、最後に柚香のところでほんの数秒、目を止めた。その様子を、何人かがしっかり見ていた。「ちょっと様子を見に来ただけだ」遥真は軽く口を開き、落ち着いた低い声でゆっくりと言う。「気にせず楽しんでくれ」「せっかくですし、久瀬社長に一杯」プロジェクト総責任者がグラスに酒を注ぎ、周りに目配せした。「気にかけてもらえるなんて光栄です」全員が一斉にグラスを掲げる。柚香もその中にいた。ただし、彼女のグラスはさっき注いだジュースのままだ。遥真は遠慮もなく柚香を見つめ、その視線は顔からグラスへと移る。これだけ露骨だと、気づかないほうが難しい。「柚香、ジュースじゃなくてお酒にしたほうがいいよ」「ほら、見られてるし」「替えといたほうが無難だって」隣の人たちが小声で促してくる。柚香は周りを見た。ジュースを持っている人は他にもいて、自分だけじゃない。「あとで用事があるなら、一杯だけでいい」遥真は歩み寄りながら言い、ようやく柚香から視線を外した。「はい」総責任者はすぐに新しいグラスを取り、酒を注いで差し出すと、周りにも目を向ける。「久瀬社長が飲むんですし、こちらも少しは誠意を見せないと」「そうですね」「ちょっと替えてきます」ジュースを持っていた
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第165話

「さっきの久瀬社長の柚香を見る目、なんか普通じゃなかった気がしない?」「それ、私も思った!」「絶対、柚香目当てで来たよね。じゃなきゃ、こんな少人数のために、一分で何千万、何億宴も稼ぐ人がわざわざ顔を出すなんて、ありえないでしょ」「ねえ柚香」梨花は相変わらず興味津々で聞いてきた。「久瀬社長と前から本当に面識ないの?」柚香は表情を変えずに答えた。「ないよ」梨花はほかの人たちと顔を見合わせた。明らかに信じていない様子だった。しかし柚香がこの話をしたくないのは伝わったらしく、それ以上は追及しなかった。「あとでご飯食べ終わったら、それぞれ自由行動で」絵理はスマホをちらっと見てからみんなに言った。「休みたい人は休んでいいし、遊びたい人はエンタメエリアへ」「はーい、絵理さん」皆返事をして、それぞれ席について食事を続けた。それから五分ほどして。総責任者が戻ってきた。遥真が来てからずっと消えなかった笑みを浮かべたまま、入ってくるなり遠慮なく柚香を見て言った。「柚香、久瀬社長とプライベートで何か関わりあるのか?」その一言で、食事していた全員の視線が一斉に柚香へ向き、手の動きもゆっくりになる。柚香はうんざりした様子も見せず、同じ答えを繰り返す。「ないです」「まあ、これからできるかもしれないけどな」総責任者は冗談めかして続けた。「さっきの態度とか目つき見たら、どう見ても君に気があるだろ」梨花は勢いよくうなずく。「私もそう思う!」他の人たちも口々に言う。「もしかして久瀬社長、原栄ゲームに来たのって柚香目当てなんじゃない?彼女が入社したと思ったら、すぐ来たし」その言葉に、みんなの視線はさらにあけすけなものになる。柚香は顔立ちが整っていて、肌も白くてきれいで、雰囲気もいい。男女問わず、初めて会えばついもう一度見たくなるようなタイプだ。「頑張って久瀬社長を落としなよ!」総責任者は軽い調子で続ける。「うまくいけば、一生食うに困らないし、もう頑張る必要もないぞ」その言葉に、柚香の手がぴたりと止まった。感情が一気にこみ上げる。顔を上げて何か言おうとした瞬間、絵理が一歩先に口を開いた。「黒田部長、自分の考えを人に押しつける癖、ほんと変わらないね」「いやいや、柚香のためを思って言ってるんだよ」「久瀬社長の
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第166話

そう言って、グラスの酒を一気に飲み干した。彩乃が軽く褒める。「黒田部長、いけるね」張り詰めていた空気が少しほぐれた。黒田部長も、絵理とのさっきの小さな衝突はすっかり気にしていない様子だ。「やめてくれよ、その言い方。たかが一杯で『いける』って?」「問題から目をそらさずに向き合って解決する、その度量を褒めてるの」彩乃ははっきりと言い、グラスを持ち上げて彼と軽く合わせた。「それだけで、乾杯する価値はあるでしょ」その一言で、場の空気はまた一気に温まった。自分をかばってくれる人たちを見て、柚香の胸にはいろんな感情がよぎる。そしてこの瞬間、幼い頃から何不自由なく育ち、母に大切に守られ、その後は遥真に大事にされてきた自分が、人付き合いや社会での立ち回りという面で、彩乃たちに遠く及ばないことをはっきりと思い知らされた。学ばなきゃいけないことが、まだまだ多すぎる。「黒田部長の言うこと、気にしないで」彩乃はみんなと一通り飲んだあと、柚香の隣に寄って小声で言った。「あの人、ああいう口の悪さだから」「ありがとう」柚香は本心から言った。「お礼なんていいって」彩乃は彼女のジュースと自分のグラスを軽く合わせ、笑うと目がきらきらしていた。「外に出たらさ、女の子同士で助け合うのって当たり前でしょ?」柚香は、そんな「当たり前」なんてないことをよく分かっている。彩乃が助けてくれたのは、ただ彼女自身が優しくて、思いやりがあって、正義感のある人だからだ。夕食は一時間以上続いてようやくお開きになった。柚香と絵理たちは早めに席を立ち、後には黒田部長と数人の男たちだけが残って酒を飲んでいた。最初はプロジェクトの進捗の話をしていたが、いつの間にか話題は柚香のことへと移っていく。「俺に言わせりゃ、今日久瀬社長は柚香目当てで来たんだろ。あの子が可愛いから、手を出したくなったんだろ?」黒田部長は顔を赤らめ、明らかに酔っていた。別の男性社員が言う。「柚香、確かにかなり可愛いよな」「表向きは俺の言い方嫌がってるけど、心の中じゃどう思ってるか分からないぞ」黒田部長は酔いが回り、言葉がどんどん下品になっていく。「もうどうやってあの大物に取り入るか考えてるかもな」「久瀬社長って結婚してるんじゃないのか?」誰かが聞いた。「結婚してようが関係あるかよ」黒田部長
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第167話

柚香と遥真の関係については、絵理 も多少は知っていた。とはいえ、これまで柚香のことはあくまで普通のチームメンバーとして見ていて、私生活に踏み込むことはなかった。けれど今日、遥真が帰って間もなく、彼からメッセージが届いた。そのときになって、家族が言っていた「彼は何でもお見通しだ」という意味が、ようやく腑に落ちた。ほんの数日見ていただけで彼は、自分が柚香に対して抱いている思いを、すべて見抜いていたのだ。「ちゃんと仕事頑張ります。足を引っ張らないようにしますから」柚香は、彼女が自分に優しくしてくれていることをわかっていた。今の自分にはそれに報いる術がなく、ただできることを精一杯やるしかなかった。絵理は小さく「うん」とだけ返した。それ以上は特に話も広がらず、二、三言交わしたあと、絵理は水を汲みに行き、柚香は外に出て電話をかけた。向こうでは陽翔がきちんと面倒を見てもらっていると分かっていても、母親としてはやっぱり気になってしまう。電話がつながるとすぐに声をかけた。「ねえ、元気にしてる?」「うん、大丈夫だよ」陽翔はタブレットを置き、あどけない顔でにこっと笑う。「ただ、ママに会いたいよ」その一言に、柚香の心は一気にやわらいだ。「ママも会いたいよ」二人はとりとめのない日常の話をぽつぽつと続ける。ご飯はちゃんと食べてるか、学校は楽しいか、そんな他愛ないやり取りが、穏やかに続いていた。そのとき。向こうから、落ち着いた低い声が割り込んできた。「先に牛乳飲んでから、ママと話しなさい」次の瞬間、画面に白くてきれいな手が現れ、コップのミルクを差し出してきた。指は細く長く、爪もきれいに整っている。顔は映っていなくても、それが遥真だとすぐにわかった。ずっと陽翔のそばにいたの?陽翔はコップを受け取ると、ごくごくと一気に飲み干し、すぐに返した。「飲んだよ」「うん」「……?」陽翔はくりっとした目で彼を見つめる。遥真は左手を机に置き、背もたれにもたれながら気だるそうに言った。「何見てるの。ママと話すんじゃなかったの?」「ママと内緒の話があるの」陽翔は遠回しに「出ていって」と伝える。「話せばいいだろ」「ここにいたら話せないよ」遥真は少し眉を上げた。「口ふさいでるわけじゃないけど?」陽翔は、自分の父親がちょっと
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第168話

今日になるまで、ずっと忘れていたことがあった。陽翔の学費のことだ。さっき、遥真に冗談めかして「おじさん」なんて呼んでいなければ、きっと夏休みになるまで思い出さなかったに違いない。学費に加えてあれこれ雑費もかかるから、1学期で何百万も飛んでいく。遥真が一部を負担して、残りを自分が払う形だ。やっぱり、もっと稼がないと。その夜、柚香は稼ぐ計画表を作った。ひと通り終えてから、やっと上に上がってシャワーを浴び、ベッドに入る。けれど心にそのことが引っかかっていて、生活のプレッシャーも大きく、どうしてもぐっすり眠れなかった。せっかくのゆっくりできる日なのに、頭の中ではつい「家にいれば、もう一枚イラストを描いてお金にできたのに」と考えてしまう。翌日、柚香はみんなと一緒にイベントに参加し、番組に出るメンバーとも水曜夜のステージのリハーサルを軽くこなした。会社の車で家に送られたのは、夕方の四時か五時ごろだった。家に着くと、柚香はグループチャットにメッセージを送る。【今、どっちか時間ある?】怜人【俺はあるよ】真帆【無理、今忙しい】柚香【ちょっとお父さんに聞きたいことがあって、一人で行くのはちょっと怖くて】前にあんなことがあったせいで、この手のことにはかなり慎重になっていた。美玖の言葉や、いくつかの出来事に対する態度のせいで、父と母の関係がどうなっているのか、どうもはっきり見えない。母のことは、本人が目を覚ましてからにしたいけれど、少なくとも自分と父の関係だけは、きちんと確かめておきたかった。それに、父が前に言ったあの一言も頭から離れない。――どうして俺があのとき、お前たち母娘を捨てたのか……知りたくないのか?30分後。怜人が迎えに来た。相変わらず派手な格好で、バーへ向かう車の中、気軽に話しかけてくる。「最近、何かあったら遠慮なく俺に連絡しろよ。真帆のやつ、今めちゃくちゃ忙しいからさ」「おじさんのところでタダ働きはしないって言ってなかった?」柚香は聞いた。今もなお、真帆のカードは全部止められたままだ。何か買うにも、そのたびに親に申請しなければならない。そのせいで、しばらくずっと機嫌が悪かった。「別に働いてるわけじゃないよ」怜人はハンドルを握りながら、何でもないことのように言う。「何やってるかは俺もよく知らない。聞い
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第169話

「問題ないよ」時也はあっさり引き受け、最後に一言つけ足した。「こっそり映像で中継してあげようか?」返ってきたのは、遥真がそのまま通話を切る音だった。時也は軽く舌打ちしつつも、すぐに手配を進めた。バーの中。弘志は作業着のまま腰をかがめ、黙々とグラスを洗っていた。表情は見るからに最悪で、その様子を見た柚香は胸にいろいろな思いがよぎったが、特別に同情する気にはならなかった。「弘志、客が来てるぞ」店長が名を呼んだ。弘志の目に一瞬、険しい光がよぎる。顔を上げたときには、もういつもの調子に戻っていた。「誰だ?」言い終わるのと同時に、入口に立つ柚香と怜人の姿が目に入り、グラスを洗う手が止まった。「ここは作業場だ。話があるなら隣の部屋でやってくれ」店長はあらかじめそちらに盗聴器を仕込んでいた。「空いてるし、誰もいない」柚香はうなずく。「わかりました」三人はそのまま隣の部屋へ移動した。弘志はエプロンを外して脇に投げ、眉をひそめたまま一度怜人を見やり、それから柚香に視線を向ける。「明日来いって言ったよな。なんで今日来た」「ちょっと聞きたいことがあって」柚香は回りくどい言い方はしなかった。弘志は鼻で笑う。ここに来てから溜まっていた苛立ちが、ますます強くなっているのがわかる。「答える気はない」柚香はその場でじっと彼を見つめる。怜人は腕を組んでドア枠にもたれていた。「ここから俺を出してくれたら、そのときは全部答えてやる」弘志は勝手に、前に持ちかけた話の件だと思い込んでいた。「それ以外は話にならない」「話す気がないなら、このまま一生ここにいさせる手もありますけど」怜人が気だるそうに口を開く。弘志は体を起こした。「やってみろよ!」怜人は肩をすくめる。「試してみます?」弘志の視線が鋭くなる。胸の奥に溜まっていた感情が、この瞬間に一気に膨れ上がった。落ちぶれれば、誰にでも足元を見られる。本当に、どこの馬の骨にでも好き勝手される。とはいえ、怜人に本気でぶつかるわけにもいかない。矢野家は由緒ある家柄だ。たとえ親子仲がこじれていようと、親子は親子。あからさまに敵に回す勇気はない。「ほんと、恩知らずだな」弘志は苛立ちの矛先を柚香に向けるしかなかった。「先に私とお母さんを捨てたのはそっちでしょ。それに、無理やりお酒の席に付
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第170話

「そんな目で俺を見るな」弘志はわざとらしく構えを取る「俺が言ってるのはただの事実だ」「その話、お母さんが目を覚ましたあと、本人の前でも言えるの?」柚香はまっすぐ彼を見て、声はさっきよりも冷たかった。弘志は一瞬言葉に詰まり、視線が泳ぐ。だがそれが自分らしくないと気づいたのか、すぐに言い返した。「言えないわけないだろ」柚香はずっと彼を見つめていた。その視線に、弘志はどこか落ち着かない様子になる。「さっさと俺をここから出す方法を考えろ」話題を変えたくて、無理やり言葉を継いだ。「じゃないと、そのうち気分が悪い日に、お前が恩知らずだってこと、全部バラすぞ」「好きにすれば」柚香は彼の反応を見て、だいたい事情を察していた。「私が恩知らずだって言われるのと、あなたが寄生してるって言われるの、どっちが多いか見ものね」その一言で、弘志は勢いよく椅子から立ち上がり、柚香を今にも食い殺しそうな目でにらみつけた。「今なんて言った!」「お母さんがいなければ、橘川グループはなかった」柚香は美玖から聞いた話を手がかりに、あえて踏み込む。「私にあれだけお金を使ってくれたのも、お母さんが会社を立ち上げるのを手伝った見返りなんじゃないの?」怜人「?」弘志は彼女をじっとにらみつけた。どうしてそんなことを知っているのか、そう問い詰めるような目だった。この約束を知っている人間はほとんどいない。安江からも「子どもには絶対に知られないように」と念を押されていた。父親らしく振る舞ってさえいればいい、と。「誰に聞いた」彼の顔色は、これまでにないほど険しくなっていた。柚香の胸が一瞬ぎゅっと縮む。そしてこの瞬間、美玖が話してくれたことは、きっと全部本当なんだと気づいた。しかし、もし全部本当なら、どうして母は父と一緒になったの?どうして二人の子どもが、母が払った「報酬」で育てられなきゃいけないの?疑問が次々と頭の中に渦巻いていく。「答えろ!」弘志は苛立ちをあらわにした。柚香は視線を外さないまま言う。「お母さんと、他にもどんな取り引きをしたの?」「誰に聞いたかを言えって言ってるんだ!」さっきまでの余裕は消え、顔は歪んでいた。「このことを知ってるのは、俺とお前の母親を除けば、五人もいないはずだ!」婚前契約を担当した弁護士、手続きをした担当者、安
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