洵は待っていた。向かいに座っている千雪も、息を殺して成り行きを見守っていた。やがて、受話器から再び澪の声が聞こえてきた。「聞きたかったのは……離婚判決を受けて領事館に離婚届を出した後、A国の役所でも似たようなものが発行されるのかってことなんだけど」洵の笑顔が次第に強張っていき、その瞳に一瞬にして暴風雨のような怒りが渦巻いた。「発行されない」洵は短く答えた。澪は少し訳が分からなかった。急に声が氷のように冷たくなったが、洵が何を怒っているのか見当もつかない。本国での離婚届受理証明書が別途発行されないのは役所のシステムの問題であって、私のせいではないのに。「じゃあ、今役所に行けば、更新された離婚の情報は確認できるの?」「できない」「どうして?」「システムの反映に遅れがあるからだ。情報が更新されるまでにはかなりの時間がかかる」「……そう……」澪の声は、心底残念そうだった。洵の顔色は真っ黒になった。「洵の大好きな特上霜降り牛肉、ちょうどいい具合にしゃぶしゃぶできたわよ」受話器から突然別の女の声が聞こえ、澪はまぶたを上げた。聞き覚えのある声だ――千雪だ。綾川市で「特上霜降り牛肉」をメニューに出している鍋屋は一軒しかない。極限まで辛さを追求することで有名な鍋キングだ。澪は覚えていた。彼女がまだ篠原グループで働いていた頃、洵は千雪に付き合ってあの店へ行き、胃から出血して救急車で運ばれる騒ぎになった。あの時、階段を下りる洵を自分の背中におぶって運んだのは、他ならぬ澪自身だった。そういえば、数年ぶりに洵と再会した時も、彼が交通事故に遭い、自分が彼を背負って救急車を探しに走ったのだっけ。洵が命の危機に瀕した時、彼を救ってきたのはいつも自分だった。なのに、自分が拉致され、海外へ売り飛ばされそうになった時、自分は自力で逃げるしかなかった。洵が救うのはいつだって千雪なのだ。隣で澪が電話をかけているのを黙って見ていた蘭は、どういうわけか口の中のフライドチキンを噛むことすら忘れて固まっていた。澪がM国で何に巻き込まれたのか、彼女は知らない。ただ、M国から帰国して以来、澪が纏うオーラがずいぶんと冷ややかになったような気がしてならなかった。澪が洵に電話をかけたのは、単に離婚届
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