All Chapters of 隠された愛 ~ 「もう少し」ってあとどれくらい?: Chapter 81 - Chapter 90

132 Chapters

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「おはよう、陽菜」 着替え始めた海を満足気に見た蒼は、同じくその光景をぼんやり見ている私を抱き寄せ、頬に挨拶のキスをする。 「蒼……」 「何? 物足りない?」 それならと唇に寄ってくる蒼の唇をぺチンと手で軽く叩く。 「痛いな」 「嘘、そんなに強く叩いていないもの」 我ながら随分と甘ったるい朝の風景だと思う。 蒼も同じように思っているのか……いや、「おはよう」と言ってくる声はさっきの何倍も甘い。 「おはよう」 「どうした?」 甘い朝に文句は特にない。 甘ったるく愛情を伝えてくる蒼は、向けられる感情に照れ臭さを感じつつも、蒼自体は嫌いじゃない。 むしろ……。 「イヤイヤ期の対処法その3、肯定的なフィードバック」イヤイヤ期の海を上手く扱う姿はヒーロー。 「……肯定的……なんだって?」 「フィードバック。蒼って小さな子どもの扱いが上手いのね」 なんで突然そんなことを言い出したのかを、散らかったリビングを見渡して蒼は理解する。 朝の戦場に苦笑いだ。 「ここは俺が片付けておくから、着替えてこいよ」 「ありがとう」 スーツの上着を脱ぎワイシャツの袖をまくる蒼。 理想的な育児のパートナー。 寝室に向かおうと部屋を出るとき、「なんでここに食パンが?」と不思議がる蒼の言葉には笑ってしまった。 * いま、私たちと蒼は同じマンションの違う部屋に住んでいる。 ちなみに黒崎さんも同じマンションに住んでいる。 正確には黒崎さんが先住者。 蒼がこのマンションに住もうと言ってきて、ここが蘇さんが用意した物件リストにもあったマンションだったからここに決めた。 私は黒崎さんがここに住んでいるとは知らなかったし、蒼も言わなかった。 引っ越ししてから数日後、インターホンの鳴る音に応えたら黒崎さんが部屋の前にいた。 エントランスをどうやって通過してきたのか聞いたら、ここに住んでるのだと聞いて吃驚。 黒崎さんのほうも、私が蒼からそれを聞いていないことに吃驚していた。 ―― 育児の手は多くあったほうがいいだろう。 蒼の言うことは事実だろうけれど、当たり前のように黒崎さんをカウントしていいのかと戸惑った。 あとから聞けば、黒崎さんには「先に俺の許可を取れ」と言われたらしい。 蒼、黒崎さんに甘えているな。 戸惑いもしたし、蒼の黒崎さん使いの荒
last updateLast Updated : 2026-01-05
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「きょうのおやつ、バナナかな? バナナじゃないかな、じゃあね、バナナじゃなくてもいいかな、でもやっぱりバナナがいいな」海の取り留めないお喋りを、ソファに座る自分の膝にのせて聞いている蒼の顔は優しい。擬音語満載で、気を抜くと全然違う話になっていて理解できない話なのに蒼は優しい顔で聞いている。部下に対しては「簡潔に、さっさと話せ」と暴君なのに差がすごい。「陽菜」蒼のその目が私に向くと、純粋に優しいだけの目に甘いものが灯る。おはようのキスよりよほど甘い。「海、ママが着替えてきたぞ。海もバッチリな姿を見せてやれ」海は蒼の足から降りて、準備のできた姿を私に見せてくれる。その姿は凛々しく見えなくもないのかもしれないけれど、蒼の膝から降りるときの、お尻を振って降りる姿こ可愛らしさが強烈過ぎて凛々しく見えない。 「おばあちゃんにあげるの」海の小さな手には例のドングリ。おばあちゃんとは翠さんのこと。海は宝物を惜しみなくあげるくらい翠さんが大好きで、今日は翠さんと一日遊ぶのだとずっと前から楽しみにしていた。 *私と蒼は離婚した。海の親権は私が持つことになったが、離婚する前に海の出生届に自分と私を父母として出したいと蒼に言われた。海の戸籍に『認知』という言葉を残し、海を非嫡出子にしたくない。海のためを思った提案であるし、できる男の黒崎さんが認知手続きを『面倒くさい』と分かる感じにまとめた資料を寄越し、それが決定打になった。当人同士が良ければいいじゃないと凱に愚痴ったら、拗れに拗れて周囲を喧嘩に巻き込んだ夫婦がいう台詞じゃないと呆れられた。蒼と離婚したあとは『朝霧陽菜』に戻る手続き。運転免許証、銀行や証券などの金融商品の名義、クレジットカードやネット通販のアカウント情報、『藤嶋陽菜』が意外とあった事実に、それに気づかぬままでいたという事実に苦い思いがこみ上げた。 私のパスポートが『朝霧陽菜』に戻るのを待って、私はイギリスに戻った。蒼も一緒に。アシュフォード家は総出で蒼を歓迎、これから戦でも始まるのかと思ってしまうほどの物々しさだった。日本を発つ前に蒼はDV夫ではないと説明しておいたのだけれど……。そして突き刺さる視線の嵐の中で蒼は海と対面した。針の筵であることを蒼は一瞬で忘れ、蒼は海にメロメロになった。イギリス滞在中はずっと海と過
last updateLast Updated : 2026-01-05
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目覚めた蓮さんは、長く昏睡状態にあったため動くことはもちろん、意思疎通をするためにもリハビリが必要だった。目覚めてからすぐはYESかNOの視線反応しかできなかったが、意識は明瞭で周囲を認識できていること、事件当時の記憶があること、そして判断力や理解力などの認知機能に問題がないことから、蓮さんの証言次第では転落事件の犯人として白川茉莉を再調査できる可能性が出た。 *私を誘拐したあの犯人たちは公務執行妨害で逮捕された。公務執行妨害では一時的な足止めでしかなく、私は急いで彼らを訴える準備を始めたが三奈子さんにストップをかけられた。犯罪に慣れていた男たちなら他に余罪があるかもしれない、すぐに訴えなくても公訴期間があるから様子を見たほうがいいと言われた。三奈子さんの予想通り、公務執行妨害で逮捕された男たちは、事件の数日前に都内のクラブで若い男性を暴行、金銭を奪っていたことが警察の捜査で判明。また過去に似たような暴行罪で逮捕されていたことから、西山さんの知人の検事さんがガンガン攻めて執行猶予なしで3年の懲役になった。 ――これで共犯者は動くわ。そうすれば白川茉莉さんまでの太い線ができる。三奈子さんにそう言われたとき、その場にいた蒼も凱も驚いていたのに、翠さんは三奈子さんの言葉に深く同意していた。――事件のことを陽菜さんが沈黙しても白川茉莉がSNS上で吹聴するわよ。翠さんの言葉に、自分の罪を煽るような馬鹿な真似をするわけがないと反論したが、私も、三奈子さんも翠さんの言葉に賛成だった。ちなみにお祖母様と伯母様も同意見。――こういう女性は24時間主人公じゃなきゃ嫌なのよ。伯母様のこの一言は名言だと思う。 三奈子さんによれば公訴時効は3年だが、海を騒ぎにできるだけ巻き込みたくないので早めに仕掛けることにした。白川茉莉は何かを我慢して耐えるような性格はしていない。煽ればボロを出す。喧嘩は派手に、白川茉莉が得意とするSNSを合戦の舞台に選んだ。お祖母様と翠さんの白川茉莉を煽る作戦に、社交経験が長い人は違うなと私は感心したのだけれど、蒼と凱は恐れ慄いていた。蒼のお祖父様だけは『うんうん』と満足気に頷いていらっしゃったから、男性もいろいろ経験値なのだと思う。 伯母様によればSNSはストーリー性が大事で、それに合わせた投稿をし続けることで注目される
last updateLast Updated : 2026-01-06
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イライアス、ノア、ルカ。 母親はそれぞれアメリカ人、オーストラリア人、ジョージア人。 蒼は多国籍だなと呆れていた。 同感。 * イライアスは都市再生プランナーで、『建築政策アドバイザー』という肩書きも持っていた。 私たち兄弟の中で最も年上の彼はニューヨークで生まれ育ち、幼少期に住んでいた地区が再開発で姿を変えたことが原体験となり奨学金でMITの都市計画学科へ。 現在は国際機関や都市政府と連携して「誰もが住みやすい都市空間」を設計していると聞き、私と凱は藤嶋とのプロジェクトの臨時アドバイザーとしてイライアスに協力を頼んだ。 冷静で理知的で「お兄ちゃんだな」と思わず感想を漏らしたら、自分は違うのかと凱が不機嫌になったけど兄オーラみたいなものは凱にはない。 年齢的にイライアスは私たちの長兄なのだけど、まだ見つかるかもしれないので「長兄」とはしていない。 お母さんが舞台美術家でメルボルンで育ったというノアは建築ビジュアライザーで、アーサーがヘッドハンティングして現在はキャメロットで建築プレゼンや展示空間の演出を担当している。 感性派で社交的なノアは、妹の私には優しくて愉快な兄だが、同い年の兄である李凱とはデザインの話でよく議論している。 海を見る目は二人ともキラキラしていてそっくりで、どちらも華やかなイケメンなので双子に見えなくもない。 ルカは私たちの中で最年少で、ルカは藤嶋建設でいま働いている。 トビリシで育った彼は旧ソ連時代の建物の老朽化に危機感を抱き、奨学金でドイツの工科大学に留学して構造工学を専攻。 目標は高層建築の構造解析のスペシャリストになることで、耐震・免震設計、地震多発地域の建築安全などから日本の建築に興味があったらしい。 元看護師のお母さん、タマルさんも一緒に来日。 タマルさんはいま蓮さんの看護師として西山家に滞在している。 看護師と聞いたときはクリストファー・アシュフォードの体調はこの頃から悪かったのかもしれないと私たちは少ししんみりしたけれど、彼女は外科の看護師でクリストファー・アシュフォードとは彼がぎっくり腰で病院に来たのをきっかけに知り合ったらしい。 凱とノアは「ヤリ過ぎだ」と、同じ表情を浮かべて呆れていた。 私たち五人兄妹はイギリスのアシュフォード邸で会い、クリストファー・アシュフォードの写真を真ん中に写真
last updateLast Updated : 2026-01-06
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【名探偵ごっこ、はじめました】普段は20分でできる時短料理を紹介していて、私もフォローしている藤嶋建設の後輩の田山さんがそんな動画を投稿した。しかも、ライブ投稿。タイトルもだけど、タグに「#朝霧陽菜」とあって、このタグでSNSが私に“おすすめ”してきたのだと思いながら再生した。 《そうそう、朝霧陽菜さんってそういう方なのよね》引きこもっていたホテルの部屋に響いたのは白川茉莉の声。映像は周囲を撮り、私には藤嶋建設の受付の傍にある打ち合わせスペースだと分かった。《昔は施設で育った不幸な身の上話で男性を誘惑して、いまはSNSでご兄弟を自慢なさって……きれいな方だから甘えられれば男性のほうも悪い気はしないでしょう?》白川茉莉の声は、明らかに盗み聞きと分かるもので、私は急いで出かける準備を始めた。 《そんなことをしているから、男性に暴行されたりするのよ》《街中で突然攫われたりします? しないですよね? つまり、そう言う如何わしい場所にいたに違いありませんわ》白川茉莉の声はなかったけれど、白川茉莉の取り巻きらしい女性たちの同意する声が続いた。《もしかしたら、朝霧陽菜さんのほうが誘ったのかも》《藤嶋さんも、男性だからああいう女性にころりといくのも仕方がないのかもしれませんけど、ねえ》《でも、白川様への裏切りですわ!》《やめて頂戴》白川茉莉の声で、全員が静かになる。《蒼さんはそういう方ではないわ。それに、ちょっとよそ見しているだけですもの》白川茉莉の言葉のあと、周りの賛美する声が続く。劇場型というか……芝居を見ているようだけれど、この人たちはその芝居を何人もが見ていることを知らないだろう。 《朝霧陽菜さんも必死なのよ。働いてお金を稼がなくちゃいけないから》視聴者数も、コメント数もすごい勢いで増えている。働いていることを蔑むような口調だが、働いている人のほうが圧倒的に数が多い。それを見下すような発言は、もともと上流階級に対してあった反感を瞬く間に煽る。 《体を使って仕事をして、そんなにお金って必要かしら》《あの事件だって、暴行といっているけど朝霧陽菜さんのほうから誘ったに違いありませんわ》 その言葉にカッとした瞬間、映像が大きくぶれた。どうしたのかと思ってみていたら、無機質なドアノブが画面に移り、ガチャッと扉が開く音。
last updateLast Updated : 2026-01-07
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「蒼さん! 私にこんな真似をして、許さないから!」藤嶋建設に行くと、ロビーは騒然としていた。誰もが騒ぎの中心に夢中で、私は誰にも気づかれることなく騒ぎの中心に向かうことができた。そこは、修羅場だった。白川茉莉は両側を警備員に挟まれ、蒼に向かって喚いていた。取り巻きの四人も、それぞれ警備員につかれて顔を青くしている。 蒼はそんな白川茉莉に目を向けることなく、身を護るように小さく丸まっていた田山さんに「もう大丈夫、ゆっくり呼吸をしなさい」と優しく声をかけていた。蒼の気遣いは分かるけれど、田山さんの性格は例えるなら小動物。暴君竜の蒼が近づくだけで「ゆっくり呼吸」なんて無理な話。 「田山さん!」周囲を囲む人垣から内側に入ると、あちこちから「朝霧陽菜だ」という声が聞こえた。まるで何かの舞台のようだった。蒼が顔をあげたけれど、首を横に振って何も話させなかった。ただ持っていたスマホを振って、あらかた事態は把握していることは伝えた。「朝霧先輩……」「田山さん……全く、慣れないことをして……」田山さんの無事な姿に、思わず涙が浮かんだ。「名探偵はじめましたって……そんなの始めちゃだめよ、危ないでしょう」「だって、毎日この人たちここで朝霧先輩の悪口を言っていて、我慢できなくて……」とうとう堪忍袋の緒が切れてライブ配信したのだというが、それにしてはタイトルもサムネイルもしっかりしていた。それを言うと「準備はしておいて損はないと教えられたから」と田町さんは泣き笑いで応えた。「ありがとう」後先考えなかったことについては、ちょっと言いたいことがあるけれど、田町さんにはいまも感謝している。へへっと笑う田山さんの目尻にある涙を私はハンカチで拭った。  「朝霧……さん!」「……パーティー以来ですね、白川さん」白川さん。藤嶋建設では社長の愛人とその娘は格別の扱いを受け、一般社員も白川百合江と白川茉莉を「白川様」と呼んでいた。でももう私は藤嶋建設の社員ではなかった。媚び諂う必要はなかった。たかが敬称。でも、白川茉莉の顔は面白いように怒りに染まった。「あ、あなた! 一体ここに何をしにいらしたの? あなたはここの者ではないでしょう」可憐な仮面をかぶるのを忘れたのか、白川茉莉が大きな声で私を問い質した。その声に震えた小動物
last updateLast Updated : 2026-01-07
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「何を言っているのかしら……分かるでしょう?」「分かりませんわ」私はにっこり笑って見せた。「藤嶋さんと仲がいい? 体を使って誘惑している? お友だちと悪口三昧、これは私は白川さんに恋のライバルと思われているのですか?」それなら仕方がない、という風に私はため息を吐いてみせる。「恋は戦争ですものね。他人を蹴落として上に行こうとするその姿、ナイスガッツとも言えますわ」優雅さを売りにしている白川茉莉にとって「ナイスガッツ」は痛恨だったらしい。白川茉莉の顔が赤く染まった。 「白川さん、あなたは私と藤嶋さんの関係を完全に誤解しています」「どういうこと? まさか蒼さんとも兄妹というつもり?」「まさか」なかなか面白い白川茉莉の言葉を私は笑い飛ばした。あれは、断罪する悪役令嬢の気分だった。「私と蒼は元夫婦よ」「…………え?」白川茉莉の唇がハクハクと動いた。呼吸すらままならないようだったのに、言葉はなぜかしっかりしてはいた。「元夫婦……つまり、妻? あなたが、蒼さんの、妻?」「離婚したての、ホカホカの元夫婦よ」周囲のざわめきが大きくなった。 「最近離婚って、副社長は浮気していたってこと?」「白川様って副社長の愛人だったんだ」「愛人のくせに次期社長夫人って顔してたんだ」 「それならあのご子息は?」「愛人の子ってことだろ……うわあ、修羅場だな」「だから離婚したんだろ」 一夫一妻制の日本において、妻は敬意を払われるが愛人は軽蔑される。手のひら返した「愛人扱い」に白川茉莉の顔はどんどん赤くなり、警備員の手を振り払うと取り巻きを見捨てて一人で立ち去った。そのあとを失笑が追っていった。 白川茉莉が去っても、蒼は一人で周囲の批難を聞いていた。まるで罰を受けるかのように。一切を表情に出さずに全てを聞き流していたが―――。 「もしかして朝霧陽菜が暴行されたから副支社長は離婚した……「おいっ!」」その言葉には、怒った。「やめて、蒼」怒気に駆られて詰め寄りそうだった蒼を制した。「……陽菜」「彼に合わせて自分の品性を落とす必要はないわ」それは品性を疑う下劣な発言だと暗に示した。発言者の男は顔を赤くし俯いて小さく謝罪したが、私は聞こえなかったことにして黙っていた。謝罪は聞くけれど許すことはできなかった。  「
last updateLast Updated : 2026-01-08
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渡辺さんに案内されて私と蒼は広報部に行った。企業の顔となる情報発信をする広報部には設計部と違ったやりがいがあるなど、そんな話をしていた。「あまり人がいないのね」「広報部は最近リモート中心の働き方ができるようになったの。私も育休が明けたらリモートで復帰する予定」藤嶋建設と言えば昔気質というイメージだったから、“リモート”や“育休”と今どきの働き方を象徴する言葉の登場に驚いた。「それで、私たちに何か?」「見てほしい写真があるの」渡辺さんが見せたのは私が蒼に先制パンチを与えたあのパーティーの写真。スクロールすると赤いドレスを着た私がいた。 「これがどうしたの?」「白川様がこのパーティーの写真を全部消すように言いにきたの。本人が。しかも目の前で消せと、急げと……怪しいでしょ?」「怪しいと言えば怪しいけれど……消さなかったの?」「消したわよ。これはバックアップ。別のハードに保存していたから結果的にはなかったんだけど……」渡辺さんは私の後ろにいる蒼に頭を下げた。「白川様に誰にも言うなと言われ、部長も黙っているようにと……産休に入る前でトラブルは困ると思って、私も黙っていました。大変申しわけありませんでした」あの写真は渡辺さんの広報としての仕事。いくら白川茉莉が我が物顔で藤嶋建設内を闊歩していたからといっても、白川茉莉は部外者。仕事の指示系統にいれてはいけない。「何かあるのかしら」雰囲気を変えたくて明るい声を出せば、渡辺さんは画面に一枚の写真を出した。「多分、これ」「あっ、この人!」そこに写っていたのは、あの日私を攫った男。白川家の運転手ではない。ホテルで映像を撮ろうとした男だった。咄嗟に蒼を見ると、蒼は首を横に振った。「知らない。誰かの連れか?」招待した男その連れであれば記録にないのも仕方がなかった。誰の連れかは分からなかった。でも、白川茉莉と談笑していた。私には先入観があったから知人っぽく見えた。つまり先入観を与えてしまえば、それっぽく、知人といえば知人っぽい、初対面といえば初対面っぽい二人の写真だった。 私たちはその写真をSNSにあげた。警察に不信感はないし戸田刑事も頑張ってくれているのは分かっていたが、私は白川茉莉を落としたいという気持ちに駆られていた。【パーティーに来ていたみたい】、と。結局、私も白
last updateLast Updated : 2026-01-08
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今も白川茉莉との決着はついていない。永遠につくことはない。 あの写真で蓮さんの事件の捜査は一気に進んだ。蓮さんと白川茉莉は当時全く関係がなく、白川茉莉を蓮さんの転落事件の捜査線上に上げることができなかった。あの写真でその関係が証明できた。ホテルに行ったくらいでは弱いが、細くても線は線だ。そして蓮さんが目を覚ました。リハビリをこなした蓮さんは意識は明瞭で周囲を認識できていることが確認され、判断力や理解力などの認知機能に問題がないと医者が判断した。そして蓮さんの証言から白川茉莉が再調査され、彼女と一緒に白川茉莉と常に一緒にいた乳母も捜査された。結論から言えば、蓮さんを転落させたときにその乳母は白川茉莉と一緒にいた。護衛というほど大袈裟な立場ではないが、白川茉莉は基本的に一人では出かけない。例えそれが近所でも、必ず誰かを連れていく。白川茉莉としても、あの子どもの出生に関わること。よほど信頼できる人物である必要があった。白川茉莉は乳母なら「お嬢様のために」と黙っていると思ったに違いない。実際に乳母は白川茉莉の反抗を目の前で見ても黙っていた。でも彼女が沈黙をしたのは、白川茉莉の嘘を信じたから。 白川茉莉は乳母に、蓮さんに一方的に好意を持たれて襲われたと話した。相手は婚約者であった蒼の兄。大事にしたくないから、白川茉莉は蒼と別れたと乳母に泣きながら語った。そして白川茉莉の妊娠が発覚。蒼とすでに関係があったと白川茉莉から聞いていた乳母は蒼に言うべきだと白川茉莉に言った。ちょうど私が新たな恋人だと噂されていた頃。白川茉莉は蒼の幸せを考えて邪魔したくないと言った。このままでいいのかと義憤に駆られていた乳母。そんな乳母に白川茉莉は言った。妊娠した子を自分の子どもだと蓮さんが言い張っている。乱暴されそうになったときに撮られた写真で脅されている。乳母は「お嬢様のために」という使命感に駆られ、白川茉莉と例の歩道橋に向かった。 白川茉莉の言う通り蓮さんは子どもを自分の子どもだと主張した。当然だ、そうなのだから。でも白川茉莉の嘘を信じていた乳母。だから白川茉莉が蓮さんを歩道橋から突き落としたときも、白川茉莉の防衛だと信じた。「お嬢様のために」と乳母は沈黙を選んだ。 その乳母に警察は事情聴取の際、蓮さんが白川家の護衛に抱え
last updateLast Updated : 2026-01-09
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乳母の証言を持って、警察は白川茉莉に事情聴取を行った。ただ、白川茉莉が白川家の娘であり、社会的に知名度もある。そのため、警察は白川家に配慮して白川茉莉への事情聴取は自宅で行われた。しかも、事前に知らせがあったのか、白川茉莉への事情聴取は初めから弁護士が同席する形だった。白川茉莉は白川家に守られ続けていた。 蓮さんと西山家には、白川百合江から示談の申し出が何度もあったという。白川家の立場を利用した嫌がらせのようなプレッシャーもあったらしい。しかし、西山家はそれを拒否し続けた。 書類送検をされて、いまだに本人の自供がないことから、検察官は白川茉莉に任意出頭を要請した。白川茉莉は応じなかった。白川百合江も応じる必要はないと言った。任意だからということもあるのだろう。 おそらく二人は起訴されないと踏んでいた。何年も前の事件で、証拠となるのは数センチの犯人しか映っていない防犯カメラの映像と乳母の証言のみ。白川茉莉本人は強く否定している。でも、二人は翠さんの事件を忘れていた。白川茉莉について、その人物像を聞いてみれば「やりかねない人物」と大勢が証言した。だって、実際にやったのをその目で見たから。平然と翠さんを階段から突き落とし、何が悪いのと本気で不思議がっていた十二歳の白川茉莉を大勢が見ていた。それは示談にした事件で、翠さんは自分からそれを言うのはルール違反だと思って黙っていたが、翠さんを慕っていた人たちが立ち上がった。白川家も社会的地位はあるが、他の家だってそれなりに歴史とプライドがある。確かに白川百合江と白川茉莉は旧華族の血をもつ、世が世ならお姫様。でも、いまはその世ではない。姫として敬えという態度の二人に、周りもいろいろと感じるものがあったのだろう。恨み節が強くなったが、私も強くそう思う。 白川茉莉は起訴された。二人の予想通りに、不起訴にはならなかった。裁判所から出頭命令が郵送で届いた。これまで自宅で全てをすませられるようにしてきたが、こればかりは行かなければいけないと弁護士は白川親子に訴えた。呼び出しを無視したら逮捕される可能性がある。そうなると警察が身柄を確保しにくる。 あり得ないと自宅に引き籠っている間に時間はたった。いまの結果からすると、この間に白川茉莉の精神はギリギリと張りつめていたのだろ
last updateLast Updated : 2026-01-09
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