「見た?あの重役たちが現れた途端、吉川社長がすぐ駆けつけたでしょ?彼女が辛い思いをしないかって心配でね。ああ、前世でどんな徳を積めば、あんな人と結婚できるのかしら」自分の夫が慌てて別の女性を庇いに行く姿を目の当たりにし、周囲の羨望の声を浴びながら、杏奈は胸の奥に鈍い痛みを感じた。分かっていたこととはいえ、心は軋む。会社を一定規模まで育て上げた重役たちは、当然ながら抜け目がない。会場に入ってからは、蒼介への賛辞と、紗里への媚びへつらいに終始している。「皆様、本当にお気遣いなく。吉川グループはずっと蒼介が切り盛りしていますし、私はただのデザイナーで、何のお役にも立てませんから……」紗里は蒼介の腕に手を絡め、一挙手一投足がまさに女主人の佇まいだ。会場の誰一人として、本来の妻である杏奈の存在に気づく者はいなかった。まあ当然だ。世間の目には、蒼介と紗里こそがお似合いの二人なのだから。考えてみれば皮肉なものだ。紗里の母親は愛人として、杏奈の両親の結婚に割り込んだ。そして今、紗里が杏奈の結婚に割り込んでいる。幼い頃、杏奈も疑問に思わなかったわけではない。他の子はみんな父親の姓を名乗っているのに、どうして自分だけ母親の姓なのかと。後になって知ったことだが、父親は初めから、自分と母親を身ひとつで追い出す算段をつけていたのだ。藤本家の事業の大半が杏奈の母の実家の支援で成り立っていたにもかかわらず、杏奈が十歳の時、母と共に家を追い出される運命は避けられなかった。自分たちが追い出された翌日、紗里とその母親が堂々と藤本家に入り込み、夫人と令嬢の座に収まった。それだけではない。母の実家である三浦家との取引も徹底的に潰そうとした。叔父は激怒して藤本家との協力関係を解消し、巨額の違約金を支払った。周囲は掌を返すように三浦家を見限った。叔父が率いる三浦グループは没落し、藤本家は飛躍的に成長した。聞くところによると、藤本家は娘・紗里を育てるために相当な手間をかけ、様々な英才教育を施したという。どれをとっても優秀な成績だ。誰もが知っている。藤本家には令嬢がいると。けれど誰も知らないのが、藤本家の令嬢が途中で入れ替わったことだ。そう、杏奈から、紗里に。紗里はこの数年ずっと蒼介と親密な関係を続けているけれど、杏奈とは公の場で真正面から向き合ったことは一
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