その言葉には、はっきりとは言えないものの、どこか含みを帯びた響きがあった。その空気を察したのか、傍らにいた賢人はそっと唇を引き結び、気を利かせて契約書をまとめ始めた。「藤崎社長、契約は無事完了しましたので、後の手配を進めてまいります……」そう言うなり、彼は慌てて立ち上がり、去り際には、横にいた徹までさっと連れ出していった。気がつけば、会議室には二人だけが残されていた。明乃は少し居心地悪そうに唇を噛む。まったく、賢人のやつ。変に気を回さなくてもいいのに。どうやって話を切り出そうかと思案していると、湊の長い指が軽くテーブルを叩いた。「どうして黙っている?」「別に……」明乃は小さく笑う。「教授から電話があって、学術交流会に誘われただけよ」「ほう?」湊がわずかに眉をつり上げた。「週末の交流会か?」「知ってるの?」「ああ」湊の口元が緩んだ。「ちょうど俺のところにも招待状が来ていた。同じ行き先なら、一緒に行かないか?」明乃は特に深く考えることもなく、あっさり頷いた。「いいわよ」「じゃあ、決まりだな」湊は満足そうにそう言った。……数日後、法学学術交流会は予定通り、水南地方国際会議センターで開催された。会場の入口は人で溢れ、全国から集まった法学者や研究者、弁護士たちで熱気に包まれていた。厳かな雰囲気の中にも、高揚感が漂っていた。明乃は、仕立ての良い濃いグレーのスーツを選び、化粧は控えめに、髪はすっきりとまとめていた。派手さはないが、専門家としての落ち着きと知性が際立つ装いだ。彼女は開始十五分前に到着し、受付で参加証と資料を受け取ると、そのままメイン会場へ向かった。席はあえて後方、通路に近い場所を選んだ。午前のメインフォーラムだけを聞き、午後は適当な理由をつけて早めに退席する。できるだけ、岳と顔を合わせないために。会場内はすでに満席だった。壇上では、大和田教授が主催者代表として開会の挨拶をしている。力強く、熱のこもった語り口に、聴衆は静かに耳を傾けていた。明乃も必死に意識を講演へ向けようとするが、視線はどうしても前方や入口を追ってしまう。彼女の胸の奥で、心臓が理由もなく速く打ち始める。説明のつかない緊張と、わずかな苛立ちが入り混じっていた。時間は滞りなく進み、やがて司会者が休憩を告げた。その瞬
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