先週、蓮さんと森川荘を訪れ、父に法人化の計画を話した。父は黙って全部聞いて、最後にただ一言「頼む」と言った。その一言が、まだ胸の奥に温かく残っている。9月の、晴れた午後。空は高く、秋の気配を含んだ風が街を通り抜けていく。ここ数日、波のように押し寄せていたつわりが、今日は嘘のように穏やかだった。蓮さんは今朝、珍しく「午前中に会社に行って、午後には戻る」と言い残して出かけていった。具体的な用件は言わなかったが、その横顔には、仕事の時とは違う、どこか厳粛な響きがあった。そんな時、私のスマートフォンに神崎さんからメッセージが届いた。『今日は、亡くなられた先代・隆一郎様の命日です。氷室様にとって、人生で最も大切な日の一つです。蓮様は一人で行くつもりでしょうが、よければ、そばにいてあげてください』添えられていたのは、都内の霊園の名前と区画番号。「……一人で背負おうとするのは、蓮さんの癖ですね」私は、急いで身支度を整えた。◇石畳を踏みながら、私は花束を持って歩いた。木々の間から、秋の光が差し込んでいる。遠くに、人影が見えた。蓮さんだった。墓石の前に、一人で立っていた。花と線香を供えて、ただ立っている。私は足音をできるだけ立てないようにしながら、近づいた。砂利が鳴った。「……来たのか」振り返らずに蓮さんが言った。背後から聞こえる私の足音だけで、分かったらしい。「神崎さんから、今日だと聞きました。……勝手に来て、すみません」「いや。……いつかは、紹介しなくてはいけないと思っていた」蓮さんは、墓石に刻まれた『氷室隆一郎』という文字を見つめていた。私は持ってきた季節の花を供え、深く頭を下げた。「ご挨拶が遅くなりました」小さく、墓石に向かって言った。「咲希と申します
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