小夜子の声がダイニングに響いた。 隼人が小夜子の腕を掴み、テーブルの下で制止する。「やめろ、小夜子。給仕長が後で対応する。俺たちは今、席を立てない」「後では遅いのです、旦那様。あの素材は、今すぐ処置しなければ一生のシミになります。お客様の服にシミを残すなど、家政婦の名折れ」(小夜子の謎のこだわりが出た!) 隼人は舌打ちしたい気分になりながらも、説得を続ける。「服一着の代金など、後でいくらでも払えば済む話だ。マダムのメインディッシュが運ばれてくる。お前はここにいろ」「お断りします」 小夜子は隼人の手を落ち着いた所作で、しかし決して戻らない意志をこめて振りほどいた。 席を立ち、流れるような動作で老婦人の元へ歩み寄る。「失礼いたします。お怪我はございませんか?」「ああ……大丈夫ですよ。でも、少し驚いてしまって」 老婦人は当惑したように膝を見つめている。小夜子は通りすがりの給仕スタッフの手から、布巾と炭酸水のボトルを奪い取った。その場に膝をつく。「この素材はシルク混のウールですね。炭酸水を含ませた布で叩き、汚れを浮かせてから吸い取ります。……奥様、少し失礼いたします」 小夜子の手つきは社長夫人のそれではなく、熟練の家政婦そのものだった。周囲のVIPたちが「何事か」と彼女を見ている。 隼人の顔は戸惑いと屈辱で強張っていた。「……小夜子、戻れ。みっともない。社長夫人のやることではない」「旦那様、ゲストの服のシミは、このホテルの誇りのシミと同じです。……申し訳ありません、私共の慢心です。せっかくのディナーを台無しにしてしまいました」 小夜子は老婦人の目を見て、深く頭を下げた。老婦人はじっと小夜子の手際と、真摯な瞳を見つめていた。「……貴女は不思議な人ね。社長夫人なのに、そんなに手が汚れることをいとわないなんて」「私は家を預かる者です
Last Updated : 2026-01-21 Read more