(痛い……!) 臭い、ではない。痛いのだ。目に見えない無数の針が、鼻腔の奥を突き刺してくる感覚。 生ゴミの腐敗臭でも排水溝のドブ臭さでもない。もっと人工的で無機質な刺激。小夜子は目を細めて、部屋の中を見渡した。 シングルベッド、デスク、壁掛けのテレビ。真新しい調度品が整然と並んでいる。 窓からは午後の日差しが差し込み、明るく清潔に見える。「どうだ」 隼人が部屋の中央で両手を広げた。「何も感じないぞ。空気清浄機のモニターを見ろ。PM2.5もハウスダストも、数値は『きれい』を示している」 彼は勝利を確信したように鼻を鳴らした。「やはり客の思い込みだ。西村、すぐに公式SNSで『安全宣言』を出せ。俺が今夜ここに泊まり安全の証明を……」「お待ちください」 小夜子の声はハンカチ越しでくぐもっていたが、鋭かった。彼女は入り口から一歩も動けずにいた。「旦那様。……何も感じないのですか?」「何? 何のことだ」「この部屋は……悲鳴を上げています」 隼人は怪訝な顔をした。「悲鳴だと? お前までオカルトか?」「いいえ。……ニオイです」 小夜子はハンカチを押さえたまま、部屋の奥を眺めやった。「鼻の奥が痺れるような、この刺激。……数値には出ないかもしれませんが、確かに『敵』がいます」「敵?」 小夜子は息を止めたまま、部屋の中へ進んだ。 ベッドサイドへ。デスクの下へ。そして窓際へ。探偵が現場の痕跡を探すように、彼女は視線を走らせる。(どこ? この臭いの発生源はどこなの) クン、と鼻を鳴らす。普通の人間なら「新築の匂い」で片付けてしまうレベルの微臭だろう。 だが小夜子は優れた嗅覚を持っていた。家政婦としてあらゆる家事の技能を磨き上げてきた結果、匂いに
Last Updated : 2026-01-11 Read more