All Chapters of 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く: Chapter 51 - Chapter 60

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 小山田の言葉には、心からの敬意がにじんでいた。 小夜子は困ったように微笑む。「そんな、大層なことではありません。私はただ……もったいないお化けが怖かっただけですから」「お化け、ですか?」「はい。実家では食べ物を粗末にすると、本当に怖いお化け……いえ、厳しい罰がありましたので」 小夜子の言葉に、小山田は涙ぐんだ顔でくしゃりと笑った。 厳しい罰というのを軽い冗談だと思ったようだ。「……かないませんな。これからも、ご指導お願いします」 小山田はもう一度頭を下げ、部屋を下がっていった。『小夜子! お前、こんなに食材を余して! もったいないと言えば何度分かるの!』 小夜子の脳裏にヒステリックな義母や義姉・麗華の声が蘇る。 言いがかりのような八つ当たりは、白河家では日常茶飯事だった。『お前は野菜の皮だけ食べていればいい!』 そのおかげで料理に工夫をするようになったわけだが。 小夜子は軽く頭を振って、嫌な思い出を追い出した。(もったいないお化けは本当に怖かったわ。痛くて怖くて、でも泣いたらもっと痛い目に遭って。あの人たちから離れられて、今は本当に幸せ) ふすまが閉まる音がして、部屋には隼人と小夜子の二人だけが残された。 静けさが戻る。 隼人は手酌で日本酒をグラスに注ぎ、一口飲んだ。長く息を吐く。「……完敗だ」 独り言のように、ポツリと呟いた。小夜子は給仕の手を止めた。「旦那様?」「俺の負けだと言ったんだ」 隼人はグラスを回し、透明な色の液体を見つめた。「俺はあいつらの無駄に高いプライドをへし折って、力尽くで従わせるつもりだった。リストラをして、恐怖で支配するのが一番早いと思っていたからな」 彼は顔を上げ、小夜子をまっすぐに見た。その瞳にはいつもの冷徹さではなく、どこか熱っぽい光が宿っている。
last updateLast Updated : 2025-12-20
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「勝ち負けなど……私は、旦那様のお仕事のお邪魔にならないよう、掃除と在庫整理をしただけです」 今度は隼人が呆気にとられる番だった。「在庫整理だと? ……あれがか?」「はい。厨房は汚れていましたし、食材は余っておりましたので。家政婦として当然の処置をしたまでです」 小夜子は本気でそう思っている。彼女にとって今回の出来事は、少し規模の大きな「冷蔵庫の残り物整理」と変わらないのだ。 隼人はぽかんとして、そして低く笑い出した。「ククッ……ハハハ!」 彼にしては珍しく、声を出して笑っている。「家政婦、か。……お前は自分の価値を低く見積もりすぎだ」 隼人は楽しげにグラスを掲げた。「いいだろう。俺の知る限り、世界で一番優秀な家政婦に。……乾杯だ」 小夜子は戸惑いながらも、自分のお茶の湯呑みを持ち上げて、カチンと合わせた。 よく分からないけれど、仕事ぶりを褒められたのなら悪い気はしない。(旦那様はお優しい方だわ。私を褒めるなんて) お茶の湯呑がじんわりと温かく感じられた。◇ 一時間後、2人は『月影』を後にした。 玄関先には、小山田をはじめとする従業員総出の見送りがあった。 来た時の殺伐とした空気は消えて、温かな活気が戻っている。「ありがとうございました!」 元気な挨拶に見送られて、車に向かう。運転手がドアを開ける。小夜子が乗り込もうとした時、すっと手が差し出された。隼人の手だった。「……足元が暗い。気をつけろ」 ぶっきらぼうだが自然なエスコート。行きの車内では考えられなかった変化だ。小夜子は驚いて顔を上げたが、隼人はそっぽを向いている。「……ありがとうございます」 小夜子はその大きく温かい手に、恐る恐る自分
last updateLast Updated : 2025-12-20
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53:破られた小切手

 冬の鎌倉は凛とした寒さと静けさに包まれていた。 午後1時、海からの風は冷たいが空は高く澄み渡っている。 閑静な住宅街の一角にある重厚な門の前で、隼人が足を止めた。「ここだ」 彼は門の奥にある広大な敷地をにらむように見上げた。「この大河原(おおがわら)邸の土地さえ手に入れば、アーク・リゾーツの『鎌倉ヴィラ計画』は完成する。プロジェクトの成否を握る最後のピースだ」 隼人は隣に立つ小夜子を一ちらりと見た。「お前を連れてきたのは、茶飲み話の相手くらいにはなると思ったからだ。前回の旅館のように、頑固な年寄りの懐柔でもしてみせろ」 それは妻に対する言葉ではない。便利な道具、あるいは機能的な潤滑油として期待する、冷徹な経営者の言葉だった。 けれど小夜子は静かに頷いた。「承知いたしました」 彼女にとって、期待されることは喜びであり、役割を与えられることは安らぎだったからだ。 隼人はそんな彼女に一瞬だけ眉をしかめたが、すぐに気を取り直したように前を向いた。◇ 門をくぐると、そこには別世界が広がっていた。 手入れの行き届いた日本庭園。枯山水の砂紋は美しく描かれて、苔むした岩が配置されている。 そして何より目を引いたのは、庭の奥に咲き誇る椿だった。冬の寒空の下、濃い緑の葉の中に鮮烈な赤色がいくつも灯っている。地面には散った花弁が落ち、まるで赤いじゅうたんを敷き詰めたようだ。(……まあ) 小夜子は思わず息を呑んだ。美しい。どれほどの手間と愛情をかければ、これほど見事な花を咲かせることができるのだろう。冬の寒さに耐えて咲く姿は気高く、それでいてどこか哀しげだった。 だが隼人の感想は違った。「……植栽の配置が古いな」 彼は庭全体を値踏みするように見回した。「すべて抜いて更地にするには、重機を入れる必要がある。撤去コストが見積もり以上にかかりそうだ」 隼人の目には「風
last updateLast Updated : 2025-12-21
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 隼人は気にせず、すぐに本題に入った。「単刀直入に申し上げます。大河原様、この土地を弊社にお譲りいただきたい」 隼人はアタッシュケースを開き、一枚の小切手と書類をテーブルの上に取り出した。「この提示額は、近隣相場の2倍です」 老人の眉がピクリと動く。隼人は畳みかけた。「さらに、移転費用として都内の高級マンションもご用意しました。セキュリティも医療サポートも万全です。お一人での老後の暮らしを考えれば、これ以上の条件はないはずです」 ビジネスとしては破格の好条件になる。断る理由などないはずだ。隼人は勝利を確信していた。 だが、老人は小切手を手に取ろうともしなかった。じろりと隼人をにらみつける。「……それで?」「はい?」「この家を壊して、何を作るつもりだ」 隼人は胸を張って答えた。「富裕層向けの最新鋭のヴィラです。海外のVIPも呼べるよう、この古臭い庭も造成し直します。モダンなプールとテラスを配置し、機能的な景観に……」 ダンッ!! 激しい音が響いた。老人が拳でテーブルを叩いたのだ。湯呑みが跳ねてお茶がこぼれる。「帰れ!!」 怒りのこもった気迫の声だった。老人は小切手をつかむと、隼人の目の前でビリリと破り捨てる。「……っ!?」 隼人が目を見開く。2つに裂かれた紙片が、さらに4つ、8つと破られていく。 やがて小切手は細かい紙片となって、紙吹雪のように宙を舞った。「金、金、金!……どいつもこいつも、金の話ばかりしおって!」 老人の顔は真っ赤になり、目には涙さえ浮かんでいた。「お前のような無粋な男に、この土地の椿は渡さん! 絶対にだ!」 隼人は表情を凍らせたまま、理解できないという顔をした。「……金額が不満なのですか? ならば3倍でも…&helli
last updateLast Updated : 2025-12-21
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「……くそッ」 隼人は苛立たしげに革靴で地面を蹴った。「あの年寄りめ、なぜ3倍の値を蹴る? 合理的じゃない。あの土地に固執する理由がわからん」 彼は苛立ちを隠せない様子で、髪をかき上げる。 小夜子は閉ざされた門の隙間から、もう一度庭を覗いた。冬の風に揺れる赤い椿が見える。(あの方は、土地を売りたくないわけではない) 小夜子には分かっていた。老人が守りたかったのは、単なる植物ではない。亡き妻と共に眺めた冬の景色、積み重ねてきた時間そのものだ。 それを「古臭いから抜く」「金で解決する」と言われれば、魂を踏みにじられたように感じるだろう。(旦那様の考えは間違ってはいない。でも、人の心はお金や正しさだけでは動かない時もある……) 実家で長く虐げられ、辛い思いを重ねてきた小夜子だから分かる。大事な思い出を抱えている、あの老人の気持ちが。 小夜子は静かに口を開いた。「……旦那様」「なんだ。帰るぞ。作戦を練り直す」「お手紙を書きませんか?」 隼人は足を止め、怪訝そうな顔で振り返った。「手紙だと? メールも電話も拒否されているのに、紙切れ一枚で何が変わる。詫び状など送っても、シュレッダーにかけられるだけだ」「いいえ。ビジネスの提案書でも、詫び状でもありません」 小夜子は、門の向こうの椿を見つめたまま言った。その瞳には静かだが強い決意の光が宿っていた。「『恋文』を書くのです」「はあ? 恋文?」 隼人は意表を突かれた。小夜子は続ける。「はい。あの方の心に届くのは、数字ではありません。……想いだけです」 ◇  鎌倉市内の高級ホテル、その最上階にあるスイートルームにて。 リビングの空気は張り詰めていた。隼人はソファに座り、膝上のラップトップを激しい勢いで叩いてい
last updateLast Updated : 2025-12-21
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56:千枚の記憶

 小夜子は静かに動き出した。ホテルのコンシェルジュに頼んで用意させたものが、ローテーブルの上に並べられている。黒い硯(すずり)と一本の墨、筆。そして白く柔らかな和紙だ。 小夜子は正座をし、硯に少量の水を差した。「……旦那様」 そっと呼びかける。「デジタルの文字では、あの方の心には届きません。弁護士からの通知など送れば、怒りの炎に油を注ぐだけです」 隼人は電話を切ると、苛立たしげに振り返った。「今どき手紙だと? 時間の無駄だ。こちらの条件をタイプして印刷すれば、1分で終わる」「ええ。1分で終わります。……そして、1秒でゴミ箱行きでしょう」 小夜子は墨をつかんだ。ゆっくりと、硯で墨を回し始める。 ゴリ、ゴリ……。シュッ、シュッ……。 静かな部屋に、単調だが重みのある音が響き始めた。 墨が水に溶けて黒い液体へと変わっていく。ふわりと墨独特の香りが立ち上った。 隼人は眉をひそめた。「手書きだとしても、筆ペンでいいだろう。なぜわざわざ墨をする必要がある」 小夜子は手を止めずに淡々と答えた。「時間は、無駄にするためにあるのではありません。相手のために『費やした』という事実を作るためにあるのです」「……なんだと?」「墨の色が出るまで、心を鎮めて相手を想う。その時間の集積だけが、かたくなな扉を開く鍵になります。……効率とは真逆にある、誠意の証です」「……」 隼人は言葉を詰まらせた。小夜子の横顔はいつになく真剣だった。背筋を伸ばし、一定のリズムで墨を磨るその姿には、人を寄せ付けない凄みすら漂っている。「随分と慣れているな」 隼人がポツリと言えば、小夜子は自嘲(じちょう)気味に微笑んだ。「実家では、招待状の宛名書きを一文字でも間違えると、夕食抜きでしたか
last updateLast Updated : 2025-12-22
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「私の筆には、空腹と痛みの記憶が染み込んでいます。……だからこそ、絶対に間違えませんし、誰よりも美しい文字が書けるのです」 小夜子は静かに言った。生き残るために身につけた、悲しくも鋭い武器だった。 墨が、とろりと黒く光った。準備が整ったのだ。 小夜子は筆を取り、たっぷりと墨を含ませる。だが紙に向かう前に、隼人を見上げた。「旦那様。一つ、約束してください」「なんだ」「お庭の椿を、残すと」 隼人は顔をしかめた。「はあ? まだそんなことを言っているのか。あれは造成の邪魔だ。抜いてしまったほうが……」「約束できなければ、この手紙は書きません」 小夜子は筆を置く素振りを見せた。「あの方にとって、あの椿は亡き奥様そのものなのです。それを殺すなら、交渉は決裂です。いくらお金を積んでも、この手紙を書いても、無駄です」 小夜子の瞳は決して揺らがない。隼人は舌打ちをした。 どうせこのままでは手詰まりなのだ。であれば、小夜子のやり方に賭けるしかない。「……チッ。わかった。移植するなり、設計を変えて庭を残すなり、検討させる」「ありがとうございます」 言質は取った。小夜子は深く息を吸い込み、筆先を紙に落とした。 ――拝啓、寒椿(かんつばき)の候。 黒い線が白い紙の上に走る。 迷いのない流れるような行書体。文字の一つ一つが、意思を持って踊っているかのようだ。インクジェットプリンターの均一な黒さとは違う。墨の濃淡、筆の勢い、そして「気」が込められている。 小夜子は金の話は一切書かなかった。ただ、あの庭の美しさに心打たれたこと。寒空の下で咲く椿がいかに気高く、愛されてきたかを感じたこと。 そして新しいヴィラが建っても、その風景と心を大切に引き継ぎたいという願い。 ただそれだけを綴っていた。 それは土地の売買交渉ではない。あの場所への、そして老人の想いへの、「恋
last updateLast Updated : 2025-12-22
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「……美しいな」 思わず、感嘆の声が漏れた。達筆すぎて読めないようなくずし字ではない。誰にでも読める、けれど品格と力強さを兼ね備えた文字。 紙面から、書き手の熱量と誠実さが立ち上ってくるようだ。「これなら、億の小切手より重いかもしれん」 隼人は墨が乾くのを待って丁寧に手紙を折り、封筒に入れた。 それを内ポケットにしまう。小切手が入っていた場所よりも、心臓に近い場所へ。 ほとんど無意識だったが、そうするべきだと思ったのだ。「行くぞ、小夜子」 隼人はジャケットをひるがえした。「もう一度、特攻だ」 武器は金ではない。妻が書いた一枚の手紙のみ。2人は再び、あの頑固な扉を開くために歩き出した。 ◇  午後4時。鎌倉の山間に、冷たい夜の気配が忍び寄っていた。大河原邸の重厚な門の前で、インターホンのスピーカーから、家政婦の困惑した声が響く。『ですから、主人はお会いしないと……』「会わなくてもいいと言っているだろう!」 隼人が苛立ちを隠さずに怒鳴った。彼はインターホンに詰め寄り、低い声で続ける。「手紙だ。この手紙一通だけでいい。これを渡しても読まない、帰れと言うなら、二度と来ない。約束する」『はあ……少々お待ちください』 長い沈黙の後、通用口がわずかに開いた。家政婦が顔を出し、隼人が差し出した封筒を恐る恐る受け取る。バタン。無情な音を立てて、再び扉が閉ざされた。 隼人は腕時計に視線を落とした。「……10分だ」 白い息を吐き出しながら、隼人は言った。「それ以上は待たん。プライドを捨てて頭を下げ、手紙まで書かせたんだ。これでダメなら、別の手段で潰す」「旦那様」 小夜子の静かな声。彼女はコートも羽織っていない薄着のまま、隼人の半歩後ろに控えていた。
last updateLast Updated : 2025-12-23
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59:肉筆の魔力

 彼が踵を返そうとした、その時だった。 ゴゴゴゴゴ……。 腹の底に響くような重低音。2人が振り返ると、堅く閉ざされていた正門が、ゆっくりと電動音を立てて開き始めていた。 現れたのは家政婦ではなかった。大河原老人その人だった。 老人は着物にはんてんを羽織り、手には小夜子が書いた手紙を握りしめていた。 その目は隼人を見ていない。後ろに立つ小夜子に釘付けになっている。「……入りなさい」 老人の声は、先ほどまでの怒りが嘘のように静かだった。「風邪を引く。中へ」◇ 再び通された客間の空気は一変していた。 老人はテーブルの上に、一枚の手紙を広げた。行書体で綴られた文字が、照明の下で黒々と艶やかに浮かび上がっている。「これを書いたのは、誰だ」 老人は指で文字をなぞりながら、絞り出すように問うた。「この無粋な男に、この字は書けまい。秘書か? それとも有名な書家に頼んだのか?」 小夜子は正座をしたまま、静かに頭を下げた。「妻の小夜子でございます。私がしたためました」「……あんたが」 老人はまじまじと小夜子の顔を見て、そして深く長いため息をついた。「美しい……。今の日本に、これほどの仮名混じり文を書ける女性(ひと)が残っていたとは。それもこんなに若い方が」「恐れ入ります」「特にこの『椿』という字の、右払い。……亡き妻の筆癖によく似ている」 老人の目が潤んでいた。小夜子の文字が効率やデジタルでは決して届かない、記憶の深い部分に触れたのだ。「この手紙には、金の話が一言も書いていない」 老人は穏やかな瞳で2人を見た。「あるのは、冬の庭への賛辞と、椿への愛着だけだ。『寒空の下で凛と咲く赤色が、この土地の魂である』と……。よ
last updateLast Updated : 2025-12-23
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「条件は2つ。庭の椿を残すこと。そして、建物の設計や内装には、必ずこの奥方の意見を取り入れることだ」「妻の、意見ですか」「そうだ。彼女の感性なら、私の心を、そして妻との思い出を汚さずに継いでくれるだろう。……約束できるか?」 隼人は座布団から下り、畳に手をついて深々と頭を下げた。「……承知いたしました。必ず、約束は守ります」 それは今日初めて隼人が見せた、打算のない純粋な敬意だった。 ◇  帰り道。冬の夜空には鮮明な月が輝いていた。  2人の足音が静かな住宅街に響く。契約成立の興奮よりも、もっと別の重たくて静かな感情を胸に抱いていた隼人が、沈黙を破った。「……俺の完敗だ」 夜空に向かって吐き出すような声だった。「数億円の小切手でも動かなかった山が、たった一枚の紙切れで動いた。……お前の文字には、億の価値があるらしい」 小夜子は立ち止まり、驚いたように瞬きをした。「いいえ。私はただ、墨をすり、旦那様の想いを代筆しただけです」「俺の想い、だと?」「はい。あのご老人と、お話ししたかったのでしょう?」「……フン」 彼女は本気でそう思っているようだった。自分の持っている力がどれほど得難いものか。どれほど人の心を救ったのか。彼女は無自覚なままだ。(もっと誇ればいいものを) 隼人はもどかしさを感じる。  これだけのことをやってのけて、「代筆しただけ」なんて。(もっと自分を高く売ればいい。恩を着せればいい。俺の世界では、それが当たり前だ) だが。その欲のなさと静かすぎる献身が、隼人の胸の奥を締め付けるような感覚を呼び起こした。(……なんだ、これは) 胸が苦しいような、むず痒いような。冷え切っていた自分の心の中に、小さな灯がともったような感覚。もどかしい。けれど、その奥ゆかしさが、たまらなく……。(愛おしい、のか……?) 隼人は自分の思考に驚き、思わず胸
last updateLast Updated : 2025-12-23
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