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53:破られた小切手

last update Last Updated: 2025-12-21 10:34:25

 冬の鎌倉は凛とした寒さと静けさに包まれていた。

 午後1時、海からの風は冷たいが空は高く澄み渡っている。

 閑静な住宅街の一角にある重厚な門の前で、隼人が足を止めた。

「ここだ」

 彼は門の奥にある広大な敷地をにらむように見上げた。

「この大河原(おおがわら)邸の土地さえ手に入れば、アーク・リゾーツの『鎌倉ヴィラ計画』は完成する。プロジェクトの成否を握る最後のピースだ」

 隼人は隣に立つ小夜子を一ちらりと見た。

「お前を連れてきたのは、茶飲み話の相手くらいにはなると思ったからだ。前回の旅館のように、頑固な年寄りの懐柔でもしてみせろ」

 それは妻に対する言葉ではない。便利な道具、あるいは機能的な潤滑油として期待する、冷徹な経営者の言葉だった。

 けれど小夜子は静かに頷いた。

「承知いたしました」

 彼女にとって、期待されることは喜びであり、役割を与えられることは安らぎだったからだ。

 隼人はそんな彼女に一瞬だけ眉をしかめたが、すぐに気を取り直したように前を向いた。

 門をくぐると、そこには別世界が広がっていた。

 手入れの行き届いた日本庭園。枯山水の砂紋は美しく描かれて、苔むした岩が配置されている。

 そして何より目を引いたのは、庭の奥に咲き誇る椿だった。冬の寒空の下、濃い緑の葉の中に鮮烈な赤色がいくつも灯っている。地面には散った花弁が落ち、まるで赤いじゅうたんを敷き詰めたようだ。

(……まあ)

 小夜子は思わず息を呑んだ。美しい。どれほどの手間と愛情をかければ、これほど見事な花を咲かせることができるのだろう。冬の寒さに耐えて咲く姿は気高く、それでいてどこか哀しげだった。

 だが隼人の感想は違った。

「……植栽の配置が古いな」

 彼は庭全体を値踏みするように見回した。

「すべて抜いて更地にするには、重機を入れる必要がある。撤去コストが見積もり以上にかかりそうだ」

 隼人の目には「風

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    「勝ち負けなど……私は、旦那様のお仕事のお邪魔にならないよう、掃除と在庫整理をしただけです」 今度は隼人が呆気にとられる番だった。「在庫整理だと? ……あれがか?」「はい。厨房は汚れていましたし、食材は余っておりましたので。家政婦として当然の処置をしたまでです」 小夜子は本気でそう思っている。彼女にとって今回の出来事は、少し規模の大きな「冷蔵庫の残り物整理」と変わらないのだ。 隼人はぽかんとして、そして低く笑い出した。「ククッ……ハハハ!」 彼にしては珍しく、声を出して笑っている。「家政婦、か。……お前は自分の価値を低く見積もりすぎだ」 隼人は楽しげにグラスを掲げた。「いいだろう。俺の知る限り、世界で一番優秀な家政婦に。……乾杯だ」 小夜子は戸惑いながらも、自分のお茶の湯呑みを持ち上げて、カチンと合わせた。 よく分からないけれど、仕事ぶりを褒められたのなら悪い気はしない。(旦那様はお優しい方だわ。私を褒めるなんて) お茶の湯呑がじんわりと温かく感じられた。◇ 一時間後、2人は『月影』を後にした。 玄関先には、小山田をはじめとする従業員総出の見送りがあった。 来た時の殺伐とした空気は消えて、温かな活気が戻っている。「ありがとうございました!」 元気な挨拶に見送られて、車に向かう。運転手がドアを開ける。小夜子が乗り込もうとした時、すっと手が差し出された。隼人の手だった。「……足元が暗い。気をつけろ」 ぶっきらぼうだが自然なエスコート。行きの車内では考えられなかった変化だ。小夜子は驚いて顔を上げたが、隼人はそっぽを向いている。「……ありがとうございます」 小夜子はその大きく温かい手に、恐る恐る自分

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