「そうだ、そうだ」「伝統は一度壊したら戻らない。私たちは必死に守ってきたのよ」「掃除が行き届いていないのは、誰かさんがコストカットで人員削減するからだ!」 彼らにとって、黒崎隼人は文化を破壊する悪魔であり、自分たちの仕事を奪う敵でしかないのだ。 罵声を浴びせられても、隼人の表情は凍りついたように変わらなかった。彼は淡々と、事実だけを突きつける。「味が分かる、分からないの話などしていない」「なんだと!?」「その『こだわりの出汁』とやらで、客を呼べていないのが現実だと言っている」 しん、とロビーが静まり返った。誰もが目を背けたくなる痛い事実を、隼人は何の遠慮もなく口にする。「客が来なければ金は入らない。金がなければ材料も買えないし、お前たちの給料も払えない。……いいか、勘違いするな」 隼人の声が、低く響いた。「味が数字を作るんじゃない。数字があって利益が出て、初めて味を守れるんだ」 正論だった。けれど感情的になっている彼らには、それは冷酷な宣告にしか聞こえないだろう。 料理長は悔しそうに唇を噛み、支配人は顔を青くして俯いている。 隼人はロビー全体を見渡し、最後にこう告げた。「猶予は一ヶ月やる」 彼は指を一本立てた。「その間に黒字化のメドが立たなければ、この旅館は解体して更地にする。マンションでも建てたほうがマシだ」「な……!?」 空気が凍りついた。「もちろん、その時は全員解雇だ。……俺の方針に従えない者は、今すぐ出て行け。以上だ」 隼人は踵(きびす)を返し、スタスタと奥の客室へと歩き出した。 残された従業員たちの間には、絶望と、やり場のない怒りが渦巻いている。 小夜子は隼人の背中を追いかけた。その途中、ふとロビーの隅にある飾り棚に目を留める。 そこには高価そうな壺が飾られていたが、その表面はうっすらと白く曇っていた。指でなぞ
Last Updated : 2025-12-16 Read more