数日後の午前11時、アーク・リゾーツ本社、最上階にある大会議室。 窓の外には東京の摩天楼が広がっているが、室内の空気はピンと張り詰めていた。 重厚なテーブルを挟んで、隼人と大河原老人が向き合って座っている。傍らには顧問弁護士たちが控え、テーブルの上には分厚い契約書が置かれていた。 大河原老人は、契約書の最後のページに筆ペンで署名をした。そして実印を朱肉に押し付け、紙の上に運ぶ途中で手を止めた。「……黒崎社長。特約条項は、忘れておらんだろうな」 老人の鋭い視線が飛ぶ。隼人は動じることなく頷いた。「もちろんです。第15条をご確認ください。『敷地内庭園の保存、および新施設設計への妻・小夜子の監修権限を保証する』と明記してあります」 老人は老眼鏡の位置を直すと該当箇所を目で追い、満足げに鼻を鳴らした。「よろしい」 タンッ。印鑑が契約書に押される。契約成立である。 その瞬間、室内に充満していた緊張の糸がふっと緩んだ。◇ 弁護士たちが書類を整理し始める中、大河原老人が立ち上がった。彼は隼人ではなく、その斜め後ろに控えていた小夜子の元へと歩み寄った。「奥方」 老人の表情は、あの日の怒りが嘘のように穏やかだった。「……あの庭を、頼みましたよ」 それは単なる管理の依頼ではない。自分の魂の一部を託す言葉だ。 小夜子は背筋を伸ばし、深く一礼した。「はい。お約束いたします。あの椿のように、冬でも凛とした美しい場所として、守り抜きます」 小夜子の言葉に、老人は「良い後継者を見つけた」とでも言うように目を細める。「楽しみにしている」 老人はそう言い残し、足取り軽く会議室を去っていった。 弁護士たちも職務を終えて、一礼の後に退出していく。 広い会議室には、隼人と小夜子の2人だけが残された。テーブルの上には締結されたばかりの契約書と、以前に破り捨てられた小切手の控えだけ
Last Updated : 2025-12-24 Read more