「胃薬をお探しでしたら、棚の2段目にございます。……ですが、もしよろしければ」 小夜子はダイニングテーブルの椅子を引いた。「薬を飲む前に、少しお腹を温めてはいかがですか? 空きっ腹に薬は、胃を荒らしますので」 押し付けがましさのない、淡々とした提案だった。 隼人は拒絶しようとした。他人が作った食事など、信用ならない。 幼少期、冷え切った弁当やコンビニの味しか知らなかった彼にとって、家庭的な温かさなどというものは、煩わしい幻想でしかなかった。 けれど胃の痛みとひどい空腹が、理性を超えてしまった。出汁の良い香りは食欲をそそる。隼人は無言のまま歩み寄り、椅子に腰を下ろした。 小夜子は茶碗に炊きたてのご飯をよそい、胡麻だれに漬け込んだ鯛を乗せた。その上から、熱々の出汁を回しかける。 鯛の表面が熱で白く霜降りになり、胡麻の香ばしさと出汁の香りが広がった。 刻んだ三つ葉とおろしたてのワサビを添えて、差し出す。 隼人は箸を取り、一口、すすった。(……っ) 熱い出汁が食道を通り、痙攣していた胃壁を優しく撫で落ちていく。味がどうこうと分析する前に、体が「救われた」と叫ぶようだった。 胡麻のコク、鯛の旨み、ワサビの清涼感。それらが一体となって、冷え切っていた内臓に熱を灯す。 孤独だった夜明けの胃痛が、温かな波に包まれて溶かされていく感覚。隼人は夢中で箸を動かした。一度も顔を上げず、言葉も発さず。ただ茶碗の底が見えるまで、その温もりをむさぼった。 カチリ。箸を置く音が静寂に戻った部屋に響いた。 隼人の胃の痛みは、嘘のように消えていた。 彼は長く息を吐き、椅子の背もたれに体を預ける。 小夜子は、シンクの前で片付けをしていた。「お粗末さまでした」とも、「いかがでしたか」とも聞かない。ただ、自身の業務を淡々とこなしている。 その背中が昨夜よりも少しだけ近く、そして頼もしく見えた。「余計なことを」 隼人は呟いた。素っ気ない言葉だったが、そこ
Last Updated : 2025-12-12 Read more