Alle Kapitel von 没落令嬢の家政婦契約 ~冷酷CEOは、初恋を逃さない~: Kapitel 241 – Kapitel 250

334 Kapitel

第241話 逆転の株主総会⑧

「ご、五百億だと……!?」 会場が、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。 五百億。 それだけの資金が注入されれば、神宮寺銀行の融資引き上げによる資金ショートは、完全に回避される。「馬鹿な……! そんな話、聞いていないぞ! 外資の勝手な介入など、金融庁が許すはずが……!」 神宮寺頭取が、血相を変えて立ち上がる。 彼の描いていた完璧な包囲網が、音を立てて崩れ始めていた。「……なぜだ。なぜ、そこまでしてこの男を助ける!」 頭取が、憎々しげにベルトラン氏を睨みつける。 ベルトラン氏は、静かに微笑んで、後方の入り口の方を手で示した。「私を動かしたのは、天道社長のビジネススキルだけではありません。……彼には、世界で最も勇敢で、美しい『代理人』がついているからです」 全員の視線が、再び入り口へと向かう。 ざわめきが、潮が引くように静まり返っていく。 静寂の中、車椅子のタイヤが絨毯を擦る、微かな音が近づいてきた。 三田村さんに車椅子を押され、鈴木さんに付き添われて現れたのは。「……莉子」 議長席の征也が、信じられないものを見るように目を見開いた。 私は、黒いワンピース姿で車椅子に深く腰掛け、膝の上で一つのファイルをしっかりと抱きしめていた。 顔色は蒼白かもしれない。化粧も最低限しかしていない。 でも、私の背筋は、かつてないほどピンと伸びていた。 数百人の視線が突き刺さる中、私は車椅子から立ち上がろうとした。「動くな!」 征也が、議長席を蹴り倒すような勢いで飛び出し、私の元へ駆け寄ってきた。 彼は私の肩を強く押さえつけ、車椅子に座らせたまま、その場に跪いた。「……なぜ来た。絶対安静だと言っただろう! お前、自分の身体がどういう状態か分かっているのか!」 彼の顔は、怒りよりも、恐怖で引きつって
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第242話 逆転の株主総会⑨

 頭取は、私の姿を見て、忌々しそうに顔をしかめていた。「……月島の娘か。ノコノコと何をしに来た。ここは、お前のような女が出る幕ではない」 冷酷な、人を見下す視線。 四年前、父を絶望の淵に追いやった男。 かつてなら、私はこの視線に射すくめられ、泣き崩れていたかもしれない。 でも、今の私には、守るべき命と、共に戦ってくれる人がいる。「……ええ。私はただの家政婦上がりです。経営のことも、株のことも分かりません」 私は、車椅子に座ったまま、しかし会場の隅々まで届くような、はっきりとした声で言った。「ですが、私は『掃除』のプロです。……この会社にこびりついた、長年の『汚い埃』を掃き出しに来たのです」 私は、膝の上に抱えていたファイルを、征也の手に預けた。「征也くん。……開けて」 征也は、怪訝そうな顔でファイルを受け取り、その表紙を開いた。 そこに入っていたのは、あの夜、私が彼の書斎の金庫から持ち出した『月島ホールディングス解体計画書』。 そして。 三田村さんたちが、裏のネットワークを駆使してかき集めた、新たな書類の束だった。「……これは」 征也の目が、驚愕に見開かれる。「神宮寺頭取」 私は、冷ややかに、そしてはっきりと告げた。「そのファイルには、四年前、あなたが月島ホールディングスを意図的に倒産に追い込むため、メインバンクの立場を悪用して他の銀行に融資引き上げの圧力をかけた『内部通達の記録』が含まれています」「な……っ!?」 神宮寺頭取の顔から、さっと血の気が引いた。「さらに、天道社長が個人的な資金で月島家を救済しようとした際、その資金源を断つために、あなたが裏でどのような違法な妨害工作を行ったか……そのすべてを記録した、当時の銀行の内部メールのデータも揃っています」 会場が、水を打ったように静まり返る。
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第243話 逆転の株主総会⑩

「あなたの息子である神宮寺蒼氏が、自身の『コレクション』として、ご丁寧にも地下室の金庫に隠し持っていたオリジナルデータです。……彼が逮捕された際、警察の捜査が入る前に、私たちの協力者が回収しました」 嘘ではない。 三田村さんが、あの別荘の残骸から、蒼くんの隠し金庫を見つけ出し、ハッキングして抜き出したデータだ。 蒼くんは、父親の弱みを握ることで、自分を優位に立たせようとでもしていたのだろう。 その歪んだ親子関係が、結果的に彼ら自身を破滅させることになったのだ。「……き、貴様ら……!」 頭取が、ギリギリと歯ぎしりをする。「この会社は、不正の上に成り立っているのではありません」 私は、征也の手をしっかりと握りしめたまま、会場全体に響き渡る声で宣言した。「私の夫が、理不尽な暴力に耐え、泥を被り、血と汗を流して守り抜いてきた結晶です。……それを、あなたの個人的な私怨や、薄汚い権力で奪い取ることは、絶対に許しません」 完全なる沈黙。 そして。 静寂を破るように、誰かが立ち上がり、拍手をした。 作業着姿の、下請け工場の社長だ。 それに続き、ベルトラン氏が拍手をする。 パチ、パチ、という乾いた音は、やがて波紋のように広がり、会場全体を包み込む万雷の拍手へと変わっていった。 神宮寺側の役員たちも、動かぬ証拠を前に青ざめ、次々と頭を抱えて座り込んでいく。 形勢は、完全に逆転した。「……莉子」 征也が、私の耳元で震える声を漏らした。 彼の瞳には、熱い涙が滲んでいる。「……よくやった。俺の、世界一の妻だ」 彼は、無数のフラッシュが焚かれ、拍手が鳴り響く中、私の額に深く、長く口づけをした。 それは、全ての呪縛から解放された、魔王の歓喜のキスだった。 サファイアのネックレスが、私の胸元で、勝利の光を反射して青く、誇り高く輝いていた。
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第244話 魔王と家政婦①

 神宮寺頭取の顔面から、みるみるうちに血の気が引いていくのがわかった。 彼がどれほどの権力を持ち、冷酷に市場を操ってきたとしても、今、彼に向けられているのは無数のカメラのフラッシュと、それを上回る株主たちの怒りの視線だ。 私の持ってきたファイル――彼が息子の蒼を使って集めさせた、いや、蒼自身が父親の弱みを握るために残していたオリジナルデータの存在は、彼にとって致命的な毒だった。「……でたらめだ! そんなものは捏造に決まっている!」 頭取が、演台をバンと叩いて立ち上がった。 その声は裏返り、普段の彼が纏っていた威厳など微塵も残っていない。ただ、追い詰められた老人がヒステリックに喚いているだけだ。「私が月島を潰しただと? 笑わせるな! あれは正当な経営判断だった! それに、天道グループへの融資打ち切りだって、この男の個人的なスキャンダルが原因だろうが!」「まだそんなことを言っているのか」 征也が、冷ややかに頭取を見下ろした。 彼は私の肩を抱いたまま、ゆっくりと立ち上がる。その存在感だけで、会場の空気がピリリと引き締まるのを感じた。「その『スキャンダル』とやらも、お前と高嶺商事が結託して流した捏造記事だということは、すでに証明されている。……そして」 征也は、鋭い視線を会場全体へと向けた。「先ほど、ベルトラン氏から有難い申し出があった通りだ。天道グループは、フランスの宝飾ブランドからの出資を受け、当面の資金繰りに関する問題を完全にクリアした」 会場が、どよめいた。 五百億という巨額の資金注入。それが意味するのは、天道グループが神宮寺銀行という強大な後ろ盾を失っても、少しも揺るがないということだ。「さらに言えば、我が社の技術を支えてくれている下請け企業の皆様方からも、個人的な資金援助の申し出を多数いただいている。……この場を借りて、深く感謝申し上げる」 征也が、深々と頭を下げた。 その姿に、作業着姿の社長たちが、照れくさそうに、けれど誇らしげに胸を張る。「…&
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第245話 魔王と家政婦②

「その『ちっぽけな金』には、お前たちがどれだけ搾取しても決して奪えなかった、人々の『熱意』と『信頼』が詰まっている。……お前たちのように、数字と権力でしか人を動かせない連中には、一生理解できないだろうがな」 征也の言葉が、会場の隅々にまで響き渡る。 それは、単なるビジネスマンとしての宣言ではなく、彼が泥水の中から這い上がり、築き上げてきた信念そのものだった。「議長! ……いえ、天道社長!」 先ほど、征也の解任動議を出した役員が、青ざめた顔で立ち上がった。 彼は神宮寺側の急先鋒だったはずだが、形勢が完全に逆転した今、必死に寝返ろうとしているのがありありと分かった。「先ほどの、解任動議は……取り下げます! 我々は、社長の経営手腕を、引き続き信頼しておりますので……!」「ほう。ずいぶんと手のひら返しが早いな」 征也は鼻で笑った。「だが、お前たちの信任など、もう必要ない」「え……?」「この場にいる神宮寺銀行の関係者、ならびにそれに加担した役員たちには、ただちに辞表を提出してもらう。……提出しなければ、背任行為として法的措置をとる」 征也の冷酷な通告に、神宮寺側の役員たちが次々と頭を抱えて崩れ落ちていく。 完全なる、粛清だった。「き、貴様ら……! こんなことで、私が終わると思っているのか!」 頭取が、顔を真っ赤にして叫んだ。「私は神宮寺銀行の頭取だぞ! 金融庁にも、政界にも、太いパイプがある! お前たちのような若造と、小娘が……!」「そのパイプとやらも、もう錆びついているようですが」 不意に。 会場の後方から、落ち着いた、けれどどこか楽しげな声が響いた。 声の主は、三田村さんだった。 彼は、野良犬のような笑みを浮かべながら、片手に持っていたスマートフォンを高く掲げた。「さっきから、あんたの会
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第246話 魔王と家政婦③

「嘘だ……! こんな、こんなことが……!」 私が持ってきたファイル。それは、この会場に突きつけられただけではなかった。 三田村さんたちが、裏のネットワークを駆使して、その証拠をすでに各メディアや関係各所へと一斉にばら撒いていたのだ。 神宮寺銀行の信用は、今、音を立てて崩れ去ろうとしていた。「……終わりだ、神宮寺」 征也が、冷徹に言い放った。「お前はもう、誰も支配できない。……自分の撒いた種は、自分で刈り取るんだな」 頭取は、何かを言い返そうと口をパクパクとさせたが、やがて糸が切れたように、その場にへたり込んだ。 かつて、私の父を絶望の淵に追いやった男の、あまりにも呆気なく、惨めな末路だった。 ◇ 会場が、一瞬の静寂に包まれた。 そして。 割れんばかりの拍手が、巻き起こった。 それは、先ほどの驚きと畏怖の拍手とは違う。 天道征也という男の、完全なる勝利を祝福する、熱狂的な拍手だった。 作業着姿の社長たちが、涙を流しながら拍手をしている。 ベルトラン氏が、満足そうに頷いている。 そして、これまで征也を敵視していたはずの株主たちまでもが、その圧倒的なカリスマ性に魅了され、立ち上がって拍手を送っていた。 私は、その光景を、車椅子の上からただ呆然と見つめていた。 勝った。 私たちが、勝ったんだ。 あの、息が詰まるような狭いアパートで。 泥水をすするような思いで、それでも互いの体温だけを頼りに、今日まで戦ってきた。 その全てが、今、この瞬間、報われたのだ。「……莉子」 拍手が鳴り止まぬ中、征也が私の方へと向き直った。 彼は、私の前にゆっくりと跪いた。 何百人もの視線が突き刺さる、この輝かしいステージの上で。 あの冷酷で、プライドの高かった彼が、私の足元に膝をついたのだ。「征也、くん&h
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第247話 魔王と家政婦④

「俺一人なら、怒りに任せて神宮寺を道連れに自滅していたかもしれない。……だが、お前が俺を押しとどめ、正しい道を示してくれた。……俺に、守るべきものを教えてくれた」 彼の瞳が、私を真っ直ぐに射抜く。 そこにあるのは、もう、かつてのような冷たい支配欲ではない。 ただ、ひたすらに純粋な、狂おしいほどの愛だけだった。「……お前は、俺の誇りだ」 征也は、立ち上がった。 そして、私の手を引いて、私を無理やり立ち上がらせる。「あっ……!」 足がすくんで、よろけそうになる。 けれど、彼の強靭な腕が、私の腰をしっかりと抱き留めた。 彼は、私を自分の胸に引き寄せたまま、マイクへと向かった。 会場の拍手が、徐々に静まっていく。 全員が、彼が次に何を言うのか、息を呑んで見守っている。「……皆様」 征也の声が、静かに、けれど力強く響いた。「本日は、見苦しい姿をお見せしたこと、深くお詫び申し上げる。……だが、これで我が社の膿は完全に消え去った」 彼は、私を抱き寄せる腕に、さらに力を込めた。「私は、一度は全てを失いかけた。……だが、私には、最強の妻がいる」 最強の妻。 その言葉が、会場の隅々にまで反響する。 私は、彼の胸に顔を埋めたまま、涙が溢れるのを止められなかった。「彼女がいる限り、天道グループは不滅だ。……これからは、彼女と共に、新たな未来を切り拓いていくことを、ここに宣言する」 万雷の拍手が、再び会場を揺らした。 今度は、もっと大きく、もっと温かい拍手だった。 フラッシュの光が、何度も私たちを照らし出す。 けれど、もう、その光は私を怯えさせるものではなかった。 私は、そっとお腹に手を当てた。 ここにいる。 私と彼を繋ぐ、小さな命が。
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第248話 敗者への引導①

 空を覆う厚い鉛色の雲から、冷たい雨の粒が落ちてくる。 水滴がフロントガラスを叩く規則的な音だけが、黒塗りの高級車の車内に響いていた。 窓の外を流れる景色は、彩りを失った灰色の街並みばかりだ。 運転席のドアが開き、運転手が急いで後部座席へと回り込んでくる。 カチャリ、と重厚な音を立ててドアが開かれ、外の湿った空気が車内へと流れ込んできた。 革靴の底が、水たまりのできたアスファルトを踏みしめる。 わずかに跳ねた泥水が、磨き上げられた靴の甲を汚したが、征也は視線を落とすことすらしなかった。 見上げる先には、巨大なコンクリートの塊のような建造物がそびえ立っている。 高い塀の上には有刺鉄線が張り巡らされ、周囲の空気をそこだけ不自然に切り取っているかのような異物感があった。 拘置所。 社会から隔離された、罪人たちを一時的に保管するための冷たい箱。 傘を差し出す運転手を軽く手で制し、征也は雨の降る中をゆっくりと歩き出した。 オーダーメイドのスーツの肩に、水滴が染み込んでいく。 肌寒い外気に触れても、不思議と体温が奪われる感覚はなかった。 胸元の内ポケットに意識を向ける。 シルクの裏地の向こう側、心臓に最も近い場所に忍ばせた小さな紙片。 そこから、じんわりと熱が放射されているような錯覚さえ覚える。 その確かな熱量だけを頼りに、重い鉄の扉を押し開けた。 ◇ 無機質なタイル張りの床を、硬い靴音が叩く。 カツン、カツン、という音が、窓のない長い廊下に低く反響し、壁の向こう側へと吸い込まれていく。 鼻をつくのは、安物の床ワックスの薬品臭と、染み付いた古い汗、それに錆びた鉄の匂いが混ざり合った特有の悪臭だ。 奥へ進むたびに、空気が重く、冷たく粘り気を帯びていくのがわかる。 すれ違う看守たちは、誰もが一様に無表情で、足早に通り過ぎていく。 案内されたのは、建物の最深部に位置する面会室だった。 分厚い鉄扉が重々しい音を立てて開かれると、そこには蛍光灯の青白い光に照らされた、息が詰まるほ
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第249話 敗者への引導②

 ガチャリ、と向こう側の空間で、重い鍵の開く音が響いた。 金属の扉が軋みを上げながら開く。 ゴム底の靴が、床をズルズルと引きずる鈍い音が近づいてくる。 「入れ」という看守の低い声に促され、小刻みに震える影がアクリル板の向こう側に姿を現した。 数ヶ月前まで、何百億という金を動かし、オーダーメイドのスーツを着こなして他人を見下していた男の面影は、もうどこにもない。 薄汚れた灰色のスウェット生地が、骨張った肩からだらしなく垂れ下がっている。 十分な食事を与えられていないのか、それとも極度のストレスによるものか、その肉体は見る影もなく痩せ細っていた。 血の気を失った皮膚は土気色に濁り、照明の光を反射して脂汗でベタベタと光っている。 何よりも目を引くのは、顔面を斜めに分断する赤黒い肉の隆起だ。 かつて、征也が革靴の踵で容赦なく踏み砕き、骨ごとすり潰した痕跡。 ひどく雑な縫合の跡がミミズ腫れのようにひきつれ、右のまぶたを不自然に下へと引っ張っている。 瞬きをするたびに、その引き攣れた皮膚が生き物のように蠢き、顔の形を醜く歪ませていた。 アクリル板越しに、濁った眼球が動く。 男——蒼は、椅子に座る征也の姿を認めた瞬間、雷に打たれたようにビクンと肩を跳ねさせた。 「ひっ……!」 喉の奥から、空気が漏れるような引き攣った音が鳴る。 怯えきった視線が激しく左右に揺れ、どこへ向けていいのか分からないように彷徨い始めた。 膝がガクガクと震え、自重を支えきれずにパイプ椅子へと崩れ落ちる。 ガタッ、と安っぽい金属音が鳴った。 蒼は肩を極端に丸め、両腕を胸の前で交差させて、必死に自分の身体を小さくしようとしている。 ガチガチと上下の歯がぶつかり合う音が、こちら側までかすかに聞こえてきた。 征也は何も言わない。 ただ、氷のように冷ややかな瞳で、目の前で震える肉塊を観察する。 一切の感情を削ぎ落とした、ただの無機質な視線。 沈黙が、目に見えない重圧となって狭い
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第250話 敗者への引導③

 征也はゆっくりと、胸元へ手を伸ばした。 スーツのジャケットのボタンを外し、内側のポケットへ指を滑り込ませる。 シュッ、と上質な生地が擦れる微かな音。 その僅かな動作だけで、蒼は「また殴られる」と錯覚したのか、両手で頭を庇うようにして身をすくませた。 「ひぃっ……! や、やめ……!」 喉から、情けない嗚咽が漏れる。 椅子から転げ落ちそうになるのを必死に堪えながら、腕の隙間から怯えた視線だけをこちらへ向けている。 征也の指先が、ポケットの奥にある薄い紙片を捉えた。 布越しに伝わっていた熱を、直接指の腹で確かめる。 そっと引き抜かれたそれは、一枚の光沢紙だった。 まだ温かい指先で、紙の縁を慎重に摘む。 傷だらけのアクリル板に向けて、ゆっくりとその紙片を押し当てた。 ピタッ、と紙の表面がプラスチックに吸い付く、かすかな音。 蒼の濁った瞳が、ビクビクと怯えながらも、その音のした方へ引き寄せられる。 白黒の、不鮮明な陰影だけが印刷された小さな写真。 超音波エコーが捉えた、子宮の中の小さな丸い影。 焦点が定まらず、最初はそれが何なのか、蒼には理解できていないようだった。 虚ろな目が、細められ、アクリル板に張り付けられたその白黒の模様をなぞる。 数秒の、重苦しい空白。 やがて。 蒼の目が、限界まで見開かれた。 毛細血管が赤く浮き出た眼球が、今にもこぼれ落ちそうなほどに見開かれ、写真の上の小さな点に釘付けになる。 息を吸うのも忘れたように、口を半開きにしたまま完全に硬直している。 「……見えるか」 静けさを切り裂く、低く、這うような声。 蒼の喉仏が、ゴクリと上下に動いた。 乾ききった粘膜が擦れる音が、マイクを通して響いてくる。 「お前が、いくら金を積んでも。どれだけ他人を蹴落とし、踏みにじっても、絶対に手に入れられなかったものだ」 言葉が、一つ一つ、見えない刃とな
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