「ごちそうさまでした」 小さな声が重なる。 窓の外で雲が切れ、午後の日差しが床へ伸びていた。 陽向は丸椅子に座り直し、大きく伸びをした。 背骨がポキポキと鳴る。 「……腹いっぱいだ」 「私も。お腹苦しい」 結衣が自分のお腹を軽くさすりながら、満足げに息を吐く。 征也は、再び莉子のベッドの横に寄り添い、シーツの下から右手をそっと取り出した。 大きな両手で、その冷たい指先を包み込む。 いつもと同じ、静かな動作。 片づけを終えた結衣が、保温ボトルを袋へしまっている。蓋を締める音に、征也は肩越しに目を向けた。 その時、掌の中で、莉子の人差し指がかすかに動いた。 「……!」 征也の肩が、ビクンと大きく跳ねた。 息を呑む音が、病室に響く。 陽向と結衣が、弾かれたように顔を上げた。 「親父……? どうした」 陽向が身を乗り出す。 征也は、莉子の手元を食い入るように見つめたまま、完全に硬直していた。 琥珀色の瞳が、信じられないものを見るように大きく見開かれている。 征也の包み込むような両手の中で、莉子の指先は、再び動くことはなかった。 指を動かしたのは自分だったのかもしれない。征也は呼吸を止めたまま、手を緩めた。 もう一度。ほんの少しでいい。 白い指先を見つめても、さっき掌を擦った感触は戻らなかった。 「……いや」 征也は、震えそうになる声を必死に押し殺し、ゆっくりと首を横に振った。 莉子の手を、今まで以上に優しく、大切に握り直す。 「なんでもない。……ただの、気のせいだ」 そう答えながらも、征也の心臓は、肋骨を突き破るほどの激しい早鐘を打っていた。 十二年間。 どんなに呼びかけても、どんなに手を握りしめても、一度たりとも返ってくることのなかった微かな反応。 今の動きは、本当に莉子が返してくれたものなのだろうか。 ベッド脇では、電子音が変わらず続いていた。窓からの光が、莉子の頬と、シーツの上に重なった二人の手を照らしている。 「親父」 陽向が立ちかけた。征也は顔を上げ、首を横に振る。 「……もう少し、座っていろ」 息子は何も聞き返さず、椅子を引き寄せた。結衣も袋を床へ下ろし、ベッドの向こうへ回る。 せっかく三人で笑っていた。子供たちを期待させて、ま
Last Updated : 2026-06-08 Read more