All Chapters of 義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる: Chapter 121 - Chapter 130

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第121話

「松田さん、律くんに会いに来たの。いらっしゃるわよね?」紫音がいるにもかかわらず、文香が突然押しかけてきた事態に、松田はどうしていいか分からずオロオロとするばかりだった。様子を見にやって来た律も、玄関にいる彼女の姿を見て一瞬言葉を失った。まさか彼女が自分からここへ来るとは、思いもよらなかったからだ。「文香、急にどうしたんだ?」「今日はおばあ様のお誕生日でしょう?私も一緒にお祝いに行きたいの。今までおばあ様には、とても優しくしていただいたから。ほら、プレゼントも用意してきたのよ。だから、私も連れて行って!」文香は綺麗に包装された箱を、満面の笑みで真っ直ぐに差し出した。だが、部屋に入ってからの彼女の視線は、ただ冷たく紫音に釘付けになっていた。夫婦のように並んで朝食をとっていたのだろう光景は、どこからどう見ても甘く温かな空気に満ちている。それを見せつけられた文香の心は、鋭い刃で抉られたように激しく痛んだ。――本来なら、彼の手の届くあの場所にいるのは私だったはずなのに。どうして、この女が!どうして?なんであの女ばかりなの?文香は腹の底で真っ黒に渦巻く嫉妬と理不尽な怒りを必死に飲み込み、どうにか穏やかな表情を取り繕った。もし今日、思い切ってここへやって来なければ、二人がすでに同居し、こんなにも幸せに暮らしていることなど、永遠に気づけなかっただろう。「今日は身内だけの集まりだ。君を連れて行くわけにはいかない」律の冷ややかな声が落ちた。「それに文香、前にも言ったはずだ。外出したい時は事前に連絡しろと。迎えを手配すると伝えてあるのに、なぜ今日は勝手に出てきたんだ?」文香が何を企んでわざわざ押しかけてきたのか、律には最初から手に取るように分かっていた。紫音は傍らで二人のやり取りを見つめながら、困惑を隠せずにいた。この女の声——聞き覚えがある。いつも律の電話の向こうから聞こえてくる、あの声だ。まさか本人が直接押しかけてくるとは。会話の内容から察するに、彼女は律の祖母とも親しいらしい。単なる知り合いというには、あまりに距離が近すぎる。自分の知らない、長く深い繋がりがあるのは明白だった。まだ正式な婚約前とはいえ、結婚を前提に同居している身だ。自分に黙ってこれほど近い関係の女性を囲っているのだとしたら、彼には説明
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第122話

そんな場に文香を同席させれば、無用な混乱を招くだけだ。何より、将来の伴侶である紫音を差し置いて、他の女を家宴に招くような真似は、あってはやならないことだと考えていた。文香の顔には隠しきれない落胆の色が浮かんだが、腹の底では苛立ちで煮えくり返っていた。彼女は憎悪に満ちた目で紫音を睨みつけた。紫音こそが最大の障壁であり、この女さえ現れなければ、律くんは永遠に自分だけのものだった。誰にも奪われるはずなんてなかったのに!彼からの扱いがめっきり冷たくなったと感じていたが、すべてはあの女が彼の生活に転がり込んできてからだ。文香の胸でどす黒い嫉妬が渦を巻いた。「わかったわ、律くん。じゃあ、このプレゼント、確実にお祖母様に渡してね。きっと喜んでくださると思うの。本当は私も、また直接ご挨拶に伺いたいわ!」彼女はそこで言葉を区切り、伏し目がちに寂しげな笑みを浮かべた。「お祖母様には、今までとても良くしていただいたもの。そのご恩は決して忘れないわ。ただ……」文香はそれ以上言葉を続けなかった。わざと口を閉ざすことで「今の私には自由に行けないから」という悲壮感を暗に匂わせたのだ。自分が何を言いたいか、彼には痛いほど伝わるはずだと信じて疑わなかった。「ああ」だが、律の相槌はひどく無愛想で、淡々としたものだった。そのやり取りをそばで聞いていた紫音は、胸の奥で重いため息をついた。見知らぬ女の突然の襲来に気分を害さないはずもなく、彼女の表情はすっかりこわばっていた。嫉妬に駆られて首を突っ込むのはみっともないだろうか。いや、これから人生を共にしようという相手に、こんなにも親しげに付き纏う女がいるのだ。不快に思うのは、人間として当然の感情のはずだ。律とこの女の間には、間違いなく容易には断ち切れない『何か』がある。このまま黙って見過ごすべきか、それともはっきりと問いただすべきか。もし本当に彼らに特別な関係があるのなら、婚約など白紙に戻してくれて構わない。彼女の間に入り込んでまで彼を繋ぎ止める気はないし、何より、第三者の存在によって再び無惨に心が傷つけられるのだけは、もう二度とご免だった。恋愛というものは、本当に厄介で人を疲弊させる。なぜいつも、自分の前には「三番目の人間」が立ちはだかるのだろうか。「あなたが律くんの婚約者ね。初めまして」そこを
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第123話

あの女が去った後、紫音と律もようやく家を出た。実家へ向かう車の助手席で、紫音はやはりこのもやもやをはっきりさせておくべきだと決意を固めた。何はともあれ、自分たちはこれから正式に婚約しようとしている間柄なのだ。見て見ぬふりなどできない。「律さん、一つ聞きたいことがあるの。さっきの女性……彼女とあなたはどういう関係なの?」紫音は静かに、だが真っ直ぐに運転席の彼を見つめて言った。「別に、あなたを無闇に疑おうとしているわけじゃないわ。ただ、事情くらいはきちんと把握しておきたいだけ。次に彼女が訪ねてきた時、相手が何を求めているのかもわからないまま対応するなんて、嫌だから」紫音は努めて冷静に言葉を選んだ。余計な干渉をするつもりはないし、彼なら自分の周りのことは綺麗に片付けるだろうと信じてもいる。だが、どういうわけか朝から胸のざわつきが収まらない。自分の大切な領域を、誰かに土足で踏み荒らされたような、言いようのない不快感が消えなかった。「彼女のことは妹のように思っているだけだ。君が想像しているような関係じゃない。あまり気にしないでくれ」妹。その言葉を聞いた瞬間、紫音の心に苦い記憶が蘇った。かつて清也も、芙花のことを「妹のようなものだ」と同じように言い放っていた。男たちが口を揃えて使うその便利な言葉が、今の彼女には酷く空虚で、どこか薄汚れたものに感じられた。「……わかったわ」それ以上追及する気になれず、紫音は短く答えて視線を窓の外へ移した。二人の間に積み重なった歳月のことなど、部外者の自分が口を出すべきではない。波風さえ立たなければ、それでいいのだと自分に言い聞かせた。助手席で押し黙る紫音に、律が静かに語り始めた。「文香とは幼馴染なんだ。海外で留学していた頃も一緒だった。……彼女は、私を庇って怪我をした。そのせいで、一生車椅子での生活を余儀なくされるだろうと医者に宣告されたんだ」律の声は、暗い後悔の色を帯びていた。「この数年、彼女に対して申し訳ないという気持ちが消えたことはない。ずっとその罪悪感に苛まれて生きてきた。代われるものなら、私が車椅子に座るべきだったと今でも思っている」「一度は、彼女と結婚して一生を添い遂げるべきなんじゃないかと考えたこともあった。そうすれば私の罪も少しは軽くなるし、彼女への責任も果たせる
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第124話

「隠し事をするつもりはなかったんだ。ただ、君を私の過去の問題に巻き込みたくなかった」このこじれてしまった厄介な因縁は、自分一人で背負えばいい。これからの人生をともに歩んでくれる紫音にまで、そんな暗い影を落としたくなかったのだ。それに、すべてを知ってしまった彼女が、今後文香とどう顔を合わせればいいのかということも懸念していた。「前にあなたが言ってくれたでしょう?何か問題があれば一人で抱え込まずに話してくれって。あなたが解決してくれるって」紫音の眼差しは真剣だった。「今度は私から、その言葉をあなたに返すわ。どうかそんなに一人で抱え込まないで。どんな問題だって、私でよければ一緒に背負うから」何より紫音自身、中途半端に隠し事をされたままでは不要な疑心暗鬼に陥り、彼とあの女性の間にやましい関係があるのではないかと、勝手な邪推を繰り返していただろう。真実を知って、ようやく彼女の胸のつかえはすっきりと下りていた。律はしばらくの間、何かを堪えるような熱を帯びた瞳で紫音をじっと見つめていたが、やがて静かに視線を前に戻した。しばらく沈黙が続いた後、彼が再び口を開いた。「彼女の件は、私が必ず蹴りをつける。これ以上、君の生活をかき乱すような真似は絶対にさせない。もし今後、彼女が直接君に接触してきて何かを言ってきても、決して真に受けないでほしい。その時はすぐに私に連絡してくれ。私が対処する」「……わかったわ」紫音は素直に頷いた。彼の言葉を信じようと思えたし、二人の間に愛情などひとかけらもないのだと確信できた。たとえ何かしらの感情があるとしても、それはあの文香という女性の、一方的で歪んだ執着にすぎないのだろう。もし、律の中に文香への愛情が少しでも存在していたなら、あれほど深い罪悪感を抱えている彼のことだ、とっくに彼女と結婚していただろう。だが、あれから何年もの歳月が流れ、行き着くところまで行き着いた今でも、彼は文香の傍にいる未来を選ばなかった。それが、何よりの答えだった。いつの間にか、二人の乗った車は拝島家の本邸に到着していた。紫音は昨日、志津の誕生日のために特別なプレゼントを用意していた。自分の選んだ品が一番喜んでもらえるだろうと思っていたが、本邸に足を踏み入れると、文香からも手の込んだ贈り物がすでに届けられていたことに気づき、少しだけ意外
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第125話

その相手として、紫音はこれ以上ないほど申し分のない女性だった。二人が談笑を続けていると、本邸に続々と親族たちが集まってきた。律の伯父である拝島正人(はいじま まさと)と、その妻の早苗。そして彼らの息子であり、律の従兄にあたる隆行が姿を現した。紫音にとって、隆行とはこれが初対面だった。整った顔落ちはしているものの、その身のこなしからはどこか軽薄な印象を受ける。何より、相手を見下すような傲慢な眼差しが、初対面の相手に隠しきれない不快感を抱かせていた。「へえ、律。こいつが例の婚約者か。お目にかかるのは初めてだな」隆行は広間に入るなり、紫音を値踏みするように眺め、勝ち誇ったような皮肉な笑みを浮かべた。「紫音さん、紹介するわね。これが従兄の隆行よ」志津が紫音に説明し、すぐさま冷ややかな視線で隆行を射抜いた。「隆行、今日はめでたい席なの。これから大切なお客さまも大勢いらっしゃるんだから、変な問題を起こさないよう大人しくしていなさい。いいわね?」さきほど紫音に見せていた慈しみとは対照的な、明確な釘を刺すような物言いに、傍らにいた早苗がすぐさま不満げな声を上げた。「お義母様、隆行は仕事で忙しい中、わざわざ都合をつけて顔を出したのですよ。この子が騒ぎなんて起こすはずがないじゃありませんか」早苗はあからさまな嫌味を込めて、紫音に視線を走らせた。「騒ぎを起こすとしたら、それこそどこの誰とも知れないような『不相応な部外者』の方でしょうに」彼ら一家が足を踏み入れた瞬間、先ほどまでの温かかった空気は霧散した。一変して、邸内には刺々しい、息の詰まるような緊張感が漂い始めていた。「私はあなたたち一家に忠告しているだけよ。いちいち口答えはおやめ!」 過去にこの一家が起こした数々のトラブルを思い返し、志津は不快感を隠すことなくピシャリと言い放った。今の彼らが腹に据えかねている理由は、誰の目にも明らかだった。最近、律が拝島グループの財務管理を徹底して厳格化し、会社の経費を私物化していた隆行の資金源を完全に断ち切ったのだ。現在、隆行は会社から一銭も引き出すことができない状態にある。重要なプロジェクトもすべて律が直接指揮を執っており、ただでさえ実力のない隆行が入り込む余地はどこにもない。自分でまともな事業を立ち上げる才覚もない彼にとって、会社の金に
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第126話

正人はこの拝島家の長男である。志津さえ除けば自分がこの家で一番の権力者であり、誰もが自分の言うことに従うべきだと思い込んでいた。だが実際のところ、志津は正人と律の父親がまだ若かった頃から、兄弟どちらにも会社を率いる器はないと見限っていた。おまけに兄弟仲まで険悪で、志津にとっては頭痛の種でしかなかったのだ。しかしその後、律が成長し、彼の中に類まれな才能を見出した志津は、ようやく安心して拝島グループの全権を委ねることができたのである。「伯父さん、私が今この地位にいるのは、自分の実力で勝ち取ったからです。決してあなた方の施しによるものではない」律は表情一つ変えず、冷え切った声で言い放った。「もしご自身に会社を経営する能力があるとお思いなら、いつでもこの座をお譲りしますよ。ただ、私が渡したところで、あなたにはどうせ背負いきれないでしょうがね」その凍りつくような指摘に、正人は一瞬で顔をこわばらせ、二の句を継げなくなった。痛いところを突かれたからだ。実は過去に一度、正人がグループの会長職に就いたことがあったのだが、彼が独断で進めたプロジェクトが大失敗に終わり、取締役会全体から猛反発を食らったのだ。当時、役員たちは志津に対し「正人をこれ以上トップに据えるというなら、我々はすべての株式を引き上げる」とまで強硬に迫る事態となった。予想外の猛反発を受け、志津は頭を抱えるしかなかった。結局、志津みずからがトップに復帰して事態を収拾し、どうにか会社を安定させるに至ったという深い因縁があったのである。「いい加減になさい!今日、喧嘩をするためにわざわざ集まったというなら、あなたたちをこの家に置いておくつもりはないわ。今後二度と、私の誕生日なんて祝いに来る必要はない!血の繋がった家族でしょう。どうして顔を合わせるたびに、いがみ合ってばかりいるの。少しは私を安心させるということはできないのかしら!」志津はこれまでの不満を爆発させるように、容赦のない厳しい言葉を浴びせた。しかし、どんなに腹を立てようと、相手は自分の血を分けた息子や孫である。完全に非情になりきれないのが、志津の弱さでもあった。現に隆行のことも、その不甲斐なさに匙を投げていながらも、金銭的な援助まですべて断ち切ることはできず、彼が会社の経費を湯水のように自由に使い込むのを長年黙認し続けてき
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第127話

年齢を重ねるにつれ体は弱り、特に心臓は、これ以上の強いストレスや感情の起伏には耐えられない状態にまで弱っていたのだ。「これまでの数年間、律がこの会社をどう導いてきたか、あなたたちもその目で見てきたはずよ。今の繁栄があるのは、偏(ひとえ)に彼の並々ならぬ努力の結果。これは周知の事実。今更、私が言葉を重ねるまでもないわね」志津は静かな、しかし威厳に満ちた声で言葉を継いだ。「ちょうど良い機会だから、皆が集まっているこの場で発表しておくわ。律は間もなく紫音さんと婚約するの。紫音さんは、私が唯一認めた我が家の孫嫁よ」「いいこと、ゆめゆめ忘れないようにね。彼女がこの家に加わった後、誰一人として彼女を軽んじることは許さないわ。紫音さんをないがしろにするということは、この私を侮辱するも同然。その時は、私が一切の容赦をしないから、覚悟しておきなさい!」食卓の主賓席に座る志津の言葉は、一同への明確な警告だった。これまで紫音が正人たち一家から受けてきた理不尽な扱いや、冷ややかな視線を、志津はすべて察していた。だからこそ、この公の場で釘を刺しておく必要があったのだ。「それからもう一つ。今日を境に、会社の全権を律に委ねるわ。彼は私の正当な後継者よ。律なら、今の会社をさらなる高みへと導いてくれると信じているの。面白くないと思う者もいるでしょうけれど、これは熟考に熟考を重ねた末の私の決断。異論はいくらあろうと、一切認めないわ!」志津はこの結論をずっと前から出していた。ただ、家族の反発を懸念して、今日まで機会をうかがっていたに過ぎない。だが、律が生涯を共にする伴侶を得て身を固め、いっそうの責任を背負おうとしている今こそ、けじめをつける時だと確信したのだ。これは、律がこれまで積み上げてきた研鑽に対する、彼女なりの答えでもあった。実際のところ、律自身は「社長」という地位や肩書きには、さほど執着していなかった。彼にとって重要だったのは、おばあちゃんがその生涯をかけて心血を注ぎ、守り抜いてきたこの拝島グループという場所を、最高の状態で次代へ繋ぐこと――ただ、それだけだったのである。「母さん!いくらなんでも理不尽だろう!俺は絶対に認めないぞ!」激昂した正人は、食卓をバンと強く叩いて立ち上がった。心のどこかでは、いつか志津がこうした決断を下すかもしれないと、
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第128話

いったい何のために、こんな争いを続けているのだろう。血の繋がった家族なのに、どうしてこんなにも醜く憎しみ合わなければならないのか。だが、今の紫音には口を挟む術がなかった。自分はまだ婚約者の立場に過ぎない。ここで出過ぎた真似をすれば、彼らの反発をさらに煽り、火に油を注ぐだけだ。泥沼のような諍いを静かに見つめながら、紫音は無性に律のことが痛ましく、そして愛おしく思えた。彼は幼い頃からずっと、この殺伐とした家庭環境の中で育ってきたのだ。普段の律が人を寄せ付けない冷ややかな殻を被り、他者を遠ざけようとしていた理由が、今ならはっきりと分かる。あれは他人に冷酷なのではない。自分自身と、彼が本当に大切に思うものを守るために身につけざるを得なかった、悲しい防具だったのだ。「母さん、俺はあなたの実の息子ですよ!隆行だってあなたの孫だ。血の繋がった家族なのに、どうしてこんなにも露骨に差別されるんだ。腹が立つのを通り越して、もうこの家には心の底から愛想が尽きましたよ!」正人は恨み言を連ねた。「俺だって会社のために骨を折ろうとしたことは何度もある。だが、母さんは一度たりとも俺を信用して、実権を握らせようとはしなかったじゃないか!俺が何もしなかったんじゃない。母さんが俺のやることを端から否定して、足を引っ張ってきたんだろうが!」怒りと不満をぶちまける正人の顔には、醜い執着が張り付いていた。状況がここまで決定づけられてなお、彼は自分の要求を少しでも押し通そうと必死だった。何が何でも、拝島グループの全権力が律の手に渡ることだけは阻止しなければならなかった。「いい加減にしなさい!」志津の鋭い一喝が、正人の言葉を断ち切った。「その見苦しい言い訳を、これ以上聞かされる身にもなりなさい。どうしても私の決定が不服だというなら、今すぐこの家から出て行きなさい。今後二度と私の前に顔を見せることは許さない。私の息子だと名乗ることすら禁じます!」志津の胸は激しい怒りで上下に波打っていた。「この数年、あなたが裏でコソコソと何をしてきたか、私が何も知らないとでも思っていたの?私が現役を退いたからといって、会社の金を使ってあなたが仕出かした数々の不始末に気づいていないとでも?見くびらないことね!」血を分けた息子であるがゆえに、志津はこれまであえて目を瞑り、彼の非を公に責めるこ
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第129話

「嫌よ、どうして私たちが出て行かなきゃならないの!ここも私たちの家だわ。他人に譲るもんですか。今日、きっちりと納得できる説明をいただくまでは、私はテコでもここを動きませんからね!」早苗は狂ったように喚き散らした。その瞳に宿っているのは、家族としての情愛などではなく、失われようとしている利権への飽くなき執着だけだった。「いい加減にしろ!」 律の鋭い怒声が広間に響き渡った。「もし今日、あなたたちのせいで祖母の身に万が一のことがあったら、私が絶対に承知しない!会社を誰に託すかは祖母自身の決断だ。あなた方の誰が、これまで会社にまともな貢献をしてきたというんだ。祖母の判断に口出しする資格などないはずだ!」律はとっくの昔にこの一家を見限っていた。これまでは、言葉を交わすだけで無駄だと割り切り、彼らの愚行を行動で封じ込めるだけで、直接責め立てることはしてこなかった。だが今は違う。激しい怒涛のような口論を前に、志津の顔色は蒼白になり、痛む胸を押さえるように息を乱している。せっかくの祖母の誕生日を、自分たちの欲のために台無しにする厚顔無恥な振る舞いに、律の怒りは限界を超えていた。「律!お前、しこたま美味しい思いをしておいて図に乗るのもいい加減にしろよ!」言い返された正人は逆上し、顔を真っ赤にして唾を飛ばした。「俺たちに説教しようなどと百年早い!会社はお前が実力で手に入れたんじゃない、俺たちが譲ってやっただけだろうが。伯父の俺を差し置いて、何を偉そうに!」怒りに任せて喚き散らす正人の顔に、やがて底意地の悪い下劣な笑みが浮かんだ。「他人のことをとやかく言う前に、自分の尻拭いでもしたらどうなんだ?お前を庇って両脚の自由を失い、一生車椅子生活になった女がいるってのに。その女を見捨てて、平然と別の女と結婚しようって言うんだからな。人の心を持たない恩知らずのクズは、お前の方だろうが!」完全に血に飢えた正人は、あろうことか紫音の面前で『文香の事故』の過去を暴露した。紫音は律の過去をまだ何も知らされていないはずだ――正人はそう信じて疑わなかった。だからこそ、律への一番の腹いせとして、あえてこの場でぶちまけたのだ。残酷な真実を知ったこの『婚約者』が、どれほど惨めな顔をして取り乱すか。律に嫌悪感を抱き、このまま破談になってしまえばいい。そんな悪意に満ちた醜
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第130話

紫音からの思わぬ反撃に、正人たちは顔を真っ赤にして敵意を剥き出しにした。彼らは金の握っている律のことには内心どこか恐れを抱いており、徹底的に対立するのは避けていた。しかし、紫音に対しては何の遠慮もなかった。いくら志津のお気に入りだとはいえ、かつて他の男と婚約破棄騒動を起こしたような女など、拝島家の嫁にふさわしくないと見下していたからだ。「どこの馬の骨とも知れない小娘が、我が家に上がり込んで説教とはね。思い上がりも甚だしいわ!」早苗が憎々しげに紫音を睨みつけた。「前の男に捨てられて醜い騒ぎを起こしたような女に、拝島家の敷居が跨げると思っているの?身の程知らずもいい加減にしなさいよ!」夫婦でああだこうだと、聞くに堪えない暴言を次から次へと吐き散らし、紫音に対して一切の敬意も持とうとはしなかった。そんな喧騒の中、朱美が毅然とした足取りで部屋に踏み込んで来た。今日は外せない重要な会合があったが、志津の誕生日を忘れるはずもなく、急ぎ足で駆け戻って来たのだ。リビングに入るなり、必死に紫音を辱めている正人たちの姿が目に飛び込んできた。朱美は迷うことなく、彼らの間へと割り込んだ。「拝島家に嫁ぐのが何だと言うのかしら。あなたのような人が平然と嫁げたのに、紫音さんに不都合があるはずないわ。失礼なことを言わないで、あなたと彼女では格が違いすぎるのよ!」朱美は間髪入れずに言葉を叩きつけた。「そもそも、今の拝島家の何がそんなに偉いというの?あなた方のような恥知らずがのさばっているせいで、むしろ彼女に申し訳ないくらいだわ。この家の品位を汚しているのはあなたたちの方よ!」現れるなり獅子吼(ししく)のごとき勢いでまくし立てる朱美に、正人一家は圧倒され、言葉を失った。この一家のように、恩を仇で返し、つけ上がる者たちには、朱美のような烈火のごとき強さを持つ人物が立ち向かうしかなかった。「やはり、私が目を離したのが間違いだったわね。私の大切な嫁にこれほどまでの屈辱を味わわせるなんて。いいわ、もう勝手になさい。今日を限りに、あなたたちとは一切の縁を切らせていただきます!」朱美は冷徹に言い放ち、志津の方へ向き直った。「お義母様。もうお仕事も引退されたのですし、煩わしい管理もすべて律に任せてしまいましょう。これからは律と紫音さんの家へ移って、一緒に暮らしませ
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