《義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる》全部章節:第 401 章 - 第 410 章

434 章節

第401話

颯馬は帰国してからの短い期間で、この家の力関係を正確に見極めていた。祖母が正人を毛嫌いし、あからさまに遠ざけていることは誰の目にも明らかだった。正人には家長としての実権はないものの、裏で絶えず小賢しい画策を続けており、決して侮れない性根の悪さを持っている。だからこそ、あえて正人に恩を売って「良き理解者」を演じてみせる。今のうちにこの厄介な伯父を取り込んでおけば、いざという時の駒になる。それと同時に、祖母の前で「いざこざをスマートに収められる優秀な孫」をアピールすることもできる。一石二鸟のこの立ち回りを、颯馬が逃すはずもなかった。「あ、ああ、颯馬の言う通りだ。過ぎたことはもう忘れるとしよう。今は母さんに喜んでもらうのが一番だ」颯馬が差し出した絶好の助け舟に、正人は慌てて飛びついた。憎まれ口を叩く妻の尻拭いをしつつ、その場を上手く取り繕ってくれた青年に内心安堵する。見事なまでに母親の懐に入り込み、機嫌を操る颯馬の器用さを目の当たりにして、正人は少しだけ歯痒くも感じていた。自分にもあれくらいの立ち回りや要領の良さがあれば、少しは母親からの評価も違っていたかもしれないのに、と。「さあ、もう席に着いて食事にしなさい。少しはおとなしくして、これ以上私を怒らせたり気を揉ませたりしないでちょうだいね」志津は溜息まじりに言った。「もし不満があるなら、これからは無理に顔を出さなくていい。私を不愉快にさせるんじゃないよ」容体が安定したとはいえ、入院を経て志津の体力は確実に落ちていた。これ以上ストレスを溜め込めば本当に身を滅ぼすと、彼女自身が一番よく分かっている。そもそも、彼女が病院に担ぎ込まれる原因はいつだってこの強欲な親族たちのせいだ。どうして金のことしか頭になく、母親の身を心から案じることもできない息子を産んでしまったのか……志津は心の奥底で静かに嘆息した。「おばあちゃん、退院したばかりなんだから、先生も薄味のものを食べるようにって言ってたよ。おばあちゃんが濃い味付けが好きなのは知ってるけど、これからはお体のために少し我慢してね」食事が始まると、颯馬はすっかり『よくできた優しい孫』の顔になり、かいがいしく志津の世話を焼いていた。その気の回りようは、まるで律や紫音たちが出る幕はすでにないと言わんばかりだ。志津の和らいだ表情を見てい
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第402話

颯馬はまるで小さな子供をあやすかのように、根気よく優しく語りかけた。「はいはい、分かったよ分かったよ。あんたたち若い者は、私のことを子供扱いしてすぐあれこれお説教するんだから」志津はやれやれといった様子で応じたが、その意思はなおも固かった。「私ももういい歳なんだ、そんなことくらい言われなくても分かってるさ。ただね、自分の好きなものを食べたい時だってあるんだよ。どうせ先は長くないのに、我慢したってあとどれだけ食べられるっていうんだい?」老い先短いのだから、嫌いなものを食べてまで自分を誤魔化す必要などない。志津の考えははっきりしており、こればかりは絶対に譲る気がないようだった。ふと、自分の人生がひどく虚しいものに思えてくる時がある。何十年も身を粉にして拝島家を支え、守り抜いてきたというのに、結局、二人の息子はどちらも救いようがないほど不甲斐ないままだ。何かあれば、真っ先に飛びつくのは『金と利権』ばかり。自分が若い頃から商売に身を投じ、利益を追い求めてきたせいなのかと自責の念に駆られることもある。だが、いくら仕事で利益を最優先にしてきたとはいえ、家族の絆を捨ててまで金に執着するよう教えた覚えなど一度もない。一体どうして、あの子たちはあんな風に醜く歪んでしまったのだろう。どれだけ考えても、志津にはその理由が分からなかった。「おばあちゃんは絶対に長生きするよ、だからこれからはもっと健康に気をつけてもらわないと」颯馬はにこやかに、しかし少し大げさに言った。「おばあちゃんがいてくれるから、こうしてみんな毎日楽しく過ごせるんだ。もしおばあちゃんがいなくなったら、この家はバラバラになっちゃうよ」「それに――」と颯馬は少し声を潜め、真剣な眼差しを向けた。「僕、帰国してからずっとおばあちゃんのそばにいるけど、本当にこの時間が大好きなんだ。おばあちゃんと一緒にいると、毎日がすごく楽しい。まだまだ一緒にいたいんだから、絶対に僕たちを置いていかないでね。みんな、おばあちゃんにずっと元気でいてほしいって思ってるんだから」その甘えるような言葉に、志津の顔にパッと華やかな笑みが広がった。欲にまみれた息子たちに絶望し、心細く無力感に苛まれていた志津にとって、こうして無邪気に自分を慕ってくれる新しい孫の存在は、どれほど心強いものだったか。颯馬が家にやっ
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第403話

そう言うと、志津は少し口調を真面目にして続けた。「私が今気になっているのはね、ふたつだけさ。ひとつは、あんたたちの子供の顔を早く見ること。私ももうこんな歳だし、明日どうなるかも分からない体だけど……それでも、拝島家の曾孫の顔を見るまでは死に切れないからね。そしてもうひとつは、颯馬が早くいい相手を見つけること。そうしてくれれば、私もようやく安心できるんだよ」志津の言葉は温かいが、その要求ははっきりとしていた。紫音は内心、深い溜息をつきたくなった。実の母である琴音だけでなく、志津様までが孫の誕生を急かしてくる。どうしてこうも周りは皆、口を揃えて子供子供とプレッシャーをかけてくるのだろう。こればかりは授かりものなのだから自然の巡り合わせに任せるしかないし、そもそも今は仕事が最優先で、意図して作るつもりなど全くないのに――紫音がお義理の笑みを浮かべていると、颯馬が慌てて割って入った。「おばあちゃん、そんなに心配なら、兄さんと紫音さんの子供のことだけ考えててよ。僕のことは後回しでいいからさ。今はただ、おばあちゃんのそばにいて、兄さんから色んなことを学びたいんだ」颯馬は少し照れくさそうに笑った。「彼女なんて、もう少し自分の実力を磨いてからで十分だよ。焦る必要なんてないし、一人だって結構気楽でいいもんさ。それに、もし僕に彼女ができたら、おばあちゃん、僕がそっちばっかり構って相手にしてくれないって寂しがるくせに。だから、僕は当分おばあちゃんの一番の孫でいるよ」颯馬の言葉はどこまでも耳ざわりが良く、志津の機嫌を取るのが本当に上手かった。案の定、志津は目尻をすっかり下げて嬉しそうに笑っていたが、それでも長年一家を束ねてきた慧眼は誤魔化せなかった。「調子のいいこと言って。私を口実にして、彼女を作らない言い訳にしてるんじゃないよ」志津は軽く窘めながらも、声には愛情が滲んでいた。「今時の若い子が誰にも縛られずに遊びたがるのは分かってるさ。でもね、私たちの世代からすれば、やっぱりきちんと身を固めて家庭を持つのが一番の幸せなんだよ。結婚したらしたで、今度は早く子供を作って安定した家庭を築いてほしい。あんたたち孫がみんな幸せに暮らしている姿を見届けるまで、私は安心できないんだから」どう誤魔化されようと、志津の考えは微動だにしない。それはひとえに、孫たちの幸せ
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第404話

食卓の中央、上座に志津がつくと、すかさず颯馬がその隣に座り、甲斐甲斐しく世話を焼き始めた。その反対側の席には、空気を読まない正人がちゃっかりと陣取り、やけに愛想よく母親にすり寄っている。紫音は少し離れた席からその様子を静かに見つめていた。席次などどうでもよかったが、あからさまに点数稼ぎをする正人の態度には一抹の不安を覚える。あの正人がこれほど下手に出る時は、決まってろくでもない企みを腹に抱えているからだ。だが今は、退院したばかりの志津の身体が第一だ。向こうから牙を剥いてこない限り、こちらから波風を立てるつもりは毛頭ない。その日の食事は、気味が悪いほどに和やかに進んだ。誰一人として嫌味を口にせず、全員が「円満な家族」を完璧に演じ切っている。ここ数日離れていた間に、拝島家の中の空気がすっかり異質なものに変わってしまったような感覚を、紫音は拭えなかった。食事が終わると、長居は無用とばかりに紫音は律と目を合わせ、立ち上がった。「志津様。私たちはそろそろ行くわね。会社の方で少し片付けなきゃいけない仕事が残っているの」「そうかい。二人とも忙しいんだから、無理しないで仕事に行っておいで。私のことは本当に心配いらないからね」志津は優しく送り出そうとしたが、ふと思い出したように言葉を継いだ。「でも、私が今日言ったこと、忘れないでおくれよ。この家も随分と長い間、賑やかな笑い声から遠ざかっている。もしあんたたちの子供が生まれたら、きっと拝島家はうんと明るく良い家になるはずだからね」志津は心底、二人の子供を待ち望んでいるようだった。まだ見ぬ曾孫の顔を思い浮かべ、一緒におもちゃで遊んだり、買い物に出かけたりする日を、本気で夢見ているのだ。「分かってるわ、志津様。私たちもちゃんと考えてるから。でも、こればかりは授かりものだからね。焦らず自然に任せるわ」紫音は苦笑しながら、当たり障りのない言葉で応じた。志津の機嫌を損ねたくはなかったが、この話題にはどうしても前向きになれない。今の彼女にとって、子供を作るなど論外だった。互いに会社の経営で息つく暇もなく、拝島家の泥沼の争いだって一向に収まる気配がない。周りは「生まれたら自分たちが面倒を見るから」と無責任に急かすが、紫音の考えは違った。命をこの世に送り出す以上、親としての全責任を負う覚悟がい
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第405話

律は一度言葉を区切り、横顔に柔らかい笑みを浮かべた。「だからこそ、焦る必要はないと思っているんだ。我々の絆が揺らぐことはない。周りがどれだけ急かそうと、無理に計画立てて作るものではないだろう?その時が来たら、自然な形で迎え入れればいい」周囲の大人たちは口を揃えて孫の顔を見たがるが、結局のところ、二人の人生なのだ。互いの意志さえしっかりと通じ合っていれば、外野の期待に振り回される必要はない。二人の思いが完全に一致していることを確かめ合い、紫音の胸の中のモヤモヤはすっかりと晴れていた。「私たちの意見は見事に一致したね。なら、周囲の声には振り回されず、この方針でいこう」律は運転席で優しく微笑みながら、真熱を帯びた声で続けた。「……実を言うと、最近は家の面倒事や会社の対応に追われてばかりで、君に寂しい思いをさせてしまっていると痛感していたんだ。君の気持ちに寄り添う余裕すらないこと、本当に心苦しく思っていてね」「そんなことないわ、気にしないで」「いや。だからこそ、状況が落ち着いたら、今までの分も君との時間を最優先にするよ」律は視線を前方に向けたまま、静かに今後のビジョンを語り始めた。「颯馬は会社の経営にかなり興味を示しているし、本人にもその気があるようだ。だったら、彼が仕事を覚えられるよう私が直々に手解きをしてやろうと思っている。彼にどんな裏の思惑があろうと、おばあちゃんが心穏やかに笑っていてくれるなら、いっそ会社の実権ごとその手に託してしまってもいい」「……ええ」「そうしてグループから完全に手が離れたら、君を連れて世界中を旅して回りたい。どんな未来が待っていようと、これからは何にも縛られず、君と一緒に乗り越えていくんだ」律の口調は穏やかだか、そこには確かな決意が込められていた。「自由な時間が十分にできれば、子供を迎える計画も本格的に考えられるしね。親として常にそばにいて、寂しさを感じさせないくらい、たっぷりの愛情を注いで育てられる空間を作ろう」今の混沌とした状況で無理に子供を作るのではなく、いずれ自然に命を授かったなら、その時は万全の愛情で迎え入れよう――それが、二人が導き出した答えだった。律の描く明確で温かい未来図に、紫音は深く頷いた。心がすっと軽くなり、心地よい安堵感が胸を満たしていく。外野がどれほどうるさくても構わない。こうして互い
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第406話

とはいえ、その愛情はあまりにも重苦しく、紫音も州も息が詰まりそうになる。親たちはいつだって、自分たちのやり方が当人の気持ちをどれだけ踏みにじっているかなど、考えたこともないのだ。「お母さん、お兄ちゃんのことなんだから、もう放っておいてあげてよ。……今の話、私も初耳だった。でも、仮に知っていたとしても、お母さんたちが心配するし、ふたりの関係を壊したくなかったから絶対に言わなかったと思う」少しだけ息を吸い込み、紫音は言葉を紡ぎ続けた。「お兄ちゃんは全部知った上で有加里さんを選んだの。それだけ本気で愛し合ってるって証拠でしょう?終わった過去をわざわざ穿り返して、何になるの?」「有加里さんは過去のことで深く傷ついてたのよ。そこをお兄ちゃんが必死に安心させて、ようやく心を許してくれたんだから。お母さんたちが今更口出ししたら、ふたりは本当にダメになってしまうわ」紫音の言葉は誇張でも、母親を脅すためのものでもない。州が有加里をどれほど大切に想っているか、痛いほど理解していたからだ。ここ最近、紫音自身も色々と忙しかったが、ふたりの様子はずっと気にかけていた。一緒に過ごす時の州と有加里は、心から楽しそうで幸せそのものだ。兄がようやく掴み取った幸せを、紫音は自分のことのように喜んでいる。有加里の過去に何があったとしても、今のふたりの絆には全く関係のないことだ。心から愛せる相手に出会うのは、決して簡単なことではない。だからこそ、家族なら無意味な口出しなどせず、無条件で背中を押してあげるべきだ。それに、有加里はとても誠実な女性だった。京極の家に温かく迎えられたことに感謝し、家族のことも心から気遣ってくれている。外野が騒ぎ立てて波風を立てるより、ふたりの幸せを静かに見守るのが一番だ。どれほど心配しようと、州の本当の想いや苦悩なんて、結局のところ当人にしか分からないのだから。「お母さん、とりあえず家で待ってて。直接話すから。お願いだから、お兄ちゃんにはまだ電話しないでね!まずは私たちがどうするか、一回話し合おうよ」紫音はスマートフォンを握りしめながら必死に訴えかけた。ようやくゆっくり休めると思っていた矢先に、まさかこんな爆弾が投下されるなんて。しかも、事態は極めて深刻だ。母の気性は誰よりも理解している。普段は理性的だが、自分が「正しい」と思い込ん
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第407話

「もちろんだよ。私と一緒に来なさい。車を出そう」律は微塵もためらうことなく、優しく紫音を促した。そのまま二人は急いで両親の住むマンションへと向かった。到着して車を降り、玄関に向かおうとしたその矢先、ものすごい勢いで駆け込んでくる人影と鉢合わせた。息を切らした州だった。その顔色は蒼白で、ひどく険しい表情を浮かべている。おそらく、先ほどの電話の時点ですでに琴音と激しい口論になったのだろう。でなければ、あそこまで張り詰めた顔をするはずがない。「お兄ちゃん、中に入ったらとにかく冷静にね。売り言葉に買い言葉は絶対にダメだよ。今日は喧嘩するためじゃなくて、解決するために来たんだから」玄関先で、紫音はひどく狼狽している州をなだめた。「私の一件でどれだけ揉めたか、お母さんだって身に沁みてるはず。だから今回も、お兄ちゃんが誠実に説明すれば、きっと頭ごなしには否定されないよ」紫音は、またあの忌まわしい家族の修羅場が繰り返されるのだけは絶対に避けたかった。「……分かってる。俺だって揉めるつもりはない。でも、母さんが勝手に有加里の身辺調査をするなんて、あまりにも失礼だろ。俺たち二人の間でとっくに解決した問題なのに、どうして今更引っ掻き回すんだよ」州は納得がいかない様子で苛立ちを隠せない。無理もない。心の準備もできていないうちに、一番触れられたくない傷を身内から容赦なく抉られたのだ。三人が重い足取りでリビングへ足を踏み入れると、ソファには琴音と隆之介が待ち構えるように座っていた。ひどく険悪な空気が漂っている。「お母さん、とりあえず帰ってきたよ。座ってちゃんと話し合おう?そんなにカリカリしてたら体に毒だよ。怒りすぎて倒れちゃったら元も子もないでしょ?」紫音は努めて柔らかい声を出して琴音のそばへ寄り、なんとか場を和ませようとした。だが、琴音はピシャリと撥ね付ける。「ご機嫌取りはいいの。あなたたち兄妹が結託してコソコソ隠し事をしてるから、絶対におかしいと思ってたのよ」琴音はきっと州を睨みつけた。「たしかに、有加里ちゃんは悪いお嬢さんには見えなかったわ。でも、どうしてあんなに影があるのか、ずっと不思議だったの。あなたたちに何度聞いてもはぐらかすから、仕方なく調べたのよ。最初から包み隠さず話してくれていれば、私だってこんな強硬手段には出なかったわ!」
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第408話

しかし、琴音の顔は険しいままだった。「でも、こんな重大なことを親の私たちに一言の相談もなかったじゃない!私たちのことを蚊帳の外に置いて、勝手に話を進めようとしていたのは事実でしょう?……ええ、あの子が同情すべき境遇なのは理解できるわ」そこで言葉を切り、琴音は声を張り上げた。「でもね、親の身にもなって考えてみなさい!別の男の子供を身ごもり、あんな厄介な過去を引きずっている女性と、自分の息子を喜んで一緒にする親がどこにいるの!?私はね、州には真っ当で傷のない女性と結ばれてほしいのよ!」「親として、あなたたちに立派な相手をあてがうつもりはないわ。あなたたちを大切にしてくれるならそれでいいと思ってる。でも、最低限うちと『釣り合う』ことが前提よ。あの子は、京極の跡取りの相手としては不釣り合いすぎるわ」「だから、この交際は絶対に認めません。州なら、もっとふさわしくて完璧な相手がいくらでも見つかるはずよ」琴音は言い聞かせるように、しかし一切の妥協を許さない響きで言い放った。長男の将来を憂う親心ゆえの強固な拒絶だった。「それに、あの家の複雑な家庭環境を知ってて言ってるの?将来、間違いなく厄介事に巻き込まれるわよ。京極家には、守るべき体面っていうものがあるの。州に、嫁の実家のくだらないゴタゴタで毎日頭を抱えさせるような苦労は絶対にさせたくないの。だから、ふたりが結ばれるのは間違っているわ」琴音にとってそれは、胸の奥底からの偽らざる本音だった。自分の息子には、もっとふさわしい、傷のない相手がいるはずだ。だからこそ、どれほど憎まれようともこの交際は絶対に阻止しなければならないと決意していたのだ。「母さん、もういい加減にしてくれ!」ここまで黙って聞いていた州が、ついに声を荒らげた。「俺のためを思って言ってくれてるのは分かる。でも、どうして有加里がダメなんだよ?俺たちは本気で愛し合ってるんだ。俺の幸せを願ってくれてるなら、素直に祝福してくれよ!」「俺は今、本当に幸せなんだ。俺にとって、有加里は誰よりも完璧な女性だよ。たしかに彼女の過去は変えられない。でも、これからの未来は俺が一緒に変えていける。もっと素晴らしいものにしていけるんだ!だから……もう俺たちの邪魔はしないでくれ。俺は有加里と結婚するって決めたんだ。一生、彼女以外の女と結婚する気はない!」
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第409話

「私たちが調べた情報なんて、氷山の一角よ。あの人が私たちに隠していることは絶対にもっとあるわ。結婚した後にボロが出ても、その時にはもう手遅れなのよ。だからお願い、自分の一生を棒に振るような真似はしないで、もう少し冷静に考え直して頂戴」琴音の目には切実な色が浮かんでいた。決して息子と喧嘩がしたいわけではないし、かつて紫音の時に起きたような家族間の修羅場も繰り返したくないのだ。息子まで家から心が離れてしまうのは絶対に避けたい。だからこそ、理詰めで納得させようと必死だった。しかし、州の決意は揺るがなかった。「母さん、俺のためを思って言ってるのは分かってる。でも断言するよ、有加里との間に問題なんて何もない。彼女は俺の金や立場に媚びたりなんかしない、心から俺自身を見てくれてるんだ。母さんの取り越し苦労だよ」州の口調も、できるだけ冷静さを保とうとしていた。「有加里だって、好きであんな家庭環境に生まれたわけじゃない。過去を話したがらないのは、思い出すのも辛いくらい過酷だったからだ。俺たちなら絶対に音を上げるような経験をしてきたんだ」「でも、あれだけの苦労をしながら、彼女は決して卑屈にならず、いつも明るく前を向いている。それって本当に凄いことじゃないか?そんな素晴らしい女性に出会えたのに、どうして俺が手放さなきゃいけないんだ?」どうしてこんなにも話が通じないのか、州にはまったく理解できなかった。自分の両親は元来、理性的で見識のある人間のはずだ。どうしてこの事だけは、頭ごなしに拒絶するのだろうか。親と争いたいわけではないし、悲しませたいわけでもない。ただ、平和的に有加里を受け入れてほしかっただけなのに。だが、どれほど親が反対しようと、絶対に有加里と別れるつもりはなかった。「反対してるんじゃないの。ただ、あのお嬢さんの過去はあまりにも複雑すぎるし、あなたたち二人は不釣り合いだって言ってるだけ!どうしてその言葉の裏にある私の親心に気づいてくれないの?私があなたを陥れるとでも思っているの!?」琴音は声を震わせ、頭を抱えるように言った。いったいどうして、自分の子供たちはこうも揃いも揃って頑固なのだろうか。娘の紫音がようやく律というふさわしい相手に巡り合い、これでようやく平穏が訪れたと胸を撫で下ろしていた矢先に、今度は息子が曰く付きの女に入れ込ん
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第410話

「……喧嘩したいわけじゃないのよ。ただ、あなたたちには、どんなことでも慎重に考えてほしいだけなの」琴音は深くため息をつき、ひどく疲れた顔で息子と娘を交互に見つめた。「私はあなたたちの母親よ。あなたたちを不幸にするような助言なんか、絶対にするわけないじゃない……だからお願い、どうかお願いだから、後先考えずに意地を張るのだけはやめてちょうだい……」琴音は力なく言い捨てた。これ以上どう言えば子供たちに親の真意が届くのか、すっかり途方に暮れていた。「お母さんの言う通りだ。父さんもね、この件には正直ずっと頭を悩ませてたんだ。お前たち二人の仲をどうこう言う気はないし、相性が良いこと自体は認めているんだが……」ずっと黙っていた隆之介が、静かに口を開いた。「あれほど過酷な過去を背負っている以上、どうしても普通の人間とは精神的に違う部分があるはずだ。これから先、どんな突発的なトラブルや精神的な危うさが出てくるか分からない。そういうリスクを抱えた人間と、息子を一緒にさせたくないんだ」「だからこそ、頼むから慎重になってくれ。嫌がらずに、家族皆で腹を割って話し合おう」両親の態度は、かつて紫音の婚約に反対した時ほどヒステリックではなかった。いや、あの時の苦い経験があるからこそ、敢えて声を荒らげず、言い聞かせるように慎重になっているのだ。あの時、親の猛反対が原因で親子の間に深い亀裂が入り、娘は何年にもわたって苦しみと屈辱を味わうことになった。親として、その時の後悔と胸の痛みは今も消えていない。だからこそ、これ以上強行突破で子供の行動を縛り付けたり、怒りに任せて亀裂を深めたりするような真似だけはしたくなかった。だが、両親の譲歩した態度の前でも、州の意志は揺るがなかった。「父さん、母さん。二人が俺を心配してくれてることは痛いほど分かってる。でも、俺は小さい頃から自分のことは何でも自分で決めて、それなりに一人で生きていける力も身につけてきた」「結婚相手を選ぶことだけは、絶対に俺自身の意思を優先させてほしい。一生を添い遂げるのは、お二人じゃなくて俺なんだ」州の眼差しは真っ直ぐに両親を捉え、声色には静かなる覚悟が満ちていた。「……考え直せって言うなら、答えるよ。もうとっくに考え抜いた末の結論だ。有加里とやり直すって決めた時点で、彼女の過去は全部俺が背負うって覚
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