Todos los capítulos de 義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる: Capítulo 861 - Capítulo 870

964 Capítulos

第861話

州は、目の前で涙をこぼす彼女の姿に、かつての自分の影を重ね合わせていた。家柄という絶対的な壁に阻まれ、愛する女と引き裂かれた絶望から抜け出せず、来る日も来る日も自暴自棄になって周囲に心配ばかりかけていた、あの頃の自分を。……だが、俺の時とは状況が違う。冷静に客観的な事実だけを見れば、浩一の正式な婚約者は目の前にいる結衣なのだ。彼らが結ばれることこそが、誰の目から見ても名分のある「正当な形」である。そう考えると、二人の間に割り込み、浩一の心を奪って離さないあの優秀なアシスタント――蘭の方こそが、いわゆる「略奪愛」をしている立場になってしまう。だが、蘭は他でもない、愛する妹である紫音の親友だ。紫音が実の姉妹のように大切に想い、自分が矢面に立ってでも守ろうとしている相手なのだ。もしここで州が結衣の味方をし、正論を振りかざして蘭を責めれば、それは紫音への決定的な裏切りを意味する。だからこそ、州の胸の内にはやり場のない葛藤が渦巻いていた。誰も傷つかずに丸く収まるような都合の良い道など、どこにもない。妹を裏切るわけにはいかない以上、結衣に加勢してやることは絶対にできない。だが、目の前で打ちひしがれ、涙ながらに理不尽を訴える可憐な令嬢を冷たく突き放すことも……情に厚い州には、どうしてもできなかったのだ。「じゃあ、州さんは私が間違ってないって言ってくれるのね?私は絶対に後悔しない。自分が浩一くんにしつこくまとわりついてるだなんて、これっぽっちも思ってないわ。だって、彼も少しは私のことを意識してくれてるはずだもの。そうじゃなきゃ、どうして親同士が決めた婚約を最初からキッパリと断らなかったの?」結衣はどこまでも自分に都合よく解釈し、盲目的な思い込みを口にした。――いや、それは違うだろう。州は心の中でため息をついた。浩一は今まで一度たりとも、結衣に対して甘い言葉一つ、期待を持たせるような約束一つしたことはない。決して彼が誠意のない男というわけではないのだ。だが、事ここに至っても結衣に対して明確な拒絶を突きつけきれず、母親からの激しい圧力と蘭への愛、そして結衣という存在の間で板挟みになり、まるで甲羅に首を引っ込める亀のように身動きが取れなくなっている浩一の現状は……傍から見れば、ひどく情けなく映るのも事実だった。
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第862話

……私って、本当に嫌な女ね。結衣は愛らしい笑みを返しながら、内心で冷たく自嘲した。あの目障りな蘭という女に正面から勝てないからといって、外堀から埋めようと、このお人好しな兄妹の「情の厚さ」を狡猾に利用しているのだから。自分が卑劣なことをしている自覚はある。だが、胸の奥で燃え盛る執着心を、どうしても抑えきれないのだ。正しいか間違っているかなんて、もうどうでもいい。ただ、欲しい。どうしても手に入れたい。自分が望んだものは、どんな手段を使ってでも、どんな障害を排除してでも絶対に手に入れる。それが白鳥結衣のやり方なのだ。他人にどう思われようが知ったことではない。私は他人の顔色を窺うために生きているわけじゃない。目的のためなら手段を選ばない――それが私なのだから、いまさら迷う必要なんてどこにあるというのか。一度思い込むと、どこまでも深く暗い執着の沼に沈んでいく。今の結衣は、まさにその状態だった。どす黒い感情を完璧な令嬢の仮面の下に隠し、結衣はふわりと無邪気な声をあげた。「ねえ、お洋服を見に行ってもいいかしら?急いで帰国したから、ろくに服も日用品も揃っていなくて」「ああ、好きにするといい。ただ、俺は最近の流行りや買い物の勝手は分からないから、ただの付き添いしかできないがね」そうして二人は車に乗り込み、市内でも有数の巨大な高級ショッピングモールへと向かった。眩いシャンデリアが輝き、ハイブランドのブティックが立ち並ぶフロア。結衣は自分のための最新のドレスやジュエリー、バッグを次々と見繕い、華麗に買い物を楽しんでいく。そして――彼女は意気揚々と、メンズブランドのフロアにも足を踏み入れた。浩一くんの服、見立ててあげなくちゃ。彼女の狙いは、浩一の気を惹くためのプレゼントだった。塚山家と白鳥家の婚約は、すでに親同士の間で揺るぎない決定事項となっている。これ以上、波風を立てるつもりはない。だからこそ、なんとかして浩一の態度を軟化させ、自分に振り向かせる必要があった。昔から「女から積極的に迫れば、男なんて簡単にオチる」って言うじゃない?私がここまで健気に尽くしてあげれば、きっと彼も考えを改めるはずだわ。もちろん、あの小娘に狂っている今の彼を籠絡するのが、そう簡単なことではないと分かっている。だが、結衣は自信
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第863話

その姿を見下ろしながら、州は深い溜息を落としそうになるのを堪えた。今の彼女の頭の中は、完全に浩一のことで埋め尽くされている。一人の男に全ての感情を依存し、自分自身を完全に見失っているように見えた。狂信的なまでに「彼との結婚」という幻想にのめり込み、自分が泥沼に沈んでいることにも気づいていない。州の目から見れば、そんな彼女の姿はひどく哀れで、痛々しかった。だが同時に、そこまで全身全霊で一つのものに執着し、「どんな結末を迎えようとも絶対に手に入れる」と腹を括っているその執念は、ある意味で凄まじいとも言える。本人がそこまで覚悟を決めているのなら、外野の自分がこれ以上口を挟む権利はない。「俺から見ても、彼好みだと思うよ。気に入ったなら買っておけばいい」「そうね!じゃあこれにするわ」結衣は上機嫌で店員にカードを渡し、嬉々としてプレゼントを包ませた。――浩一と結衣。二人の関係性は、傍から見ればひどく歪で複雑だった。本人同士は一度たりとも恋人として付き合ったことすらないというのに、両家の親たちは「いずれ結ばれて当然の二人」として一切の疑いを持っていない。塚山家にとっても白鳥家にとっても、この政略結婚は莫大な利益をもたらす完璧なカードなのだ。両家とも諸手を挙げて賛成し、一刻も早い結婚の成立を待ち望んでいる。だが、欲に目が眩んだ大人たちは、誰一人として考えてはいないのだ。当の本人たちにとって、この婚約がどれほどの悲劇を生むかということを。浩一の心には、とっくの昔に別の女性――蘭への深い愛が、骨の髄まで刻み込まれているというのに。親の権力と、結衣の恐ろしいほどの執着。その狭間に閉じ込められた浩一が、蘭という唯一の光を奪われた時、一体どれほどの地獄が待っているのか。華やかなショッピングモールに響く結衣の無邪気な笑い声を聞きながら、州は底知れぬ寒気を覚えずにはいられなかった。「ねえ、次はシャツも見たいわ!これはどうかしら?」最初のプレゼントの包みを受け取った結衣は、今度はメンズウェアのコーナーで足を止め、落ち着いたグレーのシャツを手に取って州に尋ねた。「そうだな……無難でいいんじゃないか?仕事でも着られそうだし」州が当たり障りのない感想を返すと、結衣は少し不満げに眉を寄せ、手に持っていたシャツを乱暴にラ
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第864話

結衣との買い物を終え、彼女を送り届けた後。州は一人、帰りの車を走らせながら深く息を吐き出した。結衣の、あの執念に満ちた姿。手段を選ばず愛する男を手に入れようとする狂気。それを見せつけられたからだろうか。州の胸の奥底に封印していた古傷が、ひどく疼いていた。もう随分と長い時間が経つというのに、俺はまだ、あの人のことを忘れられずにいる。一人の夜、ふと思い出すたびに胸が張り裂けそうになり、己の不甲斐なさに絶望するのだ。あんなにも幸せだったのに。二人でいれば、それだけで良かったのに。別れは、あまりにも突然だった。彼女は俺に、何もさせてはくれなかった。俺を恨むことも、責めることもなく、ただ「足手まといになりたくない」と、たった一人で身を引いてしまった。重い病魔に侵されていた彼女は、俺に心配をかけまいと、その事実を最後まで隠し通したのだ。なぜ、俺はもっと早く気づけなかったのか。天涯孤独だった彼女にとって、俺は唯一の家族であり、一番の拠り所だったはずなのに。俺は、彼女のその切実な信頼を裏切り、守り抜くことができなかった。今でもその罪悪感が、呪いのように俺を縛り付けている。だが今日、結衣のあのなりふり構わぬ姿を見て、州はふと痛感したのだ。愛する人と想い合い、共にいられるということが、どれほど得難く、幸福な奇跡なのかを。だからこそ、結衣のような理不尽な障害が現れたとしても、愛し合う二人は絶対に手を離してはならない。二人で一緒に立ち向かい、どんな手を使ってでも乗り越えるべきなのだ。自己犠牲なんて、残された者に一生の地獄を与えるだけの呪いでしかない。州は車を路肩に停め、スマートフォンを取り出した。そして、親友である浩一の連絡先をタップし、発信ボタンを押した。これ以上、傍観者でいるのはやめだ。本来なら他人の色恋沙汰に口を出すべきではないが、理不尽な圧力に押し潰されそうになっている親友を、このまま見過ごすことなんてできない。浩一と蘭の未来は、絶対に誰にも邪魔させてはならないのだ。愛し合う二人は、何があっても結ばれなければならない。俺のように――死ぬまで消えない、血の滲むような後悔を一生背負って生きていくことにならないために。「ああ、州さんか……」電話越しに聞こえてきた浩一の声は、酷く
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第865話

指定したのは、二人が昔からよく通っている行きつけの静かなバーだった。カウンター席に腰を下ろした二人の男は、どちらもどん底のように暗い顔をしていた。方や恋人に先立たれた過去の呪縛に囚われた男。方や愛する女と親からの圧力の板挟みになり、未来が見えなくなっている男。どちらも恋愛の泥沼に足を取られ、ボロボロになっていた。「州さん……わざわざ来てもらってすまない。俺一人じゃ、もうどうにもならなくて……」浩一は目の前に置かれたグラスの琥珀色の液体を見つめながら、絞り出すように言った。「母親とは毎日怒鳴り合いの喧嘩をしてる。けど……結局のところ、相手は俺を産んで育ててくれた親なんだ。俺だって、親を悲しませたくないし、親の期待を真っ向から裏切るような真似はしたくない……」「……」「けど、蘭を捨てることなんて絶対にできない!俺は……俺はあいつじゃなきゃ駄目なんだ。結衣とは絶対に結婚なんてしない。アイツに対する恋愛感情なんて、欠片もないんだからな!俺は昔から、自分が心底納得したものしか選べないタチだってこと、州さんも知ってるだろ!?」グラスを強く握りしめる浩一の言葉には、血を吐くような苦悩が滲んでいた。浩一自身、こんなふうに親に縛られる日が来るとは夢にも思っていなかったのだ。両親はずっと海外を拠点にしており、浩一は一人、国内に残って自由を謳歌してきた。誰にも縛られず、自分の意志だけで生きてきたはずだったのに――いざ「結婚」という家の存続に関わる問題が浮上した途端、見えない鎖が自分を雁字搦めにしていることに気づかされたのだ。「お前の今の気持ちは、痛いほどよく分かる。俺も過去に、全く同じ地獄を味わったからな」州はグラスを傾けながら、静かに、だが強い響きを持った声で言った。「だが、ここで酒に逃げて自暴自棄になっても、事態は一ミリも好転しない。そんなことをしていても、愛する女を繋ぎ止めることなんてできないんだ」「……州さん」「蘭さんは今、お前を親と決裂させて苦しめたくないからこそ、自分から身を引こうとしているんだろう。お前を深く愛しているからこそ、自分が泥を被ろうとしている。その彼女の切実な愛情と痛みを、お前は誰よりも理解してやらなきゃならない」浩一は唇をきつく噛み締め、俯いた。その拳は白くなる
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第866話

州は、包み隠さずすべての情報を浩一に伝え、現状がいかに危険な綱渡りであるかを警告した。自分がかつて遠回りをした挙句、取り返しのつかない後悔を一生背負うことになったからこそ――弟のように可愛がってきた親友にだけは、絶対に同じ悲劇を繰り返してほしくなかったのだ。逃げずに立ち向かい、すべての責任を背負い込む覚悟を決めなければ、愛する者を守り抜くことなど到底できない。州のその切実な思いは、間違いなく浩一の胸の奥底へと届いていた。「州さんが俺のために言ってくれてるのは分かってる。でも……俺はもう、どうしたらいいか分からないんだよ!」浩一は頭を抱え、苦しげに声を荒らげた。「結衣が俺に執着してるって?なんでだよ!俺たちはもう何年も会ってなかったし、昔だってろくに口を利いたことすらなかったじゃないか!あいつが俺に執着する理由なんて、どこにもないはずだろう!?」州から聞かされた予想外の現実は、浩一をさらなる絶望の淵へと突き落とした。ただでさえ親と蘭の間で身動きが取れないというのに、最も無関心であってほしかったはずの婚約者が、明確な悪意と執着を持って自分を狙っている。未来へと繋がるはずの道が、四方八方すべて塞がれてしまったように感じられた。「人と人の縁なんて、理屈じゃないさ。一目惚れに近いものかもしれないしな。向こうがお前を好いていること自体は、別に罪じゃない」州は淡々と答え、手元のグラスを揺らした。カラン、と氷の溶ける冷たい音が響く。「……これだけ八方塞がりで、お前自身もボロボロだ。いっそ、親が敷いたレールに大人しく乗って、結衣を妻として迎え入れる……それも一つの手かもしれないな。そうすれば、少なくともお前の家は丸く収まる」それは、州の本心ではなかった。妥協して心にもない相手と結婚することがどれほどの地獄か、州自身が痛いほど分かっている。だが、限界まで追い詰められ、泣き言ばかりを口にする浩一を見て、あえて厳しい現実の逃げ道を提示してみせたのだ。「ふざけるなッ……!頼むから、そんな冗談言わないでくれよ!」浩一は弾かれたように顔を上げ、すがりつくような目で州を睨みつけた。「俺は……蘭以外は絶対に愛せない!なのに、肝心の蘭は俺との連絡を絶って、会おうともしてくれないんだ!俺はあいつを守るためなら何だってする覚悟
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第867話

浩一の声は、今にも泣き出しそうに震えていた。「俺だって……親を傷つけたくて反発してるわけじゃないんだ。あいつらは長年海外で死に物狂いで働いてきた。俺に少しでも良い暮らしをさせるために、すべてを犠牲にしてきたんだって……俺だって分かってる」浩一の母親は、口を開けばいつも「あなたのために」と言っていた。その言葉が単なる押し付けではなく、彼らの人生を懸けた切実な愛情から来ていることを、浩一は否定できなかった。今回の結衣との婚約にしてもそうだ。両親は単なる利益だけでなく、浩一の将来を考え、彼らにとっての最高の相手を必死で選び抜いてくれたに違いないのだ。だからこそ、浩一は苦しかった。母親と毎日怒鳴り合い、絶対に結婚なんかしないと突っぱねながらも、自分の吐いた言葉が親の心をどれほど抉っているか、痛いほど理解してしまっていたから。「……親というのは、子を想うがゆえに、時に呪いのような道筋を強要してくるものだ」痛切な親友の告白を前に、州は自嘲するように目を伏せた。「俺も、かつてはお前と同じだった。体が弱かった母親を悲しませたくなくて、無理を通しきれなかった。親の期待と愛情を裏切るのが怖くて……結局、愛する女を手放すことになった。その結果が、今の俺だ」州の声には、拭いきれない深い後悔が滲んでいた。親を想う優しさゆえに、一番大切なものを守りきれなかった過去。それは今もなお、州の心を苛み続ける消えない傷跡だった。「俺は、親の望み通りに生きることで、誰よりも大切な人を永遠に失った。……浩一、俺はお前が立っているその道の、悲惨な結末を知っている。だからこそ、今ここで俺と同じ轍を踏んではならないんだ」「だからこそだよッ……!州さんがどんな地獄を味わったか、俺は一番近くで見てきた。だからこそ、絶対に親の言いなりになんてなりたくないんだ!」氷の溶けかけたグラスを握りしめ、浩一は血を吐くような声で叫んだ。「結衣との間に愛情なんてあるわけない。俺と蘭はあんなに幸せだったのに……どうして無理やり引き裂かれなきゃならないんだ!?俺は……母親にとって何なんだよ。ただ家を存続させるための、政略結婚の道具でしかないって言うのか……!」憤り、絶望、そして深い悲しみ。浩一の瞳には、逃げ場のない男の痛ましい感情が渦巻いていた。
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第868話

どんなに苦しくても、真正面から親に立ち向かい、打ち勝つしかない。だが、巨大な財力と権力を持つ親に対抗する具体的な手立てなど、何一つ見つからなかった。そして何より浩一の心を根底からへし折ろうとしているのは、この過酷な戦いにおいて一番の「精神的な支え」であるはずの蘭が、彼を庇って自ら身を引こうとしているという事実だった。一緒に戦ってくれるはずの最愛の人が、自分から離れていく喪失感。州のような友人がどれだけ心配して助言をくれようと、結局のところ、他人は他人の恋愛や家族の問題を根本から解決することなどできない。この暗く冷たい泥沼から抜け出すためには、ただ一人、血を流しながら孤独な戦いを続けるしかなかった。「……分かった。とりあえず今日は、俺が潰れるまで酒に付き合ってくれ」浩一は深く息を吐き出し、グラスに残っていた強い酒を一気に煽った。「州さんたちには、最近本当に迷惑ばかりかけてるな……俺のために色々と動いてくれて、心配までかけて。口には出してないけど、本当に感謝してるんだ」自嘲気味に笑う浩一の横顔には、深い疲労感が刻まれていた。「こんな個人的な色恋沙汰で、周りを振り回したくない。本来なら俺一人で解決しなきゃならない問題だってことは分かってる。けど……本当に、もうどうしていいか分からないんだ。母親がこれから、どれだけえげつない手で俺を縛り付けに来るかと思うと……息が詰まる」ビジネスの交渉やトラブルであれば、どんな相手だろうと容赦なく戦い、冷徹に切り捨てることもできる。だが、相手は自分を産み育てた親であり、関わっているのは理屈では割り切れない感情の問題だ。だからこそ、これほどまでに手足をもがれたように身動きが取れなくなってしまうのだ。「一人で背負い込みすぎるな」州は手元のグラスを置き、まっすぐに浩一を見据えた。「どんな選択をしたって、誰一人傷つけずにすべてが丸く収まるような都合の良い道なんてないんだ。お前が蘭さんを選ぶなら、親や結衣を完膚なきまでに傷つけることになる。……その泥を被る覚悟を持て。いい子でいようとするな」その言葉は、浩一にとって冷や水を浴びせられるほど厳しい響きを持っていたが、同時に不思議なほど心を軽くするものでもあった。「それに、俺たちはガキの頃から一緒に育ってきた悪友だろう。今さら
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第869話

「……そうだな」浩一はわずかに緊張を解き、深く息を吐いた。「うちの母親は、きっとこれからもあの手この手で俺を追い詰めてくると思う。……昔の州さんのところみたいにな。俺、今になってようやく州さんの痛みが分かったよ。四方八方を親の権力に塞がれて、逃げ場がなくなるあの無力感が」浩一の口から出たその言葉に、州の表情がわずかに陰った。「けど……俺が言えた義理じゃないかもしれないけどさ。州さん、過去のことはもう、いい加減自分を許してやれよ」「……」「彼女が亡くなってから、もう随分と時間が経ってる。州さんがいくら後悔して、自分を罰し続けても……彼女はもう帰ってこないんだぞ」それは、今まで誰も触れようとしなかった州の古傷に、真正面から踏み込む言葉だった。……忘れることなんて、できるわけがない。州は手元のグラスを見つめたまま、微かに唇を噛み締めた。愛する彼女を失った喪失感は、時間が経てば癒えるような生易しいものではない。目を閉じれば、今でも彼女の儚い笑顔が鮮明に浮かび上がる。叶えられなかった約束、二人で歩むはずだった未来。数え切れないほどの後悔が、今も亡霊のように州の心に取り憑いて離れないのだ。「……お前の言う通りだ。死んだ人間は、どう足掻いたって生き返らない」州は自嘲気味に呟き、残っていた酒を喉に流し込んだ。「だからこそだよ。死ぬまで消えないこの痛みを嫌というほど味わった俺だからこそ、お前には絶対に同じ地獄を歩かせたくないんだ。お前と蘭さんが幸せになるための壁があるなら、俺がいくらでも手を貸してぶっ壊してやる」それは、親友への友情であると同時に、愛する人を守りきれなかった過去の自分への贖罪でもあった。二人の男は、それぞれの胸に抱えた拭いきれない痛みと後悔を酒で流し込むように、夜が更けるまでグラスを傾け続けた。翌日になっても、結衣が浩一を諦める気配は微塵もなかった。今の彼女にとって、この膠着状態を打破する「突破口」はただ一つ――昨日も自分の話に耳を傾けてくれた、州の存在である。現在、頑なになった浩一の周囲で、彼女を無下にせず辛うじて相手をしてくれるのは彼しかいない。だからこそ結衣は、己の執念と希望のすべてをこの兄貴分に託すことに決めていた。翌朝、州が自身のオフィスに出社すると、そこには
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第870話

州は、目の前で潤んだ瞳を揺らす令嬢を不可解に思っていた。海外から帰国したばかりの、恵まれた美貌と家柄を持つ娘だ。いくらでも素晴らしい相手は見つかるはずなのに、なぜ自分を拒絶する男にここまで固執するのか。彼女がどれほど健気に振る舞い、周囲の人間を巻き込もうと、浩一の心が動くことは絶対にないというのに。親に強いられた愛のない結婚など、ただの呪いだ。仮に力技で浩一を繋ぎ止めたとしても、待っているのは地獄のような結婚生活でしかない。浩一が彼女を愛することは永遠になく、最終的に惨めな思いをするのは結衣自身なのだ。少しでも傷が浅いうちに、目を覚ましてほしい。そんな大人の男としての情けから、州はあえて厳しい言葉で結衣を諭そうとしていた。「どうしてわざわざ、自分から苦しいだけの道を選ぶんだ?」「ちょっと待ってよ、州さん。昨日、私たちのこと手伝ってくれるって約束したじゃない!急に言うこと変えるなんてずるいよ。それに、私と浩一くん、すごくお似合いだと思わない?」結衣は引き下がるどころか、むっとしたように唇を尖らせた。その瞳には、一欠片の迷いもない。「今は私のこと好きじゃないかもしれないけど、これから絶対に好きになるもん!ずっと離れてたから少し距離ができちゃっただけで、私たち、昔からの幼なじみなんだよ?絆だってあるんだから」「結衣、あのな……」「浩一くんは絶対に私と結婚するの。そして、いつか必ず私のこと好きになる。私、信じてるから!」一点の曇りもない声で言い切る結衣の態度は、あまりにも頑なだった。その表情には、異様なほどの自信が満ち溢れている。彼女の頭の中では、名家同士の釣り合いが取れた自分たちこそが、世界で一番ふさわしいカップルなのだ。両親が無理にでも結婚を進めようとするのは、それが誰にとっても「正解」だから。家柄も美貌も申し分ない自分が妻になれば、浩一だって最終的には喜んで自分を愛するようになるはずだ――彼女は本気でそう信じ切っていた。何より、自分がここまで浩一を気に入っているのだから、絶対に手放すわけにはいかない。「結衣、聞いてくれ。俺だって意地悪で助けを断ってるわけじゃないんだ」狂気すら孕んだ結衣の執着を前に、州は深々とため息をついた。「もしお前たちが本当に想い合っていて、一緒
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