州は、目の前で涙をこぼす彼女の姿に、かつての自分の影を重ね合わせていた。家柄という絶対的な壁に阻まれ、愛する女と引き裂かれた絶望から抜け出せず、来る日も来る日も自暴自棄になって周囲に心配ばかりかけていた、あの頃の自分を。……だが、俺の時とは状況が違う。冷静に客観的な事実だけを見れば、浩一の正式な婚約者は目の前にいる結衣なのだ。彼らが結ばれることこそが、誰の目から見ても名分のある「正当な形」である。そう考えると、二人の間に割り込み、浩一の心を奪って離さないあの優秀なアシスタント――蘭の方こそが、いわゆる「略奪愛」をしている立場になってしまう。だが、蘭は他でもない、愛する妹である紫音の親友だ。紫音が実の姉妹のように大切に想い、自分が矢面に立ってでも守ろうとしている相手なのだ。もしここで州が結衣の味方をし、正論を振りかざして蘭を責めれば、それは紫音への決定的な裏切りを意味する。だからこそ、州の胸の内にはやり場のない葛藤が渦巻いていた。誰も傷つかずに丸く収まるような都合の良い道など、どこにもない。妹を裏切るわけにはいかない以上、結衣に加勢してやることは絶対にできない。だが、目の前で打ちひしがれ、涙ながらに理不尽を訴える可憐な令嬢を冷たく突き放すことも……情に厚い州には、どうしてもできなかったのだ。「じゃあ、州さんは私が間違ってないって言ってくれるのね?私は絶対に後悔しない。自分が浩一くんにしつこくまとわりついてるだなんて、これっぽっちも思ってないわ。だって、彼も少しは私のことを意識してくれてるはずだもの。そうじゃなきゃ、どうして親同士が決めた婚約を最初からキッパリと断らなかったの?」結衣はどこまでも自分に都合よく解釈し、盲目的な思い込みを口にした。――いや、それは違うだろう。州は心の中でため息をついた。浩一は今まで一度たりとも、結衣に対して甘い言葉一つ、期待を持たせるような約束一つしたことはない。決して彼が誠意のない男というわけではないのだ。だが、事ここに至っても結衣に対して明確な拒絶を突きつけきれず、母親からの激しい圧力と蘭への愛、そして結衣という存在の間で板挟みになり、まるで甲羅に首を引っ込める亀のように身動きが取れなくなっている浩一の現状は……傍から見れば、ひどく情けなく映るのも事実だった。
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