All Chapters of 義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる: Chapter 891 - Chapter 900

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第891話

親の庇護などとうに必要ない。自分にはすでに、この巨大な塚山グループを背負い、親を養うだけの圧倒的な力があるのだと。浩一は次期当主としての威厳を以て、母親に突きつけたのだ。「これ以上、結衣を俺に押し付けようと無理強いするなら……俺だけでなく、結衣自身をも傷つけることになる。それに、塚山家と白鳥家の長年の関係にまで致命的な亀裂が入るぞ」浩一のトーンが一段と低く、警告の色を帯びた。「俺たちはガキの頃からの顔見知りだし、財界で生きている以上、いつどこでビジネスの協力が必要になるかわからない。だから俺だって、白鳥家との関係を無駄に拗らせたくはない。だが、俺はすでに結衣本人に対して『結婚は絶対にない』と最後通牒を突きつけている。これ以上この縁談に固執して、両家を泥沼の争いに引きずり込むかどうかは……すべて母さんたちの立ち回り次第だ」浩一は、己の意思と冷徹な事実だけを、一点の曖昧さも残さずに電話越しに突きつけた。すぐ隣で、蘭はその一部始終をじっと真剣に聞いていた。彼女にもわかっていた。この数日間、互いにすれ違い苦しんできたが、誰もが必死に自分の想いを貫こうとあがいていたのだということを。そして何より、彼が一度たりとも二人の関係を諦めたことはなかったのだという事実が、浩一のその揺るぎない言葉と背中から、痛いほどに伝わってきていた。「浩一、いいこと!?この結婚はもう私が決めたことなの!あなたが納得しようがしまいが関係ない、私の言う通りにしなさい!あなたたちは絶対に結婚するのよ!」電話越しに響く母親の声は、もはや会話すら成立しないほどに固執し、狂信的でさえあった。誰が何を言おうと、彼女の決断こそが絶対であり、息子の意思など微塵も介在する余地はないのだ。その異常なまでの強要を聞いて、浩一は短く、冷たい鼻で笑った。……呆れたな。自分の親ながら、その自己中心的な支配欲には心底反吐が出る。ここまで話が通じない相手だとは思っていなかった。息子を一人の人間ではなく、ただの所有物かチェスの駒としか見ていない親に、浩一は決定的な失望を抱いた。「そういうことなら、もうこれ以上話すことはない。……何が起きようと、俺は自分の愛する女を絶対に手放さない。誰にも俺たちを引き裂くことなんてできやしないんだ。そっちの尻拭いは、そっちで勝手に
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第892話

浩一の力強い言葉に、蘭の胸の奥には温かい安堵と感動が広がっていた。自分のために、彼がどれほどの覚悟を持って戦ってくれているか。その揺るぎない愛情は痛いほど伝わってくる。たとえ自分がこの場にいなかったとしても、彼は結衣との結婚を拒絶し、母親に同じように反発していたのだろう。でも……本当にこれでいいのかな……浩一が「心配するな」と言ってくれても、蘭の心にはまだ小さな棘が刺さったままだった。親子の縁というものは、そう簡単に切れるものではない。いくら彼が強がっていても、自分のせいで彼と母親の関係が修復不可能なほど壊れてしまうのではないか。そう考えると、どうしても罪悪感が顔を覗かせてしまう。身分が違うというだけで、なぜここまで苦しまなければならないのか。他人の心を変えることがどれほど難しく、自分がいかに無力であるかを思い知らされるたび、蘭はどうしようもないもどかしさと不安に苛まれていた。だが、二人が直面しているこの難局は、誰かに頼って解決できるものではない。自分たち自身で乗り越えるしかないのだ。「さあ、着いたぞ」そんな蘭の沈んだ思考を断ち切るように、浩一が明るい声を上げた。二人が和解して初めての食事。浩一は、この数日間の重苦しい空気を少しでも払拭しようと、蘭が以前からお気に入りだった落ち着いた雰囲気のレストランへと彼女を連れてきていた。席につくなり、彼は蘭が好きなメニューばかりを次々と注文していく。付き合っていた頃から、彼はいつも蘭の好みを完璧に把握し、さりげなくエスコートしてくれていた。その不器用なほどの優しさが、今はなぜか少しだけ痛かった。テーブルに彩り豊かな料理が並べられても、蘭はどうしても箸を伸ばす気になれなかった。目の前に座る浩一の顔を見つめていると、先ほどの電話での険しいやり取りがフラッシュバックしてしまい、胸が締め付けられるのだ。「……ごめんなさい、浩一さん」しばらく俯いていた蘭は、ぽつりと力なく呟いた。「せっかく私の好きなものばかり頼んでくれたのに……私、なんだか胸がいっぱいで、今は何も喉を通りそうにないの」「蘭……」浩一が心配そうに眉を寄せると、蘭はギュッと膝の上で拳を握りしめ、苦しげな胸の内を吐露し始めた。「浩一さんとこうしてまた一緒にいられるのは、本当に夢みたいに嬉しいの
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第893話

彼が口にしたのは、塚山家の跡取りとして抱え続けてきた深い孤独と、親に対する静かな絶望だった。「俺は物心ついた時から、親の温もりなんて知らずに育った。あいつらにとって俺は、家業を継がせるための道具でしかないんだよ。だから、仮にお前がいなかったとしても、いずれ俺は親の決めたレールに反発して、同じように衝突していたはずだ。お前のせいじゃない」浩一の瞳には、長年蓄積された親への拭い去れない恨みのようなものが微かに滲んでいた。どれだけ時間が経とうとも、幼い頃に親に放置された孤独感は、そう簡単に癒えるものではないのだ。だが、蘭はその冷え切った彼の瞳を見つめ返し、静かに、けれど強い言葉で返した。「それでも……お母様は、浩一さんの親だよ」蘭は少し身を乗り出し、浩一の大きな手に自分の手を重ねた。「私にはわかるの。お母様のやり方は強引で間違っているかもしれないけれど、浩一さんにふさわしい相手を選んであげたいっていうのは……彼女なりの愛情なんだと思う。どんなにすれ違っていても、親子なんだもの」蘭はふと視線を落とし、どこか寂しげな微笑みを浮かべた。「私ね、時々、紫音さんのことがすごく羨ましくなるの。紫音さんのお母様も厳しくて色々とあったみたいだけど、それでもいつも側で紫音さんを見守ってくれているし、州さんも無条件に紫音さんを愛してくれている。……家族の温かい愛情に包まれている紫音さんを見ると、どうしても羨ましくて」蘭の声がわずかに震え、その目には深い悲哀が浮かんだ。「私には、そんな家族の愛なんてなかったから……物心つく前に両親を亡くして、ずっと一人で生きてきた。家族の温もりなんて、どんなものかさえわからない。だからこそ、浩一さんには、たった一人の家族とこれ以上関係をこじらせてほしくないの」親のいない孤独を骨の髄まで知っている蘭だからこそ、その言葉には重みがあった。「もしこのまま意地を張って、お母様と取り返しのつかないくらい仲違いしてしまったら……いつかお母様がいなくなった時、浩一さんは絶対に後悔する。私は、浩一さんにそんな悲しい思いをしてほしくないの」愛しているからこそ、彼には後悔のない人生を送ってほしい。たとえ自分が身分違いの壁に苦しむことになっても、彼が親と絶縁するような悲劇だけは絶対に避けたい。それが、森下蘭という女
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第894話

「っ……」その言葉が誰を指しているのか、蘭にはすぐにわかった。先ほど彼が話してくれた、長年想い続けていたという女性——紫音のことだ。当時の浩一は、親の命令に背いてでも、密かに想いを寄せる紫音の側で生きることを選んだのだ。浩一は隠し立てすることなく、真っ直ぐに事実を告げた。それが蘭を傷つけるかもしれないとわかっていても、もう彼女との間に一切の嘘や隠し事はしたくなかったのだ。浩一がなんの誤魔化しもなく真っ直ぐに過去を打ち明けてくれたことに、蘭は少しだけ驚き、そして深く安堵していた。自分に一切の嘘をつかず、誠実に向き合ってくれている。その事実が、蘭にとってはどんな甘い言葉よりも嬉しかった。それに、彼の想い人が紫音であるなら、蘭もよく知っている。紫音と律がどれほど深く愛し合っているか。二人の間に割って入る隙など微塵もないことを、間近で見てきたからだ。彼にとって紫音への想いは完全に過去のものであり、今の彼が自分だけを見つめてくれていると、不思議なほど素直に信じることができた。「あの頃の俺は、どうしても彼女の側を離れたくなかった。彼女がどれほど優秀で強い女性でも、側にいて守ってやりたかったんだ」浩一はどこか遠くを見るような目で、静かに過去を語り始めた。「父さんと母さんはもともと頻繁に海外へ出張していて、そのうち完全に拠点を移すことになった。最後に俺を連れて行こうとした時、俺はきっぱりと断ったんだ。母さんは烈火のごとく怒り狂ったよ。なんで一緒に来ないのかって、何度も問い詰められたけど……俺は最後まで、本当の理由をあいつらには言わなかった」もし親に「紫音の側にいたいからだ」と打ち明けていれば、家柄を重んじる母親のことだ、塚山家にとっても申し分ない相手だと大喜びで政略結婚のカードとして利用しようとしただろう。浩一は、自分の純粋な感情を、親の醜い権力闘争の道具にされることだけは絶対に避けたかったのだ。「俺は、親に何かをしてほしいと望んだことはない。ただ、俺の意思と決断を尊重してほしかっただけだ。自分の人生の選択は、俺自身がする。そして、自分で決めたことなら、どんな結果になろうと絶対に後悔はしない。……それは、あの頃も今も変わらない」浩一の強い瞳が、蘭をまっすぐに射抜いた。その視線の熱に、蘭は思わず息を呑
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第895話

「浩一さん……」彼からの真っ直ぐな愛情の言葉に、蘭は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。「埋め合わせだなんて、そんなの必要ないよ。浩一さんが私のためにここまで真剣に戦ってくれているのに……これ以上何かを求めるなんて、私にはできない。ただ、これからもずっと……浩一さんが私の隣で笑っていてくれれば、それだけで十分だから」蘭は少し潤んだ瞳で浩一を見つめ返し、小さく微笑んだ。「私たち、まだ付き合ってからそんなに時間は経っていないけれど……ここまで来るのに、本当に色々なことがあったよね。二人で一緒にいる時間は夢みたいに幸せだったけれど、その裏でどれだけ苦しい思いをしてきたか、他の誰にもわからないと思う」蘭はふと視線を落とし、彼の手を優しく握り返した。「実を言うとね、お母様からあんな風に反対されて、浩一さんに別れを告げた時……もう二度と振り返っちゃいけないんだって、自分に言い聞かせていたの。私が身を引けば、すべて丸く収まるんだって。だから、昨日の夜に律さんたちに厳しく言われてからも、まだ少しだけ迷っていたのよ。本当に私が浩一さんの隣に戻っていいのか……私の選択は、また浩一さんを苦しめるだけじゃないかって」蘭の言葉に、浩一の手に僅かに力が入る。「でも、気づいたの。もしあのまま浩一さんの手を離して、別の誰かと結婚するのを見過ごしたら……私、残りの人生をずっと後悔して生きていくことになるって」蘭は顔を上げ、今度こそ迷いのない澄んだ瞳で浩一を見つめた。「だから私、もう二度と逃げないって決めたの。浩一さんの元に戻って、どんな冷たい言葉を投げつけられても、絶対に諦めないって。またこんな風に浩一さんと一緒に笑い合えるなら……どんな壁だって、二人でなら絶対に乗り越えられるって信じてるから」蘭の声には、以前のような弱々しさは微塵もなかった。今はまだ、浩一の母親の反対や結衣という障害がある。けれど、彼がこれほど強く自分を求めてくれているのだ。いつか必ず、誰からも反対されることなく、堂々と二人で手を取り合える日が来ると、彼女は心の底から信じられるようになっていた。その強い瞳を見て、浩一の顔にようやく心からの、誇らしげな笑みが浮かんだ。「……ああ、そうだ。俺たちは絶対に幸せになる」浩一は蘭の手を両手で包み込み、誓いを立
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第896話

食事を終えた二人は、そのまま浩一のマンションへと向かった。玄関のドアが閉まり、二人きりの空間になった途端、どちらからともなく引き寄せ合うように強く抱きしめ合った。浩一の広く温かい胸の中。彼から香る、懐かしくて安心するシトラスの香り。こうして彼の腕の中にすっぽりと収まっていると、これまでの数日間、どれほど自分が彼を渇望し、孤独に震えていたのかがよくわかった。愛する人がすぐ側にいてくれるという圧倒的な安心感。それは、蘭にとって何にも代えがたい至福の時間だった。あんなに遠く感じていた彼が、今はこうして私を抱きしめてくれている。嬉しくて、幸せで、夢を見ているかのようだ。だが……その幸福感に浸れば浸るほど、蘭の心の片隅には、冷たいインクが滲むように不安が広がっていくのを止められなかった。私たちは、本当にこれで元通りになれたのだろうか。これから先、彼の母親は本当に私を認めてくれる日が来るのだろうか。この夢のように甘い時間は、いつか突然、残酷な現実によって奪われてしまうのではないだろうか。考えまいとしても、次から次へと押し寄せてくる現実的な問題が、時折、蘭の息を詰まらせる。彼女はそんな心の揺れを浩一に悟られないように、ただ強く、彼の背中に回した腕に力を込めることしかできなかった。翌朝。紫音がオフィスに足を踏み入れると、アシスタントのデスクではすでに蘭が忙しそうに資料を整理していた。「おはよう、蘭。朝から精が出るわね」声をかけると、蘭はパッと顔を上げて立ち上がった。「おはようございます、紫音さん!」その表情を見て、紫音は思わず目を細めた。澄み切った空のように晴れやかな笑顔。前日までの憔悴しきった暗い影は完全に消え去り、全身から生き生きとした活力が満ち溢れているようだった。浩一との話し合いが、どれほど彼女の心を満たしたのかが一目でわかる。愛する人と心から通じ合うことが、これほどまでに人を輝かせるのだと、紫音は密かに感心してしまった。「顔色が良くて安心したわ。無事に仲直りできたみたいね」「……はい。ご心配をおかけして、本当にすみませんでした」照れくさそうに頬を染める蘭に、紫音はふっと微笑みかける。「謝ることなんてないわ。でも、せっかく仲直りできたんだから、今日は有給を取って彼とどこかへ出かけ
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第897話

二人がここまで辿り着くのに、どれほどの涙を流し、血の滲むような葛藤を抱えてきたか。身近でずっと見守ってきた紫音だからこそ、痛いほど理解している。「本当に、二人はお似合いだと思うわ」紫音の言葉に、蘭は少し照れくさそうに俯いた。「昔から浩一のことは知っているけれど、あんな風に一人の女性のために必死になって、すべてを投げ打つ覚悟をする彼を見たのは初めてよ。彼、本当に蘭のことが大好きなのね。あの不器用な彼が、愛する人を守るためにあそこまで強くなれるなんて……友人として、これほど頼もしいことはないわ」「紫音さん……っ」蘭の目から、堪えきれずに大粒の涙が零れ落ちた。それは悲しみの涙ではなく、張り詰めていた心が温かい言葉によって解けた、安堵の涙だった。紫音は優しく蘭を見つめながら、胸の内でそっと呟いた。本当に、よく頑張ったわね……地方からこの大都市へ出てきて、紫音の優秀なアシスタントとして必死に働きながら、蘭は人知れず数え切れないほどの苦労と理不尽を味わってきた。特に浩一との恋においては、名家と一般家庭という残酷な身分差に直面し、彼の母親からの心無い冷遇に幾度も心を深くえぐられてきたのだ。愛しているのに、手を離さなければならない。そんな蘭の張り裂けそうな苦しみを見るたび、紫音自身も胸を締め付けられるほど辛かった。代わってあげられるものなら代わりたいと何度も思ったが、恋愛の障壁ばかりは他人がどうこうできるものではなく、ただ歯痒い思いで見守るしかできなかったのだ。もし紫音が蘭の立場であったなら、あんなにも執拗な圧力をかけられれば、とうの昔に疲れ果てて恋を諦めていたかもしれない。しかし、蘭は違った。一見弱々しく見える彼女の芯には、愛する人を信じ抜く強靭な勇気が宿っていたのだ。これだけ自分の心をすり減らし、痛みを伴いながらも愛を貫いた彼女の献身は、必ず報われなければならない。いや、すでに報われ始めているのだ。涙を拭い、再び前を向いた蘭の顔には、もう過去の陰りはなかった。嵐を乗り越え、やっと掴み取った本物の幸福。紫音は、そんな親友であり部下である彼女の姿を、心からの祝福と共に見つめ続けていた。「……本当は、彼と一緒にいられるならなんだってする覚悟はあったんです。でも、どれだけ足掻いても私個人の力じゃどうにもならない
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第898話

蘭の力強い返事を聞いて、紫音はふっと表情を和らげた。その頼もしい姿に、深い安堵を覚える。周囲がどんなにアドバイスをしようと、最後に決断するのは彼女たち自身だ。だが、今の蘭ならもう大丈夫だろう。この最大の試練さえ乗り越えれば、この先二人の前にどんな困難が立ち塞がろうとも、きっと跳ね返していけるはずだ。「よし、じゃあお説教はここまで!決意を新たにしたところで、今日もお仕事頑張りましょうか。あなたが会社のことをそこまで思ってくれているのは、社長として本当に鼻が高いわ」紫音はわざと明るい声を出して、空気を変えた。「ありがとうございます、社長!今日もバッチリ働きますよ!」蘭もいつもの調子を取り戻し、元気よく笑った。本当に、いつも助けられてばかりね……紫音は心の中でそっと感謝する。蘭はただのアシスタントではない。紫音がゼロから起業し、何もかもが手探りで苦難の連続だった創業期からずっと、身を粉にして会社のために尽くし、紫音を支え続けてくれた最大の功労者だ。だからこそ、紫音は仕事の面でも蘭がより一層成長し、輝けるよう全力でサポートしてきた。蘭の献身には、最高の環境と待遇で報いるのが上司としての務めだと思っている。ただ、仕事での成功とは違い、恋愛の障壁ばかりは紫音がすべてを取り除いてやることはできない。それがもどかしかったが、今の蘭は愛によって一回りも二回りも強く、美しく成長しているように見えた。仕事でも、プライベートでも、お互いに支え合い、高め合える関係。紫音と蘭は、上司と部下という枠を超え、間違いなく最高のパートナーだった。「私にとって、この会社は自分の居場所そのものです。ここで働けることが、どれほど恵まれているか……感謝してもしきれません」蘭は資料を胸に抱きしめ、感慨深げにオフィスのフロアを見渡した。もし紫音と出会い、共に起業する道を選んでいなかったら――自分は今頃、どこかのつまらない企業で、理不尽な上司に頭を下げながら、ただ時計の針が進むのを待つだけの日々を送っていただろう。しかし、紫音の元で働くようになってから、蘭の人生は劇的に変わった。これまで触れたことのない大きなビジネスの世界を学び、自分の裁量で動ける自由を手に入れた。毎日が刺激的で、困難すらも成長の糧にして前向きに立ち向かえる。何
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第899話

誇らしげに胸を張る蘭を見て、紫音は声を出して笑った。その屈託のない笑顔を見ていると、どんな困難な壁も、この二人なら軽々と飛び越えていけそうな気がした。「だからこそ、私は蘭にこの会社が頂点へ登り詰めていく姿を、一番の特等席で見届けてほしいの。あの時、私を信じてついてきてくれたあなたの期待は、絶対に裏切らないわ」紫音はふと懐かしむように目を細め、小首を傾げた。「でも、実を言うとずっと不思議に思っていたの。どうしてあの時、あなたは私を選んでくれたの?安定したあの大きなグループ企業に残る道だって、当然あったはずなのに」当時を振り返れば、紫音はまさに人生のどん底にいた。元婚約者である清也との関係が破綻し、周囲から孤立するような形で彼のもとを去ったのだ。あの時の自分は傷つき、余裕もなく、四面楚歌のボロボロな状態だった。それにもかかわらず、蘭は一切の躊躇なく、紫音と共に泥舟に乗る覚悟を決めてくれたのだ。それこそが、今の二人の間にある絶対的な信頼の原点でもある。蘭は少し思い返すように視線を上げ、やがてクスッと笑った。「一番の理由は、あの会社の陰湿な空気が肌に合わなかったからです。それに……私、あの元社長のこと、全然好きになれなくて」蘭は口元を尖らせて、あっさりと清也への不満を口にした。「いつも息が詰まるような環境でした。それに引き換え、紫音さんは才能に溢れていて、仕事の仕方もスマートで……何より、息を呑むほど綺麗で。私、ずっと紫音さんのことを密かに『推し』として崇拝していたんですよ?」「推しって……」呆れたように笑う紫音をよそに、蘭は少しだけ真剣な、怒気を孕んだ顔つきになった。「だから、あの男が紫音さんを裏切るような真似をした時、当時の私はどうしても納得できませんでした。だって、どう見ても不釣り合いだったじゃないですか。紫音さんが、じゃありませんよ?あんな男が、紫音さんの隣に立つには全くふさわしくなかったんです」蘭の言葉には、紫音への絶対的な肯定と、かつての清也に対する強い憤りが滲んでいた。一介の平社員だった当時の彼女には、理不尽な状況をただ黙って見ていることしかできなかったのだ。「だから私、後先なんて一切考えずに、紫音さんについていくって決めたんです。あの時、拾ってもらえる保証なんてどこにもなかったのに…
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第900話

その日の夜。すっかり日も落ちた頃、いつものように浩一が紫音の会社へ姿を現した。蘭を迎えに来たのだ。ここ数日、母親からの政略結婚の重圧と、蘭からの別れの言葉に板挟みになり、浩一はまるで抜け殻のように憔悴しきっていた。しかし、今日の彼は違った。オフィスに入ってきた浩一は、まるで憑き物が落ちたかのように清々しい顔をしていた。全身から生命力が満ち溢れ、愛する人と心を通い合わせた喜びが、オーラとなって滲み出ているようだった。昔から彼を知る紫音にとって、浩一が一人の女性にここまで深くのめり込み、心を揺さぶられている姿を見るのは初めてのことだ。彼が蘭に注ぐ愛情がいかに真剣で、深いものかを改めて実感し、紫音は友人として心から嬉しくなった。「……紫音」蘭が帰り支度をしている間、浩一は紫音のデスクへ歩み寄り、深く頭を下げた。「蘭の強固な殻を破って、説得してくれたのはお前なんだろ。本当に……本当にありがとう。今回の件では、お前にどれだけ迷惑と心配をかけたか」顔を上げた浩一の瞳には、紫音に対する深い感謝の念が宿っていた。「お前がいなかったら……俺はどうしていいか分からず、このまま一番大切なものを失って、一生後悔する羽目になっていた。どうやってあの絶望から抜け出せばいいのか、自分一人じゃ全く見えなかったんだ」真摯な声で紡がれる言葉には、一切の虚勢もなかった。「お前にはいくら感謝してもしきれない。本当に、ありがとう」浩一のあまりにも真剣な態度に、紫音は思わず吹き出してしまった。「ちょっと、浩一さん。急にそんなに改まられると、こっちまで調子が狂うじゃない。私たち、もう何年の付き合いだと思っているの?」紫音はクスッと笑いながら、呆れたように手をひらひらと振った。「私への感謝なんてどうでもいいのよ。大事なのは、二人がこの先どうやって試練を乗り越えていくか、でしょう?」紫音はふっと表情を引き締め、上目遣いで浩一を鋭く見据えた。「いいこと、浩一さん。これだけは念を押しておくわ。もし今後、少しでも蘭を悲しませたり、傷つけたりするようなことがあったら……その時は、例え親友のあなた相手でも、絶対に容赦しないからね。それと、お母様との問題、これ以上先延ばしにしないで早く決着をつけなさいよ」紫音の容赦ない宣告に、浩一は一瞬だけ苦笑
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