悠斗はうなずいた。「相手が意図的に痕跡を消しています。調べるには、少し時間がかかります」このブローチがオークション会場に現れてから、悠斗はすぐに調査を始めていた。それでも、何日も経ってようやく少し手がかりが見えてきたところだ。「黒崎さんと関係があるのでしょうか」境界地帯で最も大きな勢力を持つのは風牙だ。けれど、本当に風牙が関わっているのなら、このブローチはどうやって風牙の手に渡ったのか。承也はブローチを手の中で握りしめた。莉奈が言った言葉が、頭をよぎる。――椎名家の中に、風牙とつながっている人間がいる。「椎名家の人間が、黒崎さんに渡した」あのブローチをオークションに出したことは、挑発の始まりのようなものだった。椎名家の中で、そんな大胆な真似ができる者は限られている。承也はブローチを木箱へ戻した。親指で箱の底を数度なぞる。それから立ち上がり、執務机の奥へ回った。承也は箱を引き出しにしまい、机の上に置かれていた書類を開く。神崎家と佐伯家が、最近動いている。何を狙っているかは明らかだった。承也に圧力をかけ、離婚協議書に署名させるつもりだ。一人は、神崎省之介。もう一人は、佐伯直哉。承也の眉間には、消えない深い皺が刻まれていた。「愛しい省之介さん」に、「うちの直哉」とは!深夜二時半。承也は眼鏡を外し、眉間を揉んだ。悠斗は書類を整えながら言った。「社長、そろそろお休みください。医師からも、目を使いすぎないよう言われています。最近の社長は……」「わかっている」承也は悠斗の言葉を遮った。「君は先に戻って休め」承也はスマホを取り出した。時間も見ずに連絡先を開き、浩平へ電話をかける。呼び出し音が何度も鳴って、ようやくつながった。電話の向こうの浩平は、苦虫を噛み潰したような声で、歯ぎしりするように言った。「何だよ、こんな時間に」「明日、『夜酔』は営業を止めろ。内部を徹底的に洗え」浩平が息を呑む音がした。「ちょっと、前に『夜酔』は俺に丸投げしたんじゃなかったのか。どうして急に内部を洗うなんて言い出す」承也は、理由もなく面倒を起こす男ではない。浩平はすぐに悟った。何かが起きたのだ。……莉奈は一晩中、夢の中でもがいていた。あるときは、「夜酔」の廊下で誰
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