転生したら推しに激似の席隣男子がいました!? のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 30

58 チャプター

0021-微妙で

図書室のいちばん奥、書架に囲まれた一列の席で、三人の影が夕陽に引き伸ばされていた。光は低く、ゆっくりと床をなぞるように差し込み、影の輪郭を曖昧に溶かしていく。放課後の時間は、不思議なほど静かだった。時計の針の音さえ遠く感じられ、ページをめくる気配や、誰かの息遣いさえも、書架の奥に吸い込まれていくようだった。春の余光は、本と本のあいだをすり抜けながら、室内をやわらかな橙色に染めていく。その色は、時間そのものがゆっくりと沈んでいく証のようにも見えた。仁野は、分厚い自由帳を机の上に広げていた。観察記録用のノート。開かれた一ページには、細かな文字が隙間なく並び、いくつかの図解が、まるで思考の補助線のように貼り付けられている。――感情距離認知テスト――授業中の視線接触回数の統計どれも、本来なら無機質で、感情とは距離のある言葉のはずだった。けれど、ページを埋め尽くすそれらは、どこか体温を帯びていて、観察する側の視線や迷いまでも一緒に書き込まれているように見えた。「創作ってさ、結局は感情の実験なんだよ」赤縁の眼鏡越しに航平を見て、仁野はそう言った。説明するというより、確認するような口調だった。「たとえ虚構でもいい。自分じゃ言えない言葉を、他人の口を借りて言わせる。それができた瞬間、もう物語なんだと思う」その言葉を、航平は黙って聞いていた。反論する理由も、賛同を示す言葉も、どちらも必要ない気がしていた。隣では、綾音が小さなノートと、少し可愛らしいペンを抱えている。彼女は静かにうなずき、すでに意識の一部を「書く」ことへと移していた。「今日はね、こんな設定を書いてみようかなって思ってて」そう前置きしてから、彼女は少しだけ視線を泳がせる。「もし教室に、私たち二人しか残っていなかったら、っていう状況」言葉を選ぶ間に、ほんの短い沈黙が落ちた。「今思うと……私たちって、まだお互いをちゃんと意識してない段階にいるでしょう?その曖昧さが、なんだか微妙で……」「意識してないときのほうが、逆に一番刺激的だったりするよね」仁野が、ほとんど無意識にそう返す。言った本人も、どこまで本気なのか分からないまま。二人の視線が一瞬だけ重なり、綾音は思わず小さく笑った。その笑みを境に、彼女の声には少しずつ感情が滲み始める。「あなたの視線に、気づかないふ
last update最終更新日 : 2026-02-09
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0022-祈りだと思う

朝の教室には、まだ夜の名残のような冷気がうっすらと漂っていた。窓の隙間から押し込むように風が入り込み、カーテンの裾をかすかに揺らす。その動きに合わせて、誰も座っていない机の間に、寂しげな影が落ちては消える。航平は制服のポケットに手を入れ、スマートフォンを取り出した。画面が点いた瞬間、途切れることのない振動が掌に伝わってくる。ネットワークに接続された通知が一斉に流れ込み、「有名人」の文字が並んでいた。最初は、端末の不具合かと思った。けれど、画面をスクロールする指がふと止まった、その瞬間——見覚えのあるタイトルが、唐突に視界に飛び込んできた。——『存在しない物語、もう一度』昨夜、Instagramに何気なく投稿した詩だった。誰にも見られないつもりで、ただ静かな場所で、もう一度読み返したかっただけの言葉。それなのに。気づけば、その詩には百件を超える「いいね」と「保存」がつき、コメント数もすでに二桁に達していた。通知のひとつひとつが、細かな火花のように心を刺激し、胸の奥でざわめきを膨らませていく。熱を持った感情が、抑えきれずに外へあふれ出しそうだった。「……なんで、こんなことに……」声にならなかった。不安が指先からじわじわと伝わり、画面に触れることすら躊躇ってしまう。それでも、視線は自然と最初のコメントへ吸い寄せられていた。「この感情、なんだかすごく懐かしい気がする」「この人の“推し”、もうこの世界にはいないんじゃないかな。そう思うと泣けてくる」「これは詩じゃない。祈りだと思う」「昔、誰かがきっと、同じことを思っていた気がする」どれも、架空の作品として読まれた言葉ではなかった。知らない誰かの本音が、そのままの形で航平の心に触れてくる。顔を上げると、いつの間にか数人のクラスメイトが教室に入ってきていた。誰があの投稿を読んだのかは分からない。でも、あの子かもしれないし、この子かもしれない。そう思っただけで、呼吸が少し早くなる。それでも。胸の奥には、かすかな温もりが残っていた。——「もう、ただの“思い出”じゃない」その言葉を、航平は心の中で何度も噛みしめる。詩に書いたのは、本来、前の世界での「奥田様」にまつわる記憶だった。「この剣は、ただの道具じゃない」「もう歩けなくなっても、君を守りたい」そんな言葉を借りな
last update最終更新日 : 2026-02-10
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0024-好き

夜が更けていた。航平は布団の上に仰向けになり、天井を見つめたまま、ぼんやりと意識を漂わせている。部屋は暗い。カーテンの隙間から差し込む街灯の光だけが、天井の輪郭をかすかになぞっていた。机の上にあったスマートフォンスタンドはすでに片づけられ、今、この世界にあるのは――自分と、手の中の小さな画面だけのように思えた。指紋認証でロックを解除すると、静寂の中で画面がふっと灯る。航平はもう何度目か分からない操作で、「星屑騎士」のページを開いた。そこに並ぶ詩行は、すでに何百回も読み返したものばかりだ。それでも、指は無意識のうちに、その中の一篇へと滑っていく。「あなたの剣は、誰かを傷つけるためのものじゃない。きっと、誰かの涙を拭うために、そこにある。」この言葉を書いたとき、彼の脳裏にあったのは――漫画の中の、奥田様の姿だった。コマ越しに、静かに振り返り、淡々と台詞を語るその勇姿。心が折れそうだった夜、満員電車の中で、涙をこらえながら何度も思い出した存在。奥田様は、彼の“推し”だった。偶像であり、理想であり、決して手の届かない存在。だからこそ。触れられないからこそ、航平はそこに、ありったけの感情を預けることができた。――けれど。今、同
last update最終更新日 : 2026-02-12
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0025-投稿

朝の光が、カーテンの隙間からそっと顔を覗かせ、机の上に置かれたスマートフォンの画面をぼんやりと照らしていた。まだ誰も起きていない家の中で、航平は椅子に腰かけたまま、静かに息を整えている。足元には、昨夜、勢いのまま書き散らした創作ノートが何冊も積み重なっていた。音のない静寂の中、彼は“明星”と名のついたアプリを開いた。指先が画面に触れると、見慣れた起動画面のアニメーションが流れ、白い投稿欄が現れる。その瞬間、周囲の気配がすべて遠のいた。残ったのは、自分の心臓の音だけだった。どくん、どくん、と――確かにここに生きていることを示す、落ち着いた鼓動。航平は、その空白をじっと見つめた。まるで、指が勝手に動き出すのを待つかのように。やがて、微かな風が再びカーテンを揺らし、布が擦れる音がした。それを合図にしたかのように、彼は何かに背中を押される感覚のまま、文字を打ち始める。タイトルは、変わらない。——『存在しない物語、もう一度』その文字列が画面に並んだ瞬間、胸の奥に、言葉にしがたい熱が広がった。長いあいだ心の底に封じ込めてきた感情が、ようやく名前を与えられ、出口を見つけたような感覚だった。航平は本文欄に移り、一字一字、確かめるように書き込んでいく。「この想いは、かつての記憶です。けれど、それだけじゃない。
last update最終更新日 : 2026-02-13
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0026-あの人

昼休みの教室は、窓から差し込む春の陽射しにやわらかく包まれていた。弁当箱のふたを開ける小さな音や、あちこちで弾ける控えめな笑い声が空気に溶け合い、雑然としていながらもどこか穏やかな、いつもの日常を形づくっている。航平は教室の隅の席に座り、まだ箸をつけていない弁当を前に、ぼんやりと窓の外を眺めていた。手には箸を握ったまま、視線は校庭へと流れていく。体育の授業だろうか、ボールを追って走り回る生徒たちの姿が、春の光の中で跳ねていた。そのとき、不意に視界の端へ人影が入り込む。「ここ、座ってもいい?」はっとして振り向いた瞬間、目に飛び込んできたのは奥田誠のやわらかな笑顔だった。コンビニの袋を手に提げ、午後のぬくもりをまとったように立っている。「う、うん。もちろん」航平は慌てて隣の空席に手を伸ばし、教科書をどける。どこかぎこちない動きに、自分でも苦笑したくなる。「ありがとう」奥田はそう言って腰を下ろし、袋からパンと紙パックの紅茶を取り出した。会話はなくとも、二人のあいだには不思議な心地よさが流れる。咀嚼する音と、ストローで紅茶を吸う小さな音。それだけで十分だった。沈黙を破ったのは奥田だった。紅茶を飲みながら目を細め、ふと航平を見つめる。「ねえ、航平くん。その目、ちょっと不思議だよ」「え?」
last update最終更新日 : 2026-02-14
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0027-放課後

午後の二年B組は、いつもとはどこか違う空気に包まれていた。春の陽射しは相変わらずやわらかく、窓辺のカーテンを淡く透かしている。けれど、教室の内側には目に見えない緊張が薄く張りつめていた。机を引く音や椅子のきしみ、誰かの小さなため息さえ、妙に大きく聞こえる。その理由は明確だった。「さて、と」担任の森本先生が教卓の前に立ち、ぱん、と手を打った。その一拍で、ばらついていた視線が自然と前に集まる。「今日から新しい取り組みを始めます。名づけて――“バディ制度”」教室のあちこちから、ざわり、と波のような反応が広がる。森本先生は気にする様子もなく、にこりと笑った。「ペアを組んで、これからの課題や小テスト対策を一緒に進めてもらいます。お互いに教え合って、支え合って。まあ、簡単に言えば“勉強パートナー”ね」その説明だけなら、特別なことではない。だが次の一言が、空気を変えた。「そして――ペアは、くじ引きで決めます」「えーっ!?」「うそでしょ?」「自由に決めさせてよ〜」不満と興奮が入り混じった声が飛び交う。森本先生はくじ箱を軽く掲げ、いたずらっぽく笑った。「はいはい、運も実力のうち。文句なしね」
last update最終更新日 : 2026-02-15
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0028-気持ち

放課後の図書館は、静まり返っていた。最後の生徒たちが退室したあと、空間にはページをめくるかすかな音だけが残る。ときおり、窓の外を渡る風がガラスを震わせ、遠くで部活動の掛け声が淡く響いては消えていく。照明は柔らかく、空気には紙と木製の机の匂いが混ざり合っていた。時間そのものが、少しだけゆっくり流れているように感じられる。窓際の長机には、二人分の教科書とノートが広げられている。きちんと左右に分けられているはずなのに、距離が近すぎるせいで境界線はどこか曖昧だ。左に航平。右に奥田。ただの自習。それだけのはずなのに、妙に現実味が薄い。まるでこの広い図書館に、二人だけが取り残されたかのような錯覚。課題は英語の長文読解。難易度は高くない。落ち着いて取り組めば、二十分もあれば終わる内容だ。——本来なら。だが航平は、最初の一行から集中できずにいた。視線は単語を追っているのに、意味が頭に入らない。行と行のあいだで、意識がふわりと逸れていく。「ここ、この問題さ。might のニュアンスを聞いてるんじゃないかな」奥田が自然に口を開き、少し身を乗り出す。その動きに合わせて、肩がわずかに近づいた。ほんの数センチ。けれど、その数セ
last update最終更新日 : 2026-02-16
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0029-普通

昼休みのチャイムが鳴った瞬間、教室は一気に息を吹き返した。机や椅子が床を擦る音があちこちで重なり、ビニール袋を開けるときのかすかな「シャッ」という音が混ざる。空気はすぐに、コンビニ特有の総菜パンや揚げ物の匂いで満たされた。もう待ちきれないとばかりに弁当を広げる者。新作スイーツの話題で盛り上がる者。数人で輪になり、菓子を交換し合う者。その中で、航平だけが席に座ったままだった。無意識のうちに、彼はリュックのサイドポケットを探り、机の中も確認した。だが、何もない。弁当箱も、パンも、ペットボトルすら入っていなかった。その事実は、妙に唐突だった。今朝、家を出るときは確かに覚えていたはずだ。母親が台所から「お弁当忘れないでね」と声をかけてきたことも、ちゃんと聞いていた。それなのに、その後の記憶だけが、誰かにきれいに削除されたみたいに曖昧になっている。「……落とした、か。」声には出さず、心の中でだけ確認する。不思議なことに、すぐに強い空腹が襲ってくるわけではなかった。ただ、ぽっかりとした空白のような感覚が、ゆっくりと胸の奥から広がっていく。それが空腹なのか、それとも別の何かなのか、自分でも判別がつかない。周囲はすでに“食事モード”に入っていて、誰も彼の異変に気づかない。航平も、気づかれたくはなかった。このまま静かに時間が過ぎればいい。
last update最終更新日 : 2026-02-17
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0030-無意識

夕暮れの教室は、放課後とは思えないほど静まり返っていた。むしろ昼間の授業中のように、どこか落ち着いた空気が漂っている。どうしてだろう。時間だけが、ゆっくりと引き延ばされているように感じられた。窓の外から差し込む夕陽が、斜めに教室へ流れ込み、机の上に細長い光の帯を落としている。時計はちょうど六時を回ったところだったが、空はすでに淡い黄昏色に染まり始めていた。航平と奥田は並んで座り、協働学習の課題に取り組んでいる。課題は、短い英語のエッセイ。航平の手元には、きちんと整理されたノートが開かれていた。白い紙面に整った文字が並び、余白も無駄なく使われている。もともとは文の構造に集中していたはずなのに、なぜか、どうしても隣にいる彼女の存在を意識してしまう。視界の端に映る横顔。ほんのわずかな動き。呼吸のリズムさえ、妙に近く感じる。奥田の指先が、机の上を軽く、とん、と叩いた。音はほとんどしない。それでも、航平は反射的に顔を上げた。「航平、この一文、こういう使い方で合ってるかな?」声は小さい。けれど、不思議なくらいはっきりと耳に届いた。航平は、一瞬、動きを止めた。問題は文法じゃない。内容でもない。――今、名前を呼ばれた。ペン先が宙で止まり、インクが落ちそうになる。(……今、俺のこと、呼んだ?)その言葉が、頭の中で何度も繰り返される。教室には秒針の音だけが残っていた。やけに大きく、規則正しく、耳に響く。周囲にはもう誰もいない。この広い空間にいるのは、自分と彼女だけ。ただそれだけの事実が、妙に現実味を帯びて迫ってくる。たった一度の呼びかけ。それだけなのに、真っ直ぐ、正確に、胸の奥へ落ちてきた。(だめだ、今のはだめだ。落ち着け。)自分にそう言い聞かせる。けれど、鼓動はむしろ速くなる一方だった。航平は一度、そっと目を閉じる。数秒、呼吸を整える。そして再び目を開けると、結局、ゆっくりと彼女の方へ視線が向いてしまう。奥田は、いつも通り自然な表情をしていた。ほんの少しだけ柔らかい笑みを浮かべ、澄んだ目でこちらを見ている。そこに特別な意味はない。ただ純粋に、答えを待っているだけだ。――その「無意識」が、いちばん危ない。航平はそう思った。普段、名前で呼ばれることなんて珍しくもない。学校では皆が普通に下の名前で呼び合ってい
last update最終更新日 : 2026-02-18
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