午後の教室は、光に引き伸ばされるように静かに広がっていた。窓の外の空には、雲ひとつない。まるで、ついさっき丁寧に拭き上げられたガラスみたいに、澄みきっている。陽射しが窓ガラスの縁から斜めに差し込み、床の上へと長く流れていく。それは机の脚のあたりまで届き、淡い光の帯を作っていた。空気の中には、細かな埃が浮かんでいる。ゆっくりと漂い、まるで時間そのものが少しだけ遅くなったかのようだった。とっくに授業の終わりのチャイムは鳴っている。最初は賑やかだった教室も、数分のうちに静まり返った。足音、笑い声、椅子を引く音――そんなものが、次々と廊下の向こうへ遠ざかっていく。残されたのは、紙をめくるかすかな音だけ。ときどき、ペン先が紙を擦る小さな音も混ざる。航平は窓際の内側の席に座っていた。机の上には、印刷された課題の原稿が広げられている。整然と並んだ黒い文字。けれど彼の視線は、そこに本当に向けられているわけではなかった。目は止まっているのに、焦点が合っていない。紙の端に差し込んだ陽光が、白い表面をかすかに照らし、細く光を返している。向かいの机。そこに奥田がいる。距離は遠くない。細い通路を一本挟んでいるだけだ。たった数歩分の距離なのに――なぜか、その存在感を強く意識してしまう。ページをめくる音が聞こえた。とても小さい音だった。奥田の動作はいつも無駄がなく、きびきびしている。長い指がページをめくるときも、ほとんど音を立てない。自然で、滑らかなリズム。見ていると、彼はどんなことでも迷わずこなしてしまうように思えた。そのとき、航平はふと気づく。自分の呼吸の音が、やけに大きく聞こえる。はっきりしすぎている。静かな水面に小石を落としたみたいに、ほんのわずかな波紋でさえ目立ってしまう。航平はペンを握ったまま、手を止めた。紙の上でペン先が止まる。さっきまで直そうとしていた文章。何をどう直すつもりだったのか、もう思い出せない。思考が途中で切れてしまった。まるで、誰かに糸をぷつりと切られたみたいに。空気の中で、何かが変わっている。音でもない。光でもない。ただ、目に見えない張りつめたものが、二人の間でゆっくりと引き伸ばされていく。「航平」向かいから声がした。近い。耳元で囁かれたように感じるほど、近かった。その
最終更新日 : 2026-03-06 続きを読む