共有

0022-祈りだと思う

作者: chocho
last update 公開日: 2026-02-10 11:31:24

朝の教室には、まだ夜の名残のような冷気がうっすらと漂っていた。

窓の隙間から押し込むように風が入り込み、カーテンの裾をかすかに揺らす。その動きに合わせて、誰も座っていない机の間に、寂しげな影が落ちては消える。

航平は制服のポケットに手を入れ、スマートフォンを取り出した。

画面が点いた瞬間、途切れることのない振動が掌に伝わってくる。ネットワークに接続された通知が一斉に流れ込み、「有名人」の文字が並んでいた。

最初は、端末の不具合かと思った。

けれど、画面をスクロールする指がふと止まった、その瞬間——

見覚えのあるタイトルが、唐突に視界に飛び込んできた。

——『存在しない物語、もう一度』

昨夜、Instagramに何気なく投稿した詩だった。

誰にも見られないつもりで、ただ静かな場所で、もう一度読み返したかっただけの言葉。

それなのに。

気づけば、その詩には百件を超える「いいね」と「保存」がつき、コメント数もすでに二桁に達していた。

通知のひとつひとつが、細かな火花のように心を刺激し、胸の奥でざわめきを膨らませていく。

熱を持った感情が、抑えきれずに外へあふれ出しそうだった。

「……なんで
この本を無料で読み続ける
コードをスキャンしてアプリをダウンロード
ロックされたチャプター

最新チャプター

  • 転生したら推しに激似の席隣男子がいました!?   0151-場所

    誰も口を開かなかった。鐘楼の頂を吹く風が、ますます強くなる。管理者の核心へと続くあの扉が、夜空に静かに浮かんでいた。漆黒。底知れない。世界の果てへ続くかのように。そして、第二管理者の言葉が、まだ空気の中に響いていた。【記録を書き換える者】【その代わりに、彼がそこに留まる】航平は頭を下げていた。表情は読み取れない。だが神谷澪は、すでに一歩前に出て彼を庇っていた。「あいつの言うことを聞くな」声がわずかにかすれている。「そんな単純な話じゃない」第二管理者は、しばし沈黙した。反論はしなかった。彼の言葉が事実だったからだ。管理者の核心がどういう場所か、神谷澪は誰よりも知っていた。牢獄ではない。部屋でもない。時の裂け目全体の、最も深い場所だ。すべての失踪者の記録。すべての忘れられた記憶。すべての消された人生。それらすべてが、そこに積み重なっている。一度入れば。二度と出られない。十九年前。本物の神谷澪も、そこで第二管理者になった。そして今。彼は誰にも同じ道を歩ませたくなかった。特に、航平には。……そのとき。空が、ふと震えた。ザアッ——巨大な書のページが、自動的に開かれていく。その一枚に、ゆっくりと映像が浮かび上がる。全員が同時に顔を上げた。次の瞬間。空気が静まった。それは航平の記憶だったから。小学生の頃。雨の日。一人の男の子が、教室の最後列に独りで座っている。窓の外は、雨音が大きい。誰も彼に話しかけようとしない。そして、入り口に。ふと、ひとつの頭が覗き込んだ。にこにこと笑いながら。「おい」「一緒に帰らないか?」神谷澪だった。幼い頃の神谷澪。映像はさらに変わっていく。運動会。試験。部活動。夕暮れに二人で帰った長い道。すべてが、二人の記憶だった。そして。映像が消え始める。少しずつ。火に焼かれるように。航平の体が、激しく震えた。映像が消えるにつれて。自分が細部を思い出せなくなっていることに気づいたからだ。神谷澪の好きな食べ物。思い出せない。初めて会ったのはいつだったか。思い出せない。神谷澪の笑顔さえ。ぼやけ始めている。「どうして——」航平の顔が青ざめる。神谷澪の瞳が、激しく収縮した。「管理者がもう始めている」第二管理者が低い声で言

  • 転生したら推しに激似の席隣男子がいました!?   0150-最終修正

    【No.000】【第一失踪者】【神谷澪】【状態:帰還失敗】その文字が、夜空に浮かんでいた。真紅の光が、全員の顔を照らしている。誰も言葉を発せない。風さえ止まっていた。航平はただ、そのページを見つめていた。頭が真っ白になる。第一失踪者――神谷澪?そんなはずがない。彼らは同級生だった。一緒に学校へ通い、黄昏教室を経験し、同じ時間を過ごしてきた。なのに。どうして十九年前の失踪者なんだ。「……嘘だろ」航平の声は震えていた。しかし、第二管理者は静かに首を振る。「嘘じゃない」その瞳は、どこか寂しそうだった。「君たちが知っている神谷澪は」「本来、存在してはいけない存在なんだ」空気が凍りつく。奥田の目が鋭くなる。「ちゃんと説明しろ」第二管理者は夜空を見上げた。巨大な書。No.000のページ。長い沈黙のあと、ゆっくり語り始める。「十九年前」「第四書架が初めて開いた」「一人の生徒が」「その中へ入った」「名前は――神谷澪」隣に立つ神谷は、何も言わなかった。否定しない。全部知っていたからだ。第二管理者は続ける。「当時の裂け目は不安定だった」「管理者もまだ完成していなかった」「時間の崩壊を止めるため」「一人が自ら残った」「新しい管理者になるために」第二管理者は小さく笑う。だがその笑みは、ひどく疲れていた。「それが俺だ」航平は拳を握る。「だったら!」「お前が神谷なら!」「こいつは誰なんだ!」視線が集まる。今まで一緒にいた神谷へ。神谷はしばらく黙っていた。やがて、ゆっくり顔を上げる。「俺は」風が鐘楼を吹き抜ける。「逃げ出した欠片だ」静かな声だった。だが、誰の耳にもはっきり届いた。「十九年前」「管理者になる前に」「俺は自分の記憶を切り離した」「せめて一部だけでも」「普通の世界へ帰したかった」「普通の人生を送ってほしかった」航平の瞳が揺れる。「じゃあ……」神谷は苦笑した。「そう」「俺はその記憶の欠片」「本来存在しちゃいけない人間だ」「時間のバグが偶然残した」「ただの残像」誰も何も言えなかった。あまりにも残酷だった。奥田が突然口を開く。「だから何だよ」全員が彼を見る。奥田は第二管理者を睨む。その声は、驚くほど冷静だ

  • 転生したら推しに激似の席隣男子がいました!?   0149-玲奈

    「私……」玲奈の声は震えていた。「家に……帰れるの?」あまりにも小さな声だった。風が吹けば、消えてしまいそうなくらいに。だがその一言は、鐘楼の空気を完全に止めた。玲奈はゆっくりと自分の手を見る。長い年月、ずっと付きまとっていた透明感が、少しずつ消えていく。白かった肌に色が戻る。冷たかった指先に、温もりが宿る。呼吸も。鼓動も。すべてが本物になっていく。まるで。ずっと帰れなかった少女が、ようやく現実へ帰ってきたように。「玲奈……」神谷澪は呆然と彼女を見つめる。何を言えばいいのか、分からなかった。玲奈自身も、まだ信じられない様子だった。おそるおそる手を伸ばす。隣の手すりに触れる。ひんやりとした金属の感触。その瞬間。玲奈の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。声を殺した涙ではない。長い長い迷子の時間を終えた、子どものような泣き声だった。「触れた……」「本当に……」「幻じゃない……!」涙が止まらない。風がそっと鐘楼を吹き抜けていく。航平は胸の奥が締め付けられるような気持ちになった。やっと分かった。玲奈は怪談なんかじゃない。管理者でもない。ただ。帰れなかった、普通の女の子だったのだ。……しかし。夜空に浮かぶ巨大な書は、止まらなかった。むしろ。ページをめくる速度がどんどん速くなる。バララララ――バララララ――本全体が激しく震えていた。何かの均衡が、崩れ始めている。管理者の声が、何度も響く。【異常】【異常】【第一帰還者を確認】【修正プログラム起動】神谷の表情が変わった。「まずい……!」奥田が振り向く。「何が起きてる?」神谷は夜空を睨みつけたまま言う。「管理者は」「一度も誰かを帰したことがない」「奴が記録するのは失踪だけだ」「帰還じゃない」「玲奈が現実に戻ったってことは――」神谷の声が低くなる。「ルールそのものが書き換わった」その言葉に、空気が静まり返る。航平はふと気付く。「誰が書き換えたんだ?」神谷は答えない。ゆっくりと顔を上げる。鐘楼の最奥。そこに、いつの間にか一人の人影が立っていた。背が高い。静かだった。ずっとそこにいたように、じっとこちらを見ている。制服姿。顔は闇に隠れて見えない。だが。その姿を見

  • 転生したら推しに激似の席隣男子がいました!?   0148-誰か

    【振り返る】【あるいは――忘却する】その二行の文字が、夜空に浮かんでいた。真紅の光が、全員の顔を赤く染める。残り時間。三分。風が止んだ。世界が異様な静寂に包まれる。それでも、あの声だけは消えない。「修司……」「航平……」「帰っておいで……」近い。どんどん近付いてくる。あまりにも懐かしく、あまりにも優しい声。振り返れば、もう一度会える気がした。奥田は目を強く閉じる。額に青筋が浮かんでいた。もう何年も、母親の声なんて聞いていない。なのに。忘れたはずの記憶が、次々と蘇ってくる。熱を出した夜。母が額に手を当ててくれたこと。学校から帰った時、キッチンから漂う夕飯の匂い。そして。病室で見た最後の笑顔。「修司」「お母さんはずっと会いたかった」奥田の肩が震える。爪が掌に食い込むほど拳を握った。その時だった。誰かが、そっと手を握った。温かい。力強い手だった。奥田は目を開ける。隣には航平がいた。何も言わない。ただ、強く手を握ってくれていた。その瞬間。耳元で囁いていた声が、少しだけ遠ざかった気がした。奥田は航平を見つめる。そして、小さく笑った。「大丈夫だ」「俺は平気」だが。神谷澪の顔色は悪くなる一方だった。本当に危ないのは、奥田ではない。航平だった。案の定。次の瞬間。神谷の声が聞こえてくる。「航平」優しい声。いつもの声。「言いたいことがあったんじゃないの?」「振り返れよ」「今度は」「俺は消えないから」航平の肩が震える。呼吸が乱れ始めた。神谷が叫ぶ。「聞くな!!」だが声は止まらない。「後悔してるんだろ?」「もっと早く気付けばよかったって」「俺を引き止められなかったって」「最後まで何も言えなかったって」一言一言が、胸の奥を正確に抉ってくる。航平は歯を食いしばる。それでも。身体が少しずつ後ろを向き始めていた。一歩。また一歩。「航平!!」奥田が慌てて腕を掴む。その時だった。一人の人物が、静かに前へ歩き出した。全員が息を呑む。佐伯先生だった。老人はゆっくり振り返る。その顔に恐怖はない。あるのは、長い年月を生きてきた者の疲労だけだった。「そういうことだったのか……」小さく笑う。「十九年か」「やっと、

  • 転生したら推しに激似の席隣男子がいました!?   0147-規則二 確認

    床が崩れた瞬間だった。航平は反応する暇もなかった。足元が消える。身体がそのまま闇へ落ちていく。「航平!!」奥田が咄嗟に手を伸ばした。指先がかろうじて手首を掴む。だが落下の勢いは凄まじい。二人まとめて引きずり込まれそうになる。亀裂は広がり続けていた。バキッ。ミシッ。木材が砕ける音が絶え間なく響く。まるで時計塔そのものが崩壊しようとしているようだった。「離すな!」奥田は歯を食いしばる。腕が震えていた。航平も必死に握り返す。だがその時。闇の奥から、無数の白い手が現れた。書架の隙間から。ゆっくりと。這い出してくる。一本。二本。十本。百本。何かを探すように。何かを求めるように。航平の背筋を冷たいものが走る。次の瞬間。一本の手が彼の足首を掴んだ。凍り付くほど冷たい。「っ……!」身体がさらに沈む。奥田の顔色が変わった。「放せ!!」だが手は増え続ける。闇を埋め尽くすほどに。その時だった。白い影が闇の中から飛び出した。ドンッ!最前列の手を蹴り飛ばす。そして亀裂の縁へ軽やかに着地した。風が前髪を揺らす。見慣れた笑み。「まったく」「数日見てなかっただけで」「もう死にかけてるのか?」航平の目が大きく見開かれる。「神谷!?」神谷澪だった。神谷はしゃがみ込む。航平のもう片方の手を掴んだ。二人同時に力を込める。そして。航平はようやく引き上げられた。轟音。その直後。床が完全に崩落する。闇が下層を飲み込んだ。三人は床へ倒れ込む。荒い呼吸。鼓動が速い。だが航平が何か言うより先に、神谷が人差し指を口元へ当てた。「シッ」笑みは消えていた。代わりに。これまで見たことのないほど真剣な表情。「これから先」「一つだけ覚えておけ」神谷は低く言った。「何が聞こえても」「絶対に振り返るな」空気が張り詰める。奥田が眉をひそめた。「どういう意味だ?」神谷は答えない。ただ階段の方を見上げる。そこには誰もいなかった。だが数秒後。音がした。コツ。コツ。コツ。ゆっくり。重く。誰かが階段を上がってくる。航平は反射的に視線を向けそうになる。だが神谷の顔色が変わった。「見るな」声はほとんど囁きだった。「絶対に見るな」緊張が走る。足音は近付く。一

  • 転生したら推しに激似の席隣男子がいました!?   0146-時計塔

    翌日。奥田はひどい隈を目の下に浮かべたまま登校してきた。航平は一目で異変に気づく。「寝不足か?」奥田は二秒ほど黙り込んだ。それから、鞄の中から一枚の紙を取り出して差し出す。楽譜の切れ端だった。端は黒く焦げている。まるで火に焼かれたようだった。航平は目を見開く。昨日、旧音楽室で見た楽譜とまったく同じ紙だった。「どこで手に入れた?」奥田は低い声で答える。「夢の中で」航平は反射的に、そんなはずがないと言いかけた。だが。楽譜の裏面を見た瞬間、言葉が止まる。そこには見覚えのある筆跡があった。神谷澪の字だった。【鐘の音が鳴ったら、振り返るな】空気が静まり返る。二人は同時に黙り込んだ。もはや偶然では説明できない。・・・・・・放課後。二人は再び旧音楽室へ向かった。夕陽が窓から差し込む。教室の中は相変わらず無人だった。だが今回は違う。ピアノの音が、彼らを待つように先に鳴り始めた。ポーン――ポーン――ポーン――途切れ途切れの旋律。まるで誰かが意図的に導いているようだった。奥田は音を追う。教室の一番奥まで歩く。そして足を止めた。そこには古いロッカーがあった。普段は鍵が掛かっている。だが今日だけは違った。扉がわずかに開いていた。航平がそっと開く。中には何もない。ただ一つだけ。錆びた真鍮の鍵が置かれていた。鍵には黄ばんだタグが付いている。そこに書かれていた文字は――【旧時計塔】二人は顔を見合わせた。学校の裏山。そこには確かに古い時計塔がある。十年以上前に使用停止となった施設。老朽化が進み、生徒の立ち入りは禁止されていた。・・・・・・午後六時。二人はフェンスを越え、時計塔の前へ辿り着いた。夕陽は完全に沈んでいる。巨大な黒い影のような時計塔が、森の中に静かに立っていた。木々を揺らす風。葉擦れの音。なぜだろう。航平は妙な既視感を覚えた。来たことがある気がする。だがそんなはずはない。ギィ――古い木製の扉が開く。埃が舞い上がった。内部は真っ暗だった。螺旋階段が上へ続いている。二人は懐中電灯を点けた。一段ずつ慎重に登る。三階に差し掛かった時。奥田が突然立ち止まった。「聞こえたか?」航平は首を傾げる。「何が?」奥田は眉をひそめた。「誰

  • 転生したら推しに激似の席隣男子がいました!?   0014-揺れる境界線

    保健室のドアが静かに閉まると、外の世界の喧騒はまるで別の次元へと切り離されたかのようだった。窓辺の白いカーテンが微風に誘われてゆっくりと波打ち、午後の陽光がベッドの縁に落ちている。だが、その光に温かみはなく、ただそこにある静寂を際立たせているだけだった。「おかえりなさい」部屋の奥から、穏やかで聞き馴染みのある声が届いた。森本先生は処置台の前に立ち、手にはハーブティーの入ったカップを持っていた。ゆったりとした白衣の裾が、彼女の動きに合わせて静かに揺れる。空気の中には、微かに花の香りが混じっていた。「顔色は良くないけれど、意識ははっきりしているわね」彼女はベッドの方へ視線を向けた。「どこ

  • 転生したら推しに激似の席隣男子がいました!?   0012-あの人

    仕草も、声も、瞬きさえも—— すべてが、彼の記憶の中の“ある人”と重なっていく。朝の教室には、夜の名残を引きずったような、かすかな冷えが残っていた。 窓際の席で、航平はいつものように鞄を机の上に無造作に置き、窓に寄りかかるようにして座っている。斜めに差し込む光が、一目見ただけで分かるその人物を照らしていた。

  • 転生したら推しに激似の席隣男子がいました!?   0009-五芒星学院

    駅から歩いて、およそ十五分。静かな住宅街を抜けたその先で、視界は一気に開けた。――まるで、物語の中にしか存在しない舞台へと足を踏み入れたかのように。そこにあったのは、五芒星学院だった。正門は大きなアーチ型で、その中央には巨大な星図のレリーフが掲げられている。銀色の五芒星は朝の光を受けてきらめき、中心に刻まれた学院の紋章は、まるで太陽に呼び覚まされたかのように、ほのかに光を帯びていた。門の内側に広がるのは、白を基調とした新古典主義風の校舎群。アーチ状の窓が整然と並び、正面の塔楼には星の文様が彫り込まれている。直線と曲線が織りなす造形の上を、光と影が静かに流れていく――一目見た

  • 転生したら推しに激似の席隣男子がいました!?   0073-近づくこと

    西川はゆっくり体を起こし、ベッドサイドのテーブルへ手を伸ばした。スマートフォンを手に取る。画面が点灯した。時刻はすでに零時を回っている。チャットアプリの一覧が、整然と並んでいた。

続きを読む
無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status