All Chapters of 私の夫は義妹のために99回離婚を切り出した: Chapter 111 - Chapter 120

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111話

◇ 「し、失礼……しました……」 まさに、放心状態──。 社長室から出てきた田島は、呆然としつつ、静かに社長室の扉を閉めた。 「田島さん。こちらへどうぞ。雇用契約の手続きと契約書のご説明をいたします」 「──へっ!?あ、わ、分かりました……!ありがとうございます!」 社長室から出てきた田島に、待っていたとばかりに髙野辺の秘書、蒔田が話しかける。 田島はびくりと肩を震わせて振り向いたが、振り向いた先にいたのが自分を案内してくれた蒔田だと分かると、すぐに安心して頷いた。 (こ、これから俺は本当にこの会社で働くのか──?し、しかもこんな敏腕秘書と思われる、この人と一緒に?社長の秘書として……?嘘だろう──) 田島は、何がどうなっているのか。 頭が混乱しきっていた。 だが、誠司の会社で謂れのない罪を被され、首になり。 職を失った田島にとって、髙野辺は救世主のように思えた。 しかも、デザイン会社で働く人間にとって、髙野辺が社長を務めているこのTK株式会社は、雲の上のような存在だ。 誰もが、こんな素晴らしいデザイン会社で働きたい、と思うような会社。 (まさか、俺がこんな素晴らしい会社で働けるなんて……!一時は絶望していたけど、本当に夢みたいだ……) 田島はそっと社長室を振り返る。 (新島社長に、あの奥様は勿体ないお人だ。俺は、あの方に感謝してもしきれない……) 田島は、自分が路頭に迷わなくなったのが誰のお陰なのか正しく理解していた。 そして、刑事罰を受けないように手配すると言ってくれた髙野辺にも、一生かかっても返せない恩がある。 (死ぬまでこの会社のために、俺は尽くそう……!髙野辺社長のお役に立つんだ……!) 田島は、心の中で誓うと拳を握り改めて気合いを入れた。 ◇ 社長室。 田島が出て行った後、髙野辺は自分のデスクに戻り、さきほど端に寄せてしまった本社のデザインコンテストの資料を手元に寄せた。 「今回の優勝者には、うちの専属デザイナーになってもらいたいんだが……そんな素晴らしいデザイナーが果たしているか……」 ぽつり、と呟きつつ髙野辺は資料を捲り、1つ1つデザインを確認していく。 そして、ある応募者のデザインを目にした瞬間、髙野辺の目が驚愕に見開かれ、勢い良くその場に立ち上がった。 髙野辺が立ち上がった事で、椅子が倒
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112話

「──は、ははっ、嘘だろう……?」 髙野辺は思わず笑い声を上げ、手のひらで目元を覆うと頭上を仰ぐ。 今回のコンテスト。 一次審査は活動デザイナー名は入力しないよう通達している。 デザイナーの名前、ネームバリューではなく、本人のデザイン能力をしっかりと見るために。 だが、デザイナー名を確認しなくても、見る人が見れば確実に分かる。 髙野辺は、もみじがデザインしたデザイン画を優しく手でなぞると呟いた。 「新島──いや、玖渡川 もみじさん。あなたがSeaだったのか……」 髙野辺は確信を持って呟いた。 応募されたデザインの素晴らしさ。 大胆ながら、どこか繊細さを感じるデザイン。 そして、Seaのデザインにどこか共通する部分がある。 Seaの過去のデザイン画を全て見てきた髙野辺は、確信している。 もみじがSeaなのだ、と言う事を。 「だが──……どうして新島じゃなく……玖渡川……?いや、待てよ……玖渡川ってどこかで……」 もみじは結婚している。 夫の姓を名乗るのが普通だ。 だが、夫の姓「新島」を名乗らず「玖渡川」を名乗るなんて──。 僅かな期待が髙野辺の胸に湧いたが、すぐに「玖渡川」の苗字に意識が持っていかれた。 「待て、待てよ……。確か玖渡川って──」 髙野辺はぶつぶつと呟きながら自分のパソコンを開き、幾つものパスワードを入力して本社の機密データを開いた。 焦るように内容を確認し、そこで目を見開いた。 「──あった。やっぱり、伝説になった世界的なデザイナー。故玖渡川 舞奈と同じ苗字だ……!まさか、新島さんは……」 髙野辺の呟きは、誰もいない社長室に虚しく響いて消えた。 ◇ NEW ISLAND 社長室。 誠司は両手で自分の顔を覆い、俯いていた。 そんな彼の様子をつまらなさそうに見つめていた胡桃は誠司に気付かれないように溜息を零し、誠司に近付いて行く。 「ねえ、誠司……。後悔しているの……?田島さんをクビにした事」 「──……」 胡桃が口にした「田島」の言葉に、俯いていた誠司の肩がぴくりと震える。 「でも、仕方ないわ誠司……田島さんは誠司を裏切ったんだもの……。当然の処罰だと思う。会社の人達もそう言っていたじゃない?」 「……、だが……あいつは長年俺の秘書で……」 「だからきっと、それも彼の計算だったのよ。誠
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113話

なんていじらしく、愛らしいんだろうか──。 (胡桃が、そんな前から俺の事を好きだったなんて……。それなのに、昔の俺は胡桃を妹扱いして……俺はどれだけ胡桃に辛い思いをさせたのか……) 当時、学生の頃。 誠司はもみじに惚れていた。 胡桃にも懐かれていたが、可愛い妹的な存在にしか思えなかった。 (俺がもみじと付き合いだした時も、胡桃は笑って祝福してくれた……。だが、その時どんな気持ちだったのか……。もしかしたら、胡桃は泣いていたかもしれない……) 長年、ずっと自分への気持ちを胸に秘めていたのだろう。 それを思うと、誠司の胸は切なくぎゅうう、と痛んだ。 「誠司とこんな風に過ごせるようになったのは、事故みたいなものだったけど……。私、あの時の事を後悔した事なんて無いわ。だって、私はずっと誠司が大好きだったんだもの」 胡桃の大きな瞳に涙がいっぱいに溜まり、今にも零れ落ちそうになっている。 無条件で自分を愛してくれている──。 しかも、長年、ずっと──。 胡桃の愛情が、信頼していた田島に裏切られ傷付いていた誠司の心を癒してくれる。 胡桃の暖かい愛に満たされた誠司は、堪らない気持ちになって胡桃を強く抱きしめた。 「胡桃……!俺もお前を愛しているよ……もみじより、ずっとお前が大事だ。大切だ……愛してるよ」 「──嬉しい、誠司……っ、私は誠司にそう言ってもらえるだけで嬉しいわ……!」 感動に打ち震え、涙を流す胡桃の唇を、誠司はそっと塞ぐ。 「待っていてくれ、胡桃……。もみじとはどうにか離婚を──」 自分を抱きしめ、そんな事を言い出す誠司に胡桃ははっと目を見開いて慌てて口を開く。 「待って、誠司……!そんな事をしたらお姉ちゃんも傷付くわ……!お姉ちゃんも誠司の事が大好きなのよ……!それなのに、それなのに……私はお姉ちゃんも大好きなの……っ」 「だ、だが……俺は……」 「私は大丈夫。誠司に愛してもらっているって、確かに感じるから。だけど、お姉ちゃんは……?お姉ちゃんのお母さんはもう居ないし……お父さんだって……私のお母さんに夢中だもの……。お姉ちゃんにはもうすぐ死んじゃいそうな祖父母しかいない。そんな中、誠司まで離れたら……お姉ちゃんが可哀想……!」 咽び泣く胡桃に、誠司は胸を打たれる。 「胡桃……お前はなんて優しいんだ……」 「そんなん
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114話

◇ もみじがデザインコンテストに応募してから、2日ほどが経った。 コンテストの選考には1次審査、2次審査、そして最終審査がある。 最終審査にまで残れれば、TK株式会社や髙守株式会社の重役と対面で面接がある。 そこで今回のデザインに対して、大いにアピール出来る機会が得られるのだ。 「コンテストの結果発表まで、約2ヶ月。……最終審査まで残れれば、対面でアピール出来るのは1ヶ月後くらい、かしら……」 もみじは頭の中でコンテストの審査スケジュールを組み立てる。 「あと2ヶ月ほどで結果が出る……。最後まで残れれば最終審査の時には活動デザイナー名を知らせないといけない……そこで私がSeaだって事はコンテスト主催側にバレるわね」 ──そうしたら。 「デザイン流出の件は、偽のSeaだって事が分かるわ」 もみじは、ぐっと拳を握りしめ強く前を見据える。 あんな半端なデザインが、自分の作品だと思われ続けるのは我慢ならない。 もし、コンテストで受賞できたら。 自分こそが本物のSeaなのだと知らしめる事が出来る。 「私情を挟むのは良くないけど……。胡桃がSeaの振りをするのは我慢ならないわ……!」 もみじがそう言葉を発した瞬間──。 玄関の施錠が解かれる音が聞こえた。 誠司が帰宅したのだろう。 もみじはこの日も変わらず誠司の出迎えに行かないつもりだった。 最早、家庭内別居状態だ。 あの日から殆どまともに顔を合わせていないのだ。 誠司からももみじに話しかけるような事はなかった。 だが、今日は違った──。 「もみじ!いつまで拗ねて部屋に引きこもっている!?話がある、出てこい!」 ガンガン、と扉を強くノックされ、もみじはその音の大きさにびっくりする。 無視を決め込んでしまおうか──。 そうも思ったが、扉を叩く音が大きくなり、もみじは溜息を吐き出してから立ち上がった。 「……何の用なの」 扉を薄っすらと開け、もみじが顔を見せる。 すると不遜な態度で仁王立ちしていた誠司が顎をしゃくり、リビングに来るように告げた。 「話があると言っているだろう。早く出てこい」 「──はぁ……」 小さく溜息を吐いたもみじは、渋々といった体で部屋から出ると、リビングのテーブルに近付いた。 「おい、俺は会社から戻ってきたばかりだ。茶を用意しろ」 「……冷
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115話

「それで、話って何なの?」 ガン!とリビングのテーブルに硝子のグラスを乱暴に置き、もみじは誠司を見下ろす。 「……座ったらどうだ」 「いいえ、結構だわ。話が終わったらすぐに部屋に戻りたいの」 「ふん……本当に可愛くない。お前に胡桃の爪の先ほどでも可愛げがあればな……」 鼻で笑うように吐き捨てる誠司。 誠司は疲れた様子でネクタイを緩め、ワイシャツのボタンを外すとお茶の入ったグラスに口を付けた。 「これからは海外進出も視野に入れている。……海外出張が増えるだろうから、俺の体調面に配慮した薬を用意しておけ。あと、海外の料理は俺の体には少々合わない。だから俺が海外出張の期間は毎食お前が俺のために食事を作って送れ」 「──海外出張ですって?」 「ああ。……ああ、だがお前は着いてくるなよ?英語も喋れないお前が着いて来ても邪魔なだけだ。もみじ、お前は俺のために食事を作り、送るだけでいい」 こう言っても、絶対にもみじは自分に着いて来たがるだろう、と誠司は思っていた。 だが──。 「分かったわ。胃に優しい食事を手配すればいいのね。それと、薬……胃薬でいいかしら?手配しておくわ」 もみじがあっさりと頷いた事に、誠司は驚きに目を見開いた。 「出張が決まったら出国の日と出張期間、あと滞在場所の連携だけして。話は以上ね?もう部屋に戻っていい?」 「あ、ああ──……」 もみじの冷たい態度に戸惑いつつ、誠司が返事をすると、もみじは1度頷いてから自分の部屋に踵を返す。 まるで誠司の事など、もうどうとでも良いと言うように、1度も振り返る事なくもみじは自室に戻ってしまった。 バタン、と扉が閉まる音がして、次いで施錠の音が聞こえる。 誠司が部屋に入ってくる事を拒む音だ。 「──……っ、素直に聞いた振りをして、本当は俺の海外出張に着いてきたいくせに……!俺が出国してからこっそり後をつけて来るつもりだな……!」 絶対にもみじに邪魔はさせない──。 そんな見当違いな事を考え、誠司は1人で息巻いていた。 ◇ 「海外出張ですって……?」 部屋に戻ったもみじは先程誠司から聞かされた内容をもう1度口にした。 「嘘、ね……。今の誠司の会社に、海外進出出来るだけの強みは無い。……十中八九、胡桃絡みだわ」 もみじは、先日誠司のデスクの上に置いてあったプログラムのパン
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116話

翌日。 その日も今までと変わらず誠司はもみじと一切言葉を交わす事なく、会社に出社した。 誠司が会社に出社してから1時間ほど。 それくらい時間が経ってから、もみじはのんびりと起床した。 「んんんー!良く寝た……!」 最近もみじはコンテストに応募するデザインの作成で、夜遅くまでパソコンに向かっていたのだ。 深夜までデザインを描き、朝日が昇る前に寝て昼前に起きる。 そんな生活をしていたが、コンテストに応募が完了した今、普段通りの生活サイクルに戻さないといけない。 もみじは今までより少し早めに起きて着替えを済ませ、遅い朝食を作りリビングのテーブルで食べ始めた。 今日は、午後に家事代行の人が来る。 その人に誠司の洗濯物と、家の掃除を任せ、終わった後は外出しようともみじは考えていた。 ご飯を食べつつ、もみじが何の気なしにネットニュースサイトを開いた時。 「──えっ?これって……」 面白い記事がネットニュースに載っていて、もみじは食事を進めていた箸を止めてニュースに目を落とす。 【偽物のSea?流出したSeaのデザインは過去のデザインに比べてお粗末!?】 そんな見出しで、誠司の会社のデザイン流出のニュースがサイトに載っていた。 「へえ……。この状況、大丈夫なのかしら」 もみじは他人事のように止めていた食事を再開する。 ニュース記事をしっかり確認してみると、胡桃が描いたと言うデザイン画は、Seaの過去作品に比べるとかなり劣っている、と言う噂からこの噂は広まっていき、大きな話題となっているらしい。 また、NEW ISLANDがSeaのデザイン画を流出させた事についても厳しい意見が書かれている。 国内でも、海外でも力を認められているSeaのデザインを本当に流出させたのであれば、その管理体制はどうなっているのか。 そして、流出させたのが秘書だと言うのなら、そんなろくでもない秘書を社長秘書として雇っていた現社長──新島 誠司社長にも、非難の目は向けられていた。 「──良かった、幸い田島秘書の個人情報は書かれていないわね……」 ネットニュースには〈秘書T〉とイニシャルは書かれてしまっているが、田島は警察に逮捕された訳でも、送検された訳でもない。 恐らく、証拠不十分で逮捕までは至っていないのだろう。 犯人が捕まっていない。 だからこそ、そ
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117話

◇ NEW ISLAND 社長室。 「何で!?何で何で何で!?どうして私が偽物だって言われなきゃいけないの、誠司!」 社長室には、胡桃の癇癪を起こしたような声が響く。 「落ち着け、落ち着いてくれ胡桃……!部屋の外に聞こえる……っ!」 「だって、だって悔しいわ誠司!私はSeaなのよ!?それなのに、どうして私が偽物って言われるの!?Seaがデザインしたデザイン画なのよ!?」 泣きながら訴えてくる胡桃を、誠司は何とか宥めようと胡桃の華奢な体を引き寄せ抱きしめる。 泣いているせいで細かく震えている胡桃の背中を優しく撫でてやりながら、それでも誠司は確認しなければ、と口を開いた。 「胡桃……。胡桃は、本当にSeaなんだよな?本物のSeaだよな?」 「──っ、当たり前じゃない!誠司まで私を疑うの!?誠司は、こんなネットニュースに書かれている言葉なんかを信じるの!?」 「ちっ、違う!疑っている訳じゃない!ただ確認しただけだ!本当に胡桃がSeaだと言うなら、俺は信じる!いつもそうだっただろう?胡桃の言葉に嘘は無い。俺はいつだって胡桃を信じているよ……」 誠司は涙を流す胡桃の目元に優しく口付け、涙を拭ってやる。 だが、ネットニュースに書かれている言葉も、誠司の胸に引っかかった事は事実だ。 (今回流出したSeaのデザインが、過去の物より劣っている……?) はっきり言って、誠司には過去のSeaのデザインと今回流出したSeaのデザインの違いは殆ど分からなかった。 確かに、過去の作品に比べれば多少胸に抱く感情に違和感はあった。 過去のSeaの作品を見た時は、胸が打ち震える程の感動を得た。 だが、今回胡桃が描いたデザイン画を見ても、胸は打ち震える事は無かった。 だが、デザインに関してはそこまで劣っているような気はしなかったのだ。 だから誠司は、自分自身デザインについて目利きが上がったのだろう、そう思っていたのだ。 Seaのデザインはどれも素晴らしい。そんな素晴らしい作品を常日頃から見ていた誠司は、悪い意味で「見慣れた」のだ。 それに、胡桃がSeaだと知り、その衝撃の方が大きく胡桃が完成させたデザイン画を見てもそんな違和感になど気が付かなかった。 胡桃は間違いなくSeaなのだから、そのデザイン画は完璧だと言う先入観が働いたのだ。 だが、素人に近い誠
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118話

ダンっ!と、自分のデスクを強く叩く誠司。 誠司に抱きしめられ、彼の胸に顔を埋めていた胡桃はほくそ笑んだ。 「もみじっ、あいつは胡桃の事を誤解している……!自分が何も出来ないからと言って、俺の力になってくれている胡桃を苦しめるなど……!言語道断だ!」 「嬉しい、誠司。私のためにこうして怒ってくれるだけで嬉しいわ……。だけど、お姉ちゃんは可哀想な人なの。実のお母さんも死んじゃって……お姉ちゃんのお父さんは私のお母さんを愛しているでしょう……?だからずっと寂しい思いをしていたのよ……私やお母さんを、お父さんを奪ったから嫌うのも分かるわ……」 「だが……っ、だがそれは仕方ない事だろう?人の気持ちは移ろう物だ。それに、胡桃の父親だってもみじを邪険にしている訳じゃない。胡桃と同じように大切な娘だと思っているじゃないか」 「うん……お父さんはそう思ってる……。だけど、お姉ちゃんは……」 ぐすっ、と涙に濡れた声を上げ、声を詰まらせてしまう胡桃。 きっと、自分が知らない所で色々あったのだろう、と誠司は胡桃に同情してしまう。 もみじが結婚して、家を出る前は皆一緒に暮らしていたのだ。 だから、もしかしたら見えないところでもみじは胡桃に対して酷い態度を取っていたのかもしれない。 もしかしたら、胡桃に手を上げてすらいたのかもしれない。 その事を考えると、誠司は胡桃の事がとても哀れで。 そしてとてもいじらしく感じた。 半分しか血が繋がっていないと言うのに、胡桃は姉を大切に思い、心配し、慕っている。 それなのに、胡桃の気持ちに寄り添おうとせず跳ね除け、酷い事をし続ける姉のもみじの何と醜い事か──。 「胡桃……。もうもみじに酷い事をされないよう、俺が胡桃を助けてやる」 「──えっ?」 「今回のこのニュースだって恐らくもみじが外部に売ったんだろう。胡桃の言う通り、胡桃がSeaだと知っているのは俺ともみじだけだからな。これ以上国内にいると、もみじにもっと苦しめられる」 「──じゃあ……」 「ああ、海外に早く向かった方がいいな。準備は出来ているのか?」 誠司の優しい眼差しに見つめられ、胡桃はじわじわと喜びが胸に込み上げてくる。 だが、嬉しいからといって大喜びしてはいけない──。 胡桃は涙を拭いつつ、殊勝な様子で頷いた。 「う、うん……。一応いつでも行ける
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119話

誠司と胡桃がそんな話をしているなど全くもって想像していなかったもみじは、外出していた。 ハウスキーパーに家事を頼み、それを見届けたもみじは散歩に出ていた。 いつものようにカフェに立ち寄り、注文したカフェラテを飲みつつスマホを取り出して操作する。 もう1つ、自分名義の口座を開いて残高を確認する。 そこには、時間が経てば経つほどどんどん残高が増えているのが分かる。 「……どうしようかしら、これ……」 もし、誠司との結婚生活が円満で。 子供でも出来たら。 子供のためにこのお金を使おうとしていた。 今住んでいる家は、誠司が働いたお金で買った家だ。 もし子供が出来たら。 いや、もし誠司がもみじを「本当の妻」としてくれた時。 その後にでも自分がSeaだと言う事を打ち明けて、このお金を夫婦の財産として一緒に使おうと提案するつもりだった。 だが、中々切り出すきっかけが得られず、今の今まで打ち明ける事が出来なかった。 「今は、打ち明けずにいて良かったわ」 もし打ち明けてしまっていたら。 このお金と、Seaの重要性によって誠司はもみじを離してくれなかったかもしれない。 浮気──いや、不倫をするような誠司だ。 もみじの資産をあてにして、離婚出来ずに泥沼化していたかもしれない。 もみじがそんな事を考えていると──。 「奥様……?」 「──え?」 聞き覚えのある声に「奥様」と呼ばれ、もみじは振り向いた。 そして、振り向いた先に居た人物を見て、もみじは驚きに目を見開く。 「──田島さん!?」 田島も驚いた顔でもみじを見ている。 彼はこのカフェのテイクアウト用袋を持っている。 格好はスーツ姿だ。 どう見ても、仕事中の様子に見える田島に、もみじはほっと安堵した。 「田島さん、その……大変でしたね……」 「ええ……。大変な事になる所でしたが、何とか……」 苦笑いを浮かべ、もみじに近づいてくる田島。 急いでいる訳ではないのだろう。 もみじは田島に椅子を進め、田島は少しだけ躊躇いつつ椅子に座った。 「田島さん、もうお仕事を?」 もみじの言葉に、田島は笑顔で頷く。 「ええ。とても素晴らしいとある社長に声をかけて頂いて……!あの後すぐに働かせていただいてます!」 田島の目が、キラキラと光る。 頬も興奮により紅潮しているのが見て取
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120話

◇ 「ただいまー」 もみじは、自分の家に戻ると日課になっている帰宅の声を上げる。 この時間に帰ってきても、時刻はまだ夕方。 誠司も帰ってきていないし、家の中には誰もいない。 だが、もみじは習慣として帰宅の声をあげた。 普段だったら返ってくるはずがない帰宅の挨拶だが、今日だけは違った。 「こんな時間までふらふらしているのか、いつも。随分とのんきだな。いいご身分だ」 「誠司!?」 まさか、こんな時間に帰ってきているとは思わなかったもみじは、驚きの声を上げる。 「買い物──でもなさそうだな。本当に外をほっつき歩いているんだな。俺や胡桃が大変なこの時に」 嫌味がたっぷり込められたような口調で、誠司はもみじに向かってそう言い放つ。 自分の妻に向かって取るような態度ではない。 誠司はまるでもみじを見下すように嘲笑を浮かべ、不遜な態度で腕組をしている。 「……私が外出したって別にいいでしょう。家の事はちゃんとやっているわ」 「ちゃんと……?はっ!お前の中ではこのレベルでもちゃんと家事をしているという認識なんだな」 「……何がいいたいの」 「俺の妻だと言うのなら、主人が帰ってくるのを家で待っていろ。日中ごろごろしてどうせ大した家事もしていないんだろう?それなのに所構わず遊び歩いて……。俺が帰ってきた時に出迎えもないとは。俺と結婚したのだから、夫が帰って来たら玄関で出迎えろ!飯と風呂の準備を終わらせていろ!それになんだこの掃除の甘さは!」 誠司は玄関からもみじを移動させる事もせず、もみじの家事の甘さを叫び、指摘する。 もみじの甘えを一切許さないとでも言うのか、玄関横にある棚に手を乗せ、埃の溜まり具合を指摘した。 「軽く手を置いただけで指が汚れるだろう!?お前は本当に何も出来ない女だな!お前のような女とどうして結婚してしまったのか!胡桃の方がお前より俺の妻に相応しかったな!」 誠司の言葉が、今まで黙って聞いたいたもみじの逆鱗に触れた。 「──なら、離婚すればいいじゃない。それで、あなたが大好きな胡桃と再婚したらどう?」 冷たい表情と、声。 まさかもみじにそんな事を言われるとは思わなかったのだろう。 誠司は、もみじの態度に驚き唖然とした。 「な、なにを……」 「私との結婚を後悔しているんでしょう?胡桃と結婚したかったんでしょう?そ
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