All Chapters of 私の夫は義妹のために99回離婚を切り出した: Chapter 121 - Chapter 130

185 Chapters

121話

もみじ自信、今の自分が冷静ではない事には気が付いていた。 まさに、売り言葉に買い言葉──。 もっと冷静に、誠司の不倫の証拠を得て、こちら側に何の落ち度も有責も発生しないようにして離婚に応じたかった。 だけど──。 「そんな酷い事を言われて、私はもう無理だわ」 「……は、」 「これにサインして、誠司。そんなに胡桃がいいなら、私と離婚してから胡桃と再婚して」 「──は」 もみじははっきりと言い放ち、誠司の眼前にとある紙を突き付ける。 それは、もみじが持っていた【離婚届】──。 どうしてもみじがこんな物を。 しかも、どうして俺がこれを突きつけられなきゃならない──。 誠司は、目の前の書類に書かれている【離婚】の文字に目を見開き、そしてもみじの顔を見た。 意思の強いもみじの瞳。 真っ直ぐこちらを射抜くように見つめるもみじ。 かつては、もみじの視線を独り占めできる事に誠司は幸福を感じていた。 もみじの強い意志の籠った瞳が、誠司は大好きだったのだ。 だが、いつからかもみじのその目が生意気だと感じるようになった。 仕事も何も分からない癖に、口を出す事が増えたもみじ。 こちらはもみじのために働いているっていうのに、休めだの、仕事量を調整しろだの、体調を鑑みろだの。 そんな事をしていたら幸せな結婚生活は送れない。 毎日倒れそうなほど働くのも、全てはもみじとの結婚生活を満足に送りたいからだった。 それなのに、もみじはそんな誠司の気持ちを理解せず休めとばかり言ってくる。 それが、とても腹立たしく感じたのだ。 全てもみじのためにしてやったのに──。 誠司は拳を握りしめ、もみじが掲げていた離婚届を奪い取ると破り捨てた。 「何が離婚だ!どうして俺がお前なんかに離婚を切り出されなきゃならない!離婚を切り出すのだとしたら俺だろう!」 「ちょっ、なんて事をするの!」 「ふざけるな!胡桃は俺たちに関係ないだろう!胡桃を巻き込むな!」 もみじを振り払うように、誠司は腕を振り上げた。 先程、もみじの部屋に入ってからもみじの香りがいっぱいに広がっているこの部屋にいるのがどこか落ち着かなかった。 早くこの部屋から出てしまいたい──。 そんな気持ちで逸り、誠司はもみじを良く見ていなかったのだ。 だから、振り上げた自分の腕──手が、もみじの顔の
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122話

まさか、自分がもみじに手を上げるなんて──。 息を呑んだ誠司は、あからさまに狼狽え、もみじに近付いた。 「わっ、悪いもみじ──」 慌ててもみじの頬に触れようとした誠司だったが、もみじは強い視線を誠司に向ける。 そして、口を開いた。 「触らないで」 「──っ」 きっぱりともみじから拒絶の言葉を吐かれた誠司は、自分の胸がズキリ、と痛むのを感じた。 どうしてもみじに拒絶されただけでこんな風に胸が痛むのか──。 誠司は、訳がわからず混乱した。 「さ、触るなだと……!?俺にそんな事を言っていいのかもみじ!」 「……嫌なのは当たり前でしょう。どれだけあなたが胡桃に触れたか……私の妹にベタベタ触った手で私に触れて欲しくないの。それくらい分からないの?」 「なっ、生意気な──……っ!」 まさかこんな風にもみじから言われる日が来るなんて。 誠司はぐるぐると混乱する頭で必死に考える。 (まさか、俺が胡桃と体の関係を持っている事も気付いて……?いや、もみじはそんな事など気が付いていないはずだ……!そ、そうだ!そもそもこんな風に俺を拒絶するのもきっとただの振りだ。もみじは俺の事がずっと好きだったんだ。俺から離れるなんてのも、ただの駆け引きだ……!) 誠司はもみじの態度を自分の気が引きたいだけ、だと結論付けた。 「生意気で結構よ。それより、破いたあれをまた用意しておくから、次は──」 「それよりっ!」 誠司はもみじの言葉を遮るように大声を出すと、もみじの手を掴み、驚き唖然としているもみじを引っ張り自分の部屋に連れて来る。 「明後日俺は海外出張に向かう。お前は俺の妻だろう!?出張の準備をしろ!」 「──は、?」 「当日の滞在先ホテルの住所はここだ。以前話した食事は毎食このホテルに届けるように手配しろ。出張で必要な衣服も準備しておけ……!」 もみじを自分の部屋に無理やり連れて来ると、誠司はもみじに口を挟む暇を与えずに話し続ける。 「いいか、2週間だ。2週間分。間違えずにちゃんと用意しろ!」 「誠司──」 「俺はまだ仕事が残っている。必要な物は全部このキャリーに入れておけ!」 ガタガタ、と大きなキャリーケースを取り出した誠司は、もみじが何かを言う前にキャリーケースをもみじに押し付け、仕事が残っていると嘘をついてそそくさと部屋を出て行ってしま
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123話

「信じられない……!私を馬鹿にするのもいい加減にして!」 もみじが押したキャリーケースは、バランスを崩してその場に倒れてしまう。 ガタン!と大きな音が立ったが、誠司は既に家を出たのだろう。 大きな音に反応して誠司がやって来る事は無かった。 「海外出張……?はっ、ははっ。胡桃と一緒に行く予定の旅行ね!」 胡桃が海外で勉強する間、誠司も着いていくのだろう。 そして、胡桃の事を甲斐甲斐しく世話をしてやるつもりなのだろう。 「自分の事だって満足に出来ない人がっ!」 本当に馬鹿馬鹿しくなって来てしまう。 頬を打たれ、離婚届さえ破られて──。 「どうして私は誠司があんな最低な人だって見抜けず、結婚しちゃったんだろう。1番馬鹿なのは私だわ……」 悔しくて悔しくて、涙さえ出ない。 それよりも今、もみじの胸にあるのは怒りだ。 怒りで判断が鈍った頭だったが、ふともみじは考える。 「──待って。誠司が胡桃と一緒にホテルに住むなら……不貞の証拠が手に入るんじゃ……?円満に離婚が出来ないなら、証拠を全て手に入れて……弁護士に……!」 そこまで考えたもみじは、倒してしまったキャリーケースに視線を向ける。 「以前、胡桃がSNSに載せた画像も証拠の1つになるわよね……?確か……保存していたはず」 もみじはスマホを取り出して以前スクショした画像を探す。 それはあっさりと見つかった。 「──これだわ!でも、これだけじゃあ証拠として弱い。誠司が不倫したと言う有責の証拠を沢山用意して、離婚を突きつけてやるわ!」 そのためには、誠司が胡桃と不倫関係である証拠が必要だ。 もみじは自分が手にしていたスマホを見る。 「……胡桃は、もしかしたら自滅してくれるかも……」 今までだって胡桃はSNSに誠司との写真を「彼氏」との写真だと言って投稿していたのだ。 それを見るのが辛くて、最近は全く見ていなかったもみじだったが、今も尚胡桃は誠司との写真を投稿しているかもしれない。 「何か決定的な証拠が上がっていれば……」 呟きつつもみじは胡桃のSNSを確認するが、これと言って写真に写っている写真の男が「誠司」だと言う証拠はない。 誠司だと分かる写真であったとしても、ただ妻の妹のために会っていると言われればそれで済んでしまう程度の写真だけ──。 「不倫の証拠なんて、やっぱ
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124話

◇ 「──胡桃、すまない待たせたか?」 「誠司!ううん、大丈夫よ」 胡桃の家の近くにあるレストラン。 ホテルの最上階にあるレストランでは、美しいドレスに身を包んだ胡桃が1人、誠司を待っていた。 慌てた様子でやって来た誠司の手を握った胡桃は、心配そうに誠司を見上げる。 「それで、誠司……お姉ちゃんとはお話出来た?」 「……大丈夫だ。問題なく俺も胡桃の海外勉強に着いて行けるよ」 「本当!?嬉しいっ!お姉ちゃん、納得してくれたのね……。今度私からお姉ちゃんにお礼を伝えておくわ!」 嬉しそうに笑う胡桃に、誠司は焦ったように両手を突き出し、首を横に振った。 「いや……っ、大丈夫だ!もみじとは話がついているから胡桃がわざわざ連絡する必要はない」 「そう、なの……?お姉ちゃん、暫く誠司がいなくなっちゃうのに納得してくれた……?大丈夫そうだった?」 「ああ、大丈夫だよ胡桃。もみじだって俺の仕事の忙しさは良く分かっている。今後度々海外出張が増える事も納得してくれた」 「それなら良かったぁ〜。ふふ、嬉しい!あっちでも誠司と一緒に過ごす事が出来るのね!」 胡桃ははしゃいだように誠司の腕に自分の腕を絡ませ、ぎゅうっと抱きつく。 胡桃の柔らかい胸の感触に鼻を伸ばした誠司は、頬を緩ませて大胆なドレスに身を包む胡桃をデレっとした目で見つめる。 「ねえ、誠司。早くご飯を食べて部屋に行きましょう?私、今日はいっぱい誠司に甘えたいな♡」 「そ、そうか……。なら、食事は部屋に運ばせるか?その方が部屋でゆっくり出来るだろう?」 「本当?その方が嬉しいかも♡早く誠司と一緒に部屋に行きたいな」 にっこりと可愛らしい笑みを浮かべて自分に甘えてくる胡桃の愛らしさ。 そんな胡桃にデレデレと情けない顔を晒している誠司は「分かった」と答えると、レストランの予約をキャンセルし、胡桃と一緒に取っていたホテルの部屋へと向かった。 ホテルの部屋に着き、胡桃と誠司は一緒に海外に行ける嬉しさに、お互いを激しく求めあった。 事が済み、深夜帯。 寝息を立てる誠司をベッドに残し、胡桃はもそりと起き上がる。 小さく鼻歌を歌いながら、バスローブ姿の自分を写真に撮り、SNSに投稿する。 【これから暫く国内を離れる事になったの。海外でデザインの勉強を頑張ってくるわ。彼も一緒に来てくれる事にな
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125話

◇ ──カショ。 スクリーンショットを撮った音が、部屋に響く。 自分の部屋で何となく胡桃の投稿を見て、不倫の証拠を探していたもみじは、胡桃が新しく投稿した写真を見て迷いなくスクリーンショットを撮った。 「誠司の服は暫く私が用意していないから分からないけど……多分誠司と一緒なのよね……?証拠になるかわからないけど、証拠になり得る証拠は沢山あった方が良いわね。……誠司が帰宅した時のスーツを画像で残しておこう」 恐らく、今晩ホテルに泊まるのであれば明日の朝には帰ってくるはず。 そう考えたもみじは、朝帰ってきた誠司を待ち伏せて、写真を撮ってやろうと考えた。 ◇ 翌朝、早朝──。 朝早くに起きたもみじは、軽く身支度を終えると朝の散歩に出かけた。 「このまま家の近くにある公園で時間を潰して、誠司が帰って来るのを待ってみようかしら」 早朝は肌寒い。 もみじは適当に公園内にある自販機に向かうと、暖かい飲み物を買って両手で包み込んだ。 もみじが公園に待機し始めて、どれくらい経った頃だろうか。 犬の散歩をしている人や、朝のランニングをしている人。 もみじのように朝の散歩をしている多くの人達が公園を通り過ぎる。 その中で、ランニングをしていた人が公園内にいるもみじを見てふと足を止めた。 「──新島さん?」 「……えっ?」 自分の名前を呼ばれた事に驚いたもみじは、声が聞こえた方向に顔を向け、ランニングをしていた人物の顔を見て驚いた声を上げた。 「──髙野辺さん!?」 「おはようございます、奇遇ですね」 髙野辺は自分の額に滲んだ汗を軽く拭い、もみじに向かって歩いて来る。 まさか、この場所で髙野辺と遭遇するとは──。 髙野辺とはこの近辺で良く会うが、生活圏内が近いのだろうともみじは考えた。 この付近には、高層マンションも多い。 ここまで遭遇率が高いと、そのどれかに髙野辺が住んでいてもおかしくないだろうと結論付ける。 「びっくりしました。髙野辺さんはこの辺りに住んでいらっしゃるんですか?」 もみじの質問に髙野辺は頷いて答える。 「ええ、そうです。毎朝ランニングはしているのですが、新島さんとお会いするのは初めてですね」 「え、ええ。今まで朝は忙しくてバタバタしていたので……」 「そうだったんですね?それで……新島さんはどうして公園に
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126話

車から降りて玄関に向かう誠司に、もみじは何の気なしに近付き話しかけた。 「あら、お帰りなさい。昨夜は会社に泊まったの?それともホテルに泊まったの?」 「──もみじ!?」 まさか外にもみじがいるなど思わなかった誠司は、突然彼女に声をかけられて驚き、ぎょっと目を見開いた。 「ど、どうしてこんな時間にお前が……っ、朝食の用意はどうした!?出張の用意は!?」 「終わっているわ。朝の散歩をしていたの」 「朝の散歩?お前には朝にやるべき家事が沢山あるだろう!?呑気に散歩なんてしている場合か!?」 「やるべき事は全て終わっても、私は家に居ないといけないの?どうして?」 「──っ、うるさい。お前は俺の言う事を黙って聞いていればいいんだ」 「そう……あなたは私に何も言わずに外泊するけど、私の行動は制限するの?」 「──外泊だと?まさか俺が胡桃と外泊していたとでも思ってるのか?勝手な想像で決めつけるな。迷惑だ」 誠司はもみじが聞いてもいないのに、胡桃の名前を出し、疑われた事に怒りを顕にして家に入った。 もみじを待つ事も、玄関を開けて待っている事もなく、さっさと家の中に入ってしまう誠司。 もみじは冷たい表情で閉まった玄関を見つめた。 (誠司のスーツは、昨夜胡桃が上げた投稿と同じ物だった。それに、脱ぎ捨てられていたワイシャツも、床に落ちていたネクタイも同じ。それに、まさか自分から胡桃の名前を口にしてくれるのと、自分が不利になる言葉を発してくれるなんて、ね……) もみじは自分の胸ポケットに入れていたスマホを取り出して、録画モードにしていた画面を操作して録画を止め、その動画を保存した。 「少し近くで誠司の服装を撮ろうと思っただけだったけど、これも証拠?収穫?になるのかしら」 誠司の言葉は、まるで妻を家政婦替わりにしか思っていないような酷い言葉だった。 それに、もみじの行動を制限するような言葉まで口にした。 「……そう言えば、誠司が私の事を軽んじるような発言をし始めたのはいつ頃からだったかしらね」 昔は、誠司ももみじに労いの言葉や、お礼を言ってくれていた。 それが、いつの間にかもみじが献身的に誠司を支えるのが「当たり前」になっていた。 もみじの献身は、誠司にとって当たり前で。 自分自身に与えられる当たり前の権利だと思っているのだ。 「……誠司が
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127話

それから、誠司が海外出張に向かう日はあっという間にやって来た。 誠司が出張に発つ日も、誠司ともみじの関係は改善する事なく冷ややかな物だった。 誠司はもみじに声をかけていく事はなく、反対にもみじも誠司を見送る事は無かった。 ギスギスとした雰囲気が嫌で、もみじも誠司もお互い顔を合わせる事を避けていたのだ。 既に、2人の夫婦関係は破綻しているのは明らかだった。 ◇ 「ねーえ、誠司♡難しい顔をして、どうしたの?」 「──っ、胡桃。いや、何でもない」 飛行機の中。 胡桃は、隣に座る誠司の腕に自分の腕を巻き付け、柔らかな自分の胸をぐいぐい誠司に押し付けていた。 そんな胡桃の行動に、誠司はちっとも嫌な顔も避ける素振りも見せず好きにさせている。 2人は飛行機のファーストクラスを利用しているが、完全個室ではない。 そのため、仲睦まじく身を寄せ合い傍から見ればイチャイチャとしている誠司と胡桃は、ある意味飛行機内で目立っていた。 2人は揃いの指輪をしているため、周囲の客には夫婦だと勘違いされている。 そして、その勘違いされている雰囲気は勿論胡桃にも伝わっていた。 機内食が運ばれて来て、胡桃は誠司のために機内食を食べやすいように切り分けてやると、ぐっと身を乗り出した。 「はい、あなた♡あーん」 「……っ、おい、胡桃」 「ふふふっ、いいじゃない。私たちの事を知っている人なんていないんだし♡」 胡桃が楽しそうにはしゃぐ様子が可愛らしく、誠司は軽く周囲を確認する。 (確かに……俺たちに注目している人達はいないな……) 誰にも見られていない事を確認した誠司は、胡桃の可愛らしさに負けて口を開く。 「うふふ、嬉しい♡」 誠司の口に食事を運んだ胡桃は、嬉しそうに笑うと誠司の胸にもたれかかる。 「ねえ、誠司。これから遠い場所で……私と2人きりの生活ね。凄く楽しみ……」 「……ああ。だが俺は度々帰国しなくちゃならないぞ?」 「うん、それは分かってるわ……寂しいけど……、待ってるから」 「ああ……」 甘えるように体を寄せる胡桃の頭を、くしゃりと優しく撫でる。 誠司に頭を撫でてもらった胡桃は、彼の胸元に手を置いてそっと起き上がると近い距離にある誠司の唇に自分の唇を重ねた。 「──胡桃っ」 「大丈夫よ、影になってるから周囲からは見えないわ」 だか
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128話

飛行機のファーストクラスに居たバカップル。 そんなタイトルで、人から人へ。 その画像は拡散されていった。 中には写真に写っている人物の指に揃いの指輪を嵌めている事に気が付いた人もいた。 それから、この写真の2人は「バカップル」ではなく「バカップル夫婦」と言われ、画像はゆっくりとだが、着実に人から人へ拡散されていく。 その画像は、とある人物の所まで回ってきた。 その人物は、情報収集能力に長けた人物で。 その腕を買われ、最近社長秘書に抜擢された──。 「──何だこれ……最悪じゃないか……。奥様は大丈夫だろうか……」 男は、スマホの画面に映し出された2人の男女が体を寄せ合い、キスをしている画面を見て不快感を顕に顔を顰めた。 ◇ 一部の人達の間で、誠司と胡桃の画像が出回っているなど露知らず、もみじはいつものように散歩に出てカフェで休憩をしていた。 そろそろ寒い冬も終わり、春の季節になる。 その頃にはもみじが応募したコンテストの結果が発表されるだろう。 「ふふ……サクラサク、となればいいけど」 学生みたいね。と小さくもみじが笑っていると、驚いたような声が聞こえた。 「奥様……?」 「──?」 まるで自分に話しかけているようなトーンと、距離感。 もみじはふと声が聞こえた背後に振り向いた。 そこに居たのは──。 「あら、田島さん?」 誠司の元秘書、田島が立っていた。 田島は両手にコーヒーのカップを2つ持っているのが見える。 「あら、誰かとご一緒なんですか?」 「えっと……そうですね……」 もみじの言葉に田島は焦ったように目を泳がせ、何か悩んでいるようだった。 「もし良ければ席にどうぞ?同僚の方とご一緒ですか?」 「いえっ!私が席に着くなど──」 田島があわあわ、と慌てていると背後から近付いて来る靴音が聞こえた。 そして、男性が田島を呼ぶ。 「田島──」 どうした?と続くはずだった言葉は、田島の前にいる人物を見た瞬間、飲み込んだ。 ひょこり、と顔を覗かせた女性がもみじだと分かった瞬間。 田島の背後から歩いて来ていた男性──髙野辺は胸中でしまった、と呟くが表情には出さずに笑みを浮かべた。 「ああ、新島さん。お久しぶりです」 「髙野辺さん!お久しぶりです」 にこにこ、と笑顔のもみじに近付く髙野辺。 髙野辺は
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129話

一方、カフェ店内。 もみじに勧められ、席に座った髙野辺は笑みを浮かべたままもみじに話しかけた。 「このカフェでお会いするのは久しぶりですね」 「ええ、そうですね。先日は失礼しました、ろくに挨拶も出来ずに……」 「先日……?」 もみじの言う先日、とは。と考えて、髙野辺はこの間の公園の事だろうと思い至った。 「ああ!全然構いませんよ。それより……新島さんの足の怪我、すっかり良くなられたようで安心しました」 「──あっ!その説は本当にありがとうございました!足の怪我ももう全然!今では走ったりも出来ますよ!」 ふん!と力こぶを見せて得意気に笑うもみじに、髙野辺は優しい笑みを浮かべて見つめる。 もみじを愛おしそうに見つめる髙野辺に、周囲の女性客はほうっと溜息をついている。 2人が注目の的になっている事など当人達は露知らず、会話に花を咲かせた。 「それは良かったです」 「ふふ、ありがとうございます。髙野辺さんはお仕事の休憩時間ですか?」 「ええ。……近くの会社に営業、ですね。一段落ついたので、コーヒーでも飲もうかと」 「なら!今日は私がご馳走しますね。以前は髙野辺さんにご馳走してもらったので!」 「えっ、そんな──」 「髙野辺さんは普段ブラックコーヒーですよね?それで大丈夫ですか?」 「え、ええ……!それで大丈夫です。ありがとうございます」 「ふふ、任せてください!買って来ますね、ちょっとだけ待っていてください!」 にこにこと笑顔で席を立つもみじに、髙野辺は笑顔を返す。 レジに並ぶもみじを見た後、髙野辺は自分の顔を両手で覆った。 じわじわ、と自分の顔に熱が溜まって行く。 「……新島さん、俺が普段飲んでる物、覚えてくれていたんだ……」 ぽつり、と呟いた髙野辺。 もみじが自分の好みを把握してくれていた。 たったそれだけ。 たったそれだけなのに、それがどうしようもなく嬉しくて。 髙野辺はにやけてしまいそうになる顔を、奥歯を噛み締めて必死に耐える。 ──髙野辺の呟きが聞こえていた近くの席の女性達は、髙野辺の照れている様子と呟きに、自分達まで何だか恥ずかしくなってしまって変な声を上げないよう、必死に髙野辺から顔を逸らしていた。 もみじがレジで髙野辺のコーヒーをオーダーしている時。 席に置きっぱなしにしていたもみじのスマホに何
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130話

「髙野辺さん、お待たせしました!」 いつの間にオーダーを済ませ、注文品を持って戻ってきたのか。 もみじは髙野辺のコーヒーを片手に、髙野辺の背後から声をかけた。 「ふふっ、デザートが美味しそうだったのでついつい頼んでしまいました──」 普段だったら、髙野辺はすぐにもみじからコーヒーを受け取り、笑顔でお礼を言う。 だが、もみじが席に戻ってきても髙野辺は一言も言葉を発さず、気まずそうにしている。 そんな髙野辺の姿に、もみじが首を傾げていると、髙野辺が気まずそうに口を開いた。 「す、すみません新島さん……コーヒーありがとうございます。それで……見るつもりはなかったのですが、視界に入ってしまって……」 「え……?」 ちらり、と髙野辺がもみじのスマホを見やる。 もみじも自分のスマホに視線を向け、そこでようやく髙野辺が気まずそうに、申し訳なさそうにしている理由が分かった。 もみじのスマホにポップアップ通知が表示されている。 そこに書かれているメールの文章が髙野辺の視界に入ってしまったのだろう。 「離婚」 その2文字を見てしまい、髙野辺が申し訳なさそうにしているのが分かった。 もみじはそっとスマホに手を伸ばし、画面を操作する。 「大丈夫ですよ、髙野辺さん。私がこんな風にスマホを置いていってしまったのが悪いんです。気にしないでください」 「いえ……」 「それに、元々髙野辺さんは私たちの関係が既に破綻しているのは……薄々気がついていらっしゃいますもんね?こうなる事も、自然な事ですから」 そう話しながら、伏せられるもみじの瞳。 憂いを帯びたような表情に、髙野辺は自然と口を開いてしまっていた。 「新島さん。もしよろしければ……知り合いにその件に強い弁護士が居ます。ご紹介、しましょうか……?」 「──えっ」 ◇ カフェでする話ではないだろう、との事で。 もみじと髙野辺は場所を移動していた。 カフェの近くにあるコインパーキングに停めてあった髙野辺の車に場所を移したもみじと髙野辺。 2人は重苦しい空気の中、どう話し出そうか、と考えあぐねていた。 車に移動して、既に10分以上は経過している。 (髙野辺さんも……お仕事に支障をきたしてしまうかも。……話をしないと) もみじはそう考えると、覚悟を決めたように髙野辺に顔を向けた。 「髙野辺
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