◇ 律子がアパートに帰ってきた頃。 音羽は街に買い物にやって来ていた。 消耗品が切れてしまっていて、それに気が付いた音羽は律子から渡されていた生活費の中から数千円だけを借りて買い物に来ていたのだ。 律子は普段、仕事で家を留守にする事が多い。 大体は夜になると帰ってくるが、とても遅い時間に帰宅する事もあれば帰ってこない時もある。 どんな仕事をしているのか、音羽は律子に聞いた事はなかった。 だけど、いつもくたびれたように帰って来る律子のために、音羽は栄養満点のご飯を作るようにしている。 疲れて家事が出来ない律子のために、仕事が見つからない音羽が代わりに家事をしているのだ。 いつだったか、律子に家事をしてもらっている分のお金を支払う、と言われた事がある。 だが、置いてもらっているだけで音羽は有難かった。 むしろ、家事くらいでは置いてもらっている恩返しに足りていないくらいだ。 「早く……お仕事を見つけなきゃ……!」 逸る気持ちが声に出てしまっていた。 そして、音羽の呟きは意外と大きかったようで──。 「お姉さん、仕事探してるんですか?」 「──えっ?」 派手な容姿と服装の、若いキャッチのような青年が音羽に近付き、話しかけてきたのだった。 ◇ 青年の話を聞き、名刺を貰った音羽。 音羽は、その名刺を眺めながらアパートまでの道を歩いていた。 名刺には明らかに如何わしい店だと分かる店名が書かれていた。 だけど──。 「もう……形振り構っていられない、かも……」 お金を稼ぐためなら。 それに、こういった仕事はとても身入りが良い。 軽く青年の話を聞いた限り、音羽が昔働いていたような会社員の仕事より、遥かに早く稼げる。 ただ──。 「覚悟が……必要なだけよ……」 だけど、自分の息子のためなら。 恭を助けるためなら。 何だって出来る。 「……明日、電話してみようかしら」 律子から預かっている生活費から、数十円を借りて。 そして、公衆電話から名刺に書かれている電話番号に電話してみよう。 そう、決意した音羽は名刺に落としていた視線を上げ、覚悟を決めた硬い表情で前を見据えた。 ◇ 「ただ今戻りました……」 「音羽。随分遅かったじゃないか。買い出しに行ってくれてたのかい?」 音羽がアパートに戻ってくると、既に律子が戻
Last Updated : 2026-03-04 Read more